占いと……確率 中編
「なにも、ないけど」
レンズの指差す場所には、なにも見えない。
動かないカタナとクックだけだ。
「良く見てください。影がないのです。恐らく、敵は影を狙ったのでしょう」
そんな訳ないだろと見ると、確かに影が見えない。
どの角度から確認しても、床に映るはずの影はなかった。
これが敵の能力だとして、影をなくすと、動けなくなるのか謎だ。
「推測ですが、体が動けば影も動きます。逆に言えば、影が動かなければ、体も動きません」
レンズの考え方も、解らなくはないが、実際にカタナとクックが動けないから、そういう能力だとしておくとする。
ただ、その理屈だとヤバい事になる。
「影がなかったらさ、体もなくなるとかないよな?」
「解らないです。どちらにしても、取り返した方がいいでしょうね」
レンズはどこまでも冷静だ。
混乱する俺とは違い、状況を分析している。
「ええと、ですね。それで合ってます。このままだと、なくなっちゃいます。確率は……97%です」
今まで黙っていた、ペンデルが口を挟んだ。
人差し指に巻かれた、鎖の先にある水晶を揺らしている。
占い師のような事をしているペンデルの目は、銀色に輝いていた。
「それが、貴方の力ですね。消えるまでの時間は解りますか」
レンズの問いに、ペンデルは一度、目を閉じて指先に集中した。
ゆっくりと開く瞼と一緒に、水晶が揺れ始めた。
「95%の確率で、1時間くらいですね」
たったの1時間しかないのか。
今から、敵の死神を探さなければならない。
どこを探せばいい。
それに、倒せば影は戻るのか。
タイムリミットを知った事で、焦りが加速されて頭がこんがらがる。
「あと、1時間ですか。貴方の力を詳しく教えて下さい」
「後でいいだろ、早く死神を探さないと」
落ち着いて下さいと、肩に手を置かれ、キツい目で見つめられる。
焦っているのは、俺だけじゃなかった。
肩に置かれた手を通して、レンズの焦りが伝わってくる。
慌てるだけの俺とは違い、レンズは助ける為に考えている。
頭を冷やせ。
テンパったら大切な人を失う。
落ち着いた俺に、ではと向き直り、ペンデルの力を聞いた。
ペンデルの力は、運命視と言った。
それは、物事の確率を視る力。
自分の持ち主の生業である占いを、一緒にやる事を願い、得た力だった。
「僕の目には、これから起こる事が、数字となって見えます」
ペンデルの力を聞き、それは便利だと、死神の居場所を真っ先に聞いたが、人探しは無理だと言われた。
結局は、死神を探す所から始めなければならない。
どうすればと考え、ある閃きが。
「あのさ、人探しは無理でも、そいつが、どこに行くかは解らないか」
レンズがなるほどと頷く。
やってみますと言って、ペンデルは目を閉じた。
「行き先が解りました。75%ですが」
あてもなく探すよりは、よっぽどいい確率だった。
もっと細かく、その先の事を聞こうとすると、ペンデルの息が上がってた。
「あの、まだ力を使い慣れてなくて」
汗を滲ませて、荒い息をしている。
それに今日は、あと2回が限界だと言う。
もう無駄な事は聞けない。
もっと、早く言って欲しかった。
無理をさせてごめんと言って、カタナとクックに目線を合わせる。
「俺達が、2人を助けられる確率を教えてくれ」
どうしても、今ここで聞かなければならない。
2人に100%助かると聞かせる為に。
はいと言うペンデルを、レンズが手で制した。
「それを聞くのは、無意味です。結果は解ってますから」
いつもの不敵な顔で、眼鏡に手を置いた。
レンズの言う通りだ。
助かるに決まっている。
無駄な事で、ペンデルの力を消費する所だった。
カタナとクックは置いて行く事に。
レンズの読みでは、タイムリミットが過ぎるまで死神は来ない、その為に、逃げたからと。
他の死神が来たらと言うと、その前に助ければいいと言われた。
ここは、前向きなレンズを見習うべきだ。
2人に行ってくると伝え、家を出た。
ペンデルの言った目的地には、一瞬で着いた。
もちろん移動は、レンズの時去だ。
息の上がったレンズを気遣いながら、辺りを見回す。
荒れた空き地に、心霊スポットのような雰囲気を漂わせる廃工場が待っていた。
中に入ると、錆びた機械が放置され、古い油の匂いがする。
月明かりが、割れた窓から差し込み、寂しく薄暗い、廃墟特有の空気を作り出している。
肝試しには、ピッタリな場所だ。
幽霊が苦手なレンズが、俺の腕を掴む。
ペンデルも怖いのか、手を握ってきた。
「な、なにか、います」
レンズの声は震えている。
死神よりも、幽霊にビビっているレンズが、とても不安だ。
幽霊退治の時みたいになると、マジでヤバい。
頼りのレンズがテンパってしまったら、どうしようもなくなる。
ペンデルは、能力に殆どの想いを使っているらしく、俺と同じ程度の力しかなく、戦いは弱いらしい。
頼むから落ち着いてくれと、言うのが遅かった。
俺の腕を掴むレンズが、なにかを飲んでいる。
あーあ、もう確認したくありません。
相変わらず、いい飲みっぷりですね。
「怖い場所なので、飲みまふた」
酒瓶を空にして、上機嫌だ。
ペンデルから場所を聞いた時から、お酒を用意していたようだ。
どうすればいい。
一応、レンズにこの先の作戦を聞いてみる。
「あの時も、お酒を飲んたら、終わってまふた。今回も、がんばりまっふ」
素敵な作戦をありがとう。
あの時も、邪魔しかしなかったね。
もう、寝てて下さい。
状況が最悪になった事を、理解していないペンデルが、俺を心配そうに見ていた。
俺が言える事は……
もう、ダメかも知れない。