表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/125

新たな一年の始まりと、金色の旋風

 城聖学園高等部本校。

 一つの山を丸々削りとって生まれた、その広大なキャンパスは、この季節、あちこちに咲き乱れる桜色で鮮やかに染まる。

 そう、季節は春。

 新入生だった一年生が二年生になり、高校生活で初めての後輩たちを迎える季節。

 クラスが変わり、一年間をともにした仲間たちと離れ離れに、そして新しい仲間たちと出会う季節。


 生徒昇降口の壁面に、二年生、三年生のクラス名簿が貼りだされていた。

 もちろん、そこは人だかり。

 これを確認するために早く来たっていう豪の者がいるくらいだ。


 今日は始業式だから、ショートホームルームと、体育館での退屈な式だけ。

 半ドンっていうのは心が踊る。

 下手な休日よりも楽しい気持ちがしてくるのは、どうしてだろう?


「えいっ、ほいっ……! うううーん、前の人が大きすぎて見えないなあ」

「勇~~……! それは嫌味かしらねえ。あなただって随分身長が伸びたでしょ。去年はこーんな小さかったのに、こんなに憎らしく育っちゃって」

「うわわ、なんだよ、夏芽は私のお母さんか!?」


 ひときわ目立つ長身の少女と、髪の毛をサイドで結んだもう一人の少女。

 二人は軽く憎まれ口を叩いたりしつつ、クラス名簿の名前を追う。

 やがて、二年二組にお互いの名前を見つけた二人は、


「イェーイ!」

「あと二年間よろしく!」


 とハイタッチした。

 そして、夏芽と呼ばれた背の高い少女が、ニッコリ笑う。


「でも、勇はそれよりも嬉しいことがあるものね?」


 指差したのは男子側の名簿。

 サ行の名前に、見覚えのある名前。


 坂下郁己。


「良かったじゃない、これで三年間彼氏と一緒だもんねえ」

「んもー!! 夏芽はそういうこと大きい声で言わないー!!」


 ……出づらい。

 彼女たちの姿を背後で見ていたメガネの少年、坂下郁己はそう思った。

 ついつい駅前からトイレを我慢してきていたから、名簿なんか見ずにトイレにダッシュしたのだ。

 すると、自分の彼女とその親友が大いに盛り上がっているではないか。


「見て見て! 楓ちゃんもいるよ! うーん、仲良しグループ揃っちゃったねえ」

「ここまで来ると意図的な采配を感じるわね! 男子側は……あらら残念、上田以外は坂下組解散状態ね」

「まあ、私は郁己がいるからそれでいいかなーなんて」

「何よ、勇こそ堂々と惚気けてるじゃない、うりうり」

「きゃああ、やーめーろーよー! 髪の毛一応セットしてるんだからあ」

「あのう」


 入りづらい。

 だが、こうして傍観しているわけにもいくまい。

 郁己はずずいと進んで声をかけた。


「あ、郁己お帰りー。ちゃんと手を洗った?」

「ハンカチ忘れた」

「ぎゃああ、手、濡れてるじゃん!? もうしょうがないなあ。私のハンカチ使いな!」


 妙にファンシーな柄のハンカチを彼女から受け取った。

 金城勇。

 どこからどう見ても、もう女の子である。

 つい二年前までは完全無欠の男の子……金城勇太だったとは思えない。


 のっぽと普通の二人の少女は、わいわいきゃいきゃいと騒ぎながら、教室へ向かう。

 郁己も彼女たちの後を、肩身が狭そうな感じで追おうとしたのだが。

 名簿にちょっと気になる名前。


 レヒーナ・ロドリゲス


 ……外人?

