死神さんと……お泊まり
家の前に座っている死神の3姉妹をどうするか、みんなに聞くと、すでに物騒なやり取りをしていた。
「とりあえず、ノワールをやっちまおうぜ」
「それが最優先ですね」
カタナとレンズは顔を近付けて話をしている。
「新しいお洋服、汚したくないよ」
買ったばかりの服を気にして、クックは戦いたくないようだ。
作戦会議の結果、レンズが速攻でノワールを倒して、逃げれなくしてから、ゆっくりとネロとコクを始末しようという事で決まった。
でも、どうやるのでしょうか?
ノワールさんは、危なくなったら、空間移送の力で逃げますよね。
コソコソ近付いて、気が付いたら、やられてました状態に持ち込むには、地形的に難しいと思うのですが。
「力を使います」
あれ、レンズさんの力って何でしたっけ?
死神殺しですよね。
「それは、アダ名だよ」
カタナがツッコミを入れ、クックがうんうんと頷いた。
「戦いにおいて、一番、重要なのは、速さだと私は思っています。時去と名付けた私の力、見ていて下さい」
眼鏡をかけ直し、右足の爪先をトントンと、地に付けた。
右手で眼鏡の端を触ったと思ったら、レンズが目の前から消えた。
代わりに、家の前で体育座りをしていたノワールが吹っ飛んだ。
なにが起こったか理解が出来ない。
ネロとコクも、体育座りのまま固まっている。
それはそうだ、いきなり姉が吹っ飛んだら、誰だって驚くに決まっている。
「ね、姉様?」
「あれれ、姉様は?」
ノワールの吹っ飛んだ先に目をやる、ネロとコクの顔は、怯えの色が浮かんでいた。
2人は顔を見合せ、慌ててノワールの元へ走り出す。
ノワールに止めを刺そうと、右足を振り上げるレンズの前に、ネロとコクはギリギリのタイミングで割り込み、土下座をしながら大声で叫んだ。
「殺すなら私を」
「姉様を殺さないで」
レンズは少し躊躇ったが、ダメですね、と呟き、足を振り下ろした。
アスファルトを穿つ音が響き、ネロとコクの前の地面に穴が空いた。
「はあ、本当に母親とそっくりですね」
レンズはノワールを殺さなかった。
なんとなく、レンズが殺す所を見たくなかった俺は、良かったという気持ちだった。
完全にノビてるノワールに肩を貸して、その場の全員で部屋に入る。
「あんまり姉様に触るな」
「エッチな事したらダメだからね」
ノワールの心配をしてる2人は、レンズの顔色を気にしながら口を尖らせている。
怯えながらも強がっていて、かなり可愛いです。
ノワールを寝かせて、ネロとコクから話を聞く事に。
ええと、なんでしょうね。
けっこう苦労してるみたいです。
15年前に、3人の母親であるチャルナは、レンズとの戦いに敗れ、逃げた事で、恥を晒したと、死神としての全てを剥奪された。
高貴な家に生まれたチャルナにとって、それは辛い物だった。
死神としては生きられず、プライドと戦いながら、人の世で生きるしかなかった。
戦いは強い代わりに、とても不器用なチャルナは、お嬢様育ちも相まって、満足な仕事が出来なかった。
生活もギリギリで、いつも辛そうにしていた。
それでも、自分達を愛してくれた。
だから、汚名を返上し、チャルナをもう一度、死神に戻す為に、レンズの命と、ポイントが高い俺の命が必要だった。
とっても、ウルウルします。
本当に苦労してるんですね。
「んなの、関係ねえよ」
カタナは、そっぽを向いた。
レンズは下を向いて、難しい顔で黙っている。
クックは、えぐえぐ言っている。
気まずい沈黙が続き、誰もなにも言えないでいると、ノワールが起きてキョロキョロと周りを見回した。
「ここは、いたたた」
ノワールの大きな胸の真ん中には、レンズの靴跡が張り付いている。
どうして、そこを狙ったんですかね。
レンズさんの悪意を感じますね。
ネロとコクが心配そうにノワールの隣へ向かう。
「姉様、大丈夫ですか?」
「痛い?平気?」
胸を抑えて、息をするのも辛そうだった。
消せないのとコクが聞くと、骨が砕けていて、少しずつじゃないと消せないと答えた。
「すぐ消せるような、甘い攻撃はしていませんからね」
その言葉に、ネロとコクはレンズを睨んだ。
レンズが睨み返すと、少し震えたが、目は逸らさなかった。
睨み合いを続ける妹達に首を振り、ノワールが口を開いた。
