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テスト終わりは三組流の打ち上げで!

 無事に中間テストが終了すると、クラスにも弛緩した空気が流れるようになる。

 一年生が実力テストをしている最中、二年生は中間テストに挑んでいるのだ。

 勇太は苦手科目をそれなりに克服し、ある程度は満足できるくらいの成績になっていた。


 ちなみに、まだ日本語の読み書きが100%ではないレヒーナは、特別製のテストである。

 楓と楽しくテスト勉強をやっている姿を、最近良く見かけたものだ。

 本人は勇太とも勉強したがっていたが、とんでもない。まだまだ自主勉強を研究している最中の勇太は、他の人を受け入れる余裕なんてないのだ。


「まあ……黒沼の遥ちゃんだったら二人きりでもいいけど……」


 ちょっとヨコシマなことを考えつつ呟く勇太だった。


「えっ、なんだって?」


 それを、机の前にいた郁己が耳にしたようだ。


「黒沼って、この間来てたあの娘だろ? 勇太と同じ……。確かに可愛かったな。小動物っぽい可愛さだ」

「でしょ? なんかさ、あの娘を見てると、胸がキュンキュンすんだよね」

「そういうもんかあ……」

「郁己はキュンと来ないの?」

「俺は絶対浮気しない主義だって。この間のことでわかってるだろ」


 言外にお前一筋だと言われたことを察して、勇太は赤くなった。

 近頃暖かくなってきた気候の中、胸元をぱたぱたさせて、顔から首筋が火照ったのを誤魔化す。

 そして小さく、


「あ、ありがと」

「お、おう」


 なんてやってたら、ドカーン! と騒がしいのが来た。

 レヒーナ……ではなく麻耶だ。

 この元一年三組トップの美少女と称されていた、毛先くるりん少女は、なかなかに賑やかである。

 一ヶ月一緒に過ごすと、大体キャラもわかってくる。

 彼女は無類のお祭り好きで、イベント毎に何かを企画して、騒ぎながら飲み食いしたい派少女だったのである。


「やっとるねお二人さん!! 避妊はしなよ!」

「ひっひに……!?」

「そそ、そこまで行ってねえよ!!」


 だが、一言目にそれを持ってくるのはどうかと思う。

 まだまだ初心なカップルである郁己と勇太は翻弄されるわけだ。


「それはそうとしてさ。中間も終わったわけじゃない。うちらでパーッとやるのってどうよ!」

「ぱーっと?」


 首を傾げた勇太に、うむっと麻耶が頷いた。


「ここは三組流で行こう! うちらはね、何か事あるごとに打ち上げしてたんよね!」

「そいえば、なんかやってたよねえ。一組も仲良かったけど、三組は凄かったー」

「でそ! って事で、計画してまーす! 参加よろしくお二人さん!」


 嵐のように彼女は去って行った。

 有言実行。

 彼女の言葉はなんと、翌々日の週末に実行されることになる。

 三十四名というクラスの人員を収納できるよう、ファミリーレストランの一区画を借りきっての打ち上げである。

 ちなみに個別会計は禁止。

 一つのテーブルに一人、会計責任者を置くことで、テーブルごとにまとめて会計していくスタイルだ。

 もちろん、注文もテーブルごとに行うことで、店側の負担を軽くし、次回以降も利用できるように心象を良くするのだという。

 この女、出来る……!

 郁己は、彦根麻耶というお祭り娘に戦慄した。

 ただただお祭りが好きなだけではないのだ!


「では! 僭越ながら私、彦根麻耶が音頭を取りまして! 乾杯の挨拶とさせていただきます! 野郎ども!! 中間テストが終わったぞ!! かんぱーい!!」

「乾杯!」


 前言撤回。

 彼女はただのお祭り娘だった。

 どうやら麻耶が音頭を取ってこういうことをやるのはいつもの事らしく、店員たちも苦笑しながら見守っている。

 実際、ほぼ禁煙スペースは貸し切り。

 全員が全員食餌をして、必ずドリンクバーを頼み、場合によってはデザートも注文し、とまとまったお金を落としていく訳で、このご時世、ファミレスとしてはありがたいお客らしい。

