表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/125

鈍感娘とイルミネーション

 十一月ともなると、街は冬支度。

 アパレルショップなんかは、冬物を定価で販売できる最後のチャンス。

 呼び込みの声が賑やかだ。

 十二月はセールの季節。そこに行くまでに、街は貪欲に、人々のお財布からお金を落としてもらおうと画策中。


 この街並みを歩くのは、いつもの見慣れた少女……ではない。

 あまり表舞台に立たず、スポットを浴びない彼女。

 いつも我関せずという態度で、クールを貫く妹さんだ。

 生徒会副会長という業務はなかなか多忙なはずなのだが、有能な彼女は、相当な仕事量であってもものの数十分で終わらせる。

 あとは生徒会長の承認のみが必要な状況にし、常に定時で下校しているのである。

 本日は金曜日。

 街は週末に向かい、浮かれた空気を漂わせる。

 そんな中、私服姿の少年と少女。


「私が付き合う必要性はあったんでしょうか」

「うーん、心葉さんがいないと意味がないんですけど」


 ふんわりとした優男、風間純一くんは、都立高校生徒会の書記を担当している。

 実は、心葉とはずっと同じクラス。

 武道を嗜んでいる関係から、彼女の薫陶(くんとう)を受け、親分、子分の関係を自他共に認める仲であった。


「私は、そんな任侠じみた呼び名は好ましくないと思うのですが」

「いやいや、ま、ま。ものの例えですので」


 物腰柔らかな風間くん、基本的に揉め事を起こさぬよう、人と人のクッションとなるセンスを持つ少年である。年齢に見合わぬ苦労人でもある。

 そんな彼なのだが、少年らしい思いも内心に秘めているのである。

 というのも、


(果たして、心葉さんには脈があるのだろうか)


 彼の人のよさそうな細められた目が、横を歩く少女を見つめる。

 背丈は低い。

 彼よりも頭一つ分は確実に小さいだろう。

 顔立ちは端整に整っており、いわゆる和風の美人である。

 一見するとほっそりしているが、その肉体はしなやかな筋肉に覆われている。


 空手ベースの総合格闘技が、風間くんのスタイル。

 小学校の頃から、ミーハーな兄に誘われて始めたこの稽古事は、飽きっぽい兄が逃げ出してからも続いている。

 時折開かれる大会で、それなりに注目される程度には強い腕前だ。

 ちなみに、手加減している。あまり衆目を集めるのは、彼の望むところではない。

 風間純一は、ある種、格闘技において天才肌ではあった。

 常に実力を出していないという自負が、彼に余裕を与える。

 ゆえに人格者を気取っていられるのだ。


 その鼻っ柱をへし折られたのは、入学して早々。

 都立高校は都内でもベスト5に入る偏差値の進学校だ。

 だが、そんな学校でも、集団である以上は一定のあぶれ者は出現する。

 彼らはグループを形成し、標的となりやすい相手を見つけては、恐喝や暴行の餌食にしようとする。

 よくある話だ。


 その標的になったのが、心葉だった。

 小さくて、美人で、鼻っ柱が強い。

 常に慇懃無礼で、頭がよく、運動神経抜群。実務能力に長け、入学時の席次も上から二番目。

 男たちからは憧れの君と見られ始めていた彼女は、ゆえに注目を集め易い存在だった。


 付属中学校から内部進学してきたグループが、そんな目立つ新参者に目をつけた。

 彼女たちは、有形無形の嫌がらせを心葉に対して行いだしたのだ。

 体操着をゴミ箱に捨てたり、ノートや教科書を水浸しにしたり。

 端から見ていても、眉をひそめたくなるようないじめだった。

 だが、それらのいじめ、同じ行為は二度も続かなかった。


 金城心葉は非凡な女子高生であった。

 彼女は、一つの状況が発生すると、まずは状況下で可能な限り証拠を集める。

 人の証言、遺留品、クラスメイトのアリバイ。

 さらに、二度目が起こらぬよう、小型の監視カメラを仕掛けていたらしい。

 ロッカーを開けると起動する監視カメラの、その情報は心葉の携帯に転送されている。


 早々に犯人が捕まる。

 彼女もまた、クラスではいじめられっ子とみなされていた少女である。

 心葉は彼女から、迅速に情報を聞きだす。

 情報を精査し、付属中学校出の人間たちから裏づけを取り、僅か一週間で自分に敵対するグループをつきとめた。

 そして、あろうことか、自ら彼女たちを校舎裏に呼んだのである。

 

