スイカ割りとライバルまた登場
去年はこういうベタなことをしていなかった、と郁己が主張したので、本日はスイカ割り日和である。
本日も何も、今日このデートイベントで海に来たばかりなのだが、それはそれ。
ノリというやつである。
「設置、完了!」
レジャーシートを敷いて動かないように固定。
楓がきちんと調べた、日本スイカ割り協会公式ルールを用いて望むこととする。
スイカと割る人の距離を6mほどにして、手ぬぐいを使って……えっ、年間でその年のスイカを10個以上食べないと審判できないの!?
楓が驚愕して、途中で公式ルールをポイした。
「ふつう、に、やろ!」
そういう事になった。
大本命と見られる夏芽が戦闘不能である。
パラソルの下で大の字になって伸びていて、紺野くんが介抱している。
どうやら、長時間二人で密着してボートを押したので、紺野くんの分も頑張ったのと、激しい興奮で体力を消耗してしまったらしい。
バレーの試合以上なのか。恋愛恐るべし。
だが、彼女の介抱をする紺野くんもなんとなく幸せそうだし、あれはあれでいいのかもしれない。
それはさておき、スイカ割りの開始である。
どういう順でやろう、と楓が首をひねっていると、
「あら」
という声がかかった。
振り返ると、見覚えがある顔が幾つも。
昨年度……といっても三月の、勇の誕生日に会った顔である。
確か、心葉が通っている都立高校の生徒会の面々。
心葉は金槌なので来なかったのだろう。
冗談のわかる生徒会長、観音寺美穂子。
武闘派の会計、伊佐奈桔梗。
そつなくなんでもこなし、実はハーレム状態の書記の風間くん。
そして、勇太のライバルを標榜しつつ、その実、圧倒的(肉弾戦の)実力差におののく恋する風紀委員長、本城桐子である。
「ほう、本城さんも来てたんだ」
「ええ、本当に偶然ですね金城さん」
出会った瞬間、二人の間に火花が散った。
「お、おい二人とも……」
「坂下くんまで来ていたなんて、本当に奇遇ね。きっと縁があるんだわ?」
「ふぅん、そうなのかなあ? 私は泥棒猫が後をついてきたのだとばかり思ったんだけど?」
今回こそきっちり叩き潰す、と勇が目を光らせる。
戦う準備万端なのか、桐子も強気に見返すのである。
楓、こういう戦闘モードの勇は初めてなのでびっくり。
だが、素直にこんな彼女もかっこよくていいなあ、と思うわけである。
親友は色々な顔を持っている。
「また……桐子、いい加減にせえよ。言いたくはないけれど、桐子って人のモノを欲しがるの、良くないわあ。それに、傍から見てて……今回ばかりはかなり分が悪いって思うんやけど」
観音寺生徒会長のきついお言葉である。
桐子もちょっとそこは言われたくなかったらしく、うっ、と顔をしかめた。
「そうですよ。心葉さんのお姉様から郁己さんを奪おうなどと、おこがましいにも程がある。風紀委員長が率先して生徒たる規範を乱してどうするんですか」
「うるさいです、風間! あなたは心葉さんにいいところ見せたいだけでしょう!?」
「うっ」
おっ、どうやら、心葉の一の子分を自認していた風間純一氏、心葉のことを憎からず思っているようである。
なるほど、彼もフルコンタクト空手と総合格闘技を嗜む武闘派書記である。
彼にとって、遥か高みにいる武道家の心葉は、憧れでもあり、女性としても特別なのかもしれない。
郁己と勇太は彼から青春のスメルを感じ取った。
後で心葉をからかおう、と二人で決める。
「いいじゃないですか! 心葉さんみたいな逸材普通いませんよ!? あの美貌と筋肉と頭脳と戦闘力! ツボなんですよ!!」
「風間はこれさえなければ、見た目だけならいい男なのにねえ」
桔梗はため息をついた。
「というわけで、金城さん」
びしっと桐子は勇太に指をつきつける。
「何が、というわけなのさ」
「いいんです。私は、あなたに勝負を挑みます」
力技で本題に戻してきたようだ。
「勝負の内容は……」
「スイカ割り、だね」
楓の一言で、そうなった。
