バレンタイン週間始まる
今年もこの季節がやって来た。
城聖学園は浮かれた空気が流れ、そこここに甘い匂いが漂う。
チョコレートを黙認するスタイルの学園であるから、授業中でさえなければあちらこちらで、おおっぴらな甘味の授受が行われている光景を目撃できる。
シングルな男子たちには非常に厳しい季節……となりがちなのだが、城聖学園の女子たちは自愛に満ちているらしい。
今年は例年になく、豪勢な義理チョコが男どもに振舞われる事になった。
なんと、義理チョコなのに手作りなのである。
「生チョコ……だと……!?」
下山は目を剥いた。
一口サイズと言えど、包装紙から手作り。
口に入れると、上にかかったココアパウダーのほろ苦さと共に、甘い褐色のキューブがほろほろと溶け崩れていく。
美味い、美味すぎる。
「神……!!」
男たちは彼女を仰いだ。
金城勇。
張り切ってクラスシングル男子全員分の一口チョコを作ってきた、菩薩のごとき少女である。
いや、正確には楓と夏芽も手伝っているのだが。
「えー、大袈裟だよう」
勇は柄にも無く照れて、耳たぶを真っ赤にしてもじもじする。
彼氏ありと言えど、これには男たちも参ってしまう。
金城さん可愛いなあ、とほっこりした後、一斉に視線が郁己に向いた。
”もげろ!!”
「ウグワーッ!? なんだかすげえ呪詛が俺を襲う!!」
「イクミはユーを独り占めしてるんだもん。ヘイトを向けられるのが|Naturalmenteだよネ」
レヒーナが冷静に分析してくる。
実は留学生ではなく、学園生活を研究にやってきた向こうの学院生であることが明らかになったレヒーナ。彼女ももう、このクラスにいられる時間は短い。だからこそ、このイベントで溢れてくる情報やら、みんなの盛り上がりを少しも逃すまいとアンテナを立てていた。
普段の彼女なら手にしていないアイテムも、本日から登場である。
それはハンディサイズの端末。
何かしらあるたびに、チャカチャカ打ち込んでいる。
「レヒーナ、それ何よ」
「ン? いい加減レポートの下書きしないといけないからネ! それ用の道具!」
本人いわく、イベントに集中できないのは大変勿体無いとのことなのだが、その瞬間の感動を書きとめておくために使っているらしい。
そんな事をしていたらである。
「はい、これはレヒーナの分」
「エッ!?」
目を丸くするレヒーナ。
勇から手渡されたのは、男子たちよりも一回り大きな手作りの包装。
「ぼ、ボクに!? ユーが!? うわー!! 嬉しい!! Buon San Valentino!」
手にした端末を放り投げ、勇に抱きついた。
「うおー!!」
慌てて郁己が、ぶっ飛んだ端末を滑り込みながらキャッチする。
大切な道具ではないのか。
そんな放り投げちゃっていいものなのか。
「いいノいいノ! この瞬間の感動は、今しかないんだもノ!」
さっきと話が違う気がする。
道具を使って瞬間の感動を書き留める必要があるが、その感動を味わう為には道具は邪魔なのでポイするとは。
「ひえー! レヒーナ、やめてえー! 持ち上げないでー!」
「むふー! ユー大好き!」
レヒーナが勇を持ち上げてくるくる回る。
クラスもなんだかほっこりした空気である。
極上の義理チョコをもらえた男たちは、今日ばかりは寛大な心を持つ聖人となり、カップルたちの爆発を願う事も無い。
女子たちはお互いの友チョコで、相手がいない者は来年こそはと彼氏獲得の決意を誓い合う。
「でも金城さん、このお返しってお高いんでしょう?」
ホワイトデーは三倍返しと誰かが言った。
それは恐るべき習慣である。ともすれば、打算をもって義理チョコは振舞われる凶器ともなる。
ゆえに、勇気ある男子は勇に尋ねるのだ。
だが、金城勇は正しく聖女であった。
「え、そんなのいらないよー。後でみんなの感想聞かせてね!」
「うおおお!!」
「聖女だ!!」
「女神だ!!」
「嫁にしたい!!」
「ああああ! 生きてて良かった! 生きてて良かった!!」
男たちが沸き返る。
感極まって滂沱と涙を流す者もいる。
これによって、3月14日の勇の手荷物が、山ほど増えることが確定したのである。
「凄い……男の心をどうやって掴んだらいいのか完全に把握してるんだ……」
「いやあ、勇のあれは天然っしょ」
とある女子の呟きに、麻耶が突っ込む。
基本、勇という少女は善意で動いている。
その善意が、他人のツボに入るタイプなのだ。
よって、学園の美少女ランキングでは、美貌では麻耶と並んでナンバー2に甘んじながらも、人気では彼氏がいるというのにトップクラス。
教師生徒、果ては亜香里野キャンパスを含め、どれほどのファンが彼女にはいるのか見当もつかない。
初夏にはファッションショーもやったことだし。
「今日ばかりは坂下くんも大人しくしてるし、みんなの勇だねえ」
「私もお世話になりっぱなし」
大盛さんも頷く。
一時期は胸の大きさの比較対象という風評被害にあっていたが、仲良くなった今では、色々な恩恵を得ている。
何とは言わないが、メールでのやり取りは彼女の習慣の一つとなっていた。
「栄はチョコあげるの?」
「市販品」
そんなに豊かな胸を張って言わなくても。
だが、大盛さんがカバンに潜ませているのは、確かにお高い海外のチョコである。
本日は道場のみ開放されている、金城邸に立ち寄るのだろう。
なんだ、上手く行ってんじゃん、と麻耶は親友の恋路を応援する。
「なんて……なんてことだ! 素晴らしい!」
大仰な叫びが響いた。
その男は、一瞬クラスの注目を浴びる事になる。
国後六郎が手にする小箱は、蓋が開けられており、中に鎮座する茶色い物体を露にしていた。
向かいでは理恵子が普段と変わらない、あまり表情の読めない顔をしてたっている。
「あ、理恵子、ちゃん、すごく嬉しそう」
「え、そうなん!?」
楓の言葉に驚く麻耶。
一年の付き合いになるが、まだ脇田理恵子の感情表現が分からない。
とりあえず、国後があまりに感動しているので……涙すら流しているではないか! ……興味を示した男女が覗きに行った。
そして、一人の例外も無く。
「うわあ」
「ヒェッ」
「ひょおー」
「ぎゃあああ」
悲鳴を上げて帰ってくる。
「ひゃ……」
悲鳴を上げかけて、慌てて口を押さえた勇が戻ってきた。
多分、理恵子に気を遣ったんだろう。だが、金城勇ほどの人物が悲鳴を漏らしかけるとは。
あの小箱には一体何が。
「す、すっごい細かい造詣のね。チョコ細工があったんだけど……」
「へえ、チョコの細工なんだ。脇田さん凄いじゃん」
「シェフの薫陶を受けました」
理恵子は得意げである。
表情はあまり変わらないが、それは何となく分かる。オーラがそういう感じだ。
「それがね……色といい、形といい、すっごくリアルで……」
「え、何色なの?」
「そりゃあ、チョコ色だよ。自然なチョコ色で、触覚とか肢とか翅とか……」
麻耶は大体想像がついた。
うん、見ないでおこう。
一歩間違えれば嫌がらせとも思えるようなプレゼントなのに、国後と理恵子はそれで通じ合っているようだ。
あれはあれで間違いなくお似合いだ、と麻耶は確信するのだった。




