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バベルの塔と……望み 6

 扉を開け部屋に足を踏み入れると、丁度良く相手チームも入って来る所だった。

 俺とカタナを見るなりブンブンと手を振ってきたのは、ベルの娘のイグとアクだ。

 2人とも頭から三角のネコミミを生やし、長めな尻尾が腰の辺りで揺れている。


「あー、私の下僕のゲットお兄ちゃんだー」


「イグちゃんダメだよ。お兄ちゃんは、あたしの王子さまなんだから」


 小悪魔フェイスな俺のご主人さまのイグと、大人しそうなお姫さまのアクは、俺の知らない契約を交わしているようだけど、可愛いらしいからどうにでもして欲しい。


「いいよ、俺はイグの下僕で、アクの王子さまだよ」


「ざけんなよ、お前は俺の旦那だろーが」


 子猫ちゃんたちに手を伸ばし側に向かおうとする俺を、大人気ないカタナが割りとマジになって止めてきた。


「いいじゃん、子供の言ってることだしさ」


「うっせーな。んなことより、あいつら今は敵なんだぞ」


 おいでおいでと手招きをする2人の愛らしさに抗えず、ネコミミを触りに行こうとして殴られ正気に戻される。


「殴られる前に聞けよロリコン。あいつら、かなりヤバい。種目次第じゃ、ガチるからな」


「は、はい。もう殴られたけど了解です。うーん、イグは知ってるけど、アクも強いのかな?」


「ここまで上がってきたんだから、それなりに強いと思った方がいい」


 俺たちのように運で上がってきた可能性もあるが、イグはカタナに勝ったことがあり、その相方を務める者が弱いとは考え難い。

 どちらにせよ、普通のバトルになれば人間の俺は論の外なことは確実だ。

 子供相手に本気になれるのか聞こうとすると、気の抜けた声が天井から流れてきた。


「ピンポンパンポーン。種目は敗北宣言争奪戦(プリーズ・ギブアップ)。付加条件は不殺。相手を殺さずにギブアップと言わせたチームの勝ちとなります。死に至る攻撃には注意しましょう」


 ルールを説明する緩い声が止むと、みんな考え込んでしまった。

 この種目は俺たちにとって不利すぎて、勝ち方が全く見えてこない。

 元から命のやり取りはする気はないから、その点は気にする必要はなく、問題となるのはイグの能力がカタナとは相性が悪すぎることだ。


「ヤバいなんてもんじゃねえな。ジリジリ炙られながらギブアップを言わされるぞ」


 カタナの言う通り、それを俺も真っ先に想像してしまった。

 イグの能力は、自然の火が自らの意思でイグを主として忠誠を誓い従える特異なものだ。

 その例外みたいな力は、死神の力を無効化するカタナの能力でも防げない。

 このまま策もなく始まってしまえば、死なない程度の火で焼かれ負けるのは目に見えている。


「あのさ、止めないか?」


「イヤだ。絶対に負けたくねえ」


 気持ちも解らなくはないけど、残念ながら勝ち目がなくて、それならカタナにケガをして欲しくなかった。


「悪いけど、始まったら速攻でギブアップするから。好きな女の子が焼豚になるの見たくないんだ」


「あ、それは俺がブタだからかよ。ならお前はホットドッグだろ。マジで上手くねえし、今のゲットは男として最高にダサいからな」


 ダサいのは重々承知で自分が情けない。

 出来ることなら、ここは俺に任せろと言ってやりたかった。

 だけど、俺には出来ることはなくて、違うセリフを口にした。


「カタナ……ごめんな……」


「くそっ、そんな顔すんなよ。もう好きにしろよ」


 悔しそうにそっぽを向いたカタナに、俺は俯くしかなかった。



「ねえ、ケガしたら可哀想だからさ、アレやろうよ。きっと、すぐに諦めてくれるから。やるよ……」


「うん、いいよ。師匠(マスター)と一緒に、いっぱい練習したもんね。いくよ……」


 敵の心配をする優しい作戦会議が終わり、2人の雰囲気が真逆なものに変わった。


炎女帝(イグニス)の前に立ちはだかる愚かな者が目障りです。来なさい……炎獄精兵(インフェルノ)


水女帝(アクア)に歯向かう不浄な者が不愉快です。おいでなさい……水獄精兵(ウンディーネ)


