三猿と……報酬 後編
どっちもイヤだとゴネてもムダで、次は言わざるに向かう事になった。
ちゃんと靴を持って行くのも忘れない。
ガチャりと継扉の鍵を回し、俺の部屋から、洞窟のような場所に景色が変わった。
地面がゴツゴツしていて、こっちが最初でなくてよかったと思った。
この地面で靴なしは、さすがにツラい。
薄く光る洞窟の壁を、不思議に思いながら、奥に進む。
こんな感じの場所が苦手な、カタナとレンズが俺の腕を掴んできた。
クックとベルは、平然としていた。
「いました。あれが、言わざるです」
ベルの指差す先には、優しそうな顔の大きな猿が、体育座りをしていた。
なんだろうか、とってもイイ奴そうに見える。
まず、ベルが説得をした。
言わざるは、口の前で人差し指をバッテンにして、喋れないとジェスチャーで答えた。
あと、仕事もしないと首を振ってる。
「よし、やっちまおう」
殴りかかろうとするカタナに、言わざるは、両手を振って、戦うのは止めようと伝えてくる。
そして、なにかを言いたいのか、必死に手を動かしている。
なぜだろうか、俺には、それが解る。
「えーと、この、姉さん、胸がサイコーだな、かな?」
言わざるはニッコリ笑い、親指を立ててくれた。
やっぱり、イイ奴かもしれない。
ジェスチャーも解るが、レンズがイライラしているのも凄く解る。
今度はベルを見ながら、手を動かしてる。
「うーんと、自分は、このくらいの、サイズが、好み、かな?」
手を叩いて正解だと喜んでる。
もう他人とは思えない。
レンズの爪から、ガリガリと音が聞こえてきた。
次はクックの番だ。
これは理解するのに、少し苦労した。
「なになに、まだ、幼いから、もう少し、大人になったら、また会おう、かな?」
両手を頭の上で合わせて、丸を作ってくれた。
友よ、言いたい事は解るぞ。
「この茶番を、終わらせていいですか?」
レンズが暗い顔で、自分に言われる事を阻止しようとした。
ムリに戦うのはと、ベルが止めた。
言わざるが、真剣にレンズを見つめ、全身を使い伝えてきた。
「はいはい、この眼鏡の、お嬢さんは、胸が、ないのが、可哀想だから、自分が、揉んで、大きく、してやろうか?どうだ?」
スタスタと俺の前に来て、イイ顔で、手を差し出した。
俺はもちろん、ガッチリと手を握った。
友情を確かめ合う俺と言わざるに、レンズも加わった。
ただ、握ったのは手じゃなくて、顔だった。
「いたたたた、マジで痛いって」
「…………」
俺と言わざるは、アイアンクローで持ち上げられ、悶絶する。
「ジェスチャーで、そこまで解るはずないですよね」
メリメリと、こめかみが音を立てる。
そのまま、なにも言えないように、手足がプラーンとなるまで、放してくれなかった。
危なく2度目の三途の川に向かう前に、意識を取り戻せた。
言わざるが、レンズに土下座をしている。
ほんとに、戦うのはイヤみたいだ。
素直にベルの契約書にサインをして、2つ目のクリアとなった。
戻る前に、もう一度、握手をして、また会おうと約束をした。
カタナがずっと笑いを堪えていたが、レンズはなにも言わなかった。
継扉で俺の部屋に戻り、イイ奴だったなと言うと、またレンズの機嫌が悪くなって、最悪の空気のまま、最後の聞かざるに向かった。
ベルがレンズの機嫌を伺いながら、ガチャりと鍵を回し、景色が草原に変わった。
辺りには、花と草が風に揺られている。
昼間に来たかった。
お弁当を持って、遊びに行くには最高の場所だ。
クックも笑って景色を眺めている。
それに引き換え、レンズとカタナは、血走った目で聞かざるを探していた。
「いました、聞かざるです。これが最後です。頑張りましょう」
元気いっぱいに教えてくれる。
指差す方を見ると、やたら怖い顔の猿が、俺達を見ていた。
ああ、ダメだ。
話し合いとか、ムリなタイプにしか見えない。
最悪な事に、辺りを囲むように猿が集まって来てる。
はあ、見ざると同じパターンだ。
言わざるのように、戦わないのはムリっぽい。
ベルが契約書を見せて、交渉しているが、解ってたけど、ダメだった。
「レンズ様、カタナ様、お願いします」
ベルが頭を下げて、戦闘開始。
出来るだけ早くと願いながら、猿達が飛びかかってくるのに備える。
あれ?
