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毒と……黒白の花嫁 後編

 夕食は俺が用意した。

 お総菜を温めて、ご飯を炊いただけの味気ない夕飯。

 カタナの作る、愛情を感じられる料理が恋しかった。

 たったの1日でこれだ。

 適当に食べて、3人でカタナに食事を持って行った。



 カタナは壁に寄りかかり、意志の感じられない目で遠くを見ていた。

 黒い影は右半身を侵食するように、広がっている。

 クックが俺にしがみついて、エグエグ言っている。

 レンズも辛そうに俯いていた。


「カタナ、大丈夫か」


 俺は無理に明るく言ったが、カタナの返してきた言葉に、なにかが壊れる音を聞いた。


「だれ……」


 俺の事が解らないのか、それとも自分の名前を忘れたのか、あるいは両方か。

 どれでも同じだ。

 クックの手に力が入った。


「カタナ。いい加減にしなさい。笑えないですよ」


 レンズも、いつもの調子で言ったが、無駄だった。

 反応のないカタナを見つめて、なにかを耐えるように肩を震わせ、襟首を掴んだ。



「貴女の夢を言ってみなさい。恥ずかしくなるくらい、バカみたいな夢を」


 ガクガクと首を揺らし叫んだ。

 見ているのが辛かった。

 レンズを引き離し、部屋から連れ出すと、2人は俺にしがみついて泣いてしまった。


 どうすればいい、こんな時カッコいい男ならなにをする。

 いくら考えても、答えは見つからない。

 解ったのは、付喪神にとって、記憶をなくすという事の重大さだけだった。



 リビングに戻り、目を赤くしたレンズが昔話を聞かせてくれた。

 レンズとカタナは、古い付き合いとは聞いていた。

 ただ、俺が思っていたより、ずっと永かった。



 カタナとレンズは、離れていた時期もあったが、50年という時間を、一緒に過ごした。

 あてもなく、好きな人を探す旅を。

 喧嘩をするようになったのは、俺と一緒に暮らし始めてからだった。

 それまでは夢を語ったり、見つけたらどうするかを、寝る間を惜しんで言い合った。

 辛い時も、悲しい時も越えて、俺と出会えたのは、カタナが隣に居てくれたから。


「ゲット様を見つけたら、負けたくないって気持ちが湧いちゃいました」


 眼鏡をずらし、目をこすり微笑んだ。

 クックはずっと、泣きっぱなしだった。


「カタナの夢を、叶えてあげてくれませんか」


 真っ直ぐに俺を見る目に、諦めではなく、優しさが込められていた。

 俺に出来る事は、なんでもすると誓った。




 すぐに行動を起こした。

 レンズは出掛け、俺は実家を出てから初めて、親に電話をかけた。

 唐突にお金を貸してくれと言う俺に、納得の行く使い道を教えろと母さんは言った。


 イイ女の前で、カッコつけたいと答えると、貸すのではなく、くれてやると言って電話が切れた。

 母さんの口癖を思い出す。


「男はな、カッコつけてナンボだ。父さんみたいなイイ男になれよ」


 死んだ父さんに、ベタ惚れだった母さんは、若い頃は、ちょっとアレな人だった。

 俺のすぐカッコつけようとする所は、母さんの影響だ。



 レンズが戻ってきた。

 給料の前借りを頼んできたみたいだ。

 次に、明日の1番で、予約の取れる場所を探した。

 ひたすら電話をかけ続け、1件だけ見つける事が出来た。

 それから、夜が明けるまで、3人でカタナに明日の計画を話して聞かせ、少しでも残り時間を伸ばそうと頑張った。




 朝になり、俺は1人で家を出た。

 みんなとは、別行動だ。

 それは、俺が1人で買わないといけない物を選ぶ為に。

 家を出る時には、カタナの右半分は黒塗りになっていた。

 目がぼやけ始めるのを、グッと堪える。

 これから、夢を叶えるのに、俺が悲しくなってどうする。

 必死に、いい方に考えて、右側で良かったと歯を食い縛った。


 楽しそうに包丁を握り、料理をしているカタナを見ていた俺だ、サイズを間違う事はない。

 店員さんに、これしかないと思える物を包んでもらった。





 誰もいない教会に俺は立っている。

 着なれないタキシードが窮屈に感じる。

 もうすぐ、隣にやってくる人の為の指輪を握りしめ待った。

 

