誕生日と……メイドさん
俺とカタナとクックは、レンズの帰りを待っていた。
今日は、レンズの誕生日だ。
付喪神は、意思と形を持った日を、誕生日と決める者が多い。
正確には、自分の本体が作られた日だけど、その時には、意思がないから解らない。
だからレンズも、誕生日は意思を持った日としていた。
「おっせーな。なにやってんだよ」
「遅いねー」
レンズは残業なのか、今日に限って、帰りが遅い。
サプライズにしたのが裏目に出たようだ。
クックが迎えに行こうと言ったが、サプライズの意味がなくなるとカタナが止めた。
本当に遅いなと時計を眺めていると、携帯が鳴り、画面を見るとレンズからだった。
「あの、ですね。色々あって、その、服がボロボロになってしまって、帰れません。着替えを持ってきて欲しいのですが」
話を聞いていたカタナが、丁度いいと言って、リボン付きの袋を取り出した。
中身を聞いても、見てからのお楽しみだと教えてくれない。
レンズの着替えを用意していたクックに、必要ないと言って、レンズの所に向かった。
レンズは、公園のトイレで俺達を待っていた。
携帯で着いた事を知らせると、婦人用トイレにいるから、カタナが来てくれと言って、電話を切った。
「じゃ、楽しみに待っててな」
ニヤニヤと笑うカタナは、手をヒラヒラさせてトイレに入って行った。
「お兄ちゃん、あの袋の中って、やっぱり服だよね?どんなのかな」
「うーん、なんだろな。服なのは間違いないけど」
カタナの態度から考えると、期待していいものか、トラブルになるか。
「ほら、早く来いよ」
「あ、あの。これ、ちょっと」
カタナに手を引かれ、出てきたレンズは、メイドさん姿だった。
藍色を基調にしたエプロンドレスで、胸元のダークレッドのリボンが目を引いた。
白いロンググローブを付けた手で、スカートを持って、モジモジしている。
レンズさん、すっごく良く似合ってます。
俺の中の、メイドさんのイメージそのままです。
見とれる俺に、クックが口を尖らせた。
カタナが俺の前にレンズを立たせ、リボンの結び目を直した。
「今日だけは、華を持たせてやるよ」
レンズの為に、手作りでエプロンドレスを仕立てたみたいだ。
本当に器用だと感心する。
「あの、に、似合ってますか?」
上目遣いに、顔を赤く染めて聞いてくる。
「う、うん。似合ってるよ」
もっと気の利いた言葉を言いたかったけど、他にはなにも思い浮かばなかった。
嬉しいですと小さく言って、俯いてしまった。
会話が続かない俺達を見て、カタナが話題を振ってくれた。
「なんで、服がボロボロになったんだ?」
「あ、ああ、はい。死神と戦ってまして、そのせいで」
怪我はしてないか聞くと、それは、大丈夫ですと言って、また黙ってしまう。
そんなに、恥ずかしいのだろうか。
それに、素直にメイド服を着ているのもおかしい。
カタナの悪ふざけに、普段なら怒るはずだ。
「あの、座ってお話をしませんか」
いつの間にか、カタナとクックはいなくなっていた。
「2人に感謝ですね。気を使わせてしまいました」
やっぱり、誕生日は誰にとっても、特別なんだと2人の気持ちが嬉しい。
いつもなら、ズルいと言って喧嘩になっているばずだから。
メイド仕様のレンズは、とても饒舌だった。
これも、誕生日のせいなのかもしれない。
幸せそうに、自分の夢を聞かせてくれた。
レンズの夢は、俺のメイドになる事だった。
俺に全てを捧げ、側に仕え、危険から守る、戦うメイドさんになりたいと、真剣な瞳で俺を見つめた。
「料理だけは、苦手ですけどね」
苦笑いするレンズは、いつもの強いイメージが感じられなくて、見た目通りの可愛い女の子に見える。
それから、メイドになれたら、なにをしたいかを教えてくれて、カタナの話になった。
「カタナの優しさに、負けそうになる時があります。なんでも出来て、優しいなんて、ズルいですよね」
スカートを握り締めるレンズの顔は笑っていた。
それからも、カタナの話ばかりだった。
「カタナが羨ましくて、どうしても張り合ってしまいます。他の全てで負けても、ゲット様を想う気持ちだけは、私の勝ちに決まっていますけどね」
真っ直ぐに目を見るレンズは、耳まで真っ赤だった。
見つめ合っていると、急に目を細め立ち上がった。
「本当に今日は、いい日です。夢が叶いそうです」
座っている俺の前に立ち、小さく深呼吸をした。
「ご主人様、敵が現れました。どうぞ、このレンズに、殲滅を御命令ください」
お話に出てくるメイドのように、恭しく頭を下げた。
なんて言っていいか解らず、頼むとだけ答えた。
「かしこまりました」
口元に微笑みを浮かべ、スカートの裾を少し持ち上げ、丁寧に頭を下げた。
頭を上げた瞬間に、目の前から消え、辺りで悲鳴がいくつも聞こえてきた。
あっという間に、4人の死神を倒して、消えた時と同じように、目の前に現れる。
「ご主人様、敵の殲滅を完了いたしました」
丁寧に頭を下げ、俺には聞こえないように、残念ですと呟いた。
聞き返すと、なんでもありませんと言って笑顔を見せた。
そろそろ行こうかと言って、さりげなく手を握る。
