表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/112

誕生日と……メイドさん

 俺とカタナとクックは、レンズの帰りを待っていた。

 今日は、レンズの誕生日だ。

 付喪神は、意思と形を持った日を、誕生日と決める者が多い。

 正確には、自分の本体が作られた日だけど、その時には、意思がないから解らない。

 だからレンズも、誕生日は意思を持った日としていた。


「おっせーな。なにやってんだよ」


「遅いねー」


 レンズは残業なのか、今日に限って、帰りが遅い。

 サプライズにしたのが裏目に出たようだ。

 クックが迎えに行こうと言ったが、サプライズの意味がなくなるとカタナが止めた。

 本当に遅いなと時計を眺めていると、携帯が鳴り、画面を見るとレンズからだった。


「あの、ですね。色々あって、その、服がボロボロになってしまって、帰れません。着替えを持ってきて欲しいのですが」


 話を聞いていたカタナが、丁度いいと言って、リボン付きの袋を取り出した。

 中身を聞いても、見てからのお楽しみだと教えてくれない。

 レンズの着替えを用意していたクックに、必要ないと言って、レンズの所に向かった。




 レンズは、公園のトイレで俺達を待っていた。

 携帯で着いた事を知らせると、婦人用トイレにいるから、カタナが来てくれと言って、電話を切った。


「じゃ、楽しみに待っててな」


 ニヤニヤと笑うカタナは、手をヒラヒラさせてトイレに入って行った。


「お兄ちゃん、あの袋の中って、やっぱり服だよね?どんなのかな」


「うーん、なんだろな。服なのは間違いないけど」


 カタナの態度から考えると、期待していいものか、トラブルになるか。




「ほら、早く来いよ」


「あ、あの。これ、ちょっと」


 カタナに手を引かれ、出てきたレンズは、メイドさん姿だった。

 藍色を基調にしたエプロンドレスで、胸元のダークレッドのリボンが目を引いた。

 白いロンググローブを付けた手で、スカートを持って、モジモジしている。

 レンズさん、すっごく良く似合ってます。

 俺の中の、メイドさんのイメージそのままです。



 見とれる俺に、クックが口を尖らせた。

 カタナが俺の前にレンズを立たせ、リボンの結び目を直した。


「今日だけは、華を持たせてやるよ」


 レンズの為に、手作りでエプロンドレスを仕立てたみたいだ。

 本当に器用だと感心する。


「あの、に、似合ってますか?」


 上目遣いに、顔を赤く染めて聞いてくる。


「う、うん。似合ってるよ」


 もっと気の利いた言葉を言いたかったけど、他にはなにも思い浮かばなかった。

 嬉しいですと小さく言って、俯いてしまった。


 会話が続かない俺達を見て、カタナが話題を振ってくれた。


「なんで、服がボロボロになったんだ?」


「あ、ああ、はい。死神と戦ってまして、そのせいで」


 怪我はしてないか聞くと、それは、大丈夫ですと言って、また黙ってしまう。

 そんなに、恥ずかしいのだろうか。

 それに、素直にメイド服を着ているのもおかしい。

 カタナの悪ふざけに、普段なら怒るはずだ。



「あの、座ってお話をしませんか」


 いつの間にか、カタナとクックはいなくなっていた。


「2人に感謝ですね。気を使わせてしまいました」


 やっぱり、誕生日は誰にとっても、特別なんだと2人の気持ちが嬉しい。

 いつもなら、ズルいと言って喧嘩になっているばずだから。



 メイド仕様のレンズは、とても饒舌だった。

 これも、誕生日のせいなのかもしれない。

 幸せそうに、自分の夢を聞かせてくれた。


 レンズの夢は、俺のメイドになる事だった。

 俺に全てを捧げ、側に仕え、危険から守る、戦うメイドさんになりたいと、真剣な瞳で俺を見つめた。


「料理だけは、苦手ですけどね」


 苦笑いするレンズは、いつもの強いイメージが感じられなくて、見た目通りの可愛い女の子に見える。

 それから、メイドになれたら、なにをしたいかを教えてくれて、カタナの話になった。



「カタナの優しさに、負けそうになる時があります。なんでも出来て、優しいなんて、ズルいですよね」


 スカートを握り締めるレンズの顔は笑っていた。

 それからも、カタナの話ばかりだった。


「カタナが羨ましくて、どうしても張り合ってしまいます。他の全てで負けても、ゲット様を想う気持ちだけは、私の勝ちに決まっていますけどね」


 真っ直ぐに目を見るレンズは、耳まで真っ赤だった。

 見つめ合っていると、急に目を細め立ち上がった。


「本当に今日は、いい日です。夢が叶いそうです」


 座っている俺の前に立ち、小さく深呼吸をした。



「ご主人様、敵が現れました。どうぞ、このレンズに、殲滅を御命令ください」


 お話に出てくるメイドのように、恭しく頭を下げた。

 なんて言っていいか解らず、頼むとだけ答えた。



「かしこまりました」


 口元に微笑みを浮かべ、スカートの裾を少し持ち上げ、丁寧に頭を下げた。

 頭を上げた瞬間に、目の前から消え、辺りで悲鳴がいくつも聞こえてきた。


 あっという間に、4人の死神を倒して、消えた時と同じように、目の前に現れる。


「ご主人様、敵の殲滅を完了いたしました」


 丁寧に頭を下げ、俺には聞こえないように、残念ですと呟いた。

 聞き返すと、なんでもありませんと言って笑顔を見せた。


 そろそろ行こうかと言って、さりげなく手を握る。

