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バベルの塔と……望み 10

 最後の戦いへと誘う螺旋を描く階段を登る足取りは重かった。

 相手はレンズとクックに違いないという確信があったからだ。

 出来れば途中で負けていて欲しかった。

 隣を歩くカタナも同じように浮かない顔をしていた。


「作戦でも、立てるか」


「そうだね。どうすれば勝てるかな」


 階段を登る前までは意気込んでいたが、実際にやるとなると決意や覚悟が葛藤という名の霧の中に霞んでいた。

 果たして俺もカタナも、本気であの2人に攻撃が出来るのだろうか。

 登るに連れて濃さを増していく霧の中、なにも決まらないままに豪奢な石畳で囲われた踊り場に着いてしまった。

 すぐ先には、眩く輝く金色の扉が開かれるのを待っている。


「やれるよな……」


「やるよ。決めたからさ」


 カタナの自分に言い聞かせるような問いに、たっぷりとした間を貰ってから答えた。

 迷えば迷う程に揺らいで来てしまい、強がっていられる内に扉に手をかけた。

 

「やってやるさ。カタナを勝たせてやる」


 口を動かしながら勢いよく扉の取っ手を引いたが、びくともしなかった。

 何故か歓迎されない扉の様子に困っていると、苛立ち切ったバベルの声が降ってきた。


「あーもう、面倒な。はいはい、ピンポンパンポン。お呼びでない、お客様がいらっしゃりやがりました。お帰り戴くので少々お待ち下さい」


 やる気を返せよと文句を吐き、カタナが壁を背に付けて座り込んだ。

 俺もなんだか萎えてしまい、その場に腰を下ろした。

 座って一息ついてから思ったが、この休憩は丁度良かったのかもしれない。

 さっきまでの、どっちつかずの状態では勝負にならなかった気がしてきた。

 やるとか、頑張ろうではなく、キッチリと実行しなくてはならない事を確認する時間が与えられたのだ。

 

「なあ、眼鏡あいつの望みってなんだか知ってるか?」

 

 顔を伏せていたカタナがポツリと聞いてきた。

 解らないと首を振り答えると、笑いたいのを堪えるように教えてくれた。


「あいつの望みはな、笑うなよ。胸をでかくすることなんだよ」


「え、マジで。いや、レンズは……」


 考えてみれば当然だ。

 いつも気にしてコンプレックスを抱え込んでいる様子が伺え過ぎている。

 口ごもる俺に、カタナは笑うのを止め続けた。


「理想はな、メガネ巨乳メイドなんだよ。だけどな、速さを活かす戦いでは、でかい胸はジャマになんだと。だから、あんな針金みたいな、やせっぽちな身体を自分で望んだんだ」


 レンズの得意な戦術は、時去トキサリを用いる高速戦だ。

 そこには当然のようにリスクもある。

 一番のリスクと言えば、身体にかかる負担の大きさだ。

 肉眼で追えない速度を得る代償として、間接に骨や筋肉にと爆発に近い衝撃と痛みに襲われることになる。

 それを吸収し逃がし動き続けるには、細くしなやかな身体が必要不可欠であった。

 更にレンズは過酷な鍛練を加え、己の身体を一つの高性能な発条バネと化させるに至った。


付喪神つくもがみはよ、持ち主の理想ふぇち身体かたちを作るのが普通なんだ。どーしたって喜んで貰いたいからな。でもな、あいつは涙を飲んで戦いに向いてる身体を作ったんだ」


 どんな覚悟があればレンズのようになれるのか、人間の俺には思いもつかない。

 ただ、解るのは1つだけ。


「俺のタメか……」


「ああ、お前に愛されなくてもいい。守れればなんだっていいんだってよ。悔しいけどよ、付喪神おれらの中でも、あいつは特別なんだ」


 悔しいと言っているのに、何処か自分のことのように自慢気に感じた。

 いつだって、レンズの話をする時のカタナは饒舌になってしまう。

 それは逆も同じで羨ましくなるのも、いつもの事で、ここにクックが居れば俺と同じく嫉妬の溜め息を吐く所だ。


「こっからが、あいつのイカれた頭の中の話だ。自分の身体は変えない、でも巨乳にはなりたい。どーすればいいと思う?」


「なんか、なぞなぞみたいだね。なんだろ、答えは?」


「簡単だ、他の奴を小さくすりゃいいんだ。自分よりでかい奴がいなくなれば、あいつが1番の巨乳ってことになるだろ」


 理屈は解るが、かなり無茶苦茶だ。

 冗談だろと返すが、カタナは真面目な顔で首を横に振った。


「大マジだ。前に真剣に言ってたからな。そのチャンスが来たんだ、やるに決まってる」


 本気なのか判断が難しすぎる望みだが、レンズならやるかもしれない。

 苦笑いを溢す俺を、カタナは引き寄せ胸元に顔を埋めた。

 柔らかいが確かな弾力と温かさに包まれる。


「お前のもんだぜ。やだろ、ヘリクツ巨乳なんてよ。負けたら挟めなくなるぜ」


 ここに、完全に負けられない理由が打ち立てられた瞬間だった。


「負けない。絶対に勝ってやる」


 もっと深く行けるように腰に回した手に力を込めて抱き締めた。

 カタナは唇の端を綻ばせ、我ながら悪女だなと思いながら、男にやる気を出させるのもイイ女の条件でもあると言い訳を浮かべた。


「でだ、そんな特別なレンズさまを倒すには、どーするかって話だ。まともにやれば絶対に負ける。クックもかなり厄介だしな」


 優しく頭を撫でられ、顔を上げさせられた。


「ごめん、戦力にならなくて。俺は囮でもなんでもやるよ」


「バカ言うなよ、お前にかかってんだからよ。いいか……」


 カタナの作戦を聞き終わり、腹を括るのを待っていたかのようにバベルの声が湧いた。


「ピンポンパンポン。扉の先へ進んで下さいです。ああ、もうダルかった。はい、駆け足」


 本当に勝手な主催者さまで笑えてくる。

 勝つぞと拳を合わせて、重い腰を上げて立ち上がった拍子にカタナのスカートの端からヒラヒラと1枚の紙が落ちた。

 なんだろうと拾い見ると、不思議と胸の鼓動が早まった。

 紙には、あるメッセージが記され最後にはスクエアの名前があった。

 早鐘を打つ鼓動と意味を考えていると、カタナがそれはなんだと俺のパンツのポケットから見え隠れしている紙切れを指差した。

 いつからあったのか、開くとスクエアからの物と同じ内容で今度はイグとアクからだった。


「あいつら、汚ねえな。まあいい、どうするかはお前が決めな」


「勝ってから考える。行こう」


 降って湧いたように負けられない理由が増え、逸る気持ちに急かされながら扉に手をかけた。



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