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バベルの塔と……望み 7

 運に助けられながれの戦いの連続に、諦めそうになる俺とは違い、カタナは弱音を吐くこともなく階段を登っていた。


「さすがに疲れた。次で何階だっけ?」


「あー、確か10階だったかな。どこまで続くんだろな」


 ここまでの戦いのほとんどが、悪趣味な罰ゲームみたいなものだった。

 蒸し風呂で水を飲むのを我慢しろだの、牛乳を口に含んでビンタをされたりと、エスな人を喜ばせる秘密クラブさながらの酷さだ。

 肉体的なダメージこそ負ってはいないが、帰りたくなる精神的なストレスは相当に積み重なっている。

 それに、ゴールが見えないのも足を重くさせる役を立派に果たしていた。


「ゲームとかなら区切りの階とかにさ、回復する部屋あったりするんだけど」


「これゲームじゃねえから、期待するだけムダだな。きっと、もう少しだからよ、頑張って行こうぜ」


 疲れを見せないカタナに励まされながら階段を登り切り、次の罰ゲームへと続く扉を開けた。

 入った先は、今までにない大きな広さで、俺たちが入ってきた扉と同じものが壁に幾つも並び、そこから続々と参加者たちがやって来ていた。


「まだ、こんなに居るのかよ。これ、いつ終わるんだよ」


 次々とやって来る死神の多さに、さすがのカタナも愚痴を溢してしまう。

 その数が50を越えた辺りで、俺たちの最大の敵がすぐ隣の扉を開け姿を現した。

 入って来たのは、もちろんレンズとクックだ。

 2人とも服に血を染み込ませ、所々にケガを負っていた。

 その姿に、カタナが狙い通りとの笑みと心配を混ぜた複雑な顔をこしらえた。

 俺を見るなり側にやってきて、今は敵だというのにみんな再開を喜んだ。


「やはり、勝ち登ってきましたか。どこかで負けていてくれると楽だったのですけどね。疲れてるようですが、平気ですか?」


「ここまで楽勝だったぜ。お前らこそボロボロだけど、俺とやるまで持つのかよ」


「疲れたよぉ。僕たち強い人と何回も当たってさ。お兄ちゃんは?」


「こっちは罰ゲームだらけだったよ。ケガしてるみたいだけど大丈夫か。ムリはしないでな」


 仲の良いライバルが強がりを言い、俺とクックは近況を報告し合った。

 誰々を倒した、ある種目で苦戦したと話をしていると、和やかな広間に緩い声が流れてきた。


「みなさんお静かに、重要な発表があります。まずは、各々が入ってきた扉の前へ移動をお願いします」


 誰もが口を閉ざして指示に従い終えると、広間の中心に最初からいたかのようにバベルが現れた。


「コホン、長いのは面倒なので、簡単に説明しますね。飽き……じゃなかった。予想以上に数が残っていますので、ふるいにかけちゃいます。こんなに残るのは異例なので、とっても困ってます。私の遊ぶ時間も考えて下さい。つーか、もう帰れよ」


 なぜか後半にかけては怒っていて、とりあえず飽きたのと都合が悪いのはよく解らせてくれて、どっちも負けるような種目を大量に用意したハズなのにと続けられ、みんな白けた空気になってしまった。

 この時間も勿体ないと言って、緩い声に変わり次の説明に入った。


「ピンポンパンポーン。ここでの種目は錬金術天秤(アルケミー・バランス)。制限時間までに、天秤の片方に置かれた重りと、釣り合う重量の物質を錬成して下さい。部屋の準備が整い次第、開始となります」


