嫉妬と……もう一人 前編
朝の憂鬱な気分を、わざわざ知らせてくれる目覚まし時計が起きろと鳴り出す。
まだ開かない目で、解ってるよと手を伸ばす。
むにっ。
あれ?
目覚まし時計って柔らかかったかな?
最新式の、やわらか目覚ましかな。
さすが最新の技術だ。
温度まで備えている。
いいですね。
ずっと、むにむにしたいです。
いいでしょうか?
カタナとレンズが首を振る。
ああ、ダメですか。
もう、しないので許してと言う前に、殴られました。
「こいつ、誰だよ?」
「いつ、連れ込んだのですか?」
カタナとレンズの目は、犯罪者を見る目だった。
「は……?だって、クックじゃ……ない?」
枕元には、知らない女の子が寝ている。
いや、知っているけど、なぜ、ここに?
キョドる俺を、そこに座れと言って問いただす、2人の目は、犯罪者からレベルアップして、ゴミを見る目つきになっている。
「あの、この子は妹かな?」
全く信じてくれていない。
それは俺も同じだ。
「ふーん、お前の親ってさ、どこの国の人よ?」
カタナの疑いは、もっともだった。
光を味方につけて輝く、綺麗な金色の髪と、向こう側が透けて見えるような、白い肌。
まだ眠そうに開いた目は、深い湖を思わせる青って……。
ああ、起きましたね。
おはようございます。
簡単にいうと、俺と似てる部分は、なに1つないという事です。
目を擦って、キョロキョロして俺を確認すると、意地悪っぽい顔をする。
「お兄ちゃんには、勿体ないけど、おはようって言ってあげる。感謝してよね」
あぁ、いいですね。
なんだかゾクゾクしてきます。
「えっ、マジで妹かよ。ちょっと、ごめん」
「ほんと、だったんですか」
お兄ちゃん、という言葉に反応した2人は、慌てて出て行ってしまった。
どうしたものかと考えていると、妹からの、ご命令が下される。
「お兄ちゃん、ココア作ってきて。いっぱい練ったやつね。あと、あんまり熱くしちゃヤダからね」
なんだか夢が叶ったような、しみじみとした気持ちが湧いて来ます。
早くと、キツく言われるのも嬉しいです。
急いでキッチンに向かい、ココアを練ります。
妹の好みを知っているので、あんまり熱くせず、最後に生クリームを添えるのも忘れません。
妹のお気に入りのスプーンと一緒に献上です。
ココアを持って、部屋に戻ると、カタナとレンズが、ちゃんと化粧をして座っていた。
「俺は、じゃなかった。私は、彼女のカタナです」
「はじめまして。お兄様と、お付き合いさせて頂いてます。レンズと申します」
自己紹介の挨拶をしていた。
妹は、どうでもよさそうに聞いている。
俺に気付き、人差し指をチョイチョイとして、ココアを寄越せと言う。
受け取ったココアを、スプーンでかき混ぜて、フーフーしながら、口をつけた。
「30点。練りが足りないし、生クリームも少ない。お兄ちゃんは、バカなの?」
了解しました。
作り直してきます。
「もういいよ。30点が、31点になっても同じだから」
不機嫌そうに、クルクルとスプーンを回す。
カタナとレンズは、微妙な俺達、兄妹のやり取りを、もっと微妙な顔で見ている。
「あの、ゲットさん。妹さんの名前とか教えてくれます」
顔と声を、ひきつらせたカタナの問いに、俺はもちろん、なんだっけと返す。
「ひっどーい。お兄ちゃんは、妹の名前も覚えてないの。死んだ方が、いいんじゃない」
ここで、カタナとレンズは、異常な事に気がついたのか、ちょっと来てくれますと、俺を部屋の外へ連れ出した。
「名前も知らないって、どういう事だよ」
「本当に妹なのですか。色々と、おかしいですよね」
なんというべきか、ちゃんと答えないと、2人は許してくれそうにない。
でも、本当の事を言うと、怒るだろうし。
悩んでいる俺に、イラ立った2人は襟を引っ掴み、前後にガクガクと振る。
「わわ、わかったって。名前は知らないけど、妄想妹だよ」
いきなり掴んでいた手を離されて、しりもちをついてしまう。
「チッ、付喪神かよ」