 扉が開き、光を連れて純白のドレスを纏ったカタナが見えた。

 レンズとクックに支えられるカタナは、糸の切れた操り人形のようだった。

 ゆっくりとバージンロードを進み、俺の横に辿り着く。

 ベール越しの顔の半分は、闇で彩られていて、化粧でごまかす事も出来ないと、すぐに理解できた。

 それでも、俺の目には、最高にキレイに映ってる。


 誓いを聞いてくれる神父も、祝福してくれる人もいない。

 いや、レンズとクックがいる。

 それだけで、釣りが来るくらい十分だった。



 互いに誓う為に、向き合う。

 レンズが気丈な顔でベールを上げた。

 泣きそうなクックが、崩れ落ちそうなカタナを支えている。

 時間がない。

 神父がいなくてよかった。

 長い話を聞かなくて済む。


 ウェディンググローブに包まれた左手を優しく取り、指輪を薬指に。


 音もなく、右手のグローブが床に落ちた。

 クックの目から大粒の涙が零れた。


 右側に倒れるように傾いた。

 レンズが目を閉じて支えた。


 顔の右半分は、もうなにも見えない。

 最後まで、泣くワケにはいかない。

 深呼吸をして、気持ちを伝える覚悟を決めた。



「カタナ、お前の事が……大キライだ」



 伝えようとした気持ちの、真逆の言葉が勝手に口から溢れた。

 レンズとクックが、信じられない物を見たように目を白黒させている。

 それより、驚いているのは俺だ。



 カタナの左目が、悲しみに染められていく。

 なぜか、やるなら今だと思えた。


 全ての気持ちを込めて、唇を合わせる。



 半分しかない唇は、切なくて涙の味がして、強引に押し入ってくる舌が、気持ちよくて……


 あれ?

 とっても力強く押し倒され、口の中をメチャクチャにかき回される。


「んーんー」


 レンズとクックが怖い顔で、カタナを引き剥がす。


「ファーストキス、もらったぜ」


 俺を見下ろし、ドヤ顔のカタナは唇を舐めた。

 いつものカタナの顔が嬉しくて、下から抱き締めた。

 わーわー騒ぎながら、普段の楽しいムードに。


「離れて下さい。もう夢は叶ったのですから、満足して消えて下さいよ」


「そーだよー。ちゅーしてズルい」



 笑いながら怒る2人に、カタナはチッチッと人差し指を振って言った。


「バカ言ってんじゃねーよ。結婚式なら白無垢だってーの」


 どうやら、洋装ではなく、和装が良かったみたいだ。

 でも、ほんとに良かった。




 カタナが未練たっぷりにドレスを脱いで、名残惜しそうに教会を後にした。

 家に着くまで、カタナは薬指に光る指輪を眺めていた。



 カタナに昨日からの事を聞くと、教会でキスをするまでの記憶はないらしい。

 どうして元に戻れたのかは、答えは見つからなかった。

 レンズの分析では、薬の本来の効果が発揮されたのではないかと。

 確か薬の効果は、嫌な記憶を閉ざすという物だった。

 大キライと言われた記憶を、閉ざす方を優先したのかも知れない。

 付喪神にとって、想い人からの拒絶の言葉は、例え嘘でも、トラウマレベルのダメージがある。

 前に言った時は、みんなから、凄い勢いでもう止めてくれと言われたから、よく解っている。



 あの場面で、大キライと言ったのは、俺の頭がおかしいからか、とっても偉い死神さんが、どこかで目を赤くして、渋い声で、いつかの礼だ、なんて言ってたりしてと、考えてしまいます。

 いや、やっぱり俺の頭がおかしいからですね。

 なんにせよ、カタナが元に戻ったので、良かったです。





 夕飯の時間になり、指輪を眺めてブツブツと言っているカタナに、レンズが夕食をお願いすると、自慢が始まってしまった。


「信じられるか。付喪神の俺が、人間と結婚式を挙げたんだぜ。絶対、俺だけだよな」


 いーだろと、指輪を見せつける。

 レンズは、はいはいと聞いていた。


「俺、ゲットのお嫁さんになったんだぜ。スゲー幸せ。ファーストキスも俺だし」


 調子に乗っていくカタナに、レンズがイライラしていく。

 そういえば、カタナのファーストキスをもらった事になるのか、なんてニヤニヤしていると、俺の考えを読んだレンズが、違いますと否定した。


「余計な事、言ってんじゃねーよ。ファーストキスなんだよ」


「いいえ、絶対に違います」


 あれ、ファーストじゃない、誰とかな。

 しばらく、そうだ、違うと言い合い、レンズがキレた。


「ファーストキスは、私としたじゃないですか」


 はい?

 嘘だからなと、カタナが言い訳をする。

 レンズが舌を出して、真相をぶちまけた。



 俺を探す旅の途中、どんなキスがしたいと、話し合っていたら、盛り上がってしまい、寂しさと勢いでお互いに、こいつでもいいかと、してしまったらしい。


 なんか、愛に飢えてたのかな。

 言い合いを続ける2人に、どこにいたのか、クックが口を挟んだ。


「ずーるーいー。僕だけ、ちゅーしたことない」


 ちゅーと言いながら、タコさんの口で、俺に飛びかかって来た。

 カタナが手を伸ばして止めたが、押さえ切れず、倒れ込んだ拍子に口がくっついた。

 クックはそのまま、ちゅーちゅー吸っている。

 んーと言って、足をバタバタさせるカタナ。


 カタナが精一杯に抵抗して、ポンと音を立てて、クックが離れた。


「へへ、お兄ちゃんの、はじめてのちゅー、半分もーらった」


 ああ、ファーストキスって、そういう分け方ができるんですね、勉強になりました。

 唇が赤く腫れ上がっているカタナさん、全員のファーストキスのコンプ、おめでとうございます。




 その後、舌ごとクックにちゅーちゅーされ、味が解らなくなったカタナの作った、ご飯を食べました。

 味見をしてないせいか、薄味でしたが、とっても美味しかったです。



 今日は、カタナのドレス姿を考えながら、寝るとします。

 はじめてのちゅーは、涙味でディープでした。



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