幽霊退治と……怖がり 前編
明日の日曜日の予定はどうするかと、考えていると、レンズが仕事に付き合って欲しいと言ってきた。
確か、レンズの仕事はゲーセンの店員だ。
忙しいのかと聞くと、そっちの仕事じゃないと言う。
どうしても、断れなくてと頭を下げた。
「あの、アバズレか。俺はパスな」
カタナは嫌そうな顔で手を振った。
「そうです。ですが、やらないと職を失います」
レンズの言葉に、カタナは舌打ちを返し、足元を見やがってと毒づいた。
誰と聞くと、その人は、社会的に認められていない付喪神達に、色々と誤魔化して、仕事を世話してくれる人らしい。
その人のおかげで、カタナもレンズも仕事が出来ているという事だった。
なるほどと思い、仕事の内容を聞くと、レンズは眉をひそめて教えてくれた。
「幽霊退治です」
えっ?
幽霊って存在するんですか。
まぁ、付喪神さんや、死神さんがいるし、今さら不思議じゃないですけどね。
「行かない。お前に任せるわ」
カタナがそっぽを向いた。
クックが、どうしたのと、カタナの微妙な態度を気にしている。
「私だって嫌ですよ。ですが、私とカタナ、それにゲット様を指名してきました。きっと意味があるのだと思います」
俺も?
なにも出来ないし、幽霊の存在も、たいして信じていない。
それに、俺の事を知っている事の方が驚きだ。
「マジで嫌なんだけど。あいつらさ、ズルいじゃん」
うんざり顔のカタナは、嫌な事を思い出したのか、大きく手を振って、甦る記憶を消し去った。
「ええ。物理が効きませんからね」
大きくため息をつくレンズも、嫌な記憶が甦ったようだ。
2人は以前、今回のように、幽霊退治をした事があった。
お札を納めて終わりの筈が、逆切れした幽霊に追い回され、1ヶ月もの間、寝不足な日々を送った。
それからというもの、幽霊がトラウマレベルで嫌いになったらしい。
「大変だったね。その幽霊は、最終的にどうしたの」
「ああ、死神を探して、始末してもらったよ」
「本当に、大変でした。その死神も手強かったですし」
遠い目をする2人をクックが、よしよしと、頭を撫でていた。
お世話になったのに、始末しちゃったのは、どうかと思いますが、死神さんって、そういう事もするんですね。
俺はてっきり、俺の家に訪ねて来て、付喪神さんに、返り討ちに合うのが仕事だと思ってました。
「とにかく、やらないと、この先ずっと無職です。ゲーセンに行けなくなるのは、耐えられません」
「そうだな。俺もガキ共と遊べなくなるのは嫌だしな」
「僕も手伝うよ。がんばろ」
「俺の行く意味って、なんだろ」
こうして、職を失いたくない2人と、遠足気分のクックに、役に立ちそうにない俺の4人で、幽霊退治に向かう事に決まった。
出発は暗くなってからという事で、準備をする。
懐中電灯と、虫除けスプレーと、お菓子と、あとなにがいるか聞いてみる。
まるで遠足か、キャンプに行くみたいだ。
「あのさ、知り合いに霊感が強い奴とかいないか」
俺の質問をスルーして、カタナは落ち着かない様子で聞いてくる。
「なんで?まぁ、いないけどさ。そういえば、レンズは?」
「ああ、レンズはお守りとか買いに行ったよ。そっか、いねぇのか」
上の空のカタナに聞いても無駄みたいだ。
「お兄ちゃん、遠足みたいで楽しいね。僕、遠足いくの初めてなの」
楽しそうにリュックにお菓子を詰めるクックを手伝って夜まで待った。
出発の時間になっても、カタナとレンズは、だらだらと、行きたくないオーラを出していた。
俺とクックが早くと行っても、なかなか行こうとしない。
「怖いの?あと、それ効くの?」
カタナとレンズは、お守りやお札を、幾つもぶら下げていた。
「こ、怖くねーよ。面倒臭いだけだよ」
「え、ええ。ゲット様こそ、怖くないのですか」
ドモる2人に、全然、大丈夫と返す。
