三猿と……報酬 前編
やっぱり、お金がない。
仕送りだったり、カタナの給料日まで、あと1週間ある。
レンズは前借りをしてしまっているから、今月はない。
まあ、結婚式の為だったから、文句を言う人は誰もいないし、言わせない。
全員の所持金の合計は千円と少しだ。
どんなに頑張っても、1週間はムリっぽい。
話し合いの結果、レンズの持っているゲームソフトを売る事になった。
レンズが悲しそうに、売るソフトを選んでる。
「これはダメです。あと、これも。あ、これもですね」
解ってたけど、売ってもいいソフトが1つもないみたいだ。
「もうクリアしてんだから、いいじゃねえか」
カタナの早く決めろという言葉に、目をウルウルさせてる。
俺とクックは、ごめんと見ている事しかできない。
いつまでも決められないレンズに、カタナが提案をした。
「給料日まで、眼鏡洗浄器の回数を1回だけ増やしてやるから、な、それでどうだ?」
なんか、幼い子に言うみたいに優しい口調だった。
こないだの、黄泉戸喫の件のペナルティで、1日に使っていいのは1回まで、それも寝る前だけとなっていた。
「ほんとですか?ゲット様に、スイッチを押してもらってもいいですか?」
これは、レンズがメイド服を着て、俺がご主人様の役をして、少し焦らしてから、眼鏡洗浄器のスイッチを押すという、アレなシチュエーションの事だ。
俺は楽しいけど、カタナとクックが、なんかムカツクと言って、たまにしか出来ない。
「もう、それでいいから、さっさと決めろよ」
面倒になってきたようだ。
これからゲームを売りに行って、買い物をする時間を考えれば、カタナの気持ちも解る。
快楽を優先させたレンズが、やっと決めた時に、ピンポーンと鳴り、お客さんが来た事を知らされた。
もう出たくない。
どうせ、死神だし。
嫌々、スコープを覗くと、ほらやっぱり。
頼り無さそうに佇む、目の大きな女の子が見える。
もちろん、黒い服で鎌を持っている。
明日にしてくれないかなと、報告に行く。
「目元とか、けっこうタイプだけど、お願いします」
みんな、俺と同じで明日にしろという空気だ。
「顔は聞いてないと、何度も言ってますよね」
ゲームを売らなきゃいけないイライラで、少し機嫌が悪い。
これは、死神が気の毒だ。
俺の手に眼鏡を握らせ、レンズが玄関に向かった。
死神さん撃退の最短記録がと思っていると、レンズが戻ってきた。
「話があると言ってますが、どうしますか?」
玄関を見ると、震える死神と目が合った。
トラブルに巻き込まれるのはゴメンだ。
それに、クックのお腹がくぅくぅ鳴いている。
「悪いけどさ、帰ってもらおう」
そうだなとカタナが同意する。
解りましたと、レンズが戦闘モードに入る。
クックが頑張ってと応援をした。
表に出ろと合図するレンズに、死神は土下座をした。
「レンズ様、お話だけでも聞いて下さい」
ガタガタと震えて、床に頭を擦りつけている。
レンズも鬼じゃない。
いくら敵でも、頭を下げている人に、ああ、攻撃をするんですね。
無防備に晒している死神の後頭部に、レンズの踵がめり込んでいた。
「敵から目を離すなんて、愚かですね」
ぐったりしてる死神を引き摺り、外で始末してきますと言ってる。
さすがに、酷すぎる。
引いてる俺に、レンズはあたふたと言い訳を。
「あのですね、ズルい罠とか、不意打ちとか、散々やられた事があるんです」
まあ、それも解るけど、見てて面白くはない。
レンズの言い訳を聞いていると、死神がレンズの足にすがりついた。
「お願いします。報酬がでます。レンズ様でなければムリなんです」
報酬という言葉に、クック以外が反応する。
レンズに至っては目がドルマークになっている。
そんなに、ゲームを手放したくないのか。
「き、聞くだけですけど、どれくらいですか」
ドモるレンズに、死神は指を3本立てた。
