実行委員のお仕事
「…………」
「…………」
議場は沈黙に包まれていた。
彼女が入室してきてから、ほんの数分間の事である。
だが、その圧倒的存在感がその場にいる一同の目を集中させる。
脇田理恵子。
ちょっとした有名人……どころではない。
城聖学園では一番の美少女(と呼ぶにしても実にとんでもない美少女という扱いだが)として知られている程度。
しかし、世間一般では、脇田グループは旧華族系の直系であり、戦後のごたごたでGHQの目を逃れる為に別の商家を吸収し、表向きはその家の名を名乗る一族である。
恐らくは日本で五指に入る、いわゆる財閥。
大富豪の娘でありながら、芸能人顔負けの美貌、そして文武(それなりに)両道。
そんな彼女が、何を考えたのか修学旅行実行委員だと言う。
他の実行委員六名は戦慄した。
入学当初は、命知らずな男たちが彼女に突撃、告白をしたという。
だが、彼らは脇田グループに排除された……のではなく、脇田理恵子と言う少女の持つエキセントリックな性格についていけず、特別な関係になることは出来なかった。
そう、脇田理恵子は完璧超人だったが、一つだけ欠点があったのだ。
彼女は変わり者だった。
しかし……噂の脇田理恵子の隣に、一人の男がいる。
冴えない男だ。
やや癖ッ毛で、茫洋とした顔で突っ立っている。
だが、異様に目の輝きは強かった。
一目で見て分かる。
変人だ。
「理恵子さん、こちらへ」
「ありがとうございます、六郎さん」
国後に引かれた椅子に、理恵子は腰掛けた。
身のこなしは優雅そのもの。所作の隅々まで、育ちのよさが行き届いている。
そしてすぐ横に、国後が乱雑な感じで座り込んだ。
国後はしばらく、難しい顔をして黙り込んでいたかと思うと、その印象深い瞳をぎょろりと他の実行委員に向けた。
「どうしたのだ。黙っていては会議など始まらぬ。時間とはこうしている間にも瞬く間に過ぎていくものなのだ。さあ、弁舌を戦わせようではないか」
わあっ、なんだこいつ!
実行委員一同は再び戦慄した。
なるほど、あの脇田理恵子の隣にいられるような男である。
彼の言葉を聴いて納得した。これは尋常な人間ではない。
「そ、それでは。まずは初顔合わせの挨拶から……」
口火を切ったのは、特進クラスの実行委員。
彼がこの場における進行役を、実行委員顧問教諭から仰せつかっているのだ。
挨拶そのものは実に問題なく進行する。
特進クラス、一組、二組、三組。
「さすがの存在感だな……」
三組の実行委員であり、シャイン4の一人である榊原は呟いた。
こうして黙って座っているだけで人目を惹く存在である、脇田理恵子。
彼女が立ち上がって自己紹介をするだけで、場の空気は彼女に呑まれた。
二年二組は、一体どうやってこんな怪物を内包してクラスを運営していると言うのか。
昨年の理恵子は、まるで腫れ物を触るように扱われていた。
迫害されてはいなかったが、積極的に近づこうとする人間などいなかったのだ。
だが、今年の理恵子は親しい友達を何人も作り、あまり表情は変わらないながら、まとう雰囲気が明るくなったような気がする。
榊原は眼鏡を押し上げて、唸った。
あの国後という男も、どうして脇田理恵子の隣で、平然としていられるのか。
むしろあれは、平然と言うより、この場所こそが自分がいるべき所であると確信しているかのようだ。
議題が移り変わる。
修学旅行のしおりについて。
通常の修学旅行であれば、共通した地域を見学する訳だから、自由行動を除くそれぞれの見学場所を開設したり、旅行全体を通してのルールなどを開設しているものだ。
ところが、城聖学園の修学旅行とは、現地到着の瞬間から最終日まで自由行動である。
根本的なルールを書いておく以外には、緊急時の対応を明記する以外、しおりがやる事はない。
「ではこのしおりの作成は……」
スッと、実に美しい挙作で、真っ白な手が掲げられた。
一同の視線が集まる。
またか……!
「私がやりましょう」
脇田理恵子が、しおりの文面を作る!!
「俺がサポートしよう」
隣の奴が何か言っているが、とにかくすごい衝撃だ。
彼女が何かを言い、何かをやるたびに、それは大きな事件となる。
果たして、脇田理恵子が作った旅行のしおり……。
どんなものになるのだろう。
かくして、次回は二週間後のクリスマス直前。
各班の旅行プランを持ち寄る予定となった。
委員会は解散。
理恵子はいつもの、よく表情の読めない顔で外に出た。
「お帰り、なさい」
「リエコー! 楽しかったみたいだネ?」
今や理恵子の一番の友人である、楓とレヒーナが出迎える。
国後は理恵子の背後で、うんうんと頷いている。
「やってやりました」
理恵子が静かに言い、力強くサムズアップする。
「おおー!」
レヒーナもノリノリでサムズアップ返し。
楓はちょっと恥ずかしそうに、小さくサムズアップ。
「私が、旅行のしおりを作ります」
「シオリ?」
「とらべる・はんどぶっく」
「おー!」
棒読みの理恵子の英語でレヒーナも分かったらしい。
「だったら、ボクも協力するよ!」
「私、も、文章は得意、だから」
「百人の味方を得たかのようです」
それぞれ強烈に温度差がある三人。
だが、和気藹々と盛り上がる。
国後は彼らの後ろで、うんうんと頷いていた。
「じゃあ、作る場所はユーの家にしよう!!」
何故かそう言う事になった。
「っくしゅん!」
勇太が派手にくしゃみをした。
郁己はポケットティッシュを差し出しながら、
「おっ、古典的なやつだな。誰かが噂したか?」
「んもー。風邪引いたのかって心配くらいしてよお」
「いやー、だって勇太は風邪引かないだろ」
「ま、まあそうだけどさ」
ここ十年間風邪を引いた事がない健康優良児、金城勇太はもらったティシュでちーん、と鼻をかんだ。
「でも、誰かが噂したくらいでくしゃみするもんかな? うーん」
「自分が有名人だって理解してるか? いつでも誰かが勇太の噂をしてるって。案外、また厄介ごとがやってくるのかもしれないぞ」
「やめてよー!」
その郁己の予想、当たらずと言えども遠からずだったりするのだ。




