バイトと……小さな勇者
とにかく、お金がない。
結婚式をやったり、誕生日のパーティーをしたせいで、みんなカツカツだ。
計画性のなさには、反省してるけど、後悔はない。
でも、食費もない。
どうしようと話し合いをしていると、レンズが背を向けて、震えている。
ああ、とても反省しているようだ。
「ん……」
気持ち良さそうな声を聞かせてくれて、ありがとうございます。
このタイミングで、俺がプレゼントした、眼鏡洗浄器を楽しんでいる。
「アトにしろよ」
カタナがイライラしながら、ツッコミを入れる。
「は、はい」
恍惚の表情で、気の抜けた返事をする。
眼鏡洗浄器を凄く気に入ったレンズは、ずっとやり続ける困った人になってしまったせいで、1日に2回までと約束をしていた。
その1回を、なぜか、今やっていた。
「我慢が、できなくて……」
もう、中毒者の顔だ。
面白がって、クックがレベルを強にする。
「あっ……」
スカートの真ん中を押さえて、前屈みにダウン。
すっごくイイ顔をしている。
俺とレンズは、はぁはぁ言って、話し合い所ではない。
「はいはい、もう今日の分は終わりな。マジで、食費をどうするか、考えるぞ」
そう言って、洗浄器を隠してしまった。
「イヤです。今のは、クックが勝手にやりました。1回の内に入りません」
レンズのアレな顔が見たい俺も、そうだと加勢する。
もう1回だと騒ぐ俺とレンズに、カタナのイライラが頂点に。
「テメェら、マジでぶっ壊すぞ」
洗浄器を壊そうとするカタナに、レンズが半泣きで謝る。
俺も一緒に謝った。
レンズがクックに、不意打ちのレベル強、ありがとうございましたと言って、話し合いを再開した。
「日払いでやるしかないよな。あのアバズレに頼むしかないか」
カタナは嫌そうに、携帯をイジり、電話をかけた。
「あー、禍津神の時は、教えてくれて助かったわ。でさ、日払いで仕事ないか」
少し会話を続け、電話を切った。
「とりあえず、明日の日曜な、イベントでビールの売り子だ」
レンズのテンションが下がり、クックが暗い顔をした。
男の俺も難しい。
それに、歩合制ときた。
売った分だけもらえるから、数を売れば儲かるけど、カタナくらいしか、無理っぽい。
そんな俺達に、カタナは面倒だけど、なんとかなると言った。
レンズの薄い胸も、需要はある。
クックの幼さも武器になる。
男の俺は、うーん、女装しろと言う。
勘弁して下さい。
こうして、カタナ以外は不安でいっぱいだけど、日払いのバイトに行く事に決まった。
バイトに行く準備をして、イベント会場に向かう。
イベントは、ビールと浴衣で納涼祭みたいなものだった。
人生初の女装に、恥ずかしくて消えてしまいたい。
モブ顔だから、カツラと化粧で行けると言われても、なんの慰めにもならない。
そんな俺とは違い、3人の浴衣姿は似合っていた。
カタナは大胆に胸を強調して、かんざしで髪をまとめている。
レンズは裾を上げたミニの浴衣を、恥ずかしそうに気にしている。
クックは子供用の浴衣を、微笑ましいくらい楽しんでいる。
俺だけが、ほんとに微妙だ。
会場に着いて、詳しく内容を聞いて、仕事にかかる。
簡単に言うと、ビールを勧めて、カウンターに取りに行って運ぶだけだ。
「いいか、売らなきゃタダ働きだかんな。4人で、300杯はいかないとダメだからな」
ちなみに、基本給は紹介してくれた人にピンハネされている。
交通費も出ていない。
それに、3時間という制限もある。
やるしかない状況に、みんな腹を括った。
カタナが慣れた感じで、ビールを売りさばく。
お客さんは、胸元に目が行って、気が付いたら注文していた状態に持って行かれてる。
この手の仕事の、経験があるのかもしれない。
レンズは接客業をしているから、それなりにこなしている。
問題は、俺とクックだ。
幼いクックを、売り子とは思わずに、スルーされてしまう。
俺は見た目が微妙で、説明の必要すらない。
どうせ注文するなら、可愛い女の子の方がいいに決まってる。