 戦いとは全く関係のない、さらに実在すら怪しい錬金術の勝負に持ち込まれ、みんな困惑する中で、メガネを光らせ笑う者がいた。


「くっくっくっ。私の得意分野になりました。このまま、全てのチームが落ちればいいです」


「え、なに、レンズって錬金術できるの?」


「やったやった。やっと僕たちにも、いいことがあった」


 涙ぐむクックから、これまでの苦労をまじまじと感じられた。

 良かったねとクックに返すと、カタナは可哀想なものを見る目で首を振っていた。


「ウソですが、私の主様は生前は高名な錬金術師(アルケミスト)だったので……」


 レンズの自慢を遮り、動かないで下さいとのバベルの声とともに床から壁が天井までせり出した。

 石を擦らせる音を響かせ、前後に扉を持つ3畳程度の部屋を形成した。

 続いて大きな金色の天秤が現れた。

 向かって左の皿に赤い石が乗せられてあり、重りの役割をして傾いている。

 その隣には大瓶が煮えたぎり、壁には様々な薬品が満たされた瓶が並べられ、見たことのない文字の書かれた羊皮紙が張られていった。



「準備が整いました。この種目には付加条件はありません。天秤が平行に釣り合えば先へ進む扉が開きます。制限時間まで、頑張らないで下さい」


 最後まで説明を聞き、これは困ったと思いながらカタナと一緒に壁の羊皮紙に書かれたレシピを手に取ってみた。

 参考にするもなにも全く読めずに、カタナがぶん投げた。


「どうしようか、レンズ以外はアウトじゃないかこれ」


「ニセ錬金術師もアウトに決まってんだろ。ウソな上に本当だとしても、あいつに関係ないからな」


「まあ、そうだよね。持ち主が錬金術師だとしても、そのメガネが錬金術を使えるかは別の話だからね」


「んなことより、飽きたバベルが終わらせようとしてやがる」


 その可能性が高すぎて、やる気がガリガリと削られる。

 なんとかならないかレシピと睨めっこをして、いいことを思い付いた。


「前向きに考えればさ、ここさえクリアすれば勝ちだよ。頑張ってやってみよう」


「だからよ、それが出来ないからキレかけてんだろ。マジでムカついてきた」


 自棄になったカタナが壁に並ぶ気味の悪い色の薬品を大瓶に投げ入れ、目に沁みる煙を吐き出した。

 ハッキリ言って、俺たちに錬金術なんて出来るハズがない。

 考えるべきは、他のやり方で天秤を釣り合わる方法だ。

 なにかヒントはないか頭を悩ませ、バベルの言っていた言葉に違和感を見つけた。


「なんでここだけ、付加条件がないのかな。今までは必ずあったのに」


「知らねえよ。全員を失格にするのが目的なんだから、考えるのが面倒になっただけだろ」


 そういう風にも取れるが、ここの種目は理不尽すぎて、どうも腑に落ちない。

 誰もクリア出来ない種目において、ルールがないなんてあるだろうか。

 まるで、前提条件をムシしろと言っているように思えてしまい、単純なことに気が付いた。

 つまり、錬成する必要はないのではと。

 試しに天秤の空いている皿に手を置いて、平行になるように重さをかけて調整すると、扉の方から微かな音が鳴った。


「もしかしたら、鍵が外れてるとかないかな。ちょっと試してみてくれないか」


「なわけないだろ、これでいいなら誰でもクリアなんだから」


 俺が天秤から手を置いたまま、ダメ元でカタナが扉を押してみると、あっさりと開いてしまった。


「マジかよ、ゲットのツキはハンパじゃないな」


「ツキじゃなくて、頭脳(ここ)を誉めてよ」


 いい気分に頭をトントンと叩くと、扉が勢いよく閉まり鍵の回る音が聞こえた。

 驚いたカタナが尻餅を着き、やっぱりムリかと暗い顔でため息を吐く。

 どうやら、天秤が平行の状態でなければ扉は閉まってしまうようだ。

 カタナは難しく考えているけど、単純な思考の俺には他の策がある。

 もう一度、天秤を調整して鍵を開け、落ち込んでいるカタナに声をかけた。


「ちょっとだけ開けて、隙間になんか挟んでみて」


 仕組みはオートロックのドアと同じに見える、それなら勝手に閉まるのを防げばいい。

 鍵さえ外れていれば、カタナの腕力なら必ず開けられる確信がある。

 それを説明すると、元気を取り戻して靴を脱いで隙間に挟んだ。

 そっと手を天秤から離すと扉は閉まったが、狙い通り鍵は掛からなかった。


「ゲットやるじゃん。あはは、俺の好きな男は頭もキレるんだな」


 カタナが楽に扉を開けたままに押さえ、任せておけなんて調子よく応えて、勝利へ向けて足を踏み出した。





「えっ、主さんが錬金術師さんって、ウソだったの……」


「はい、見栄を張りました。ああ言えば、カタナが焦るかなって思いまして」


 完全にカタナにバレていたウソを、素直なクックは疑ってはおらずしょんぼりとした。

 やっと幸運が回ってきたと思っていただけに、その反動も大きかった。


「どうするの、レシピは読めないし錬金術なんてムリだよ」


「ご安心を、私を信じて任せて下さい」


 天秤から扉までの距離を歩数で計り、余裕な顔で眼鏡に手を置いた。

 次にクックを扉の前に立たせ、天秤の皿を手で水平に合わせる。

 鍵の外れる音を聞き、クックは驚きと尊敬の気持ちを抱いて扉を開けた。


「スゴいねスゴいね、レンズは錬金術師さんだったんだね」


「そうなんです。業界でも有名な美人錬金術師(プリティ・アルケミスト)なのですよ。それでは、中に入って扉を限界まで開けて下さい。恐らくですが、天秤から手を離すと閉まると思いますので」


 美人はどこから来たのかは聞かず、クックは喜びながら指示に従った。

 レンズは睡眠時間を捧げてゲームをやっていた経験から、仕組みは完璧に見抜いており、この手の謎解きをする度に、いつも考えることがあった。

 それは、扉が閉まる前に中に入ってしまえばいいのにと。

 これはゲームではなく、製作者の定めるルールに縛られる必要はない。

 今こそ、裏技(ズル)を実践する時だった。


「いいよー」


 クックが扉を抜け、限界まで開けて合図を出した。

 どれだけ速く閉まるかを、レンズには確かめるまでもなかった。

 天秤から眼鏡に手を移し、時を置き去りにする速度でクックの側に移動を終え、ノロマな扉が閉まる音を背中に聞いた。



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