散り際のお花見、進路について
久方ぶり、郁己と勇太二人のお話です。
いつもののんびりした時間と思いきや……?
春という季節は慌ただしくて、いろいろなイベントが始まってしまうから、それに関わっているうちに月日が過ぎていってしまう。
入学式のドタバタの翌日、ようやく郁己は、勇太と過ごす時間を得られていた。
家の近くの公園で、散り際に入った桜が、薄桃色の花びらを風に舞わせている。
二人はまったりと、お弁当など用意してベンチに腰掛けていた。
「まずは、お疲れ様だ、勇太」
「うん、郁己、お疲れ様。なんかまだ学校が始まったばかりなのに、変だよね」
「入学式っていうのは大きなイベントだからなあ……」
特に、勇太とあと二人、二年生のマドンナ(古い)とされる少女たちの負担が大きかったように思う。
去年もこんなだったかな、と郁己は首を傾げた。
郁己としては、勇太の世話で頭がいっぱいだったために記憶に無いだけなのだが。
現三年生の女子に、現二年生ほど強烈な個性の女子がいないせいかもしれない。
本日のお弁当は、主食を郁己、おかずを勇太が担当した共同作業。
郁己手作りのおにぎりは、なかなか大きくて男の子の料理っていう感じ。
郁己自身も気に入っている。
中には三種類の具が入っていて、食べ進むと具が変わるのだ。
鮭と、たらこと梅が楽しめる。
塩味もガツンと効かせてあるから、これがまたお茶とよく合う。血圧? 高校生はそんなこと気にしなくてもいいのだ。
対する勇太。
この日のためにお小遣いを貯め、購入したのは卵焼き用フライパン!
律子さんからの猛特訓を受け、綺麗な玉子焼きを作るスキルを身につけたのである。
牛乳と、ちょっぴりの砂糖が入った黄金の卵焼きは、甘くて優しい味がする。
後は勇太お得意の唐揚げである。
こればかりは、胸肉ともも肉を用意し、ガツッと揚げた。男の子の料理っていう感じである。
そして、ポテトサラダ。マッシュポテトから作ってるから、一番手間がかかっているのだが、勇太的には完成度合いに不満があるようだ。
「ポテトサラダってさ」
彼女は形の良い唇を尖らせた。
「すっごく手間がかかる割に、食べた時の感激が少ない気がするんだよね」
よく冷えたマッシュポテトをマヨネーズやら調味料と混ぜて、そこにこれまた茹でた人参、グリンピース、コーンを混ぜ込んである。
「ん? すっげえ美味いよ。俺は勇太のポテトサラダ滅茶苦茶好きだわ」
勇太の感想に対して、郁己がべた褒め。
すぐに頬が緩んでしまう勇太だ。
照れ隠しで、郁己が作ってきたビッグおにぎりに齧り付く。
女の子になったとは言え、このおにぎりに対する礼儀は、おちょぼ口で食べることではない。
大きく口を開いて取り組むのが正しいマナー。
「んーっ、塩味効いてて美味しい!」
美味しい! のあたりが美味ひい! になった。
流石は理論派の郁己。おにぎりにすると一番美味しい硬さにお米を炊きあげたらしい。
中の具はありあわせでも、お米が美味しいとみんな美味しくなる。
「ふふふ、渾身のおにぎりだぜ……! うわ、この卵焼きやばい。なんでこんなに綺麗に作れてるんだよ!? 勇太この春ですげえスキル上がってるな……! 女子力マックスだわ」
「うふふ、だって食べて欲しい人がいるんだもん」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。んおっ」
郁己はさらに、玉子焼きを一口で食べて、目を丸くした。
冷めてなお、このふんわり感。少しだけ残した白身の部分が、軽い食感を生んでいるんだろうか。
ご飯と一緒だと、卵焼きは醤油に合わせるが、お弁当卵焼きなら甘いのも美味いと思う郁己である。
そして、唐揚げは安定のガッツリ。
二人で美味しい美味しい言い合いながら、しばし箸を止めずに食事に集中。
はらりと桜の花びらが舞い落ちてきて、弁当箱に載った。
そこで改めて、二人は今日がお花見だったのだと思い出す。
「うん、綺麗だねえ、桜」
