バベルの塔と……望み 3
部屋の端で体育座りをする俺達を、クックが慰めてくれてた。
バベルもひとしきり笑い終わり、次に発した参加資格に関わる言葉に、俺達は全員が固まってしまった。
「チーム分けをして下さい。塔を登るのは2人1組です」
これは、あまりにも予想の外で、勝手に4人チームだと思っていたせいで、驚きを通り越してイヤな予感しかない。
2つに別れるということは、仲間内で戦う可能性が出て来るからだ。
それに、またいつもの俺の取り合いが始まってしまう。
いつかの闘技会の時のように、始まる前からハンデを負うかもという俺の心配は、全くしなくてよかった。
「俺はクックと組むからな」
「私はカタナを指名します」
「僕はレンズがいい」
なぜだろうか、俺の名前が聞こえなかった気がする。
きっと、聞き逃しただけだと、俺をいないもののように行われる会議に耳を傾けた。
「俺は、絶対にクックだ。レンズとじゃ意味ねえからな」
「能力的に考えて、カタナと組むのが勝つには理に叶っています」
「僕は1番つよいレンズがいいよー。お願い」
みんな勝つタメなのだろうけど、俺の名前は挙がらなくて目が霞んでくる。
俺は普通の人間で戦えないし、この場においてはお荷物なのも解っている。
さっきは、俺の取り合いがとか幸せな勘違いをしていて、情けなくて自然と足が部屋の端に。
そんな俺に気付いたカタナが、優しさからの追い討ちをかけて、レンズとクックがトドメをくれる。
「おい、レンズ。ゲットが泣きそうだぞ、組んでやれよ」
「イヤですよ、私は絶対に勝ちたいですから」
「カタナがお兄ちゃんと行ってあげなよ。うん、それがいいよ」
もうダメだ、俺の押し付け合いに泣いてしまいそうだ。
今回は本気で勝ちに行きたいようで、殴り合いによる消耗を避け、冷静に俺の処遇を決めている。
冷たく切り捨てる相手を選ぶやり取りを、バベルはニヤニヤしながら見ていた。
やがて、嗜虐心が満たされたバベルが飽きてしまい、早く決めないと失格にすると言ってきた。
そこで、胸が大きくて気の利く方が折れて、手を差し伸べてくれた。
「仕方ねえか、ゲットとは俺が組む」
この優しさが、とんでもなく辛い。
俺は涙を見られないように、顔を下に向けて気を使う。
「もういいよ、担任の先生と組むから」
顔を上げられない俺に、カタナが肩に手を置いてくれて小さくウインクをした。
厄介払いが済んだと言わんばかりに、レンズとクックが手を握り合う。
「それがいいですね、では行きましょうか。クック、よろしくお願いしますね」
「わーい、レンズとなら1等賞になれるね」
カタナの気が変わってはマズイと、2人はバベルに決まったから早くと急かした。
「はーい、入り口は右と左の階段からですよ。では、次に会うのは塔の最上階ですね。ルールは先々の部屋が決めてくれます。頑張って下さいね」
部屋の左右の壁に木製の扉が現れ、バベルは手を振り煙のように消えた。
レンズとクックが意気揚々と、左の扉を開け振り返った。
「次に会う時は敵としてです。御武運を」
「負けないからね。がんばろうね」
2人とも不敵な笑みを残して、先に見える階段に進み扉が閉まった。
すぐに鍵がかかる音がして、扉は消え元の石壁の姿を取り戻した。
俺と組んでくれて嬉しいけど、悪くてお礼も言えず謝ろうとすると、カタナが声を押し殺して笑っていた。
「ばーか、あいつら嵌まりやがった。っと、ごめんなゲット。俺はさ、最初からお前と組むつもりだったんだ。ウソじゃねえよ」
気を使わなくていいと言う俺に、カタナはマジだと指を鳴らし説明してくれた。
カタナはチーム分けと聞いた時点で、俺と組むのが勝利への近道だと悟った。
だが、真っ先にそれを口にしては、レンズとクックに要らぬ勘繰りが入ってしまう。
だから、可哀想とは思ったが、押し付け合う形に持って行った。
そして、カタナが悟った勝利の道とは、レンズの絶望的な運の無さだった。
博打でも勝ったことはないし、なにかをやろうとすると笑えないくらい裏目に行ってしまう。