俺とクックがオロオロしていると、問題が起こった。
レンズが酔っ払って寝てしまった。
なんでだよと聞くと、お客さんに、1杯だけ付き合えと言われて断ったけど、飲めば10杯、頼んでやると言われて、こうなったようだ。
「しばらく、眼鏡洗浄器はナシな」
レンズのノルマは、カタナが負う事に。
プレッシャーが増えてしまった。
クックに頑張ろうと頭を撫でて、仕事に戻った。
色々と考えて、俯き加減にして、小さな声で女の子みたいにしてみると、以外といけた。
人の入りがそれなりで、売り子の数的に、なんとか俺でも注文が取れる。
カタナは凄い勢いでノルマを稼いでいた。
クックは頑張っているけど、きびしそうだ。
心の中で、頑張れと応援して、注文を取り続けた。
忙しく動き回っていると、ちょっといいですかと、浴衣の女の子に呼ばれた。
スタッフだよな浴衣だしと、ノコノコと会場の裏手まで着いて行く。
「物部月仁さんですよね」
ヤバい、女装がバレてる。
まさかのクビって事に、なるかもしれない。
正直に言うか、ごまかすか。
俺はもちろん、後ろにダッシュした。
偽名で行ってるのに、名前を知ってるのは、明らかにおかしい。
おそらく、死神だ。
人がいる場所だからと、油断していて、気付くのが遅かった。
みんなの所までと思ったら、なにかにぶつかり、急ブレーキをかけられる。
顔を押さえて確認すると、紫の光の幕のような物が張られていた。
ドーム上に展開する光の幕には、出口が見当たらない。
マズイ事に、閉じ込められたようだ。
余裕な顔で、浴衣の女の子が歩いて来る。
手に鎌を持っているから、死神で確定だ。
「出られませんよ。それと、外からは見えませんから」
浴衣の似合う死神は可愛いけど、それどころじゃないくらいヤバい。
どうすればと、考える時間はくれなかった。
死ねと言って鎌を振り下ろす。
走馬灯が見える前に、目の前で鎌が止まった。
鎌の刀身を握り、俺を助けてくれたのは、クックだった。
「お兄ちゃんを傷つけたら、許さないから」
キツい顔で死神を睨み付ける。
ほんとに助かった。
舌打ちをして、死神が距離を取った。
「僕が守ってあげるからね」
小さな背中に守られるのが、情けなく感じる。
俺の心を読んで、気にしないでねと言ってくれた。
クックが死神に向けて走り、小さな手と足で攻撃するが、全てかわされた。
戦闘経験が違いすぎるように見える。
鎌だけはなんとか捌いているが、拳と足を食らって、少しずつ押されていた。
このままでは、やられるのも時間の問題だ。
「もういい、逃げろ」
2人とも死ぬ事はない。
せめて俺だけにしてくれ。
俺の言葉が、クックを傷付けたのかもしれない。
少しだけ、辛そうな顔をして、俺の前に立った。
「お兄ちゃん、まだ、上手にできないけど、見てて」
なにをする気だろうか。
終孤独の力を使うつもりなのだろうか。
使わないと、約束をしたはずなのに。
小さく深呼吸をして、目元に手を置く。
その姿が、レンズとダブって見えた。
かなりの速度で、死神の後ろに回り込んだ。
なっと驚き、鎌を後ろに滑らせる。
クックは左手で鎌の刀身を受けた。
薄く血が滲んだが、ガッチリと鎌を止めた。
「い、痛くないもん」
右手を腰の後ろに回し、なにかを掴むように握り締める姿は、カタナにそっくりだった。
レンズには及ばないが、攻撃には時去を使い、防御には、カタナの死神の力を無効とする、三盾を使った。
2人の力を、真剣に聞いていた事を思い出した。
次々と後ろに回り、攻撃をする。
最初こそ、意表をつけたが、後ろしか狙わないクックの攻撃は読みやすかった。
タイミングを合わせるだけで、勝手に鎌に当たりに来る。
後ろに回ったのを察した死神は、止めを入れるつもりで、両手持ちに変え、鎌を振り切った。
鎌が空を切った。
更に速度を上げたクックを捉えられず、思いっきり振ったのが裏目に出て、体が泳いだ。
クックはこのスキを作る為に、わざと同じ攻撃をして、最高速度を隠していた。