 この時まで、金城心葉は、有能ではあるものの、小柄で可愛らしいただの少女としか周囲には認識されていない。

 風間くんもその認識であったから、彼女が行う捜査の際、気づかない程度に手を貸してあげていた。

 そんな彼女がたった一人、いわゆるいじめっ子グループとの対決に向かったのである。


 ことに気づいたのは、心葉とグループが校舎裏に消えてからしばらくして。

 そこに陰惨な光景が繰り広げられていることを想像しながら、風間くんは現場に急いだ。

 そして見た光景。

 それは、一方的な蹂躙の姿である。


 いじめグループは男子生徒も抱きこんでおり、その中には柔道部や剣道部といった武道系の生徒もいた。

 その彼らは、既にことごとく白目を剥いて倒れており、隅で固まって震える女子生徒の眼前、金城心葉は悠然と問うのだ。


「あなた方が、この犯行を行ったのでしょう? 既に状況はカメラで撮っています。私は正当防衛。これを提出するだけで、あなた方は処分される。その罪にいささか上乗せがあって、何を困る事がありますか」


 問いかけは冷静。

 彼女は目を細めて続ける。

 死刑宣告としか思えないような言葉を。


「なに、これからは地獄なのです。今後、多少地獄の度合いが増したとしても問題はないでしょう?」

「いやあっ、ゆ、許してえ!」

「化け物っ」

「ひどい誹謗中傷です。録音はしておりますから、その言葉が皆さんの立場を危うくしない事を祈ります」


 完全にいじめグループは心を折られていて、彼女たちの顔は恐怖にゆがんでいる。

 流石にやりすぎだと、


「ちょっと、さすがにそれは」


 声をかけて踏み出した。

 その瞬間だ。

 悠に十歩分は離れていたはずの心葉が、懐にいた。


「ああ、まだ残りがいたのですか」


 ぼそっと呟いた言葉に、ゾッとした。

 反射的に、磨き上げてきた武道が、己の身を守るために発動する。

 挙動最小限の右ショートフックからの、左ロー。

 しまった、女の子相手に……! と思う暇もない。

 フックは、なんの手ごたえもなく空を打った。反射となるまで叩き込んできた、連携のローは、何か柔らかな感触に巻き込まれた。

 次には、我が身は宙を舞っていた。

 跳んだ記憶などない。

 跳ばされたのだ。

 そして、腰椎の辺りに、突き刺すような激痛が走る。

 ねじ込むような蹴り足が、腰骨を穿とうとしたのだ。

 咄嗟に身を捻る事ができたのは、彼が非凡な才能を持っていたからに他ならない。

 だが、この一瞬で、風間くんの戦意は喪失していた。


 これは、手を出してはいけない者だ。

 心葉の目は、一見すると冷静だったが、風間くんが行った回避を見抜き、そこに微かな賞賛の色を称えている。


 無様に着地する。

 追撃しようと一歩踏み込んだ心葉に向けて、風間くんは叫んだ。


「弟子にして下さい!!」


 これが、二人の関係の始まりである。

 多分、自分はこの人間離れした能力を持つ、小さな女の子を好きなのだ。

 風間くんはそう思う。

 だが、なんということだろう。

 この少女に、決定的に欠けているものが一つだけあったのだ。

 天は彼女に、一物も二物も与えたが、唯一これだけは与えなかった。

 それは、恋心に関する情緒。


「ふむ、もうすぐイルミネーションが始まるのですか」


 木々や街に据え付けられた明かりを見やり、呟く心葉。


「街を明るくして何が楽しいのでしょうか」


 そこまで理解しておきながら、決定的に、自分が何故誘われたのかを察せない。

 このにぶちんをどうしてくれようか。

 風間くんの苦闘が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