禍津神と……想い 後編
「えっ……?」
カグツチの体が、袈裟懸けに、胸から上だけが斜めに滑り落ちた。
なにが起きたのか解らないカグツチは、別れてしまった下半身に手を伸ばしている。
「なんで、破裂しないの……?」
呻くカグツチの胸の切り口から、鉛色の本体が見える。
止めを刺さなければならない。
体が重い。
たった一太刀で、体力をごっそりと持って行かれたようだ。
足を引き摺り、カグツチを見下ろす。
カグツチは、大きな声を上げて、泣き出した。
「どうして、私だけ」
涙と一緒に、胸から本体が落ちた。
それは、テレビかなにかで見た、爆弾のように見えた。
カグツチが禍津神に身を堕とした理由が、痛い程に解った。
「疎まれて、嫌われて、忘れられて、寂しくて、羨ましくて、だから痛みを求めたのよ。私と同じ痛みを分けてあげたくて」
涙は赤く色を変えていた。
レンズもクックも、目を反らさずに見つめている。
楽にしてやれよ。
悲しみを湛えたカタナの声が聞こえた。
両手で刀を逆手に、狙いを定める。
レンズとクックが顔を背けた。
「大切に……されて……みたかったな……」
カタナが俺の中で、耳を塞いだ。
腕に力を込めて、突き刺した。
ザクリと土を抉る音に、全員が切っ先を見る。
カグツチの本体の、すぐ横に刀が突き立っていた。
「ごめん、外しちまった」
体力の限界も手伝って、大の字に寝転んだ。
側に転がる、血に塗れた、小さな爆弾を胸に抱いた。
誰かの嗚咽が聞こえる。
きっと、大切にされた事がなくて、勘違いしてしまった、あの子の声だ。
カタナが震える手で、刀身を鞘に納めた。
「ありがとな。殺さなくて……ほんとに……」
はぁ、今度は、勝ち気で胸の大きな子が泣いてしまった。
「立派でした。惚れ直し、じゃないですね。ずっと、好きです」
「お兄ちゃんは、スッゴくカッコいいね」
眼鏡をかけた子に、小さな可愛い子も泣きそうだ。
こんなに、女の子を泣かせたら大変だな。
なにか、気の利いた事を言わないと。
「もう、禍津神じゃないな。俺が大切に思ってるから」
胸の爆弾を優しく撫でた。
「はい。幸せ過ぎて、溶けてしまいそうです」
困った、カッコつけたつもりなのに、もっと泣かせたようだ。
「禍津神を倒すには、付喪神にしてあげれば良かったのですね」
レンズの締めの言葉に、全員が頷いた。
泣きながら笑うカグツチも、全員の中に入っていた。
それから、怪我をしたみんなが回復するのを待った。
と言っても、1時間くらいだ。
レンズとクックは、辛そうだが大丈夫と言っている。
重症の2人はと言うと。
「メチャクチャ、ハズいよー。見られちまったよー」
どうやったのか、腕も元通りで、元気に恥ずかしがっている。
「斬られた時の痛み、素敵でした。もう一度、お願いします」
カグツチも、ドMな事を言えるくらい元気だ。
前に、想いで形を作るとか言っていた。
つまり俺は、すっごく想われている、幸せ者という事だ。
さて、帰るかと言うと、カグツチがここに残ると言った。
「どれくらいかかるか解りませんが、ちゃんと、貴方への想いで、形を作りたいです。ここは、私が生まれ変わった、特別な場所ですから」
だそうです。
3人が面白くない顔をしましたが、手を振って、少しのお別れです。
タクシーを呼ぼうとしたんですが、俺の携帯は電池が切れていて、他のみんなのは、爆発で壊れてました。
またボロボロでヒッチハイクかよと、カタナがグチりながら、車を止めて、送ってもらいました。
その夜、カタナが少し話を聞いてくれと、部屋にやってきた。
カタナは付喪神として、意思を持つ前から、特別な刀だった。
神刀と呼ばれ、名を八十禍津祓の剣。
災いや、魔を祓う為の物として、神社で眠っていた。
そして、1人のサムライと出会い、意思を持った。
「ほんとに優しい人でな、殺生はしなかったし、親を亡くしたガキとかを面倒みたりしてたよ。それに、メチャクチャ強かった」
初めて持った刀で、カグツチを斬れたのは、前世の記憶が体を動かしたのと、刀の本来の力だと教えてくれた。
「マジで、カッコ良かったぜ、主様」
そう言って、顔を真っ赤にして、行ってしまった。
なんだか、とってもいい気分です。
サムライやってた時の俺は、カッコいい男だったんですね。
自分に酔っていると、カタナが、いい忘れたと言って、ドアから顔だけ覗かせた。
「刀は殺す為の物じゃなくて、胸に挟む物だって言っててさ。だから、自分を使って殺すのが嫌なんだ」
それだけ言って、ドアを閉めた。
やっぱり、エロかったんですね。
まさか、胸に挟む文化を広めたのは、俺だったりして、なんて考えながら、布団に入りました。
明日には、風邪を治したいと思ってます。