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第一話 その1 弟子入り

2212年4月10日。本来ならば新学期が始まり、新しい学校に進学する人も多いであろうこの時期に。

この俺『篠崎優魔』十六歳は、ある少女の暮らしている家の門の前に立っていた。少女と言っても、ただの少女ではない。『オリュンポス十二神』の魔法の中でも最も扱いが難しいとされる『太陽魔法』の使い手であり、更にそれを限界まで極めた『極限師』の少女である。何でも十五歳の若さで極限師になり、国に大きく貢献した後、突然姿を消してしまったらしい。その後の経歴は一切不明であり、これから『弟子入り』する俺ですら、顔も、年齢も、全く把握出来ていなかった。

そう、俺は今日からこの家に住む正体不明の極限師に弟子入りするのだ。この魔法時代の常識として、極限師は普通、弟子を取る。世界に三百人程度しかいない極限師は世界の宝とされ、国から『不老の薬』なる物が貰える。それを使って極限師は長く生き、何百人もの弟子を育て上げ、魔法社会に輩出している。しかしこの家に住む極限師は、弟子をたったの二人しか取っておらず、しかもその弟子達と同居しているとか。

そんな極限師から、俺は直々の手紙を貰ってここに来たのである。「三人目の弟子にならないか」と。

極限師から直々にこう言う事を言われるのは大変名誉な事であり、俺も勿論最初は喜んだ。しかし門の前に立つ今の俺は、こう考えている。


…やめときゃ良かった。


そりゃあ勿論、忽然と姿を消した伝説の極限師の顔、一度は拝んでおきたいという気持ちもある。しかしそんな理由で初対面の少女と同居!?冗談じゃない!!

しかもその他にあと二人も弟子が居て、その人たちとも同居しなければいけないだなんて!!

…俺ははっきり言って、性格が良い方ではない。

もし今まで三人仲良くひっそり同居している所に俺みたいな奴が入って来たら、三人の仲に亀裂が入ってしまうかも知れない。…と言うか、俺が三人に袋叩きにされてしまうかもしれない。…が、しかし。

それでも俺は、門のベルに手を掛けた。

数少ない彼女の情報の中で、一つだけしっかりと分かっている事があった。それは、

実力は他の極限師を遥かに凌駕している、と。

…俺は正直、魔法の才能はある方だと思っている。

修行すれば極限師になれるかもしれないと言う程に。

だから俺はここで修行し、必ず極限師になる!例えここに住む人間との関係をぶち壊す事になろうとも…いや、待てよ?こっちが愛想良くしていれば、向こうだって別に何も言わない筈だ。そうだよ、極力本音は隠しておこう。そうすれば反感を買う事も無い。多少窮屈になるだろうが、袋叩きにされるよりは…


『はーい』


はっ!しまった、ベルを鳴らしたことを忘れていた。


「えっと…今日から弟子入りすることになった、篠崎優魔です!」


『了解しました♪どうぞー!』


あれっ。なんだろう、すごく軽い。何だそうだよ、向こうの性格が良ければ、初対面もクソもないじゃないか!

あの明るくて優しい声は間違い無く少女の声だ。てことは今のが師匠…優しくて明るくて極限師、完璧じゃないか!

俺はスキップしながら門をくぐり、ドアの前に立つ。

しかしここでふと考えた。俺はまだ、彼女の顔を見ていない。するとまだ、見た目の問題が残っている。優しくて明るくて極限師だけど、実は超絶ブサイクってことも…

あれやばい。これフラグじゃね?ちょっと待て落ち着け優魔。このドアを開ければすべて分かること。それに弟子入りの目的は美少女との同居では無い。極限師になることだ。履き違えるな優魔。よし、落ち着いた。いこう。

俺はドアノブに手を掛け、勢い良くドアを開けた。


「お、お邪魔します!」


小洒落た広い玄関に、綺麗な模様の描かれた壁。すぐ近くには階段があり、二階へとつながっているようだ。

突き当りに木で出来たテーブルと椅子が見えた。どうやらリビングルームのようだ。そして、そこに座って紅茶を飲んでいたのは…

…白い髪に白い肌、細身の体に白いワンピースを着た、整った顔の美少女。

当たりだ。やった、当たりだ!やったよ母さん!人生の賭けに、勝った!!勝ったぞおおお!!!…と叫びたいのを懸命にこらえ、俺はリビングへと向かった。向こうも俺に気づいたのか、ぼーっとこっちを眺めていた。俺は愛想よく笑い、精一杯の優しい声で彼女に話しかけようとした。が。