「だなあ……。ほんの少しの間しか咲かないんだもんな」
郁己はしみじみしながら、緑の葉が見え始めた桜の木を見つめる。
そこに、お茶が差し出された。
「サンキュ」
「どういたしまして」
暖かいお茶が喉を通り、ホッとする。
四月だとは言っても、まだ少しだけ肌寒さがある。
来月には、もう冷たいお茶の出番だろうか。
一通り食事が終わった頃合いで、二人で弁当箱を片付けた。
公園はそれなりに人気が多い。
季節終わりのお花見を楽しもうとする社会人や、親子連れなんかがちらほら。
シートを敷いて、今度は地面の上で花見をするのもいいな、なんて郁己は思った。
そうしたら、それは来年の春だろう。
自分たちは高校三年生だ。
「進路がさ」
思っていたことを言い当てられたようで、郁己はちょっとびっくりした。
勇太がすぐ横にやって来ている。
彼女は郁己にぴったりくっついて、頭を肩に載せてきた。
結構長くなった髪の毛は、シャンプーのいい匂いがした。
「楓ちゃんや夏芽ちゃんと、進路の話をするんだよね。楓ちゃんは進学。もう狙う大学も決めているみたい。夏芽ちゃんはこのまま、スポーツ推薦でスポーツ大学。多分オリンピックとか、行くところまで行くみたい」
だろうなあ、あの二人らしい、と郁己は思う。
だったら、だ。
「勇太はどうするんだ?」
聞いてみた。
可愛らしい恋人は、少しだけ頭をずらして、上目遣いで郁己を見つめてきた。
「わかんないかな。私、大学とかはまだ考えられない感じ。玄帝流を継いじゃうっていう選択肢もあるし……どうしようかなって。郁己は?」
「俺は」
普通に、ごく普通に大学に行くものだと思っていた。
自分ばかりではなく、勇太もだ。二人が一緒の進路に行くことを当たり前だと思っている自分に気づいて、郁己は少し驚いた。
「俺は大学に行くけど、なら、勇太だって俺が教えるから、一緒に同じ大学に」
「それはだめ」
きっぱりとした言葉が返って来た。
「私と郁己は、勉強のレベルが違うでしょ。どんなに頑張っても、教わっても、私は郁己と同じ所にいけないよ」
「だったら、俺が合わせるから」
「それがダメなんだよ。もう、わかってないなあ郁己は」
勇太の口調が、昔の男の子っぽいものになった。
「それじゃあ、郁己が行きたいところに行けてないじゃん。父さんがいる大学だって、レベル結構高いんでしょ? ねえ、私のことをそこまで考えなくていいんだよ。郁己、もっと凄いところに行ける人だもん」
寄せられる信頼が嬉しい。
だが、聞きようによっては決別の言葉みたいに思えて、郁己は少し戸惑った。
「勇太は、俺と一緒に居たくないとか……?」
「ばか」
額をぺちんと叩かれた。
さすが玄帝流の師範代。反応できない速度と角度である。
「そんな訳無いでしょ。でも、それと郁己が今しかできないことをするのは別じゃん」
「そうかな……」
「もしかして、あれかな? 郁己って浮気しちゃうタイプ? 在学中に新しい彼女を作ったりして」
「そ、それはない!!」
「うん、信じてる。だから私は郁己を送り出すのだ。何年の付き合いだとおもってるんだよ」
それこそ、保育園からの付き合い。
何から何まで、お互いのことを知っている。
知らないことがあるとすれば、彼女がこうして、自分よりも深くこれからのことを考えていたことだけだ。
「進路相談、もうすぐでしょ。郁己は、郁己のやれることをやって。私達の道の先は、きっと一緒だから」
「おう」
郁己は、この幼なじみのいじらしさが愛おしくなり、ちょっと肩を抱き寄せようとした。
すると、彼女は電光石火の早業で、身を乗り出しながら、郁己の唇を奪った。
ほんの一瞬の出来事。
「あー! お兄ちゃんとお姉ちゃんがキスしてるー!」
どこかの子供が二人を指差した。
ちょっと照れながら顔を離す二人。
そうだ。
高校二年生。
この一年間は、こういう選択をしていかなきゃならない時間なのだ。
勇太の感触が残る唇に触れて、郁己は思った。
「よし、俺も……やるか」