「1つだけ、お聞かせ下さい。母様は、どうして逃げたのでしょうか?命惜しさに逃げたとは、どうしても思えません」
ネロとコクも、真剣な顔でレンズを見つめている。
「お腹の子が生まれるまで、待ってくれと言われました。まさか3つ子とは思いませんでしたが」
これは、後で聞いた話だが、死神は時の流れから外れている為に、成長にバラつきがあるらしく、見た目は違うが、3人は同じ歳だった。
「そうですか」
ノワールは肩から力を抜いて呟いた。
「母様、私達の為に……」
下を向いたネロの片眼鏡に涙が溜まった。
「うぅ……ひっく……」
コクは大粒の涙を溢した。
私からも聞きたい事があると、レンズが神妙な顔で聞いた。
「チャルナとは、契約を交わしました。命を助ける代わりに、私の想い人を狙わないと。なのに、貴女達が来た。これは、どういう事でしょうか」
「母様は関係ありません。私達が勝手にした事です。ですから、契約を違えてはいません」
なんとなく解っていたのか、レンズは何も言わず、口元には優しい微笑みが浮かんでいた。
その後、なかなか帰らない死神さん達のお腹が、くぅと鳴いたので、カタナがご飯を作ってあげました。
「本当に美味しいです。カタナ様は、名のあるコックなのでしょうか?」
「美味いなぁ。母様も姉様も、料理が出来ないから、私が作ってるんだけど、母様にも食べさせてあげたいから、教えてくれないかな」
「凄いね凄いね。カタナ様は天才だね」
誉められてカタナは上機嫌だった。
レンズは部屋の隅で、爪を噛んでる。
クックは良かったねと、コクの頭を撫でていた。
お腹がいっぱいになったせいか、コクが眠そうに目を擦り、ノワールに寄りかかっていた。
ノワールがなにかを言いたそうに、ソワソワしてる。
こっちから聞くと、頭を下げて、お願いしますと言ってきた。
「恥を忍んで、お頼みいたします。コクを泊めては頂けないでしょうか」
ネロも一緒に頭を下げた。
詳しく聞くと、力を使い過ぎて、空間移送で泊まる場所の確保が出来ないらしい。
それに、成長が遅いせいで、まだ幼いコクに、久し振りに、布団で寝かせてあげたいとも言った。
「お前らは、どうすんだよ」
カタナが聞くと、自分達はどこでもいいと答えて、また頭を下げた。
「1人も3人も変わらねえから、泊まっていけよ。いいだろ、ゲット」
さっきの誉められた事が効いているカタナは、オッケーを出した。
「プライドを殺して、妹の事を頼む覚悟は、嫌いじゃないです」
レンズは、仕方ないと苦笑いを浮かべてる。
「うん、じゃ寝ようね」
眠そうなクックは、コクを連れて、一緒の布団に潜り込んだ。
まだ頭を下げているノワールとネロに、パジャマを貸して布団を薦めると、嬉しそうに笑って、何度もありがとうと言って、寝てしまった。
寝顔は年相応に見えて、とても可愛らしかった。
布団を貸してしまって、寝る場所のないカタナとレンズが、リビングでお酒を飲みながら話をしていた。
どちらにしろ、寝る気はなかったようだ。
信じてはいるが、万が一の事を考えての事だった。
じゃあ、俺も付き合おうと話に加わる事に。
何気ない会話をして、レンズの力の話になった。
「そういえば、レンズの力って凄いな。なんだっけ名前」
「時去だよ。あれ凄いよな」
「リスクもあるのですけどね」
レンズは少しだけ、得意気な顔だった。
時間を置き去りにする速度から、付けた名前だと、教えてくれた。
リスクとは、あまりの速度で、本体である、眼鏡が外れてしまう事。
だから、必ず手で抑える為、片手が使えないのが難点らしい。
それを差し引いても、凄い力だし、無敵だねと言うと、いいえと否定した。
「あの子達の母親は、私の速さに着いてきました。このまま放って置くと、いつか強敵に成長します」
俺もカタナも信じられないと、顔を見合せた。
「ですが、なにがあっても、勝つのは、私れすけろね」
あれ、いつの間にか、レンズさんの顔が真っ赤になってます。
そういえば、お酒を飲んでましたね。
そのまま、テーブルに突っ伏して寝てしまいました。
ったくと言いながら、カタナさんが毛布をかけてあげました。
日が登るまで、普段はしない話をして過ごしました。
さて、死神さん達は、起きたらどうするのでしょうね。
もう戦って欲しくないなぁと、俺は思ってます。
とりあえず今は、おはようと言ってみようと考えてます。