やって来ました、衣替えの季節
迎えに行った遥が冬服で出てきたので、そうか、今日は衣替えだった、と思い至る。
龍は自分が冬服であることを忘れ、いつもの夏めいた遥を予想していた自分に気づいた。
あれはあれで、体の線が出ていて可愛かったのだが。
「うん? どうしたの、龍。なんかポカーンと口なんか開けちゃってさ」
すぐ近くまでやってきた遥が、龍を見上げた。
こいつは、夏が終わるまで、あまり体型が成長しなかったなあ、としみじみ龍は思う。
それはそれで良い。そこがまた、遥らしくて愛おしいところだ。
「なんでもないぞ。十月だってのに、まだ空気がぬるいよなーって思ってたところだ」
ぐりぐりと、胸元にある彼女の頭を撫でる。
女の子の髪をこうやって無造作に触ると嫌がられるのだが、遥はそういう事を気にしないタイプのようだ。
いつも寝ぐせがついているのか、こういう髪型なのかわからない、くるくるんとした癖っ毛である。
一見してだらしくは無いし、これはこれで可愛いので良い。
城聖学園の制服は、ボレロ。
胸元のボタンひとつで上着を留めるタイプだ。
下にはジャンパースカートとピンク色のシャツ。
一枚脱げば夏場の制服に近くなるが、こうして上着を羽織っているとイメージが随分違う。
春先に見た金城先輩などは、ボレロの布地を押し上げる胸元のボリュームがあり、なるほど、この曲線を見せる制服なのかと納得もしていたのだ。
だが、遥は悲しいかな、胸のふくらみはほんのささやか。
ボレロの合わせ目はしっかり閉じ、一見するとボタンひとつで止まっているとは見えない。
だが、そんな遥が好きなのである。
電車に乗り込むと、既に何人かの学園の生徒が乗り込んでいる。
襟元のリボンが緑色だから、三年生の先輩だ。
軽く会釈すると、向こうも笑顔で会釈してきた。
小柄な女性で、遥とそう身長が変わらない。
「久々の冬服だと、重く感じるでしょ」
その先輩は笑いながら言った。
「はい、なんか、上着ってこんなだぶっとしてたんだーって思っちゃいました」
「あら、夏で痩せちゃったとか?」
「いえ、僕、あんまりお肉がつかないんで……」
実はなかなか、女らしい体型にならないことを悩んでいる遥なのであった。
「あら、羨ましい。私なんて、インターハイが終わったら途端に食べたものが全部お肉になるから……二の腕なんてぷよぷよよ?」
「ええーっ、女の人は、ちょっとくらいお肉が付いてる方がいいですよー」
「無ければ無いでいいものだけどな」
「あら、彼氏がフォローしてくれたわよ。優しいんだ」
先輩は笑みを含んだ目で、遥と龍を見た。
遥が、ちょっと嬉しそうな顔をして振り向く。
可愛い。
龍も相好を崩した。
「ですけど、先輩はインターハイってことは、女子バレー部だったんですか」
城聖学園でインターハイに出られる部活など、それしかない。
そしてこの小柄な体格でバレーとなると、ポジションはリベロだろう。
「ええそうよ。リベロでそりゃもう活躍したんだから! 決勝ではちょっと拾いきれなくて残念なことになったけど……大学ではそうはいかないわ」
闘志を燃やすリベロ先輩である。
名前は知らないけれど、確か実業団が注目してる選手がいるって、テレビで言っていたような。
龍は首を傾げる。
「そうなんですかー。大学でもがんばってください!」
「ありがとう。君はかわいーわねー」
背丈がそんなに変わらない遥だが、体つきは違うわけで、先輩に抱きすくめられて撫で撫でされてしまう。
「おおー、や、やわらかい」
龍はちょっとうらやましいと思った。
「じゃあね」
走って通学するという先輩に、二人は手を振り、バスに乗り込んだ。
「バレー部ってことは、紺野とも知り合いなんだよな。あいつハーレムみたいな環境にいるのな」
「でも、紺野くんは岩田先輩一筋でしょ」
「だな。まあバレー部だから、おしとやかな女子ってのとはまた違いそうだけどな」
全国から集まった、一騎当千のバレー女子のチームである。
男子サッカー部などより、ずっと雄々しい。
「僕はスポーツとか全然だめだから、尊敬しちゃうかも。でも一度はマンガのネタのために体験してみたいなあ」
「そんなことより、遥」
「うん? どうしたの、龍、なんか顔が赤いよ」
「ああ。その、さっき先輩に抱きしめられて……どうだった?」
「むむっ」
遥はさっきのことを思い出して絶句した。
あの時は突然で、反応できなかったのだが……今思えば大変な状況だったのでは。
「や、柔らかかった」
「おお」
傍から見ると龍は、自分の彼女に他の女性の抱き心地を聞く最低な男なのだが、遥が割りと男も女もいけるクチなのでそういう事を気にしない子なのだ。
龍と遥、ともに心のなかに、中学生男子を宿す仲間でもある。
「いやあ、なんていうか、憧れちゃうよね……。やっぱりああいうのってすごい。確かに筋肉もついてて、がっしり抱きしめられると動けなくなっちゃうんだ。僕って女の子になってから、筋力も減ったみたいで」
「そうか……。俺は遥のほっそりしてるのも好きなんだよな。ただ、こう、ふんわりしてるっていうのも興味が……すまん」
「いいよ。僕も頑張ってみる。お肉つけてみる」
ぐっと拳を握る遥。
「だが遥、それはそうと、筋肉はつけないとな。うちに来い。みっちり鍛えてやる」
プロテインとか摂取しながら筋トレである。
デスクワーク主体の遥は運動する機会が体育の授業しかないので、これは体にもよろしくない。
バスから降りて昇降口に到着したあと、今日の帰りからしばらく、龍の家で筋トレしようということになった。
これで、ほっそりした遥もちょっと肉付きがよくなることだろう。
「すると、冬服で細いままの遥は、これが最後ということになるのかもしれないな」
ふと龍は思い至ったようである。
周囲をキョロキョロ見回すと、上履きを取り出していた遥を背後から抱きしめた。
「ひゃっ!?」
「おお、細い……。これで抱き納めか……」
「なぁにを昇降口でいちゃいちゃしてんのよ!」
「いってえ!?」
猪崎万梨阿が、龍のお尻を蹴っ飛ばしたのであった。
「天下の往来でイチャイチャとは、良い度胸してるじゃない」
「待て猪崎、早とちりするな。これには理由があるんだ」
「ほうー? シングルで寂しいあたしの前で見せつけようといちゃついてるわけじゃないの?」
「気にしてたのか?」
「いや、まあ、そういうスタンスってことにした方が面白いじゃん?」
「お前ってやつは……」
「それで、理由って?」
万梨阿は興味津々。
遥は彼女に向かって、
「僕はね、頑張ってむきむきになることにしたんだ」
「へ?」
遥、それは違う。
龍は天を仰いだ。




