毒と……黒白の花嫁 前編
夕飯を終えて、クックに本を読んであげていると、ピンポーンと来客を伝えらる。
もうね、最近はインターホンが嫌いになってきた。
取ってしまおうと考えても、なくても呼んでないお客さんは来るしと諦める。
居留守を使っても、ドアを壊されると、またお金が飛んで行く。
結局は出るしかない。
スコープを覗くと、黒い服に鎌が見えた。
それも、5人分。
団体さんの到着に、俺はそんなに罪深いのかと嫌になる。
いつものように、小走りで報告に。
「死神さんの団体さんが来ました。とっても可愛い子達ですけど、お願いします」
またかよ的な空気に、クックが頬を膨らませる。
気持ちは解る、良い所だったからね。
レンズはゲームをしていて、セーブポイントまで待って欲しいのと、顔は聞いてませんと言っている。
「じゃ、俺が行ってくるわ」
台所で洗い物をしていたカタナが、手を拭きながら、玄関に向かった。
なんか、死神の訪問から撃退が、作業みたいになってきている。
5対1でも全く気にしていない。
俺達もカタナの心配より、もう面倒だから来るなよと思ってしまう。
クックと一緒に本の続きを読んでいると、10分もしない内にカタナが戻ってきた。
相変わらずの強さに、カタナが強いのか、死神が弱いのか解らなくなる。
お疲れ様とカタナを見ると、右腕から血が流れていた。
返り血ではなさそうだ。
「変な剣で斬られたよ、あいつら、全員でイッキに来やがってさ」
面倒臭そうに、腕から流れる血を拭いた。
おかしいな、カタナに死神の攻撃は効かないはず。
それに、鎌じゃなくて剣というのも、おかしい。
薬箱を持って、大丈夫かと聞くと、平気だと言って手を振った。
カタナは気にしてないが、俺には違和感がアリアリで、クックに聞いても解らず、レンズはゲームに夢中で、答えは得られない。
うーん、まあ本体が傷付いたワケじゃないしと、ムリヤリ納得して、その日は終わった。
次の日の朝は、いつも3人で起こしに来てくれるのに、レンズとクックだけだった。
カタナはどうしたと聞くと、調子が悪いみたいで、まだ寝てるらしい。
昨日の違和感がまた甦り、様子を見に行くと、寝てれば治ると言って布団を被ってしまった。
朝食は久し振りに、トーストだけになった。
カタナの作る食事が、朝の憂鬱な気分を変えてくれる重要な役をしていた事に、改めて気付いた。
レンズもクックも、いつもと違う朝にテンションが低い。
学校から戻ったら、ちゃんと考えなければと思いながら家を出た。
昼休み、屋上で味気ないパンをかじる。
いつもは、カタナの作ってくれるお弁当だ。
教室に居場所がないとかでは絶対にない。
ただ、愛情がたっぷり過ぎて、ハートとかが必ず入るお弁当が恥ずかしくて、屋上で1人で食べるのが、日課になってしまっただけだ。
ほんと、俺の生活の一部にカタナが入り込んでしまってる。
カタナがお嫁さんになってくれたら、とんでもなく幸せだろうなと、前に裸エプロンで食事を作ってくれた事を思い出して、ニヤニヤとしてしまう。
妄想で昼休みが終わる前に、ポケットから携帯の振動が伝わり、現実に戻された。
携帯を取り出して見てみると、クックからのメールだった。
『はやくかえってきて』
これだけだった。
嫌な予感がバリバリだ。
慌てて電話をかけると、完全にテンパってるクックの声が聞こえる。
「お兄ちゃん、カタナがね、大変なの。かえってきて…………いいって言ってんだろ」
困っているクックの後ろで、カタナの声が聞こえた。
あー、なんかヤバいのは伝わりました。
レンズは仕事中だし、午後の授業はサボりますか。
教室に戻り、カバンを持って、隣の席の女子に、具合が悪いから早退すると伝えてくれと言って、ダッシュで家に帰った。
家に戻ると、心配そうな顔のクックに出迎えられた。
なにがあったか聞くと、手を引っ張りながらカタナの前に連れていかれる。
カタナは毛布を頭まで被って、なんでもないと不機嫌な声を出した。
「んなワケないだろ。どっか悪いのか」
なにを聞いても同じで、クックと顔を見合わせて、毛布をはぎ取る事に。
止めろよと言うのを無視して、毛布を引っ張り、カタナごと引きずり出した。
「見ないで」
らしくない弱々しい声を出して、右腕を押さえた。
カタナの右腕は、付け根から真っ黒な影みたいな色に染まっていた。
誰がどう見ても、完全におかしい。
昨日の段階で考えるべきだった。
震えるカタナは、お願いだから見ないでと、泣いている。
仕方なく、クックと一緒に部屋を出て、レンズに電話をかける。
仕事中のレンズに繋がる事はなかった。
俺は気付いていたのに、自分のバカさ加減にイライラする。
「お兄ちゃん、聞いて」
クックに適当に返事をして、レンズにリダイアルをする。
繋がらない電話にもイラ立つ。