キョドるレンズが可愛くて、少しでも長く見ていたくて、ゆっくり歩いて家まで帰った。
家に戻り、パーティーを始める。
カタナが腕によりをかけて作った料理を食べて、俺とクックがプレゼントを見せた。
先にカタナに、メイド服のお礼を言っている。
「とても動きやすいです。まるで、なにも着けてないように感じました」
「俺のお手製だかんな。お前の夢は知ってけどさ、破くなよ」
意味深に笑うカタナに、レンズは、わーと言って誤魔化した。
次に、クックのプレゼントを開けた。
綺麗にラッピングされた箱を開けて、レンズはニッコリ笑った。
箱に入っていたのは、可愛い眼鏡ケースだった。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「へへ、レンズさ、眼鏡ケース持ってないから。そういえば、なんで?」
少し考えて、なんででしょうねと首を傾げて、眼鏡ケースを大事そうに胸に抱いた。
最後は俺のプレゼントだ。
メチャクチャ考えて、迷いまくった。
レンズは喜んでくれるだろうか。
レンズが少し緊張しながら、俺のプレゼントに手を伸ばす。
カタナとクックも、興味津々で注目してる。
包装紙を解き、箱のプリントを見て、手が止まった。
カタナが微妙な顔を作り、クックがなにこれ的な顔をした。
俺の選んだプレゼントは、眼鏡洗浄器だ。
超音波でミクロの汚れまで落とすという宣伝に惹かれて、これしかないと思ってたけど、カタナとクックの空気を見ると、間違ったかもしれない。
止まったままのレンズが、こ、これと言って、慌てて箱を開ける。
「これ、使ってみたかったんです」
カタナがマジでと言って、クックがなにに使うのと聞いてくる。
どうやら、喜んではくれてるみたいだ。
「さ、早速、つつ、使ってみましょう」
ドモりまくるレンズが手早く準備を整える。
洗浄器に水を張って、コンセントを繋ぐ。
眼鏡を外し、所定の位置にセットし、恐る恐る、スイッチを押した。
「ん……」
振動音が鳴り、超音波で水と眼鏡を震わせる。
なぜか、レンズも震えていた。
「んん……と、止めて……ください」
頬を赤く染めて、両手でスカートを押さえるレンズが、とってもエロい。
カタナがなんでだよとツッコミを入れ、クックがどうしたのと聞いている。
「あ、あのですね。凄く……」
生まれたばかりの小鹿のように、足をガクガクさせて、なにかを我慢している。
ヤバい、そんなイイ顔したら、苛めたくなってくる。
「これさ、超音波のレベル変えれるんだよね」
ドSの気持ちが、今なら解る。
唇を噛んで首を振るレンズに、俺は無慈悲にレベルを強に切り替えた。
「あっ……」
すっごくイイ声を上げて、ペタンと座り込んでしまった。
恍惚の表情で、はぁはぁ言ってる。
なんだろうか、この優越感みたいな気持ち良さは。
っていうか、洗浄器のレベルを変えて興奮する俺ってどうなのですか。
これは、普通に考えて、アリなんですか?
カタナとクックが、変態を見る目で首を振る。
はい、変態ですね。
あ、洗浄器を止めてないですね。
慌てて止めた時には、レンズは気絶していた。
「マジで、なんでだよ」
カタナが盛大にツッコミを入れて、パーティーは終わった。
その後、カタナが気絶してしまったレンズを着替えさせて、寝室に運んだ。
慣れた手つきで化粧を落として、毛布をかけた。
枕元には、眼鏡ケースと洗浄器を置いて、おめでとうなと言っていた。
リビングでは、クックが料理の残りを摘まんでいた。
俺も釣られて手を伸ばす。
カタナが、手付かずだったシャンパンを飲みながら、いい事を教えてやろうかと言ってきた。
なにと聞くと、ニヤリと笑って、グラスに残ったシャンパンを一息に飲み干した。
「レンズの夢だよ。あいつ、けっこーイイ趣味してっから」
グラスにシャンパンを注ぎながら、意地悪っぽい顔をした。
レンズの夢の最終目標は、ご主人様を守る為に、ボロボロになるまで戦い、報告に行き、良くやったと誉められる。
そこから、ボロボロのメイド服の隙間から手を入れられて、ダメですみたいなやり取りをする。
そして、汚れているからダメですと拒絶するレンズに、お前は俺のなんだと言われて、ご主人様のメイドです、的な事が夢みたいだ。
「マジで、マニアックだろ」
ああ、けっこうアレな夢なんですね。
クックには、いまいち解らないみたいだし。
それでカタナが、破くなよって言ってた意味が解りました。
苦笑いする俺に、カタナが急に真面目な顔をした。
「俺はさ、愛されたかったんだ。レンズは、愛したかったんだ」
それが、俺とあいつの違いかなと、少しだけ酔いの回ったカタナは言った。
いきなりどうしたと聞くと、酔っ払いの言うことだから、気にするなと返された。
「ほらほら、学生とお子様は寝ろよ。お姉さんは、1人で飲むから」
そう言って、強制的に歯を磨かされ、部屋に押し込まれた。
最後に、日付が変わりそうな時計を確認して、レンズにおめでとうと言って、布団に入りました。
「負けねえからな」
「私だって」
ウトウトし始めた頃、カタナとレンズの声が聞こえた気がしましたが、そのまま寝てしまいました。