 しかも、城聖学園の生徒たちは基本的に素行が良い。

 絶対に店側や他の客の迷惑になる馬鹿騒ぎはしないのだ。

 いや、乾杯の音頭はやり過ぎだと思うが。


 ちなみに、お祭り大好きな麻耶は、見事に二年二組の学級委員長となっていた。

 これから様々なイベントを仕切り、盛り上げていこうというのが彼女の語る抱負である。

 つまりはこの打ち上げが、委員長の初仕事となるわけだ。

 今後一年間がどのようになるか、想像もできよう。

 郁己席は、郁己と勇太、理恵子と国後という不思議な組み合わせだった。

 これは、上田と楓の席にレヒーナがいるためらしい。


「それにしたって、何故国後と脇田さんが……」

「あれえ、郁己、ご存じない?」


 勇太はニヤニヤしながら囁いた。


「国後くんって理恵子ちゃんのこと好きだよ」

「ほう」


 別に知らないわけじゃない。

 だが、明らかにらしくないというか、売れない作家が売れっ子花魁に恋をしたような、報われない関係に思えるのだ。

 脇田理恵子というのはそれくらい、男たちの間では高嶺の花として意識されているはずだ。

 校外の生徒からも常に告白を受けており、彼らの思い全てを断り続けている話は有名だ。


「理恵子さんは、昨今の政情についてどう思われますか。僕はあれはいけない。もっと、国と国との間は、強気でいかなきゃあいけない。そう思ってるんです」


 いきなり国後が政治の話を切り出してきた。

 しかも名前呼びである。

 郁己と勇太は驚愕のあまり二人をガン見してしまった。

 いやあ……。

 アウトにも程が有るだろう、というかデッドボールだろう。


「それも一つの物の見方でございますね。近隣諸国からのアプローチを拝見しますに、六郎さんの意見も正しいのだと存じます。ですが私は、もっと地盤が弛まぬよう、固める努力をせねばと考えているのです」

「なるほど、至言だ。理恵子さん、君は賢いな」

「いやですわ、そんな」


 二人がははははは、と笑った。

 なんだこれ。

 郁己と勇太には理解できぬ会話が展開されていく。

 あれ、これっていい雰囲気なのか? とも思うが、二人が知る男女間のいい雰囲気とはあまりにも違っていて、ちょっと戸惑った。


 注文を決めて、料理が届くまでは談笑をする。

 学園に通う生徒たちは、基本厳正な面接で選ばれた生徒たちである。

 人格面を重視した面接だから、こういう場でも羽目をはずしすぎる盛り上がり方をしない。

 だが、それぞれのテーブルに個性的な面々がいるため、テーブルごとがまるで異世界であるかのように雰囲気が違っていた。


 上田の熱いトイレ談義に盛り上がっていた席に、戸惑いがちにウエイトレスさんが料理を持ってきた。


「ありがとう」


 爽やかに上田。さっきまで、いかに日本の便座が優れた性能を有しているかをレヒーナに語っていた男だ。将来の進路希望は電気系の大学へ行き、トイレメーカーへの就職である。その目に一片の曇り無し。


「わはー! お料理来た! ウエイトレスさんも可愛いー! ねえねえ、名前なんていうの! 彼氏いるノ?」

「レヒーナちゃん、ウエイトレスさん、ナンパしたら、だめだよ」

「はーい!」


 楓の言うことをよく聞く。

 文系大学を志望し、大学で進路は別になってしまうものの、共に立地が近い都内の大学を目指す二人。

 上田と楓はなんとなく目線で通じ合う。

 一人、この席で聞き役に徹する下山。


「レヒーナの食事はミックスグリル……ふむ、肉食か……」


 とかぶつぶつ言っている。


「う、うわ、やめてよ、そんなん無いってばあ」

「またまた! 岩田さんにもこの春から噂がある事知ってるのよ! うちの耳の鋭いのを舐めないで欲しいなあ!」

「違うってば! そんなんじゃないって―! ああ、もう、だれか彦根さんなんとかしてー!」


 麻耶の席では、珍しく夏芽がタジタジだ。

 ドリンクバーを取りに行く際、夏芽と一緒になった勇太。


「恋バナ?」

「だから……そんなんじゃないって!」


 珍しく、赤くなって否定する夏芽という絵を見られて、ちょっとニマニマする。


「春は恋の季節だもんね」

「もう、勇のばか」

「詳しくは聞かないけど、だって夏芽ちゃん私に話してくれるでしょ」


 夏芽は頭一つ分小さな親友を、その大きな手のひらで撫でた。


「ま、まあね、そのうち」

「うふふ」


 二人が会話する横で、やって来ていた麻耶がため息をつきつつ……。


「ああー……うちも潤いが欲しいー……!」


 と呟いたのである。

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