 キョドるレンズが可愛くて、少しでも長く見ていたくて、ゆっくり歩いて家まで帰った。




 家に戻り、パーティーを始める。

 カタナが腕によりをかけて作った料理を食べて、俺とクックがプレゼントを見せた。


 先にカタナに、メイド服のお礼を言っている。


「とても動きやすいです。まるで、なにも着けてないように感じました」


「俺のお手製だかんな。お前の夢は知ってけどさ、破くなよ」


 意味深に笑うカタナに、レンズは、わーと言って誤魔化した。


 次に、クックのプレゼントを開けた。

 綺麗にラッピングされた箱を開けて、レンズはニッコリ笑った。

 箱に入っていたのは、可愛い眼鏡ケースだった。


「ありがとうございます。大切にしますね」


「へへ、レンズさ、眼鏡ケース持ってないから。そういえば、なんで?」


 少し考えて、なんででしょうねと首を傾げて、眼鏡ケースを大事そうに胸に抱いた。



 最後は俺のプレゼントだ。

 メチャクチャ考えて、迷いまくった。

 レンズは喜んでくれるだろうか。



 レンズが少し緊張しながら、俺のプレゼントに手を伸ばす。

 カタナとクックも、興味津々で注目してる。

 包装紙を解き、箱のプリントを見て、手が止まった。

 カタナが微妙な顔を作り、クックがなにこれ的な顔をした。



 俺の選んだプレゼントは、眼鏡洗浄器だ。

 超音波でミクロの汚れまで落とすという宣伝に惹かれて、これしかないと思ってたけど、カタナとクックの空気を見ると、間違ったかもしれない。


 止まったままのレンズが、こ、これと言って、慌てて箱を開ける。


「これ、使ってみたかったんです」


 カタナがマジでと言って、クックがなにに使うのと聞いてくる。

 どうやら、喜んではくれてるみたいだ。



「さ、早速、つつ、使ってみましょう」


 ドモりまくるレンズが手早く準備を整える。

 洗浄器に水を張って、コンセントを繋ぐ。

 眼鏡を外し、所定の位置にセットし、恐る恐る、スイッチを押した。


「ん……」


 振動音が鳴り、超音波で水と眼鏡を震わせる。

 なぜか、レンズも震えていた。


「んん……と、止めて……ください」


 頬を赤く染めて、両手でスカートを押さえるレンズが、とってもエロい。

 カタナがなんでだよとツッコミを入れ、クックがどうしたのと聞いている。


「あ、あのですね。凄く……」


 生まれたばかりの小鹿のように、足をガクガクさせて、なにかを我慢している。

 ヤバい、そんなイイ顔したら、苛めたくなってくる。


「これさ、超音波のレベル変えれるんだよね」


 ドSの気持ちが、今なら解る。

 唇を噛んで首を振るレンズに、俺は無慈悲にレベルを強に切り替えた。


「あっ……」


 すっごくイイ声を上げて、ペタンと座り込んでしまった。

 恍惚の表情で、はぁはぁ言ってる。

 なんだろうか、この優越感みたいな気持ち良さは。


 っていうか、洗浄器のレベルを変えて興奮する俺ってどうなのですか。

 これは、普通に考えて、アリなんですか?


 カタナとクックが、変態を見る目で首を振る。

 はい、変態ですね。


 あ、洗浄器を止めてないですね。

 慌てて止めた時には、レンズは気絶していた。



「マジで、なんでだよ」


 カタナが盛大にツッコミを入れて、パーティーは終わった。




 その後、カタナが気絶してしまったレンズを着替えさせて、寝室に運んだ。

 慣れた手つきで化粧を落として、毛布をかけた。

 枕元には、眼鏡ケースと洗浄器を置いて、おめでとうなと言っていた。




 リビングでは、クックが料理の残りを摘まんでいた。

 俺も釣られて手を伸ばす。

 カタナが、手付かずだったシャンパンを飲みながら、いい事を教えてやろうかと言ってきた。

 なにと聞くと、ニヤリと笑って、グラスに残ったシャンパンを一息に飲み干した。


「レンズの夢だよ。あいつ、けっこーイイ趣味してっから」


 グラスにシャンパンを注ぎながら、意地悪っぽい顔をした。



 レンズの夢の最終目標は、ご主人様を守る為に、ボロボロになるまで戦い、報告に行き、良くやったと誉められる。

 そこから、ボロボロのメイド服の隙間から手を入れられて、ダメですみたいなやり取りをする。

 そして、汚れているからダメですと拒絶するレンズに、お前は俺のなんだと言われて、ご主人様のメイドです、的な事が夢みたいだ。



「マジで、マニアックだろ」


 ああ、けっこうアレな夢なんですね。

 クックには、いまいち解らないみたいだし。

 それでカタナが、破くなよって言ってた意味が解りました。


 苦笑いする俺に、カタナが急に真面目な顔をした。


「俺はさ、愛されたかったんだ。レンズは、愛したかったんだ」


 それが、俺とあいつの違いかなと、少しだけ酔いの回ったカタナは言った。

 いきなりどうしたと聞くと、酔っ払いの言うことだから、気にするなと返された。


「ほらほら、学生とお子様は寝ろよ。お姉さんは、1人で飲むから」


 そう言って、強制的に歯を磨かされ、部屋に押し込まれた。




 最後に、日付が変わりそうな時計を確認して、レンズにおめでとうと言って、布団に入りました。




「負けねえからな」


「私だって」



 ウトウトし始めた頃、カタナとレンズの声が聞こえた気がしましたが、そのまま寝てしまいました。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