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黄泉戸喫と……ワンちゃん 前編

 相変わらず、お金がない。

 バイトの給料も、帰りにお寿司を食べて、プラマイゼロにしてしまった。

 誰もその事について、後悔をしてない辺りが、原因かも知れない。


 とにかく、ギリギリの状況が続いている。

 レンズが激安の食材を探し、カタナが美味しい料理にして、なんとかしのいでる。



 今もカタナが楽しそうに、料理をしている。

 今日の夕飯も美味しそうだ。



「出来たぞー」


 テーブルに料理を並べ、ご飯をよそってくれた。

 今日のメインは、野菜炒めのようだ。

 クックが、わーいと言って、ご飯の上に野菜炒めを盛って、口いっぱいに頬張った。

 俺とレンズも同じく、口に運ぶ。


 なんだろ、やたらと美味しい。

 口に入れた瞬間に、溶けてしまうような食感と、甘いような不思議な味がする。


「これ、なんの野菜?」


 クックはモグモグ食べてて、気にもしてない。

 俺と同じ疑問を持ったレンズは、箸を止めている。


「知らないけど。レンズに聞けよ」



 ああ、買って来たのはレンズだったね。

 レンズを見ると、首を傾げて考えている。

 なんか嫌な予感がして、俺とカタナが問い詰めると、あんまり覚えてないらしい。


「テメェ、ラリったまま買い物に行ったろ」


 眼鏡洗浄器でトロンとした意識のままで、買い物に行ったみたいだ。

 音の出てない口笛を吹いて、ごまかそうとするレンズが可愛い。


「あ、思い出しました。ヨモなんとかって言ってました」


 ヨモなんとかってなんだよと、カタナがツッコミを入れると、俺とレンズが同時にアクビをした。


「真面目に話、聞けよ」


 イライラするカタナの声が遠く感じた。

 なにかおかしい、急に眠くなってきたし、寒気を感じる。

 クックはテーブルに突っ伏していた。


 異常を察したカタナが、窓の外を確認した。

 敵の気配は確認できない。



「意識が持っていかれそうです。おそらく、これですね」


 眠そうな顔で、野菜炒めを指差す。

 これしないと俺も思う。


「俺も食べたけど。そうか、死神の力か。おい、黄泉戸喫(よもつへぐい)って言ってなかったか」


「は……い。たしか、そんな……」


 レンズが目を閉じ、カタナが舌打ちをした。

 俺も限界だ。

 瞼が下がってくる。


「ゲット、よくきけ……。……り……探せ……いいな」


 なんて言ったか、良く聞こえない。

 聞き返す前に、意識が途切れた。






 体が痛い。

 砂利が敷かれた床で寝ていたら、こんな感じだろうなって、まんま砂利の上で目を覚ました。

 ここは、どこだろうか。

 霧がかかっていて、視界が悪い。

 見える範囲には、なんにもない。

 近くに川でもあるのか、水が流れる音が聞こえる。

 どうして、ここにいるか考え、野菜炒めを食べた辺りまで思い出せた。



 ここにいるべきか、動いた方がいいのか。

 現代人の癖で携帯を確認しようと、ポケットを探るが持っていない。

 財布もないし、靴も履いてない。

 気を失う前と同じ格好だった。



 あてもなく歩くのは、靴なしではキツイ。

 どうすると聞く相手が、けっこうな速さで走って来た。


「お兄ちゃん、みっけ」


 息を切らせて、嬉しそうな顔を見せてくれる。

 1人じゃないというだけで、凄く心強い。


「良かった、レンズは見なかった?」


 わかんないとクックが言う前に、砂利を蹴散らし、レンズが風のように現れる。


「無事みたいですね。本当に良かったです」


 レンズの安心した顔よりも、靴下に滲む血に目が行った。

 俺と同じく、靴を履いていない。

 それなのに、走って俺を探していた。

 ありがとうと言うと、2人ともニッコリ笑って、当たり前だと言ってくれた。




「これから、どうする?」


 クックの息が整うのを待って聞いてみた。


「けっこう走りましたけど、なにもないです。向こうに川があるくらいですね」


「そうだね、川しかないよ」


 ほんとに、なにもないようだ。

 とりあえず、川に行ってみるかと、砂利に足を削られながら歩いた。



 川に着くと、やっぱりなにもない。

 その川も、向こう岸が見えない。

 霧のせいなのか、見えないくらい遠いか。


 3人で困っていると、霧に煙る川の向こうから、一隻の船がやって来るのが見えた。



「だれか乗ってるよな。嫌な予感しかしないけど、逃げる?」


「同感ですが、なにか情報を得られるかもしれないですから」


 レンズの意見に、クックは賛成と手を上げる。

 いつもなら、それでいいけど、聞きたくない事を確認するような、嫌な感じが酷い。

 勘が逃げろと全力で言ってくる。

 そうこうする内に船が着き、黒いフードを被ったなにかが降りてきた。



「話は聞いてる。乗りな」


 フードを取りながら、面倒臭そうに言われた。

 それは、背中に大きな鎌を背負い、クールな目元が特徴的な、綺麗なお姉さんだった。


 あれ、もしかしたら死神かな?