かかってこない。
俺達を囲むだけで、襲ってはこないようだ。
これは助かる。
安心して、カタナとレンズを応援できるというか、ホッとしたよ。
クックとベルも、よかったと笑い合っている。
レンズとカタナは、息を合わせて攻撃をした。
見ざるの時のように、かわされるのを考慮して、大振りはせず、次に繋がる攻撃を。
どちらに避けると考えるのは、ムダだった。
聞かざるは、避けなかった。
モロに2人の足と拳が当たったが、ダメージはなく、かわせなかったのではなく、あえて受けたように感じた。
おかしいと思うスキが、カタナを許さず、顎を撃ち抜かれた。
脳を揺らされ倒れるカタナを気にせず、レンズは聞かざるの腹に足をめり込ませた。
これも同じで、効果はなく、飛んで来る拳をかわして、カタナを抱き、距離を取った。
「気をつけろ、あいつ効いてねぇぞ」
視点の定まらないカタナに、レンズは頷き答えた。
カタナが回復する時間を稼ぎながら、攻め続けたが、まるでダメージを与えられない。
それに、聞かざるのカウンターのタイミングが、鋭くなってきている。
どうすると目で会話をする2人に、ベルが口を挟んだ。
「言い忘れました、聞かざるに普通の攻撃は、効きませんから」
先に言えよと、2人が睨んだ。
俺が代わりに、なんだそれとツッコミ、なになら効くんだよと言うと、なんですかねと、逆に聞かれてしまう。
この子、少しおかしいのかもしれない。
「ええとですね、聞かざるは、三猿の中で1番、強いです。効かざるとも、呼ばれてます」
だから、もっと前に言えよ。
始まってから、倒し方がないとか笑えない。
というか、この仕事もう終わりだろ。
「よし、帰ろう」
俺の決断に、クックが同意し、ベルが全力で否定する。
「クビが飛んじゃいます。お願いします」
いや、お願いされてもね、勝てないじゃないですか。
レンズはかろうじて避けてるけど、カタナがけっこうダメージをもらってる。
俺の腕にすがりついて、涙目で見られても、可愛いだけで、ほんと可愛いですね。
「ベル。近くに、人は住んでますか」
レンズが大きな声で、ベルに確認をした。
ちょっと待てと言うカタナの声を、聞かざるの蹴りが、顔スレスレを通り遮った。
「住んでないです。それがなにか?」
ベルの答えを聞き、解りましたと呟き、カタナに目で離れろと合図をする。
必死の形相で、俺達の方へ向かってカタナが走ってきた。
なんだと思う間もなく、カタナが俺達を掴み、全力でレンズから離れた。
もういいかと、俺達を放し、ふぅと息を吐いた。
「どうした、なんかヤバいのか?」
状況がわからない俺に、かなりなと答えが返ってきた。
「レンズの奥の手だよ。神去って言うんだけどさ、前にやった時は、山が1つなくなったんだ」
マジで?
