禍津神と……想い 前編
昨日から調子が悪くて、ベッドから出られない。
咳と鼻水が止まらず、喉も痛い。
具合が悪いのに、学校が休めると少しだけ楽しく思ってしまう。
学生なら、誰でも1度はあるはずだ。
目覚ましが鳴る前に止めて、布団と暖かい大きな胸に癒される。
いいですね。
ずっと、このままでいたいです。
いいでしょうか?
レンズとクックが首を振る。
隣にいるカタナが、シッシッとレンズとクックを追い払おうとする。
ズルいと言って、カタナをベッドから引きずり下ろした。
普段なら、殴られてるが、調子の悪い俺を思ってか、小言だけで済ませてくれた。
「あのなぁ、体を暖めるには、人肌が1番なんだよ」
こぼれ落ちそうな胸を見せつけ、また布団に入ろうとする。
「胸は関係ないです。どうしてもと言うなら、私がやります」
カタナを引っ張るレンズは、イラ立ちながら言う。
「うーん」
クックが自分の平らな胸を、ペタペタと確認して、足元から布団に潜り込んで来た。
あっと声を上げて、カタナとレンズも布団に入ってくる。
どけよとか、狭い、なんて言いながら、ベッドは大変な事に。
女の子と布団に入れて、幸せなんですが、とっても辛いので、明日にして欲しいのですが。
咳き込む俺を見て、3人は心配しながら布団から出てくれた。
「よし、お粥を作ってやる。新しいエプロン買ったんだよ」
「エプロンなら、返品しときました。いかがわしい格好で、料理をされても困りますからね」
ちなみに、我が家のおサイフ係りはレンズだ。
月にかかるお金を、みんなで分って、管理してくれている。
まあ、俺は仕送りだけど。
あと、その中から、クックにお小遣いをあげてる。
ニコニコしながら、お仕事って楽しいねと言いながら、お手伝いをしてくれる。
「テメエ、あのエプロン、いくらしたと思ってんだよ」
「ええ、いいお値段でしたね。ありがたく食費に回させてもらいました」
ガミガミやり合っている2人。
その隙にクックが、そーっと布団に入ってくる。
「お兄ちゃん、ペッタンコだけど、あっためてあげる」
小声で言うクックは、食べてしまいたくなるくらい可愛らしい。
クックが布団の中で、ぬぎぬぎしていると、2人にバレて、布団から出される。
何故か、俺まで。
「もう寝るな。とりあえず、メシ食えよ」
「そうですね。このままだと、余計に体力を消費します」
違う意味で心配をするカタナとレンズ。
「ざんねん」
残念そうに口を尖らせるクック。
俺はフラフラのまま、ご飯を食べる事になった。
エプロンがなくて、少しテンションが落ちたカタナがお粥を作っている間、レンズはスポーツドリンクを買って来てくれて、クックが冷却シートをおでこに貼ってくれた。
みんなの優しさが嬉しい。
ずっと風邪でもいいとさえ思えます。
新しい何かが、芽生えそうです。
ちょっとアレな格好で看病され……
「それいいから、早く治せよ」
「あとにしてください。心配で、こちらが倒れてしまいます」
「元気が1番だよ」
考えを読まれてしまった。
冗談だと言って、みんなでお粥を食べていると、カタナの携帯が鳴った。
画面に表示された名前を見て、うんざりな顔をする。
「なんだよ、あー。…………。マジで?」
カタナの顔が真っ青になった。
電話を切って、深刻な顔で切り出す。
「禍津神が来た。狙いは、俺達とゲットだ」
レンズは目を細め、不味いですねと呟いた。
クックは知らないのか、2人を交互に見ている。
「なにそれ。なんか、ヤバいの?」
青い顔で、カタナとレンズが教えてくれた。
禍津神とは、粗末に扱われ、忘れられた物が、何らかの理由で力と形を得た存在で、付喪神とは真逆の物らしい。
災厄を振り撒き、付喪神に仇なす天敵と教えてくれた。
「付喪神がいるなら、その逆がいるのは解るけど、なんで天敵なの」
俺の質問に、クックが俯いた。
「きっと、羨ましいからだよ。壊したくなるくらいに。僕は大切にしてもらえたから」
クックは、唇を噛んで目には涙を溜めている。
「そうですね。クックの場合は、大切にされていたから良かったのですが、そうでなければ……」
「つまりだ、なんでもかんでも、道連れにして死にてえんだよ。なんでゲットも狙ってるかは、知らねえけど」
とにかく、やらなきゃダメな状況は解った。
暗い雰囲気と顔の3人と、病人の俺で、禍津神をなんとかしなければならない。
誰1人として、乗り気ではないが、対策を練る事に。
昔、カタナが禍津神を倒した時の事を聞かせてくれた。
その時の禍津神の本体は、カタナと同じ、一振りの刀。
それは、妖刀と呼ばれ、恐れられ、嫌われ、使われないように、封印された。
封印され、誰からも忘れられた妖刀は、何かの理由で力を得て、人の血と、付喪神の命を求め、災厄を振り撒いた。
1人では、敵わない力を持つ禍津神を始末する為に、腕利きの付喪神が集められた。
その中の1人がカタナだった。
「俺を合わせて、4人の付喪神で挑んで、生き残ったのは、俺だけだったよ。みんな、持ち主の事を思いながら、消えた」
辛そうに話すカタナの体は震えていた。
ごくりと唾を飲み、どうやって倒したかを聞く。
「やり方は俺達と同じだよ。動けなくして、本体を壊せばいいんだ」
それなら、みんなで力を合わせればと思ったが、カタナしか生き残れなかった事を考えると、キツそうだ。
それに、禍津神は、たいがいの場合、質の悪い力を持っているとレンズが言った。
カタナが倒した禍津神も、後に喰奴と名付けられる力を持っていた。
人や付喪神、それに死神まで喰らい、力と命に変える。
何度、倒しても、命を喰らい甦る。
「もう一回、聞くけど、そんな化け物を、どうやって倒したんだ」
俺の問いに、カタナは腰に括られた刀を握り締めた。
「斬った。殺す為に自分を使ったのは、あの時だけだ」
カタナの答えに、レンズが理解したように頷いた。
聞きたい事はまだあったが、ピンポーンと間の抜けた音が鳴り、来客を知らされる。
嫌な予感がハンパじゃない。
これまで、俺の家を訪ねて来たのは、付喪神と死神に、あとはセールスマンだけだ。
悲しい事に、友達は少ない。
ということは、死神かセールスマンか、考えたくないが、禍津神が来た可能性が高い。
せめて、死神にしてくれと、お願いをしながらスコープを覗くと、黒い服と鎌が見えて力が抜けた。