右手を腰の後ろで握りしめ、左の拳で思いっきり殴った。
死神は自分の張った壁まで、吹っ飛んで行った。
クックは力が抜けたように崩れ落ちた。
俺は急いで側に向かう。
「倒せた、かな。赤盾はムリだったから」
最後の攻撃に自信を持てないクックは、俺に敵の様子を聞いてきた。
死神の方を確認して、絶対に大丈夫と答えると、安心して気を失ってしまった。
ほんとに頑張ってくれた。
腕は傷だらけで、足は関節が赤く腫れている。
慣れない力を使った代償が、深く刻まれていた。
壁が消え、死神を見ると、カタナが脅していた。
カタナを見て、クックに大丈夫と伝えたから、安心はしていた。
「死にたくなかったらな、ビール200杯、売ってこい。半殺しで許してやるから」
カタナにビビった死神は、大急ぎで売りに向かった。
「クック、頑張ったな。見ててハラハラしたけど」
力を使った辺りから、見ていたようだ。
途中で助けたら、クックに恥をかかせると思い、カタナはあえて手を出さなかった。
「時去と白盾を使った時は、マジでと思ったよ。まあ、なんちゃってレベルだけどな」
優しくクックの腕に口をつけ、死痛を消した。
カタナの使う三盾には、3種の使い方があり、自分を守る使い方を白盾と言い、最後にクックが口にした、赤盾は攻撃用だった。
残念ながら、使うには経験が足りなさすぎたようだ。
クックを控え室に寝かせた。
隣には、レンズが酔っ払って寝ている。
ほんとに、今日のレンズはダメダメだ。
仕事に戻ろうとすると、クックの側にいてやれとカタナは行ってしまった。
1人でノルマはキツいだろうし、どうしようか考えていると、クックが薄く目を開けた。
「あれ、ここどこ」
キョロキョロするクックに、まだ寝てていいよと言ったが、首を振った。
本当にありがとうなと、お礼を言うと、ニッコリ笑った。
「僕ね、いっぱい考えたの」
寝ているレンズをチラリと見て、クックが真剣な顔で、気持ちを聞かせてくれた。
今のままでは、カタナとレンズに勝てない。
自分が持ってない物を、たくさん持っているから。
羨ましくてたまらなかった。
前みたいに、殺そうという気持ちはない。
だから、手に入れる努力をする事にした。
1番、羨ましく思ったのは、カタナとレンズの関係だった。
2人に認められる為に、同じ力を願った。
「僕の今の夢はね、カタナとレンズに、羨ましいって思われたいの」
一生懸命に聞かせてくれる気持ちが、とても嬉しかった。
言えた事に満足したのか、またウトウトとし始める。
お疲れ様と言って、頭を撫でると、少しだけ笑って寝てしまった。
1つ成長したクックを見ていたくて、カタナの言葉に甘える事にした。
むにゃむにゃ言ってる、レンズの寝顔も可愛いし。
2人の寝顔を眺めながら、仕事の終わりの時間が来た。
カタナがお疲れと言いながら、飲み物を持って控え室に。
どうだったと聞くと、なんと、カタナ1人でノルマの300杯をクリアしていた。
それに、死神もけっこうイイ仕事をしたそうだ。
「命かかってるからな。必死に売ってたわ」
カタナに脅された死神は、胸と足を限界まで露出させた浴衣にさせられて、売り子をやらされたらしい。
泣きながら、とぼとぼ帰る死神にお礼を言って、俺達も会場を後にした。
考えていたよりも多くの稼ぎに、気が大きくなって、美味しい物でも食べようという事に。
俺の背中でウトウトしているクックに、なにが食べたいと聞くと、お寿司がいいと元気に答えた。
レンズが、それはと口を挟んだが、カタナが黙らせた。
「今日のお前に、発言権とかないから。あと、眼鏡洗浄器も、しばらくナシな」
レンズはごめんなさいと、申し訳なさそうに謝った。
計画性のない俺達は、回らない方のお寿司を食べに行って、今日の稼ぎ分をチャラにして、楽しく1日が終わった。
色々ありましたけど、みんなの浴衣が見れたのと、お寿司が美味しかったので良かったです。
食費の事は、また明日、考えるとします。
今日は、俺を守ってくれた、小さな勇者の事を想いながら、寝るとします。