 幼さを映していた黒瞳が、紅蓮のルビーと深青のサファイアに塗り替えられた。

 紅蓮の主には幾つもの炎が、深青の主には無数の水塊が馳せ参じ、揺らめく陽炎と霞む霧を連れてきた。

 イグニスだけではなく、アクアも似た能力を持ち、更に絶望を深くするように力を合わせようとしていた。



「もういいって、俺たちの負けだから」


 なにをするかは知らないが、更に絶望を深くされるのを見るのも意味がない。

 両手を上げて降参をしようすると、紅と青の主たちは大人びた顔で薄笑いを浮かべた。


「見ていなさい。歯向かう気すら起きぬ絶望を差し上げます」


「殺さぬ時は先の備えとして、心を完全に折るようにと、師匠(マスター)眼鏡(グラシィス)から教えを受けていますの」


 なんとかいう師匠が誰かは知らないが、子供に質の悪いことを教えやがって腹が立ってくる。

 カタナも同じらしく、込み上げる怒りをある者に向けていた。


「あんの腐れメガネ、こいつらに戦い方を教えてやがった」


「あー、なるほど、師匠ってレンズか。そういえば、こないだ新しい弟子が出来たとか言ってたね。それがイグとアクでしたと」


 寝ないでゲームをするレンズが、新しい弟子と反属性の力が合わさると最強に見えるとか言ってたのを思い出す。


「光と闇や、炎と水が合わされば最強に見えますよね。磨きあげるのが今から楽しみです」


 なんてことを楽しそうに語っていたが、眠くて適当に流してしまっていた。


「帰ったら、あいつのメガネを割ってやる」


 イライラするカタナをよそに、眼前の敵が見せつけるように手を繋ぎ、レンズ仕込みの黒歴史ノートの一頁に記されそうな詠唱を始めた。



「我に忠を尽くせし炎は失を能わず、無限の貪欲を癒されぬ口なり」


「我に寄り添いし水は渇を知らず、悠久を遊ぶ尾なり」


 炎と水が主を中心に集まり、相反する属性による反発を起こし熱を伴った水蒸気が噴き出した。

 どちらも引かずに屈服させようとし、体積を増大させ混ざり絡み合った。


「唯一無二の敵を喰らいて……」


「相容れぬ敵に呑ませ……」


 いつまでも続くと思われた食い合いは、1つの流れに収束され、声を合わせた詠唱が形を取らせた。


「己を喰らわせ永劫を為せ、炎水反喰龍(ウロボロス)