「付喪神ですか」
カタナは舌打ちを、レンズは爪を噛んだ。
少しの間を置いて、2人は部屋に戻り、エア妹と対峙した。
「もう遠慮しねえからな。お前はなんだよ」
「ゲット様の身内でないことが解りました。お名前を聞かせて下さい」
うっとおしそうな目で2人を見て、なにも言わず髪をいじっている。
「シカトかよ。マジでムカつく」
カタナを完全に無視して、俺の方を向いた。
「お兄ちゃん、この人達ウザい。追い出してよ」
いや、それはと言っても、聞く耳を持ってくれない。
黙っていたレンズが立ち上がり、失礼しますと言って、眼鏡に手を置くと、目の前から消えてしまった。
妹も一緒に。
キレたなとカタナが呟いた。
いや、実力行使はまずいだろ。
止めに行こうとすると、無駄だと逆に止められてしまった。
無茶はしないという、カタナの言葉を信じて待っていると、レンズが妹の襟首を掴んで、引きずりながら戻ってきた。
「こ、怖かったよぉ。ご、ごめんなさい」
「意外と素直な子で、良かったです」
レンズは笑ってるし、妹は泣きながら震えている。
一体なにをしたのか。
「街を散歩してきただけですよ。少しだけ、早足だったかも知れませんが」
ああ、それはそれは。
きっと、目にも止まらないくらい、早足だったんでしょうね。
俺は気の毒に思い、涙を拭いてやると、大声で泣き出してしまった。
泣き止むのを待って、改めて自己紹介をする事に。
今までは、ツンデレキャラを作っていたようだ。
もちろん、俺の為に。
「レープルって言います。みんなの事は、ずっと見てました。羨ましくて、無理して体を作りました」
素のレープルは素直な子だった。
カタナとレンズに、丁寧に頭を下げている。
本体はなにと聞くと、スプーンだと教えてくれた。
それは、俺のエア妹が、妄想の中でココアを混ぜている、お気に入りのスプーンだった。
無理して大丈夫なのかと聞くと、解らないと答えた。
カタナとレンズも一緒だった。
「きっと、とても羨ましかったのでしょうね。嫉妬は女にとって、強い力になります」
「そうだな、気持ちは解るよ。同じ女だからな」
2人は思う所があるのか、レープルとは仲良くなれそうだった。
レンズは気遣うように、何を望んだかを聞くと、首を振って、さっきの答えと同じく、羨ましかったと答えた。
「それは、良くないですね。望みもなく形を成したのなら、体は脆いし、力もないと思いますが、どうですか」
レンズの問いに、少し考えてから頷く。
「体は、解らないですけど、力とかは、ないで……」
「それが、聞きたかった」
突然、部屋の中に現れたクックに、全員が金縛りにあったように固まる。
いつから、そこにいたのか、クックの雰囲気はいつもと比べて、違和感があった。
「いつから、いたんだ?」
「私は最初からいたよ。お兄ちゃんが、気付かなかっただけでね」
そう言って、まだ驚いているレープルの前に行き、腹を蹴りあげた。
あまりの事に、動けない俺は、体を曲げて咳き込むレープルを見ている事しか出来なかった。
「クック」
カタナとレンズが同時に叫んだ。
「なあに?」
首だけを曲げて、返事をするクックは、別人のように見えた。
「止めろよ、自分がなにをしてるか解ってるのか」
目の前で起こった光景が、信じられない俺は、怒鳴るように言った。
「解ってるよ。邪魔だから殺すだけ」
平然と言って、もう一度、レープルを蹴りあげる。
当たる寸前に、ガシッと音がして、レンズがクックの足を掴んでいた。
そのまま、カタナが後ろから、羽交い締めにして、押さえ込んだ。
「放して。カタナもレンズも、役に立つから、殺したくないよ」
これは誰だろうか。
いつものクックを欠片も感じられない。
「逃げろ」
「行って下さい」
2人は押さえる腕に力を込めて叫んだ。
考えている場合ではなかった。
腹を押さえているレープルを抱き上げて、外に駆け出した。
途中、クックの通り名が頭を掠めた。
付喪神殺し…………
頭を振って、走る事に集中した。