「ひぃ」


突如、小さな音が聞こえる。その音は、最早音として捉えていいのか分からないくらいに小さかったが、俺の耳には確かに聞こえた。…そして、


「ひゃあああああああああああ!!!!いやあああああああああああ!!!!」


その音は『声』になる過程を通り越し、『悲鳴』に変わっていた。悲鳴の主は言わずもがな、目の前の少女。

…俺は凍り付いていた。何故いきなり叫ばれなければならないのか。いや待て。落ち着いて考えてみよう。

理由その一、『ノックをしなかった』

ベルを鳴らしたとはいえ、人の家に入るときにノックをしなかったのは非常識だったのかもしれない。しかし、その程度で叫ばれる理由にはならないと思うが…。

理由その二、『何らかの魔法で俺の心を覗いてしまった』

これはありえるかもしれない。相手は極限師、どんな魔法を使ってきても不思議では無い。そしてさっきの俺の勝利の雄叫びに対して怯んでしまったのかもしれない。…しかし、だからってあそこまで叫ばなくても良いのでは…。

三つ目の理由を考えていると、彼女は何やら奇妙な行動を取り始めた。…奇声を発しながら階段を登ったり降りたりしている。そして降りる途中で足を滑らせ、ごろごろと一直線に転がっていく。

分かったぞ。ようやく分かった。この人、師匠じゃない。師匠はきっと二階にいるんだ。そうだ、そうに違いない…


「もー、うるさいですよー!?」


突然、声が聞こえてくる。どうやら二階からのようだ。てことは師匠…?


「あ、あの!お邪魔しています!篠崎優魔です!」


二階の方に向かって挨拶をすると、それを聞いた白髪少女がまたもや悲鳴を上げ、テーブルの下に潜り込んだ。

…俺に何か恨みでもあるのだろうか。


「おお!優魔さんでしたか!すみません、ビックリさせちゃって…。私の名前はルナ・スミスと言います!よろしくお願いしますね!」


スミス…そうかこの人、外国の人か。金髪に緑色の瞳。

でも、背は低いな…。って言うかこの人の声、門の前で聞いた声と同じだな。てことはあれか?謎の天才極限師の正体は、ロリっ娘英国美少女でしたってか?


「ホラ師匠!いつまでそうしているんデスか!?優魔さんに挨拶しないと!」


スミスさんはテーブルの下でガタガタと怯える少女に、大きな声で呼び掛けた。…今スミスさん師匠とか口走ってなかったか?気のせいだよな。


「そら、早く出てきてください!」


「ひいぃ…いやあぁ……!!」


「出てこないと……くすぐっちゃいマスよ!!それそれぇ!」


「ぇ…ちょ!ひ、ひゃはははは!!ひゃはははははは!!!やめ、出るから!!!でるひゃらやめひゃひゃひゃははははっ!!!」


…何だこの光景は。呆気にとられていると、突如、


「こら、やめなさいルナ。師匠様が嫌がっているだろ」


上から声が聞こえてきた。男性のようだ。


「聞いて下さいよかいくん!!師匠ったらお弟子さんが来たのに、まだ挨拶もできていないんですよ!!」


「仕方ないだろう。師匠様はこういう性格なんだから…」


かいくんと呼ばれた人は静かにそう言った。

…俺は、開いた口が塞がらなかった。


「ん、君が篠崎優魔君か。僕の名は瀬野海斗という。これから宜しく頼む」


薄々は気付いていた。気付いてはいたが、認めたくなかった。


「…一つ質問いいっすか」


「なんだ」


「あそこでくすぐられ疲れてひくひくしているあの白髪少女が、僕らの師匠なんですか」


「そうだ」


認めねぇ。あの人は師匠ではない。脳にダメージを負った残念な少女だ。師匠はスミスさんか…かいくんであろう。

よし決めた。今日からかいくんが師匠だ。藍色の髪に青い瞳。身長は俺よりも高く、何より話し方が落ち着いていて大人っぽい。例えあの少女の魔法がかいくんの魔法より優れていたとしても俺はあの人を師匠とは呼べない。


「ホラ師匠!ちゃんと挨拶してください!」


…俺の思考を遮るように、スミスさんは少女を俺の前に立たせる。……俺はこの白髪少女に、どんな顔をすれば良いのか。さんざん悲鳴を上げられ、挙句くすぐられている所をもろに見てしまい、一体どんな反応をしてあげれば良いのだろうか。