 一抱えはある赤熱した水柱が鎌首をもたげ、部屋の温度を激変させた。

 それは、性質は火であり質量を水とする龍を象った岩漿(マグマ)だった。



「敗けを認め、ひれ伏しなさい」


 上から目線のイグに言われるまでもなく、部屋の暑さというより熱さに体が焼けてしまいそうだ。

 この熱さは人間である俺には耐えられる温度を越えていて、滲む汗がたちまち蒸発していく。


「カタナ、ごめん。ギブア……」


 言いかけた口をカタナの手に塞がれ、ウソのように体から熱が引いた。

 どうしてと目で訴えると、カタナがニヤリとして俺の手首を人差し指でなぞった。


「いいから、暑がってるフリしてな。矛盾粧(おしろい)が1化、白守下地(ふぁんで)……」


 手首に白い筋が描かれ、カタナは手を離し敵に視線を移した。


「この技はよ、元はレンズに使う用に考えたんだけどな」


 レンズとクックが攻めの修行をしていたように、カタナも守る力を高める努力をしていた。

 如何に大切な者を守るかを考えた結果が、三盾(みたて)の力を化粧に見立て施す術だった。

 同じ力を使うクックに教えたのもカタナであり、その力は比べようもなく強い。


「さてと、可愛くないガキにお仕置きしてくる」


 コキリと首を鳴らし敵に向かって歩き出す。

 さっきまでの悔しそうな顔は消え、いつもの自信満々なカタナだった。



「止まりなさい。死にたいのですか」


「足の1つでも失えば、愚行を悔いますでしょうか」


「はいはいっと、やってみな」


 人差し指をクイクイと引く挑発に慈悲はなく、灼熱の龍が唸りを上げて襲いかかった。


「マジで可愛くないな。レンズ、ありがとよ」


 恐れは欠片もなく、握り締めた黒に染まった左拳を龍に叩きつけた。

 黒盾(くろたて)の封ずる力に触れるやいなや、龍は悶え苦しみ砕け霧散した。

 驚く間を与えず、カタナは走り首根っこを捕まえた。


「おしまいだ。なんか、言うことあるだろ?」


 首を掴まれた腕に殺意を込め、紅と青の瞳が深く濃くなり抵抗を示す。

 だが、主の危機だというのに忠誠を誓う兵たちは、手が出せず周りを取り囲むだけだった。


「弱点を教えてやろうか。この距離じゃな、お前らも巻き込んじまうんだよ」


「おのれ、もう1度……」


「どうして、炎水反喰龍が……」


 敗けを認めない2人の頭をぶつけ合わせ黙らせる。

 オデコを押さえ痛がる様に、諭すように続けた。


「いいか、死神の力を通わせた技なんて俺には効かない。もう1回聞くぞ、負けた奴はなんて言うんだ?」


 またも恨み言と力を使おうとするが、ゴンという鈍い音で黙らせた。

 もしも、レンズから教わった力を使わなければ、勝利は確実なものだった。

 この結果は、心を折るという質の悪さを見せつけるタメに、死神としての力をたっぷりと使った大技を披露したせいだ。


 何度も頭をぶつけられても、なかなか諦めず駄々を捏ねるお姫さまたちは、オデコにタンコブを作りベソをかいた。


「もう諦めろよ。これが最後だからな、降参しな」


 子供ではなく敵として扱い、厳しく低い声を発した。

 横目で視線を合わせ、同時にカタナの腹を蹴り上げた。

 虚をつかれたスキにイグが首を掴まれていた手を振り払い逃れ、もう1人の敵に向かって走った。



「ちっ、ゲット逃げろ。ちがう、捕まえろ」


 すぐにカタナの作戦を理解し、走ってきたイグを抱き止めた。

 こうして密着してしまえば、炎は攻撃ができない。

 いや、それならどうして向かってきたのか。

 答えは俺の腰にしがみつき、上目遣いな幼い瞳がそれだった。


「お兄ちゃん、お願い。ギブアップってい……」


「ば、バカ、それを言ったら」


 イグの迂闊なミスをアクが止めたが、時すでに遅く勝敗を決する声が流れてきた。


「ピンポンパンポーン。勝利条件が満たされました。ゲットさんとカタナさんの勝利とします。敗者は速やかに左の扉へ。勝者は右の扉へどうぞ」


 女の子からお願いされるのに弱い俺に対して、今のはかなり有効な手段だったが、焦っていたせいで裏目に行ってしまったようだ。



「ぐすっ、お母さんごめんなさい」


「ひっく、お母さん……ダメだったよぉ」


 幼さを取り戻した2人は、大声で泣き出してしまった。

 バツが悪そうなカタナが来なと呼ぶと、側にいるアクとトボトボと歩いてきたイグを大きな胸に抱いてあげた。


「イグニス、前も言っただろ。アクアも聞けよ。お前らは戦うな。せっかくの美人が台無しだ。いいこと教えてやる。ゲットはな、笑ってる顔が好きなんだぜ」


 確かに、戦っている時は見下すような冷たい顔をして、ある業界の人にはご褒美かもしれないが、今の方がいいに決まっている。


「ほんとに?」


「戦わない方がいい?」


 涙で溺れそうな4つの瞳に見つめられ、俺はもちろん、こう答えてやる。


「当たり前だよ。さっきのお願いもさ、イグが笑ってたら俺はギブアップを言ってたよ」


 少しだけ考えて、解ったと言って笑顔を見せてくれた。


「戦闘好きのメガネじゃなくて、俺の所に修行に来な。女の武器を磨いてやるからよ」


 顔を見合わせてから、キラキラとした目でカタナに応えた。


「はい、師匠(マスター)日本刀(ソード)。必ず行きます」


 新しい目標を得た敗者たちに見送られ、いい返事に気を良くした勝者たちは次なる戦いに続く扉を開けた。





「ゆっくり階段を登って、少しでも休む間を稼ぎましょう」


「はぁはぁ、レンズ運が悪すぎ。最初から僕がやれば良かった」


 レンズとクックは負ったダメージと体力の回復を図ろうと、なるべく時間をかけて階段を登っていた。


 クックが愚痴を吐く程に苦戦させられた種目は、攻守権賭奪(ターン・ギャンブル)

 サイコロを振り出た目の大きな方が、一方的に攻撃を行える権利を得られるというものだった。

 自らの運の無さに自覚のないギャンブル好きのレンズが、まさかの10連続の負けを叩き出してしまい、要らぬ消耗を強いられた。

 5回辺りまでは仕方ないと苦笑いしていたクックだったが、さすがに10回ともなると相手の激しい攻撃とガマンの限界を迎え、懲りずにサイコロを振ろうとするレンズを止めた。

 そして、クックがサイコロを振り攻撃の権利を得て、初めての攻撃権を活かし勝利を勝ち取った。


「もう、レンズはサイコロに触らないで」


「大丈夫ですって。また同じ種目ならば、次は連勝しますから」


 前にカタナから聞いた、レンズの博打に関する昔話を思い出し、この先は運が関係する勝負は自分がやろうと固く決意させられた。

 2人は重い鉛のような体を引き摺り、1段ずつ深呼吸をしながら、貴重な休ませてくれる階段を惜しみ惜しみ登って行った。



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