 レンズとクックも同じように思ったのか、怖い顔になっている。



「早く乗れよ、もう死んでんだから、なにしたって意味ないから」


 そうそう、これを聞きたくなかった。

 なんとなくは、気付いていた。

 ただ、確定されたくなくて、考えないようにしてただけだ。


 絶望的な状況に、レンズとクックを見ると、なぜか、目を潤ませて喜んでいる。

 なんでだよと混乱しながら聞くと、だってと目を擦った。



「ゲット様と、同じ場所にいるんですよ。私達も命と魂が有るという事です」


「うん。お兄ちゃんと一緒だよ。僕、すっごく嬉しい」


 そうか、付喪神にも人間と同じように、命があると証明されたんだ。

 これは、本当に嬉しい。

 良かったと言うと、2人は俺に抱き付き、泣いてしまった。

 俺まで泣けてくる。



 唐突に感動のシーンを、ダルそうな声で水を差された。


「はいはい、そんなのどうでもいいから。早く乗ってくんない」



 2人の目が、もう言いたくない程に怖い。

 そんなのと呟き、レンズが眼鏡に手を置いた。

 同時に死神が腹を押さえ、体がくの字に曲がり、地面に着く前に、クックの足が顔を蹴っ飛ばし、元の姿勢に戻した。

 同じ事を、もう2セット繰り返した。


 2人の連携に目を奪われて、止めるのが遅くなった。


「ちょっと待てって。聞く事あるから」


 言い終わるのが、ちょうど4セット目が終わる所だった。

 まだ足りないと顔に書いてあるが、手と足を止めてくれた。

 死神を見ると、立ったまま気を失っている。

 生きてるかなと、心配しながら肩を揺すると、そのまま倒れてしまった。



「絶対に許さないです。用が済んだら、始末します」


「僕、ほんとに怒ったから」


 マジでキレてる2人をなだめて、死神が起きるのを待った。



 なかなか起きない死神に、レンズが頬を何度か叩くと、うめき声を上げながら目を覚ました。


 怯えて命乞いをする死神から、今の状況とこれから先の事を聞き出した。



 俺達は黄泉の世界の食べ物を口にした。

 それを、黄泉戸喫(よもつへぐい)と言うらしい。

 ラリったレンズが買ってきた物が、今の状況を作り出していると解った。

 レンズを見ると、限界まで頭を下げている。


 そのおかげで、強制的に死者の国の住人と認められたようだ。

 これから、三途の川を渡り、地獄に案内される。

 帰り方を聞いても、死神は解らないと必死に首を振った。



「あの、もういいですか」


 死神が機嫌を伺いながら、船に乗れと言う。

 乗るわけないだろ。

 なにか方法はないか。

 用済みの死神を始末しようとする2人を、なんとか止めながら考えた。


 とりあえず、地獄に案内されるわけには行かないから、死神には寝ててもらう事に。

 それを伝える前に、レンズが嬉しそうにぶん殴った。



 正直、ほんとに困った。

 死んだ経験がないから、この先の事が凄く怖い。

 いくら考えても、なにも解らない。

 責任を感じて、暗い顔をしているレンズが、ポツリと言った。


「全部、私のせいです。カタナ、きっと怒ってますね」


 そうだ、カタナだ。

 なんだったかな、意識が途切れる前に、なにか言っていた。

 記憶を探り、少しだけ思い出せた。


「カタナが言ってたけどさ、り、が付く物を探せって。なんか心当たりある?」


 レンズもクックも、解らないと答えた。

 り、り、り、と3人で頭を悩ませていると、霧の向こうから、走ってくる黒い影が見えた。

 目を凝らして見ていると、どんどん大きくなって近付いてくる。

 あれ、ヤバくないかと聞くと、レンズは身構え、クックが俺の前に立った。


 俺達の目の前で止まったそれは、バカでかい犬だった。

 体は真っ黒な毛で覆われていて、飢えを感じさせる目は血走っている。

 俺達を敵かエサと思っているのは、間違いなさそうだ。



「ワンちゃん」


 ノビていた死神が薄目を開け、味方なのか、手を伸ばした。

 死神の仲間かと、思う間もなく、ワンちゃんと呼ばれた犬は、死神の頭を噛み砕いた。



 マジで?

 固まる俺を横抱きに、レンズが走り出す。

 クックも続いた。


「行きます」


 言うと同時に、時去(ときさり)で加速した。

 一瞬だけ目の前が真っ白になり、止まった。

 どれくらい距離を移動したのか、死神も犬も見えない。

 少し遅れて、クックがきた。


 ゼェゼェと息を付くクックの足は、膝や足首が赤くなっている。

 覚えたての時去の代償だった。


「無理をさせて、すみません。カタナから、時去を使えると聞いていたので」


 クックの心配をするレンズの足は、血が滴っていた。

 気にもしないレンズを、素直に凄いと思った。


「うん、あのワンちゃん、ほんとに危ないか……」



 息を整えようと努めるクックが、いきなり横に吹っ飛んだ。




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