いきなり耳元で、聞いてとクックが大声を出した。
真剣な顔と声に、熱くなった頭を冷やされ、ゴメンと言ってクックに向きなおる。
「あのね、あの黒いのは怪我とか、病気じゃないの」
一生懸命に教えてくれるクックの説明は、解り難かった。
なんというか、あれは元に戻っていると表現したらいいのかも知れない。
付喪神なら、誰でも経験する、想いで形を作る時みたいらしい。
前に、レンズから聞いた事がある。
初めは、影のような物から始まると。
「だからね、カタナは怖がってるの」
やっぱり、解り難い。
戻せないのかと聞くと、解らないと首を振る。
レンズが帰ってくるには、まだ時間がかかる。
なにか出来る事はないか聞いても、同じだった。
色々と考えても無駄で、レンズの職場まで行くかと玄関に向かい、ドアに手をかける前にガチャりと先に開けられた。
ドアを開けたのはレンズだった。
俺と目が合い、出掛けるのは後にして下さいと言って、死神を引き摺りながら入ってきた。
その死神はと聞くと、昨日の5人組の生き残りだと言って、床に転がした。
「昨日の件が気になったので、仕事を休みました。後でカタナに、休んだ分の請求をします」
レンズも気になっていたようだ。
なんか、気持ちが一緒で嬉しく思えた。
ボロボロの死神から、カタナになにをしたか聞こうとしても、ダメだった。
命は助けるという取引にも応じてくれない。
クックはテーブルでなにかを書いてるし、レンズは冷たい目で死神を見ているだけだ。
時間だけがムダに過ぎて行く。
どうしようとレンズに尋ねると、クックが声を上げた。
「できたよー」
紙をヒラヒラさせて、レンズに渡した。
その紙には、謎の平仮名と数字が色分けされて書かれていた。
レンズが死神の前に立ち、どうぞと言って、サイコロを見せた。
受け取らずに、睨むだけの死神に、レンズはため息をつく。
「私が振りますね」
そう言って、サイコロを転がした。
サイコロの面には、数字ではなく、色だけが塗られている。
ゆっくりと転がり、青の面で止まった。
横目でクックの書いた紙を確認して、踵で左手の親指を踏み抜いた。
ゴリッという嫌な音と悲鳴を聞いても、レンズは涼しい顔をしていた。
いくらなんでも酷すぎると、レンズを止めると、俺ではなく死神を見ながらサイコロを振った。
「時間はあげましたよ。ゲット様が優しく聞いている内に、喋れば良かったですけどね」
サイコロはまた、青の面で止まった。
また青ですねと言って、左手の薬指を砕いた。
死神とはいえ、苦しむ姿を見ていられない。
止めろと強く言うと、時間がないと返された。
「ハッキリ言います。あと2日と持ちません」
時間がないのも解るけど、それでも酷すぎる。
クックの書いた紙には、体の部位が平仮名で書かれていた。
尋問用になんだろうけど、シャレになってない。
「今朝のような、ゲット様の顔を見たくありません。悔しいですが、カタナの作る食事は美味しいですから」
「うん、見たくないよ。お兄ちゃんの、美味しい顔が見れなくなるのヤダ」
俺は心配をかけるくらい、憂鬱な顔でトーストをかじっていたみたいだ。
俺の顔を見て、レンズとクックが暗い目で死神を見つめた。
「ゲット様の顔を曇らせる全てを、私は赦しません」
レンズの手から、サイコロが落ちた。
サイコロが止まる前に、死神が叫ぶように助けを求めた。
レンズとクックの声から恐怖を感じた死神は、素直に全てを話してくれた。
カタナに傷を負わせたのは、死神の力ではなく、人間が作った剣だと言った。
そして、剣には毒が塗られていた。
両方とも、幻想視人と呼ばれる特別な人間が作った物らしい。
剣は神と名の付く者を祓う為に。
毒の効果は、記憶を閉ざされる。
元は毒ではなく薬で、悪夢や過去の記憶に苦しむ人を、救うのが目的で作られた物だった。
それで、そのありがたい薬の効果を消すにはと聞くと、また黙ってしまった。
何度かレンズがサイコロを振って確認したが、本当に知らないようだ。
「元が薬のようですから、解毒剤というのがないのかも知れませんね」
レンズの言っている事が正しく感じて、目眩がする。
どうするかと考えていると、クックが電話を渡してきた。
「ペンデルに聞いてみよ」
クックはペンデルの運命視で、占ってもらうつもりだ。
でも、きっと占いでは無理だ。
あれは、そんな万能な物じゃないし、聞いた事に対する確率を教えてくれるだけだ。
まずは、やり方を考えなければならない。
前みたいに、助けられるか聞くのも意味がない。
絶対に助かると、結果は解っているから。
クックにお礼を言って、みんなで頭を悩ませた。
死神は逃がしてあげた。
役に立つかもしれないと思ったから。
探す時は、それこそペンデルの占いで済む。
もうすぐ、日が落ちる。
カタナが遠くに行ってしまう気がして、怖かった。