たいして信じていないし、実家の隣が墓地だったけど、見た事はない。
「はーやーくー」
待ちきれないクックが、嫌がる2人の背中を押して、やっと出発できた。
タクシーで目的の場所へ向かう。
運転手さんに、こんな時間に大丈夫かと心配されたが、大丈夫と答えて、お金を払った。
不気味に揺れる木々が、不安な気持ちを煽ってくる。
もう、帰りたくて仕方がない。
今からでも、仕事をキャンセルしようと考える。
のは、カタナとレンズで、俺とクックは楽しく、虫除けスプレーをかけ合っていた。
「さ、さ、さあ、行きましょうか」
震えるレンズが、俺の腕を掴んでくる。
「お、お、おう。さ、さっさと片付けような」
カタナも反対の腕を掴んだ。
「仕方ないなぁ。僕は怖くないから、我慢してあげる」
もう掴まる腕がないのを確認して、クックは頬を膨らませた。
クックは偉いなと誉めると、とても良い顔を見せてくれた。
「僕だけエライ?へへ、僕だけ」
機嫌は前より良くなったみたいだ。
とりあえず、どうすればいいか確認する事に。
まだ、スタート地点だ。
この調子では、今日中に終われるか不安しかない。
まず、三の鳥居を目指し、そこの社にお札を納める。
次に、二の鳥居の側にある、社にお酒を供える。
最後に、一の鳥居の先にある、地蔵を蹴っ飛ばす。
1と2は、すっごく良く解ります。
3は不吉な予感しかしませんね。
「なにこれ。怨みを買いに行く手順?」
レンズはあたふたと、指令が書かれた紙を確認している。
「か、か、帰ろうぜ。マジで祟られるって」
カタナは、ぎゅうぎゅうと、胸を押し付けてくる。
ああ、女の子と心霊スポットとかに行く目的は、これかと思った。
考えても答えはなく、言われた通りにやるしかなった。
左に柔らかな感触と、右にゴリゴリとした痛みを感じながら、三の鳥居をくぐり、社に到着した。
「お前が行けよ」
「貴女こそ、行って下さい」
カタナとレンズが、社を開くのを押し付けあっている。
2人共、俺の腕を放す気はないらしい。
「じゃあ、僕やるよ」
すたすたと歩いて、なんの躊躇いもなく、社を開けて、お札を置いた。
目を閉じて、手を合わせるのも忘れなかった。
涼しい顔で戻ってくるクックを、カタナとレンズが尊敬の目で見ている。
「凄いな。クックは怖くないのか」
「立派です。その勇気を分けて欲しいです」
誉められて、クックは胸を張った。
「へへ。僕、エライでしょ」
レンズに捕まれたままの手で、頭を撫でてやった。
さっさと片付けようと、二の鳥居に向かう。
ちょっとした物音に、盛大に悲鳴を上げる2人が、可愛いなと思えた。
来たときより、風が強くなったのか、木々の揺れが強く、歓迎されてないように感じられた。
「な、なぁ、誰かに見られてないか」
「は、はい。視線を感じます」
怯えた2人に、俺とクックは、いいえと首を振る。
「ぜったい、見られてるって」
「間違いないです」
譲らない2人に、別にいいじゃんと返して、先を急ぐ。
クックはお菓子を取り出して、カタナとレンズに握らせた。
「気のせいだよ。お菓子でも食べて、楽しく行こ」
ポリポリとお菓子を食べるクックが、頼もしく見える。
落ち着かないのか、カタナはバリバリとお菓子を噛み砕き、レンズは見つめるだけだった。
だんだん2人が可哀想になってきた。
「あのさ、後は俺とクックで行くから、2人は戻っていいよ」
そんなに怖いなら、仕方ない。
クックは、いいよと言ってくれた。
「バ、バカじゃねえのか」
「そ、そうですよ」
俺とクックの優しさが、怒らせてしまったようだ。
ごめんと謝ると、そうじゃないと、更に怒らせてしまった。
「どうやって、戻るんだよ。怖いだろ」
「私達を切り捨てる気ですか」
行くのも嫌、2人だけで戻るのは、もっと嫌だと騒ぐ。
なら、もう行くしかない。
ほらほらと、クックに背中を押され、二の鳥居を目指した。