死神さんから離れて、緊急会議の始まりです。
「3ってさ、ミリオン?サウザンド?」
「おい、やろうぜ。貧乏から脱出できる」
「ゲーム売らなくても済みますね」
やらないという選択肢は、俺達にはなかった。
クックを見ると、コブのできた死神の頭を撫でてあげていた。
なんて、優しいのだろうか。
「お兄ちゃんを狙わないなら、敵じゃないからね」
金銭欲で汚れた俺達には、眩しすぎる。
クックだけは、そのままでいてくれと願って、死神から話を聞いた。
「申し遅れました。私はベルーガです。ベルとお呼びください」
レンズにやられた頭を気にしながら、丁寧に頭を下げた。
お金に取り憑かれているレンズと、夕飯の時間を気にしているカタナが先を促す。
レンズに頼みたい事とは、お猿さんの説得だった。
ただのお猿さんじゃない。
三猿と呼ばれる、見ざる、聞かざる、言わざる、の有名なアレだ。
そのお猿さん達が、ストライキを起こして、大変らしい。
どうしても、言う事を聞かない場合は、始末しろとの事だ。
死神の仕事も大変なんだと、しみじみ思う。
クックが、なんでお猿さんと、首を傾げた。
確か三猿の役目は、人間の体にいる虫が、悪行をチクるのを邪魔してるだったかな。
うろ覚えの知識をクックに教えると、ベルがそれで合ってますと言ってくれた。
三猿が仕事をしなくて、やたらとチクりの報告が増えて、死神のお偉方が困っているそうだ。
依頼の内容は解ったけど、なんでレンズにという疑問が浮かぶ。
聞いてみると、意外な名前を聞く事に。
「この手の仕事をしていた、チャルナという方が居たのですが、仕事を失敗したのか、消息不明なんです」
チャルナは、こんな仕事もしてたんですね。
確かに、凄く強いですもんね。
三猿はハンパなく強くて、失敗するとベルの首が飛ぶと教えてくれた。
それで、とっても強いレンズを頼ってきた。
チャルナを失業させた俺達に、ツケが回ってきたようだが、今だけは都合がいい。
報酬に目が眩んだ俺達は、迷わずオッケーを出した。
さっそく三猿の居所を聞くと、ベルが3本の鍵を取り出した。
「継扉の鍵です。すぐに三猿の住処に行けます」
どの猿から行きますと、鍵を振った。
どれでもいいとレンズが言うと、目と書かれた鍵を、床に根元まで差し込んだ。
フローリングに刺すなよとツッコミを入れる俺をムシして、ガチャりと鍵を回した。
上下がひっくり返るような感覚がして、景色が森に変わった。
とっても便利な移動方法だ。
その鍵はどこに売ってるか聞いたけど、許可が必要で、滅多に使えないらしい。
あと、もう1つ、クック以外が靴を履いてないんですが。
「あ、うっかりしてました」
靴を取りに行きたいと言うと、ここの猿をなんとかしないとムリだと返された。
限定のされ方が腹立つ。
あーあ、また裸足で外を歩かなきゃいけない。
レンズも少し微妙な顔をしている。
とりあえず、行くしかない状況に、最初の標的である、見ざるを目指し、歩き出した。
しばらく、樹海と呼ぶのが相応しいレベルの森を歩いていると、ベルが木の上を指差した。
「あれです」
その方向を見ると、背の高い木の上で、大きな猿が横になっていた。
「あの見ざるに、仕事をするように説得してください」
ベルがレンズに頭を下げる。
解りましたと戦闘モードのレンズに、説得だからと念を押した。
猿に向かい、降りてこいと言うと、面倒臭そうに俺達の前までやってきた。
「なんの用だ。役目は果たしたはずだ」
あ、喋れるんだ。
てっきり、ウキキーとかだと思ってたし、二足歩行なんですね。
それに、けっこう背も高いですね。
「よし、説得はムリだったな。やっちまおう」
時間を気にするカタナが、殴りかかった。
カタナの鋭い攻撃を、見ざるはヒラヒラと余裕でかわす。
レンズも加わったが、全く当たらない。