黄泉の国でレンズが使おうとして、失敗した事が頭を掠めた。
「あれだろ、なんか足が光みたいになるやつ?」
足だけじゃないけどなと言い、神去の事を教えてくれた。
神去とは、神さえも葬り去る威力から、名付けられた。
レンズの最高速度で空気を切り裂き、空間の断裂を作り出し、その断裂に同じ事を繰り返すと、雷に似た光が生まれ、それを身に纏い、相手に叩き込む。
「まあ、本人もあんまり、仕組みとか解ってないみたいだけどな。あとな、失敗すると自滅するって言ってたわ」
それは、知っている、黄泉の国で失敗した時は、足が酷い事になっていたから。
大丈夫かなと思った時、キィンと金属が触れ合うような音が聞こえた。
「終わったな。さっさと帰って、買い物に行かなきゃな」
少しもレンズの勝利を疑わないカタナが、ダルそうに伸びをした。
レンズの元に行くと、爆弾でも落ちたような、大きな穴が地面に空いていた。
俺とクックとベルは、神去の威力に、ドン引きしてる。
「あれ、こんなもんか?」
「最小限に押さえましたから」
これで最小限かと言いたくなる。
これは後で聞いた話だけど、黄泉の国で失敗したのが悔しくて、修行をしていたらしい。
それでも加減を間違えるとヤバいから、人がいないか確認と、俺達に離れろと言ったみたいだ。
穴の底で、こんがり焼けた聞かざるに、ベルがどうしますと聞くと、死にたくないと言って、契約書にサインをしてくれた。
これで、全部が終わったようだ。
カタナとレンズが、報酬の使い途を楽しく話してる。
「靴がダメになりました。まず、新しい靴を買って、ゲーム用に新しいテレビも買いましょう」
爪先が焼け焦げた靴を気にして、なぜかゲームを混ぜてきた。
「それよりさ、引っ越そうぜ。自分だけの部屋が欲しいからな」
3人で寝ている部屋に不満があるカタナが、新居を思い浮かべ笑った。
俺の袖を引き、僕もいいと言うクックの頭を撫でた。
「僕ね、また温泉いきたい」
それもいいな。
行こうなと笑い合った。
俺の部屋に戻り、ベルがお疲れ様でしたと、とってもいい顔を見せてくれた。
これが報酬でもいいくらいの、俺にとっては良かったと思えるような、そんな笑顔だった。
男のロマンが解らない2人が、報酬を早くと急かしてる。
ベルが、少し待ってて下さいと、継扉で報告に行ってしまった。
「3百万かな、3千万だったらさ、どうするよ?」
「まあ、3百万が妥当じゃないですか。それでも、欲しい物がたくさん買えますね」
ベルが示した指を3本立てた報酬は、どっちだろうか。
まあ、どっちでも夢がある金額だ。
ワクワクしながら待っていると、ベルが封筒を持って戻ってきた。
「どうぞ、お納め下さい」
あれ?
なんか、封筒が薄くないですかね。
ああ、はいはい、小切手だ。
現金に代えるのは明日か、なんて考えながら開けると、中には千円札が3枚入っていた。
「えっと、なんかの冗談だよね?」
カタナとレンズが絶句して、クックが首を傾げた。
「冗談じゃないですよ。相場通りの金額ですけど。ご不満ですか?」
これマジのやつだ。
ベルの顔は、嘘を吐いてるようには全く見えない。
「お前ら、どんな生活してんだよ」
カタナの言ってる事も解るけど、1つイヤな事を思い出した。
チャルナから聞いた、少ない金銭で汚れ仕事をやっていたという言葉を。
そりゃ、こんな金額しか貰えないなら、子育ても苦労するよ。
みんな、どうでもよくなってしまい、遅くまでやっているスーパーに買い物に行って、カタナが夕飯の準備をした。
羨ましそうに眺めるベルが可哀想に感じて、一緒にどうと聞くと、いいのですかと喜んだ。
今日の夕飯は、今回の報酬を全部、使っての鍋だ。
頑張ったレンズとカタナには、小さなカップの日本酒を買い、俺とクックはジュースにした。
カタナが半分お酒をベルに分けてあげて、お疲れと乾杯をした。
レンズはすぐに茹でダコになって、カタナが足りねぇと愚痴った。
ベルはチビチビ飲みながら、ずっと笑ってた。
少しだけ顔を赤くしたベルから、身分の低い死神の事を聞いた。
死神とは家柄が全てで、出世するには、それなりの大きな手柄が必要みたいだ。
身分の低い家に生まれたら、それだけで、悲惨な生活と仕事が待っている。
だから、ポイントの高い俺の命を欲しがる死神が多いようだ。
殺されるのは、ゴメンだけど、死神にも事情があると解ってよかった。
ご馳走様でしたと、何度も頭を下げるベルを見送り、みんなすぐに布団に入りました。
結局、貧乏なままですが、もっと貧乏な死神さん達の事を考えると、なんとかなるような気がします。
今日は、夕飯に誘った時の、嬉しそうなベルの顔を考えながら、寝るとします。