図らずも、幾つかのスイカを囲んで大人数になってしまった一行。
勇太側8人に、桐子側が4……いや、5人。
「なんか心葉がいる……」
「いちゃ悪いんですか勇」
可愛いワンピースの水着なんか着ているのだ。
ちなみに、まだ彼女はカナヅチを克服していない。
「あくまで生徒会のレクリエーションの一環ですから」
「うん、心葉ちゃん、かわいい」
「うっ、あ、ありがとう、楓さん」
「綺麗です心葉さん!」
風間くんが心葉からジト目で見られた。
「私は、あなたがどうしてもって言うから来たんですから……」
なるほど、風間くん、何気に押しが強いらしい。
これには美穂子と桔梗も苦笑い。
「第一海水浴なんて言うものは本来人間には必要がないもので……云々」
心葉が説教をしだした。
風間くんはなんだか幸せそうな顔をして話を聞いている。
二人は放っておいて、スイカ割り大会が始まったのである。
「右右右! ああ、そっちじゃないよー!」
「もうちょっと前! あ、足元にカニ!」
「きゃあ」
足元を横切っていったカニに、つま先をチョンと触れ、びっくりして転んだのは楓である。
まずは主催者自身が、と挑戦してみたのだが、くるくる回って平衡感覚を失うと、なるほどこれは実に動きにくい。
「楓さん!」
「楓さん大丈夫!?」
即座に駆け込んでカバーする、上田と心葉である。
「うふふ、失敗、しちゃった」
タオルの目隠しを外すと、てへっと笑う楓。
よくよく考えたら、メガネを外した楓はスイカとの遠近感が掴めなくなっているから、セルフ目隠しみたいなものではないのか、なんて上田は思った。
とりあえず、甲斐甲斐しく転んでしまった楓を世話する上田。
それを見て心葉はうんうんと頷いていた。
娘の世話をお前に任せてやらんでもない、的な威厳を感じさせる仕草である。
続いて上田が挑戦。
「右右右!」
「右です、上田先輩!」
「あ、あれ? あれ? ゆ、悠介くん!?」
「はい、そこで棒を捨ててハグ!」
「ハグ!?」
「ひゃんっ」
既にスイカ割りではなかった。
目隠しをした上田が、休憩所代わりのパラソルの下で、熱く楓をハグしている。
楓は慌てた風にバタバタしていたが、すぐにうっとりした目つきになってハグし返した。
「……何やってんのよ」
観音寺生徒会長が呆れてしまった。
続く夏芽は大本命と見られたが、
「ぎゃあっ」
近くに寝ていたおじさんを踏んづけてしまい、平謝り。
紺野くんも慌てて駆け寄っていって、二人でおじさんを宥めている。
「スイカ割りって危険なイベントなんだね……!」
「私にはあの人、足の下にわざと滑りこんできたように見えたんですけど……」
桔梗はどうやらおじさんが誰か知っているらしい。
「伊佐奈先輩ご存知なんですか?」
遥の質問に、桔梗は頷いた。
「あれ、生徒会顧問よ」
良いご年齢の生徒会顧問氏は、女子高生に踏んづけられて実に嬉しそうだったという。
次なる紺野くんにも、喜々として踏んづけられていたので、桔梗と美穂子がダッシュして、顧問を隔離した。
次は美穂子。
いつものお下げを、今日はくるりと一つにまとめているので、綺麗な首筋が露わになっている。
全体的にふんわりしたプロポーションは、いかにも男子の目を奪いそう。
「美穂子、まっすぐ、まっすぐ」
「いいですよ、美穂子そのまま進んで振り下ろして下さい! 顧問にとどめを!」
「えっ」
思わず棒を振り下ろしたら、おじさんが悲鳴をあげた。
いつの間にかまた侵入してきたようだ。
あの顧問は一体何なのだ。
だが、彼も心葉の誘導でとどめを刺されそうになったので、恐れをなして海の家に引っ込んで行った。
「……個性的な生徒会顧問だねえ」
「お恥ずかしいわあ」
「あれでも普段は人格者で通ってるんです……」
勇太の感想に、目隠しを外した美穂子と心葉が恥ずかしそうにうつむいた。
次なるは、都立高校本命、伊佐奈桔梗。
彼女は剣道をやっているそうである。
「ふっ、任せておいて」
得意気に言ったが、
「それそれそれー!」
