鈍感娘とイルミネーション
十一月ともなると、街は冬支度。
アパレルショップなんかは、冬物を定価で販売できる最後のチャンス。
呼び込みの声が賑やかだ。
十二月はセールの季節。そこに行くまでに、街は貪欲に、人々のお財布からお金を落としてもらおうと画策中。
この街並みを歩くのは、いつもの見慣れた少女……ではない。
あまり表舞台に立たず、スポットを浴びない彼女。
いつも我関せずという態度で、クールを貫く妹さんだ。
生徒会副会長という業務はなかなか多忙なはずなのだが、有能な彼女は、相当な仕事量であってもものの数十分で終わらせる。
あとは生徒会長の承認のみが必要な状況にし、常に定時で下校しているのである。
本日は金曜日。
街は週末に向かい、浮かれた空気を漂わせる。
そんな中、私服姿の少年と少女。
「私が付き合う必要性はあったんでしょうか」
「うーん、心葉さんがいないと意味がないんですけど」
ふんわりとした優男、風間純一くんは、都立高校生徒会の書記を担当している。
実は、心葉とはずっと同じクラス。
武道を嗜んでいる関係から、彼女の薫陶を受け、親分、子分の関係を自他共に認める仲であった。
「私は、そんな任侠じみた呼び名は好ましくないと思うのですが」
「いやいや、ま、ま。ものの例えですので」
物腰柔らかな風間くん、基本的に揉め事を起こさぬよう、人と人のクッションとなるセンスを持つ少年である。年齢に見合わぬ苦労人でもある。
そんな彼なのだが、少年らしい思いも内心に秘めているのである。
というのも、
(果たして、心葉さんには脈があるのだろうか)
彼の人のよさそうな細められた目が、横を歩く少女を見つめる。
背丈は低い。
彼よりも頭一つ分は確実に小さいだろう。
顔立ちは端整に整っており、いわゆる和風の美人である。
一見するとほっそりしているが、その肉体はしなやかな筋肉に覆われている。
空手ベースの総合格闘技が、風間くんのスタイル。
小学校の頃から、ミーハーな兄に誘われて始めたこの稽古事は、飽きっぽい兄が逃げ出してからも続いている。
時折開かれる大会で、それなりに注目される程度には強い腕前だ。
ちなみに、手加減している。あまり衆目を集めるのは、彼の望むところではない。
風間純一は、ある種、格闘技において天才肌ではあった。
常に実力を出していないという自負が、彼に余裕を与える。
ゆえに人格者を気取っていられるのだ。
その鼻っ柱をへし折られたのは、入学して早々。
都立高校は都内でもベスト5に入る偏差値の進学校だ。
だが、そんな学校でも、集団である以上は一定のあぶれ者は出現する。
彼らはグループを形成し、標的となりやすい相手を見つけては、恐喝や暴行の餌食にしようとする。
よくある話だ。
その標的になったのが、心葉だった。
小さくて、美人で、鼻っ柱が強い。
常に慇懃無礼で、頭がよく、運動神経抜群。実務能力に長け、入学時の席次も上から二番目。
男たちからは憧れの君と見られ始めていた彼女は、ゆえに注目を集め易い存在だった。
付属中学校から内部進学してきたグループが、そんな目立つ新参者に目をつけた。
彼女たちは、有形無形の嫌がらせを心葉に対して行いだしたのだ。
体操着をゴミ箱に捨てたり、ノートや教科書を水浸しにしたり。
端から見ていても、眉をひそめたくなるようないじめだった。
だが、それらのいじめ、同じ行為は二度も続かなかった。
金城心葉は非凡な女子高生であった。
彼女は、一つの状況が発生すると、まずは状況下で可能な限り証拠を集める。
人の証言、遺留品、クラスメイトのアリバイ。
さらに、二度目が起こらぬよう、小型の監視カメラを仕掛けていたらしい。
ロッカーを開けると起動する監視カメラの、その情報は心葉の携帯に転送されている。
早々に犯人が捕まる。
