二人の男の娘?
「ちょいと、ちょいと」
柱の陰から呼びかけられて、黒沼遥はきょろきょろと辺りを見回した。
誰だろう、自分を招くものは。
身体検査が終わった直後である。身長はあまり伸びておらず、遥は落胆していたところだった。
男の子だった時期と比べると、背の高さはあまり重要ではなくなってると思うのだが、それでも大好きな村越龍が、身長183㎝という長身である。40㎝近くも背丈が違うと、流石に気にしてしまう。
そんなこんなで、牛乳を飲もうと決心した矢先だった。ちなみに胸は小さくても良いやと思ったらしい。
「こっちだよ、黒沼さん」
「あっ」
そこには、先日教室まで来ていろいろな説明をしてくれた、二年二組の先輩がいる。
遥にとってはそれだけではない。
中学時代にこの学校の学園祭で一度、入学式のバスの窓から一度、受付では名前を聞かれて……と、何かと印象が強い女性だった。
伸ばした髪を片側で止めていて、柔らかな体の線とか、制服を押し上げる豊かな胸元とか、見た目は明らかに女性なのだけれども……。遥はどこか、彼女に対して違和感を覚えていた。
見た目通りに女性的だとは思えないような。
名前は確か。
「金城先輩」
「そうだよ。覚えててくれたんだ」
彼女はてててっと駆け寄ってきて、わしゃしゃっと遥の髪の毛を撫でた。
「わっ、さらさらだ! 気持ちいい!」
「ひゃあっ、先輩やめてくださいー!」
遥がいじられていると、同級生たちの視線が集まった。
「うおっ、二組の金城勇だ!」
「学園三大美少女の一人が!!」
「黒沼と知り合いだったのかあ」
「黒沼も可愛いよな。なんか、愛玩動物的な……」
「お前黒沼に手を出したら、村越に殺されるぞ」
「えっ、あいつら付き合ってんのかよ!?」
「明らかにあいつら、二人の間の空気が違うだろ」
なんかボソボソ言われている。
遥は中学三年生の春まで、身も心も男の子だったから、彼ら同級の男子たちが考える事はよく理解できる。
だからなんとなく、男子たちがたむろっているところをウロウロしていたりするのだが。
今日はそこを捕獲された。
「ねえ黒沼さん。今日は暇?」
「は、はい。美術部の見学は明日ですけど」
「じゃあ、うちに来ない? いろいろお話しよう」
「ええっ!?」
遥は目を丸くした。
一体全体、どうして自分が呼ばれるんだろう、という顔だ。
視線を泳がせた後、きょろきょろと助けを求めて周囲を見回した。
男子たちは遠巻きにするばかりで近づいてこない。なんだかんだ言っても、年上のとても綺麗なお姉さんには気後れするピュアボーイが多いのだ。
空気を読まずに近づこうとするものもいたが、彼らが声を上げようとした時、その肩を力強い手がぐい、と掴んだ。
「遥!」
「龍!」
地獄に仏とはこのことだ、と遥の表情が安堵に緩む。
村越龍は油断なくやってくると、この先輩に向かって軽く会釈した。
「ども」
「どーもー。ねえ、村越くん。今日、黒沼さんをちょっと借りてもいいかな」
「はい?」
龍にもこの先輩の言うことが理解できなかった。
何を意図しているのか、この人は。
「ちょっと確かめたいことがあってね。なんなら、キミも来てくれていいよ。キミ、何か格闘技やってるでしょ。それも普通じゃない奴」
龍は目を細めた。
自分も、この先輩の体の運び方は、素人のそれではないと睨んでいたからだ。
来るべきものが来たか、とも思う。
「なので、キミにとっても有用だと思うな。二人まとめて面倒見ちゃおう」
先輩はいたずらっぽく微笑んだ。
下校時である。
「おー! Carino! ユー、この娘だーれ!? ボク知らなかったヨー!」
なんだか二人増えてる。
一人は眼鏡の男の先輩。ずっと金城先輩と一緒にいる人で、多分彼氏。落ち着いた雰囲気で大人っぽいと感じる。
そしてもう一人。
金髪のポニーテールで、すらりとした体格の白人の女の子。
さっきから遥をペタペタ触ったり、ぎゅっとハグしようとして来たりする。
だ、だれこの人! と遥はちょっとパニックだった。