よく見ると、見ざるは目を閉じていた。
どうして、見ないでかわせるのか。
「当たらねぇ」
「カタナ、落ち着いて」
クックも加勢に行こうとすると、辺りから、キーと鋭い声がいくつも聞こえてきた。
確認する暇もなく、数え切れない数のお猿さん達が、飛びかかってきた。
メチャクチャに、小さな手足で殴られ、引っ掛かれた。
かなり痛い。
ベルもクックも、猿にたかられている。
放せと腕を振り回すが、全く効果がない。
俺達に気を取られ、スキが出来たカタナとレンズが、見ざるの攻撃を食らって、吹っ飛んだ。
どっちもピンチだ。
「お兄ちゃんを傷付けたなー、お猿さんでも許さないから」
クックが猿を攻撃しようと、本気で拳を握る。
それを見て、ベルが慌てて止めた。
「いたた、ダメです。この猿達を傷付けては。あとで説明しますから」
うーと言って、クックが猿と取っ組み合う。
肩に噛みつく猿を引き剥がし、髪を引っ張る手を払った。
数が多すぎる。
「見ざるを倒せば、支配率が変わります。それまで我慢してくだ、キャー」
胸元に手を入れられたベルが叫んだ。
もっとよく見たい俺を、邪魔するように頭をガンガン殴られる。
くそ、マジで邪魔なんだよ。
カタナとレンズは、当たらない攻撃を繰り返していた。
フェイントなのか、一瞬だけ止まる動きに、翻弄されている。
俺達を気にしながらで、自然と攻撃が雑になっている。
特にカタナは、フェイントにハマりまくっていた。
そして、なぜかレンズには、フェイントを使わない。
状況を分析して、カタナに耳打ちをした。
「出来るだけ、大きな動作で攻撃をしてみて下さい」
戦闘についてだけは、完全に信用しているカタナは頷き、当たらないのが前提の、わざとらしい攻撃を仕掛けた。
ゴンと音を響かせ、見ざるの顔に拳がめり込んだ。
カタナが当たったよと驚く。
くっと呻いて、顔を押さえて見ざるが後ろに距離を取る。
レンズがスキを逃さず、追撃をしたが、これはかわされた。
「もう、解りました」
暗い怒りを湛えて俯く。
「ジャンプして下さい。終わらせます」
カタナが疑わず、その場で飛び跳ねた。
地面に着くと同時に、見ざるがぶっ倒れた。
猿達が急に手を止めた。
見ざるを倒したようだ。
ほんとに、傷だらけにしてくれた。
俺もクックもベルも、嵐に合ったようにボロボロにやられた。
レンズが見ざるを、木にグルグル巻きに縛りつけた。
怒っているのはなぜだろうか。
「見ざるは、カタナの胸の揺れを見てました」
爪を噛むレンズが、説明してくれた。
見ざるは、目を閉じて耳と鼻で気配を読み、野生の勘で、攻撃をかわしていた。
目で追えないレンズの攻撃をかわすには、有効だった。
ただ、カタナが動く度に、揺れる胸が気になり、目で追ってしまい、動きが止まるのを、レンズは見逃さなかった。
つまり、エロ猿だったって訳だ。
俺達をボロボロにしてくれた猿達は、見ざるの部下だと、ベルが教えてくれた。
この沢山の猿達は、見ざるの手足のような物で、怪我をさせると、仕事ができなくなるから、傷付けるなという事だった。
「さっさと始末しましょう」
レンズが怖い顔をしてる。
一応、説得しようと、縛られている見ざるに、どうすると聞くと、命が惜しいから、仕事をすると言ってくれた。
ベルが契約書にサインさせていると、破れた服の胸元を、俺と見ざるがガン見していて、レンズに殴られたが、これで1つめの依頼をクリアできた。
来た時と同じように、地面に鍵を刺して、元の俺の部屋に戻った。
あと2つもあると思うと、気が遠くなる。
報酬に目が眩んでいるレンズとカタナは、やる気みたいだ。
俺とクックは、正直もうイヤになってる。
「はい、次はどちらにしますか。聞かざる?言わざる?」
自分のクビがかかっているベルが、やる気なのは解るけど、俺が選んだのは……
「もう、イヤでござる」