親友の恋をつまみにお弁当を食べる
「私達は夏芽ちゃんをいじりすぎたのではないかと猛省する次第なんだ」
勇太が切り出した議題に、どでかいサンドイッチを口いっぱいに詰めて、レヒーナが挙手した。
「ふぁい、ふぁけろ、ふぉろふぇーふらほ、ひはははいとほほうはー、ほふは」
「レヒーナちゃん、口の中のもの、飲み込んでから、話そうね」
「ふぁい」
楓の言うことなら実によく聞くレヒーナである。
すっかり、仲の良い姉と妹のようになっている。
話題の人物、夏芽はと言うと、その手の話でいじられるのが嫌……というか恥ずかしくてたまらないらしく、食堂でお弁当である。
最近はリベロ先輩とご飯を一緒して、何やらアドバイスを受けているようだ。
「真剣に友情のピンチな気がする」
「またまた。岩田さんは金城さんの事、結構好きだからそんなことないでしょー」
可愛らしいお弁当箱の中身をつまみながら、麻耶。
お弁当はお母さんが作る。料理できない系女子の彦根麻耶である。
将来はキャリアウーマンになって、料理ができる男気あふれる男性を囲いたい。
「そうかなあ……昨日、帰り道に郁己に説教されちゃって」
今日の勇太は浮かない顔だ。
まるで外の雨模様にも似ている。
心なしか、自分で詰めてきたどか弁も進みが遅い。まだ七割しか減っていない。いつもなら食べ終わっているのだが。
「……前々から思ってたけど、金城さんってすっごい食うよね」
「そお?」
ごそっとでかい白米の塊にコロッケを乗せて、口の中に放り込む勇太。
「なんで太らないの? ……って、あー」
麻耶の目は、クラスでも最大のサイズを誇る彼女の胸に行き、納得を得たようだ。
「何納得してんのさ」
「勇ちゃん、おっきい、もん、ね」
楓はニコニコ。胸の大きさなんか気にしないのだ。自分は小さいけれど、上田くんはそんな自分が大好きだと言ってくれるのだから。
「んー! |Invidiabile!! ボクなんてたくさん食べてもぜーんぶ筋肉になるんだもん!」
体育の授業では、男子を上回る数字を叩き出すレヒーナである。
既に、陸上競技では夏芽を超えるフィジカルエリートとして注目を集めつつあった。というか、陸上部があったら普通に全国の頂点を狙える。
「筋肉なんていらないからユーの胸が欲しいー! おっぱいよこせー!」
「わきゃっ!? れ、レヒーナやめれー!!」
神速で襲いかかるレヒーナに、ご飯食べかけの勇太は流石に反応できない。
すっかり気が抜けていたところを拘束され、正面から揉まれまくってしまった。
「むう……なんというボリューム。さすがクラス最大サイズ。うちで対抗できるのは大盛さんしかいないわね」
大盛さんは、二年二組が誇るお母さんになってほしい女子ナンバーワン。
美人というわけではないが、男たちをホッとさせる女性であり、既にこの時代では希少種である。
ある意味、二年二組美女チームに匹敵するニッチな人気を集めている。ファンの多くは男性教諭だったりするが。
「私のは、下に胸筋がついてるから底上げみたいなもんだよ」
「いやいや、普通、胸に筋肉ついたら縮むのよおっぱいは」
「え? 私大丈夫だけど」
「むきー!」
「あひゃひゃひゃ!? レヒーナ、ちょっと、それくすぐったい! ひえー! 楓ちゃん助けてー!」
楓はニコニコしたまま助けてくれなかった。
ちょっとは勇太の胸が羨ましくはあるらしい。
「まあ実際さ、悪いと思ってるなら金城さんがスパーッと謝っちゃえばいいのよ。その辺、金城さんってサバサバしてるからイケルと思うよ」
「そっか、そうだね!」
自分が悪いと思ったら謝ればいいのである。
うん、確かにやり過ぎた。
「でも、私は、トリプルデート、あきらめて、ない、からね」
「うわっ!! この娘本気や!」
「楓ちゃんはいつも本気だからねー」
「カエデは凄いからネ!」
四人の中で一番男前だったのは、この眼鏡っ娘だったようだ。
そんな事をしていたら、何やら晴れやかな表情で夏芽が戻ってきた。
なんだ、あの明るい顔は。
とりあえず、勇太が突撃した。
今は先ほど決めたことを実行するだけである。
「夏芽ちゃん!」
「およ? どうしたの、勇」
勇太は未だ30㎝近い高みにある親友の顔を見上げて、
「ごめん! 正直今までカッとなっていじりすぎた!」
「おお……!」
夏芽は一瞬驚いたものの、手を伸ばし、親友のちょっとツンツンした感じの髪を撫でた。
「勇も成長したのね。偉い。私はそんな気にしてないからいいよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
遠目でこの光景を見ていて、楓は二人の関係が羨ましくなる時がある。
遠慮会釈のない親友同士っていうのはやっぱり憧れる。どうしても楓は細くて儚げなので、勇太もネタ振りなどで全力投球はしてこないのだ。
「私、も、いじられたいな」
「えっ!?」
麻耶は信じられないものを見る目を楓に向けた。
レヒーナは理解できなくて、首を傾げていた。
「そのような事がございまして」
雨に濡れた傘を傍らに引っ掛けて、電車の中で勇太と郁己。
「なに、自分で謝れたのか。すげえ、成長したな勇太」
「なんかさ、みんな私の事ばかにしてない?」
「そんなことはない」
ちょっと棒読みになる郁己。
「私もちょっとさー、無神経だったかなって。私だって、下手にいじられまくるのは嫌だもんね。今後は温かい目で二人の進展を見守ろう」
ニコニコする聖人面の彼女を見て、郁己はうーむ、と唸った。
「だけど、大概俺達も岩田にはいじられた気がするんだけど」
具体的には、入学してすぐからずっと。
その話に気付いて、勇太はくわっと目を見開いた。
「そ、そうだった……!! これは因果応報なんだよ……!! 郁己、私、明日からも夏芽ちゃんをいじるよ。いじっていじって、いじり倒す!」
「いやー、て、手加減はしてあげたほうが良いと思うなあ、俺は」
妙な方向に情熱を燃やし始めてしまった恋人に、郁己は若干引き気味である。
この、六月を境に盛り上がり始めた、岩田夏芽恋愛事件だが……存外に長引くことになるのである。