「……………………………………」


「……………………………………」


……なんだよ、さっきまで悲鳴上げて逃げ回っていたくせに、いざ自己紹介となればだんまりを決め込むってか。

虫の良いやつめ。いっそガツンといってやろうか。

「人の顔を見るなり悲鳴を上げるような人を師匠とは呼べません」ってな。ほら、なんとか言ってみろよ。ホラホラ。


「…ぁの……………ごめん、なさい……ひっぐ、ぁ…ぁの、私は…『烏』といいます……さっきは、ひっぐ、

本当に………ご、ごめんなさい…………」


『烏』と名乗った白髪の少女は、泣きながらビクビクと謝ってきた。


…………どうしよう、可愛い。


そういや最初に見た時は当たりだ!って思ったっけ。

その後のインパクトが強過ぎて忘れていた…。

一応謝っているみたいだし、とりあえずなにか言ってあげないと…


「あ、あの…全然気にしてませんから!」


はい。大嘘です。だって初対面でひゃああああ!!!は

無いだろ。誰だって気にするわ!


「ぁの……私は……きょ、極限師で…その、一応今日から、貴方の…師匠に…なる者でして…」


ああ…やっぱりこの人が…。…はっきり言って、どーしても俺はこの人を師匠とは呼べない。と言うか一つ気になっていたのだが、この人は俺がベルを鳴らした時に気がついていたのだろうか。


「えと、話変わりますけど、俺がベルを鳴らした時、烏さんは何処に?」


「ぇ…?私はずっとここに居ましたけど…」


え。じゃあなんだ。ベルは二階の人にしか聞こえない様な仕組みにでもなっているのか。


「ベルは二階の私達の部屋にしか聞こえないので、師匠は気付かなかったのだと思いマス」


本当にそうだったのかよ!どうなってんだこの家は。


「師匠様は心臓の弱い方でな…。ベルの音を聞いただけで、気絶してしまうんだ。だからいつもは、誰かが来た時は下の師匠に言うんだが…今日は弟子入りの人が来るから、自分が逃げない様にあえて伝えないようにしてくれと師匠様に頼まれたんだよ」


師匠様って、あれなの?コミュ症なの?嘘だろおい。

じゃあ、何?伝説の天才極限師はコミュ症だからもう誰とも話せませんし、弟子も取れませんってか。


「なんっじゃそりゃあぁぁあ!?」


あ、しまった。声に出てた。俺の声に驚きビクビクッ!と肩を揺らし、ぷるぷると震える烏さんは何かの小動物にも見える。他の二人も突然の大声に驚いている様子だった。

…て言うか、自分から「弟子入りの人が来ても伝えないで」って言っておいて、いざ対面したらやっぱり駄目でしたって…馬鹿すぎるだろ!何なのこの人!

……どうやら、本音を隠して上手く仲を取り持つという作戦は、もう叶わない様だ。俺は言わざるを得なかった。


「あの、はっきり言って、このまま烏さんを師匠と呼んで

魔法を教えてもらうのは、若干抵抗があるんですが…。

なにか一つでも、極限師としての実力を見せてもらえませんかね……」


一応極限師である烏さんに対して、大変失礼な物言いであることは分かっている。だが、このままでは彼女に対するイメージがどんどん悪い物になってしまう。勿論これから一緒に暮らす上で、徐々に烏さんの実力が分かってくるのだろうが、それではダメだ。いますぐ、証明して欲しい。

…だってこの人、明らかに敵と戦えるような性格では無いでしょ。

…しばらく沈黙が続いたが、突然、スミスさんが口を開く。


「そうだ!いい事思いつきました!優魔サンも師匠もトクをする、Good ideaがありマスよ!」


一体どんなアイデアだろうか。正直言ってこの状況で烏さんが得をするアイデアなんて思い付かないのだが。


「ずばりそのIdeaとは!……優魔サンと!師匠さんで!マジックバトルを行う!デス!」


…………は?


「マジックバトルって…模擬戦って事ですか?何でそれが烏さんにとっても得をするんですか?」


「良い質問デス!まあ、さっきの出来事からでも分かるように、師匠はイロイロ特殊な所がありマス。その内の一つとして、『一度戦った相手とはまともに会話することが出来る』というのがありマス」


…何だかよく分からないが、俺が烏さんと模擬戦をすれば、万事解決って事か。よし、乗った。


「よく分かりませんが分かりました。模擬戦をすればいいのですね?それなら烏さんの実力も分かるし、俺は構いませんけど」


と言いつつ、チラッと烏さんの方を見る。…相変わらずぷるぷると震えている。


「Yes!!了解しました優魔サン!師匠もそれで良いですね?」


話しかけられた烏さんはまたもやビクビクッと肩を揺らし、しばらくそれっきりであったが、何秒か経った後に半泣きでコクリと頷いた。


……本当に大丈夫なのだろうか、この人。



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