遊泳する後半戦、傾向と対策
離れたところでわあわあと騒ぎが起こるのを余所目に、楓はとある計画を企んでいた。
以前、トリプルデートという物凄い案をぶち上げて周囲を瞠目させた彼女だが、この野望は潰えてなどいなかった。
むしろ、もっと大きく、熱く燃え上がっていたのである。
「坂下、あいつ本気でハーレム野郎だな……!」
勇、レヒーナと続き、ついに理恵子の唇をうばった(!?)郁己。
友人の羨まけしからん姿を見て、ギギギ、と歯を食いしばる上田に、
「羨ましい?」
と楓が尋ねた。
スッと上田は真顔になり、
「いや、全然。だって俺、楓さんがいるもん」
「よかった」
楓は優しく微笑んだ。それを見ただけで、上田悠介はぽわんとなってしまうのである。
この笑顔は、何度見たって飽きるということがない。
しばし、二人で向かい合ってニコニコしている。
そこで、ハッと上田が我に返った。
「そ、そうだ。なんか騒いでるけど大丈夫かね、あいつら……」
親しい友人であり、自分たちを取り持った恩人でもある郁己、勇のカップル。
らしくもなく、上田は彼らを心配した。
「大丈夫、だよ。二人とも、お互いを信じてる、もん。それより、今はちょっと、考え事」
「考え事?」
「うん」
メガネをしていない楓は、普段の知的な感じから印象が変わり、どこか儚げになる。
昔よりは活発に、血色も良くなってきたものの、やっぱり元から線が細いので、思わず守ってあげたくなってしまう女子であることに変わりはないのだ。
だけど、そんな楓が妙にたくましく思える今日このごろである。
「か、楓さん、もしかして……」
「うん。トリプルデートじゃ、なくて、もう一組増やしても、とか」
「ひぇー」
楓の脳裏には、最近よく勇と一緒にいる姿を見かける、メガネの一年生が思い浮かんでいた。
観察していると、小柄なあの娘も彼氏がいるみたいだ。
紺野くんを一人だけ、二年生ばかりの中に放り込んでも可哀想だろう。
ここは一年生の数を増やすのがフェアじゃないかな、と。
水森楓。
昨年と比べて、なんともアクティブになったものである。
だがそんな風に変化した彼女も大好きな上田であった。
今年こそはちょっと仲を進展させる、と固く誓う。
一年経つけれどキスだって、まだしたことがないのだ。
「何だか、不穏な香りがするんだけど……」
自分に関して、企み事が行われている気配を察したのだろうか?
夏芽がやって来た。
彼女の目線は楓にあるので、遠くでわいわい騒いでいる勇たちの話ではないだろう。
楓は物怖じせずに夏芽を見上げると、
「あのね、夏芽、ちゃん、四組でデートする、から、バレー部の予定を空けておいてほしいの。ちょうど、インターハイ明けになると、思う」
ずるっと夏芽がプールの底で、足を滑らせた。
慌てて壁を掴んで体勢を立て直し、彼女は恐ろしい物を見る目を楓に向けた。
「海は、去年と、同じで考えてるんだけど、近くに遊べる場所が出来たんだって。帰りに寄ってもいいし、色々計画、立てられるね」
「いや、あの、楓、インターハイ本戦は八月で……」
「じゃあ、インターハイ前にテンション、あげられる、ね」
夏芽に反撃の余地を与えぬ圧倒的攻撃力。
水森楓は無敵だった。
彼女の成長を頼もしく思う上田である。
まずは、あそこで騒いでいる郁己、勇の両名を連れてこなければなるまい。
「よっし、それじゃあ俺が二人を連れてくるわ。それで相談しようぜ!」
「うん、悠介くん、お願い、ね」
「うううー! 郁己の唇がー!」
「ま、待て! あれは事故、事故だったんだってば!」
「人工呼吸は接吻ではありません」
「ううっ、そうだけど……」
乙女の気持ちも分からないではない。
栄と麻耶は、懊悩する勇の肩をぽんと抱いて、
「生きていれば色々なことがあるよ! 金城さんは気を落とさないで!」
「坂下くんは浮気したわけじゃない。勇は元気でいるべき」
「ユーの唇ならいつでもボクが奪ってあげる!!」
余計なのが来た。
ややこしくなりそうなので、栄がレヒーナをひょいっと担いで連れて行った。
「わーわー!! ボクはユーの唇にリベンジしたいのニー!!」
じたばたするレヒーナをものともしない、ジュニアの世界頂点に迫った女子の底力である。
「Mannaggia! サカエにも手加減しないぞー!! おっぱい揉んでやるー」
「ほう」
豊満な膨らみを、上からむにむにと揉みしだくレヒーナである。
それを見た男たちがスッと肩までプールに沈み、水上に姿を表さなくなる。
女子達もあからさまなスキンシップにちょっと赤面。
レヒーナ有利かと思われた時である。
「ほれ、どーん」
栄は表情も変えず、レヒーナを飛行機投げの要領ですっ飛ばした。
「ふぎゃ!」
水面でお腹を打って、潰れた猫みたいな声を上げて、そして沈んでいくレヒーナ。
勇はすっかり毒気を抜かれて、その様を見ていた。
麻耶がうんうんと頷く。
「一件落着だね」
え、どこが!? って顔で勇と郁己が振り返る。
気が付くと、視界のどこにも理恵子がいない。
彼女はバサロ泳法の名手であり、既に水面下を高速で移動してしまっていたのである。
そこへ上田がやって来た。
「いよー、お二人さん。ちょっと話があるんだけどー」
かくして、水森楓発案によるトリプルどころか、フォースデート作戦が立案されたのである。
美術部の教室に龍を留め置き、文芸部では楓が作戦を文にしたためていく。
ハラハラする郁己と勇太。
そして、バレー部の終了を待って、全員が合流した。
バーガーショップである。
駅前にある、去年の四月に、勇太が郁己と一緒に夏芽とご飯を食べた店である。
「そういう、ことで、ね。これがしおり、です」
作戦がしたためられた文書は、しおりという形になって全員の手に渡った。
なんということであろう。
既にバレー部監督にも根回しが終わっており、日程は泊まりがけとなっていたのだ!
夏芽、戦慄する。
紺野くん、赤面する。
「はわわわわ、泊まりだなんて、ほ、本当にいいんですかあ!?」
龍は、そんな同級生の姿にちょっとグッと来たらしい。
遥に向う脛を蹴っ飛ばされている。
「いいんだ、よ? 紺野くんだって、尊敬する、先輩と一緒だと、嬉しい、よね?」
優しげな楓の言葉だったが、有無を言わせぬ迫力があった。
紺野くん、ゴクリと唾を飲み込んで、頷いた。
「は、はい。僕、岩田先輩と遊べるのは嬉しいです」
「…………!!」
夏芽が真っ赤になる様子は見ものであった。
勇が、楓が、親友の珍しい姿に思わず顔を綻ばせる。
「なあ坂下」
「おう」
「俺はなあ……楓さんには勝てない気がしてるんだ……」
「ようやく気付いたか、上田。女は強いんだぞ」
「全くだ」
しみじみ語り合う、郁己と上田。彼らの言葉に、何故か龍がウンウンと頷いていたという。




