禍津神と……想い 中編
スコープ越しの死神は、清楚な雰囲気を漂わせ、上品そうなお嬢様に見えた。
死神が来て良かったと思う日があるなんて、笑ってしまう。
とにかく、今は早めにお帰り頂くしかない。
鍵を確認して、みんなに報告をする。
「死神さんが来ました。お嬢様タイプで綺麗だけど、お願いします」
俺の報告に、ホッとした空気が流れる。
みんな、禍津神を警戒していた緊張が解かれ、いつものムードに。
「何度も言ってますが、顔は聞いてません。今は時間がないので、速攻で終わらせます」
俺に眼鏡を渡すレンズは、やれやれと顔に書いてあった。
玄関に向かうレンズの勝利を、誰1人として疑わずに見送り、禍津神の対策会議に戻る。
「とりあえず、死神で良かったけどさ、禍津神って、どんな風に来るんだ」
「さあな、俺が倒した奴は……」
カタナの声を遮り、バンという破裂音と一緒にレンズが飛んできた。
足を派手にフローリングに擦らせ、壁にぶつかり止まった。
「気を付けて下さい。禍津神です」
焦りを顔に浮かべるレンズの足は、火傷でも負ったように赤くなっている。
「なに言ってんだよ。死神じゃないのか」
カタナの問いに、レンズは首を振る。
嘘だろ、俺が見たのは、死神だったはずだ。
玄関を見ると、死神か禍津神かは解らないが、律儀に靴を脱いでいる。
脱いだ靴を揃えて、壁に鎌が当たらないように気にしながら、俺達の前に歩いてきた。
「そちらの方、大丈夫ですか。いきなり攻撃されたので、驚いてしまいました」
レンズを心配している何かは、死神にしか見えない。
なにも言えない俺達を平然と見回し、ペコリと頭を下げた。
「初めまして。カグツチと申します」
丁寧な挨拶に、カタナは、お、おうと言い、俺とクックは釣られて頭を下げた。
レンズはカグツチを睨んでいる。
「申し訳ないのですが、死んで下さい。あ、出来れば、時間をかけてお願いします」
言葉と態度は丁寧なんですが、この人、とっても怖いです。
「ここで時間をかけると、お互いに困りますよね。場所を変えましょうか。騒ぎになって止められるのは嫌ですから」
カグツチの提案に、カタナとレンズは賛成し、人目に付かない場所で戦う事になった。
タクシーを2台、呼んで移動をする。
1台には、カグツチだけが乗り、もう1台には、俺達が乗った。
目的地への道すがら、カグツチの事を話し合う。
「あいつ、死神じゃねえのか?」
「はい、死神としての力を感じませんでしたから」
一般人には、理解が出来ない会話内容に、運転手が怪訝な顔をする。
慌てて、ごまかして、口に人差し指をあてる。
2人は頷き、解ってくれた。
クックはずっと、暗い顔で外を眺めている。
結局、対策は練れず、最近は、山とか森に行く事が多いなと考えながら、目的地に到着した。
「ここなら、誰にも邪魔されませんね」
カグツチは、これから楽しい事でもあるように笑っている。
どうすると、アイコンタクトを取り、レンズは石を拾って、カグツチに投げつけた。
レンズの手から放たれた石は、顔に当たったと同時に爆発した。
石が爆発したのか、カグツチが爆発したのか解らなかった。
びっくりするじゃないですかと、パタパタと服の汚れを払っている。
「これが、あの方の力です。直接の攻撃は避けて下さい。さっきの私みたいに、ダメージを負います」
レンズの足の火傷を思い出す。
どうやって攻撃すればと、カタナが空を仰いだ。
「そんな事、言わないで下さいよ。ちゃんと、手とか足で攻撃してくれないと、痛くないじゃないですか」
プンプンという例えがぴったりに、怒りを表現しているカグツチは、鎌を持った手を不自然に振っている。
すぐに、諦めたように、ため息をついた。
「この鎌は使わないので、気にしないで下さいね。どうしても、手から離れないんですよ」
なにを言っているか解らない。
勝手に離せばいいと思ったが、レンズとカタナの顔を見て、頭がおかしい以外の理由があると悟った。
「死神を、喰らったのですね」
レンズの言葉に、あら、解りますと、口に手を当てた。
カタナが震えて自分の肩を抱いた。
「たまたま、私の側で死にかけていた死神がいまして、食べちゃいました。意志が残っているのですかね、手から鎌が離れないんですよ」
また、鎌を離そうと手を振った。
これで、俺を狙う理由が理解できた。
死神としての、意志がそうさせていると。
そして、死神を食べて、禍津神としての形と力を得た事も解った。
「そろそろ来てくださいよ。じゃないと、こちらから行きますよ」
少し間を置いて、来ないのですねと、小さく言い、俺に向かって突っ込んできた。
「カタナ。腹を括りなさい。貴女にしか出来ないのですから」
レンズが叫んだ。
カタナの目を見つめ、俺の前に立ち、向かってくるカグツチの顔をぶん殴った。