彼女もまた、クラスではいじめられっ子とみなされていた少女である。
心葉は彼女から、迅速に情報を聞きだす。
情報を精査し、付属中学校出の人間たちから裏づけを取り、僅か一週間で自分に敵対するグループをつきとめた。
そして、あろうことか、自ら彼女たちを校舎裏に呼んだのである。
この時まで、金城心葉は、有能ではあるものの、小柄で可愛らしいただの少女としか周囲には認識されていない。
風間くんもその認識であったから、彼女が行う捜査の際、気づかない程度に手を貸してあげていた。
そんな彼女がたった一人、いわゆるいじめっ子グループとの対決に向かったのである。
ことに気づいたのは、心葉とグループが校舎裏に消えてからしばらくして。
そこに陰惨な光景が繰り広げられていることを想像しながら、風間くんは現場に急いだ。
そして見た光景。
それは、一方的な蹂躙の姿である。
いじめグループは男子生徒も抱きこんでおり、その中には柔道部や剣道部といった武道系の生徒もいた。
その彼らは、既にことごとく白目を剥いて倒れており、隅で固まって震える女子生徒の眼前、金城心葉は悠然と問うのだ。
「あなた方が、この犯行を行ったのでしょう? 既に状況はカメラで撮っています。私は正当防衛。これを提出するだけで、あなた方は処分される。その罪にいささか上乗せがあって、何を困る事がありますか」
問いかけは冷静。
彼女は目を細めて続ける。
死刑宣告としか思えないような言葉を。
「なに、これからは地獄なのです。今後、多少地獄の度合いが増したとしても問題はないでしょう?」
「いやあっ、ゆ、許してえ!」
「化け物っ」
「ひどい誹謗中傷です。録音はしておりますから、その言葉が皆さんの立場を危うくしない事を祈ります」
完全にいじめグループは心を折られていて、彼女たちの顔は恐怖にゆがんでいる。
流石にやりすぎだと、
「ちょっと、さすがにそれは」
声をかけて踏み出した。
その瞬間だ。
悠に十歩分は離れていたはずの心葉が、懐にいた。
「ああ、まだ残りがいたのですか」
ぼそっと呟いた言葉に、ゾッとした。
反射的に、磨き上げてきた武道が、己の身を守るために発動する。
挙動最小限の右ショートフックからの、左ロー。
しまった、女の子相手に……! と思う暇もない。
フックは、なんの手ごたえもなく空を打った。反射となるまで叩き込んできた、連携のローは、何か柔らかな感触に巻き込まれた。
次には、我が身は宙を舞っていた。
跳んだ記憶などない。
跳ばされたのだ。
そして、腰椎の辺りに、突き刺すような激痛が走る。
ねじ込むような蹴り足が、腰骨を穿とうとしたのだ。
咄嗟に身を捻る事ができたのは、彼が非凡な才能を持っていたからに他ならない。
だが、この一瞬で、風間くんの戦意は喪失していた。
これは、手を出してはいけない者だ。
心葉の目は、一見すると冷静だったが、風間くんが行った回避を見抜き、そこに微かな賞賛の色を称えている。
無様に着地する。
追撃しようと一歩踏み込んだ心葉に向けて、風間くんは叫んだ。
「弟子にして下さい!!」
これが、二人の関係の始まりである。
多分、自分はこの人間離れした能力を持つ、小さな女の子を好きなのだ。
風間くんはそう思う。
だが、なんということだろう。
この少女に、決定的に欠けているものが一つだけあったのだ。
天は彼女に、一物も二物も与えたが、唯一これだけは与えなかった。
それは、恋心に関する情緒。
「ふむ、もうすぐイルミネーションが始まるのですか」
木々や街に据え付けられた明かりを見やり、呟く心葉。
「街を明るくして何が楽しいのでしょうか」
そこまで理解しておきながら、決定的に、自分が何故誘われたのかを察せない。
このにぶちんをどうしてくれようか。
風間くんの苦闘が始まる。