「回せ回せー!」
風間くんと郁己が二人で調子に乗って彼女を回転させたので、手を離した瞬間、
「ぐふっ」
桔梗はぶっ倒れた。
そのまま、うーっと唸りながら起き上がってこない。
酔ってしまったようである。
「こらーっ!!」
「こらっ!!」
金城姉妹から、正座させられて叱られる男たち。
楓と一緒に眺めている上田としては、あれはご褒美なのかもしれんなあ、と思えた。
その後も、スイカは難攻不落ぶりを見せつけた。
遥は三回転しかしていないのに、ふらふらするばかりで指示した方向にいかないし、龍は指示通り、躊躇なく進みすぎてスイカを蹴り飛ばしてしまった。
準備なく、大玉のスイカに足をぶつけるとそれなりに痛いらしい。
小指がスイカにささってしまったようで、汁で赤くなっていたので、遥が最初は血と勘違いして大騒ぎ。龍の足の小指を躊躇なく咥えたので、その場にいた少年少女たちは愕然とした。
「えっ、け、怪我したところって舐めたりするでしょ?」
真っ赤になる遥。女子達はこの一番小さい生物は可愛い、という判断で一致団結した。
さて、ついにやってくる直接対決。
トロフィー代わりに座った郁己を横に、まずは桐子。
彼女は深呼吸すると、タオルで目隠し。
生徒会側からのリードは、支持力に定評がある美穂子が担当した。
「頼みます、美穂子」
「まあ、うちとしてはフェアに行くけどねえ」
確かにリードは正確だった。
それに、動き始めた桐子の動き、何度も回転させられて平衡感覚を失っていても、ブレが少ない。
「鍛えている……!」
「ええ、桐子は勇さんに敗れてから、徹底的に自分の体をいじめていじめていじめ抜いたわ。そして手に入れたのがあの体幹よ。もっとも体幹を良からぬ目的に使うつもりらしいけど」
桔梗の説明に、勇太は桐子の本気度を見て取った。
本城桐子、彼女は成長するライバルだったのだ。方向性は間違ってるけれど。
「そこや、桐子!」
「はいっ! 行きます! とあーっ!!」
気合一閃。
勢い良く振り下ろされた一撃が、見事にスイカに当たった。
惜しむらくは、桐子が棒の扱いに不慣れで、しかも結構非力だったため、スイカの表面でぱつん、と棒が跳ねたところであろう。
「悔しい……!!」
あざ笑うように鎮座する大玉スイカを見つめて、桐子が呟いた。
だが、ライバルの努力と、彼女が出した結果。決してそれはあざ笑って良いものではなかった。
「悔しいけど、本城さん努力してるじゃん。私だって負けてられない」
「か、金城さん?」
ライバル認定した心葉の姉から、認めるような発言をされて、桐子は戸惑った。
勇が目隠しをする。
全身から立ち上るのは、目視できるほどの闘気である。
「うわ、勇がこんな時なのに物凄く本気になってる」
「おおーっ!! 勇さんカッコいいですよっ!!」
心葉が呆れて、横で風間くんがテンションを上げる。
「勇、がんばだ」
「うん、がんばる」
郁己と勇のコミュニケーションは最小限だが、そこには確かな信頼。
くるくる回されて、勇太もスタートした。
ゆっくり、平衡を失った体で砂浜を歩む。
目指すは緑のニクイあんちくしょう。
幾多の挑戦者を退けてきたスイカは、既に独特の存在感を放っていた。
勇太は指示の声をうけながら、ただただ、ゆっくりとスイカに向けて突き進む。
「くっ、悔しいですけど、いい動きです。付け焼き刃の私とは違うんですね……! そう思いませんか、坂下くん」
「あ、あの、本城さん、俺の胸を指で撫でるの勘弁してもらえないですか、ああっ、そ、そこはーっ」
「こらああああああああああああ!!!」
目が見えていないはずなのに、勇太が駆け込んできた。
もう平衡感覚とかどうでもいい感じである。
「ひえっ!? 金城さん見えてないはずじゃないんですか!?」
「うるちゃーい! この泥棒ネコー!!」
キャットファイトが始まってしまった。
勇太も失格である。
その背後で、心葉の誘導を受けた風間くんがサックリとスイカを割ったのであった。