衝撃と熱が俺にも届き、目を開けているのがやっとだった。
石を投げた時の、何倍も強い爆発だった。
吹っ飛んだカグツチの顔からは、煙が吹いている。
レンズの右手からも煙と血が吹いていた。
カタナは動けないのか、歯を喰い縛り目を瞑った。
「ふふ、いたーい。はは、痛いですね。これですよ。もっと、いいですか」
煙を吐く顔は、火傷と血で斑になっている。
「カタナ。私があと、3回攻撃するまでに決めて下さい」
右手を押さえ、俺の前に立つレンズの背中は震えていた。
攻撃の残り回数が、左手と両足の事だと、バカな俺でもすぐに解る。
止めろとレンズに手を伸ばし、目眩に膝を付いてしまう。
フラつく頭が、風邪を引いていた事を思い出す。
荒い息をつく俺の前に、もう1人、守るように立った。
「攻撃じゃなくて、守るだよ。あと、7回だね」
恐れを見せず、クックはニッコリと笑った。
カグツチが、ひい、ふう、みい、と、なにかを数えている。
「あと15回じゃないですか。騙されませんよ」
俺達の手足を数えていたようだ。
顔のダメージは気にせずに、服の汚れを気にしてから、またも、俺に向かってきた。
レンズを押し退け、前に出たクックの右手と、カグツチの腹が弾けた。
つっと小さく圧し殺した声を上げて、右手を押さえる。
「お兄ちゃん、見ないで」
俺に見せまいと、左手で隠した右手は、白い物が見えていた。
調子の悪さが相まって、吐き気が込み上げる。
「ぎ、き、効きますね。小さいのに、いいですよ」
クックの攻撃を誉めるカグツチの腹は、拳大に焼け焦げた穴が穿たれていた。
次ですと、走るカグツチを、カタナが横から拳を叩き込んだ。
衝撃に顔をしかめ、もう一度。
腕が飛んだ。
文字通りの意味で。
どさりと地に腕が落ちた。
カタナは、放心したように、失った腕を見つめた。
「あら、もっと連撃を期待していたのですが、かっかりです」
動かないカタナの顔を狙ってきた拳を、ギリギリで左手で受けた瞬間に、今までにない爆発が起こった。
更に攻撃を加えようとするカグツチを、後ろから、レンズが見えない速度で頭を蹴り飛ばした。
爆発を土産に、カグツチが見えなくなる距離まで吹っ飛んだ。
「貴女のおかげで、残弾と希望が一気に減りました」
レンズもカタナも、立てずに横になったままだった。
「ああ、悪かったよ」
俺とクックが、走って側に行く。
見ていられない程の、酷い有り様だった。
側に落ちているカタナの腕が、血溜まりを作っている。
それを見て、我慢が出来ずに吐いてしまった。
「ごめんな。嫌な物を見せちまって」
俺は首を振る事しか出来なかった。
「こうでもしなきゃ、腹を括れなくてな」
辛そうな顔に、決意の色を足した。
「ゲット。俺を使ってくれ。どうしても、自分じゃ出来ないんだ」
「ワザと両腕を、使えなくしたのですね。後で言いたい事が沢山あります」
レンズが怒っているような、でも、優しい顔でカタナの頬を撫でた。
クックは訳が解らずに、2人を見つめている。
「ゲット様、この場を生き残る術が1つあります。カタナの本体を使って下さい」
生き残るという言葉に、希望を込めて、どうすればと聞く。
「俺で、カグツチを斬れ。それでいい」
痛みで震える左手で、腰の刀を俺の前に置いた。
「まだ、誰も試した事はないですが、付喪神の最後の戦術です」
レンズとカタナが目を閉じ、クックが俺の背中に手を置いた。
深く深呼吸をして、鞘から刀を抜いた。
白く輝く刀身が、鏡のように顔を写し、カタナの顔に変わった。
頭じゃなく、胸の真ん中に、カタナの声が聞こえる。
それに、カタナの想いも過去も流れ込んで来た。
「1つになれたな。ダメだったら泣いてる所だったよ」
照れ臭そうに笑うカタナが見える。
「俺は、自分を殺す為に使うのが嫌なんだ。刀のくせにな」
優しそうな、カタナの持ち主であった、俺の前世の記憶が溢れた。
「あ、あんまり見んなよ。ハズいだろ」
真っ赤になったカタナが微笑ましかった。
女の過去は覗く物じゃない、聞いてあげるのがカッコいい男だ。
カッコつけるなら、ここしかないと思えた。
「そうだな。いつか、カタナの口から聞くよ」
「主様……」
想いと記憶を仕舞い、現実に目を向ける。
カグツチがダッシュで向かって来ていた。
「今のなんですかー?逝っちゃうかと思いましたよー」
首が折れているのか、グラグラと首を揺らしている。
「はぁ、着きました。さっきの奴、もう一度、お願いします」
レンズに向かい、おねだりをする。
時去で蹴られても、ケロっとしていた。
とんでもない化け物だが、今は怖くはない。
カタナと一緒だから。
なにも考えるなと、カタナの声が聞こえる。
俺は力を抜き、カグツチの横を通り過ぎた。