その憐れな非運から賭場の連中からは、カモらレンズと呼ばれていた。
カタナは1度だけ、博打をするレンズの様子を見に行ったことがある。
その時に偶然にも、他の客がレンズのことを話しているのが耳に届いた。
それは、カモがネギと調味料を背負って、自ら鍋に入って、そこ煮えてるよと教えてくれるくらいのカモだと言っていた。
このおかげで、どこの賭場でも引く手あまたの上客扱いを受けられていた。
「クックには悪いけどよ、カモらレンズのおかげで、あいつらは強敵ばかりに当たる。俺達に合う頃にはヘロヘロだ」
レンズの運の無さは、一片の疑いもなく俺も信じられた。
今の話もそうだし、前にゲームの世界に行った時なんてガチャで酷い目に合っていた。
だけど、それだけであの無敵のレンズに勝てるものなのか疑問だ。
運だけでどう攻略するのか俺には想像もつかないが、カタナは自分の勝利を疑う様子は微塵も見られない。
「安心しな。お前より運のいいやつなんていやしねーよ。あいつらは苦戦の連続に削られて、俺達は余裕綽々で1番上まで到着だ」
カタナは買い被ってらっしゃるようだけど、死神たちから謂れのない前世の罪で命を狙われる俺は、とてもじゃないがツイてる方なんて思えない。
「そんな上手くいくかな、悪いけど運はないと思うけど」
下向き加減な俺の襟元を両手で持って引き寄せられ、オデコを付けられた。
「いいや、お前はツイてる。なんせよ、この世のイイ女のトップ3が揃ってお前に惚れてるんだからな」
もちろんトップは俺だぜと鼻先にキスをされ、自覚しろよとオデコを人差し指で小突かれた。
途端に最高の気分と、自分のハンパない幸運に感謝させられる。
近すぎて忘れそうになってしまうが、俺は好きな女の子たちを、それも超イイ女ランキングの上位3名を独占しているんだ。
俺よりラッキーなやつはいないし、それについては異議は認めない。
目の前にいる自称トップに、笑いながら拳を前に出して腹を決めた。
「勝ち確だな。お願い考えとかないとな」
「まだ考えてないのかよ。だったら……なんでもね、行こうぜ」
カタナは拳をコツンと合わせ、扉へ向かい歩き出した。
言いかけたことが、やたらと気になったが聞かずに、カタナと一緒に階段へ続く扉を開けた。
「あとで、ゲットさまに謝らなければなりませんね」
「うん、さみしそうなお兄ちゃんの顔が辛かった」
レンズとクックはカーブを描く階段を登りながら、ゲットへの罪悪感を分け合っていた。
いくら自分の望みを叶えるタメとはいえ、好きな人を押し付け合うような愚行は、胸の奥を刻まれるように辛かった。
だが、それを甘んじて受け入れるほどの覚悟も持ち合わせていた。
「クック、私は初めからアナタと組むことを決めていました。ですが、変に勘繰られては拗れるので、あえてカタナを指名して、ゲットさまを押し付け合う形にしました。最後は優しいカタナが折れることも計算の内です」
レンズはチーム分けと聞いた時点で、組むならクックしかいないと悟った。
単純に能力のみで考えれば、カタナ以外はありえないが、同時に勝つ意味もなくなってしまう。
それは、レンズの望みを知っているであろうカタナに、願いを相殺される恐れがあるからだった。
「そっか、お兄ちゃんとカタナには悪いけど、僕はレンズしか考えてなかった。だって、レンズは僕の先生だし強いから。どーしてもね、叶えたいお願いがあるの」
私たちは悪い女ですねと、顔を見合せ舌を出して笑いながら拳を合わせた。
「いいですか、イイ女とは、得てして周りからは悪い女と言われます。ですがそれは、なにをしてでも自分を貫く強さを表します。私の1番弟子のクックとなら、悪くてイイ女を目指せます」
「へへ、僕も悪くてイイ女になる。レンズ先生、ぜーったい勝とうね」
日頃の修行から、レンズはクックの日増しに磨かれる力を頼りにしている。
クックはレンズの、底の知れない強さに憧れ、目指すべき目標だった。
互いに十全の信頼を寄せる師弟は、勝利のみを信じて階段を登り切り、最初の戦いへの扉を開けた。