 レヒーナ、レヒーナ。どこかで聞いたことがあるような。

 まあ、国際的な時代になった現代だ。外国人の一人くらい、クラスに編入してきてもおかしくはないだろう。

 郁己は考えるのを止め、仲間たちの後に続いた。



 教室に入ると、勇太と楓がきゃあきゃあ叫びながら抱き合っている。


「きゃあー! 楓ちゃんとうとう同じクラスだね!! もう離さないよおー!!」

「きゃっ、勇ちゃん、私も、嬉しいよお……!」

「ああっ、俺の楓さんが金城さんにギュッとされて……あふん」


 背後で悶えている上田が気持ち悪い。

 だが気持ちは大変分かる。


「いよー、上田ー」

「坂下も一緒かあ。なんか、仲の良いグループは結構バラバラになっちまったみたいだなあ。境山は和田部さんと一緒のクラスらしいぜ。今年こそ決めるんじゃねえか?」

「情報早いなー」

「クラス名簿見るために超早起きしたからな」


 うわ、暇人だ、暇人がおる、と郁己はちょっと引いた。


 黒板には、とりあえずの席順が書かれている。

 あいうえお順だった。

 哀れ、上田と苗字が水森な楓は遠くに離れ離れ。そして上田の隣は苗字が岩田の夏芽であった。

 勇太と郁己はそこまで席が遠くはない。


 これから二年間を共にするクラスメイトに、軽く挨拶。

 女子も男子も、見覚えの無いのもいれば、前のクラスであまり関わってこなかった子もいる。

 新しい一年に少しの期待と僅かな不安を抱きつつ、さて、最初のホームルーム開始である。


「諸君、おはよう! 僕が担任の和田部だ」


 境山の意中の女の子、和田部晴乃の兄であり、郁己の姉である彩音の恋人、和田部教諭である。

 非常にしがらみが強い担任がやってきた。

 郁己が行った、クラス替え工作の成果である。色々表には出せないことをやってきたものである。


「僕の担当は現代文になるが、古文、漢文なども担当する。その時はよろしくな」


 はーい、とクラスから気のない返事。

 だが、男たちがどこか落ち着きが無い。

 女子たちは、そんな男子の気持ちを知って、や~ね、男って、と呆れる。


 理由は一つ、クラス名簿に乗っていた外人の名前だ。

 レヒーナって女の子の名前でしょう?

 だからこそ、多感な少年たちは気もそぞろ。


 和田部教諭は彼らの様子に気づいて苦笑した。


「分かった分かった。退屈な僕の自己紹介はここまでにして、お待ちかねの編入生を紹介しよう。さあ入ってきて」


 ガラリと教室の扉が開く。

 窓が開いていたのだろうか。同時に飛び込んできたのは、強い風と、吹き散らされた桜の花びら。

 まるで、彼女の登場を印象的に演出するような光景。


 眩いばかりの金色が、ふんわりと広がりながら教室の中に現れた。

 活動的なポニーテールに、学園の可愛らしいボレロの制服。

 手足はスラリと長くて、引き締まっている。

 大きくて勝ち気そうな瞳が、教室をくるりと見回した。


「Buongiorno! レヒーナだよ! よろしくネ!」


 少し訛りはあるものの、流暢な日本語に、教室中がどよめいた。


「金髪や」

「金髪だ」

「金髪だわ」

「金髪じゃん」

「あれ、見たことあるんだけどあの娘」


 最後に発された言葉は、勇太のもの。

 耳ざとく反応した金髪少女、レヒーナは、勇太の姿を見つけると文字通り飛び上がった。


「Oh Dio mio! これって運命だよ! 玄帝流の子! エート、かね、かね」

「金城勇だよお」

「ユー! 会いたかったよ、ユー!」


 彼女は情熱的に駆け寄ってきて、躊躇なく勇太をむぎゅうっとハグした。

 どよめく教室内。


「知り合いか」

「知り合いなのか」

「金髪」


「わぷうっ、れ、レヒーナちゃん、ちょっと落ち着いてえ」


 勇太が彼女の背中をポンポン叩くと、レヒーナはハッと我に返り、


Midispiace(ざんねんだわ)、ここが教室じゃなかったら良かったのに!」


 天を扇いで……目線を戻すと、じっと自分をガン見する郁己に気づいた。

 しばし無言。

 すぐに、郁己のことを思い出す。


「う、う、うわああああああああ!! き、君はあの時の!! なんでここにいるノ! 追いかけてきたの!? 返して! ボクの唇返してよ!」


 ざわっとどよめく教室内。

 郁己はふっとニヒルに笑った。


 ……かんべんしてくれ。


 こうしてろくでもない始まり方をした、二年目の一学期、初日。

 騒動の種は金色の風にのってやって来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