龍もなんだか怖い目でその人を見ているし。
「白帝流までいるのか……? 勘弁してくれよ……」
いや、なんか弱気だ。
「やー、ごめんね。なんかレヒーナもついてきちゃって」
「えー! だって今日はボクがユーの家に遊びに来る予定だったんじゃん! ま、こんな可愛い娘と一緒なら、ボクも嬉しいけどネ!」
「なんか済まんなあ。彼女たち言い出すと聞かなくてなあ」
眼鏡の先輩が申し訳無さそうに言った。
「あ、いえ。気持ちはよく分かりますんで」
龍が恐縮している。
遥は、気持ちがよく分かるってどういうこと! と思ったが、黙っておいた。
段々男の子の気持ちを察せなくなっている自分がいるようでちょっと怖い。
招かれたのは、普段遥たちが降りる乗り換え駅で、モノレールではなく別の電車に乗り換えた先。
「ごめんね、帰りは送るから。郁己のお姉さんが」
「おい!」
何やら意思の疎通が出来てないっぽいやりとりが。
「ボクは泊まってくヨ!」
駅から降りて少し歩くと、そこにはちょっと雰囲気のある道場。
ここが金城先輩の家だった。
部屋に通されると、金城先輩が人数分のお茶と、お茶請けのお菓子を持ってきてくれる。
途中で、金城先輩によく似た大人の女性が会釈してきた。笑顔の素敵な彼女はきっと先輩の母親だろう。
龍がこれまでにないほど緊張していたのは、きっと彼女が美人さんだからだ。
遥は少しムッとして、龍の脚を踏んづけておいた。
お菓子をぽりぽりやって、お茶を飲んで……。
今は、互いの空気を探りあうような微妙な時間。
金城先輩はただただ遥の事を見つめて、言葉を探しているようだった。
「ん、思いつかないからいいや。直で聞いちゃお」
あ、諦めた。
「黒沼さん。あなたって、男の子みたいって言われたことない?」
いきなりのストレート。
遥は心臓が止まるかと思った。
「そ、そっ、そんな、そのっ」
「金城先輩、いきなり失礼じゃないですか」
「あはは、ごめんごめん」
見ると、眼鏡の先輩もお茶でむせている。レヒーナ先輩は、これ多分何も理解してない。ニコニコしながら家の中の和風なものをいじっている。
「な、なんで、どうしてそんな、こと」
「それはね?」
金城先輩が見せたのは、一枚の写真。
そこには、二人の中学生が写っていて……一人は眼鏡の先輩。今よりも子供っぽいけれど、間違えることはない。そしてもう一人。
小柄な男の子は……。
「ええっ……? え、ええええっ!?」
写真と目の前の女性を見比べた。
強く面影があるこの男の子は、金城先輩……?
でも、弟とかそういう可能性も……。
そんな気持ちは、写真の中で何とか確認できる、名札で雲散霧消してしまった。
卒業式の写真なのだ。名札の中には、”金城勇太”とあった。
先輩の名前は、金城勇。
つまりこの人は……。
「僕と同じ、なんですか」
「やっぱりそうだったんだ。私と同じ子に、初めて会ったよ」
「でも、どうして?」
「うーん……勘? 自分も女の子歴が浅いから、同じようなタイプの子はすぐ分かっちゃうかも」
龍も目を見開いて、驚愕していた。
眼鏡の先輩、今度はお菓子が気管に入ったらしくてむせている。大丈夫かな。レヒーナ先輩が背中をなでてあげている。結構良い人だ。
「ね。私とキミは、似た境遇。何かあったら頼ってよって、そういうこと」
金城先輩のイタズラっぽい笑顔は、女の子以上に女の子らしくて、遥はドキッとした。
そして同時に、心強さも感じている。
「驚いたなあ……」
「俺も驚きですよ……」
男たち二人がぐったりした顔をしていた。
「ンー、ボクは聞いたことあるなあ。ホセがお師匠様から聞いたことの又聞きだけどー、四聖に関わると、時々神様がいたずらをして、その人の性質を変えちゃうんだって」
意外な詳しさを見せるレヒーナである。
まるでマンガの世界だなあ、なんて、そのマンガの描き手である遥は思った。
事実は小説より奇なりなのである。
かくして……黒沼遥は龍の心配をよそに、本日、金城邸へのお泊りが決定した。