新たな一年の始まりと、金色の旋風
城聖学園高等部本校。
一つの山を丸々削りとって生まれた、その広大なキャンパスは、この季節、あちこちに咲き乱れる桜色で鮮やかに染まる。
そう、季節は春。
新入生だった一年生が二年生になり、高校生活で初めての後輩たちを迎える季節。
クラスが変わり、一年間をともにした仲間たちと離れ離れに、そして新しい仲間たちと出会う季節。
生徒昇降口の壁面に、二年生、三年生のクラス名簿が貼りだされていた。
もちろん、そこは人だかり。
これを確認するために早く来たっていう豪の者がいるくらいだ。
今日は始業式だから、ショートホームルームと、体育館での退屈な式だけ。
半ドンっていうのは心が踊る。
下手な休日よりも楽しい気持ちがしてくるのは、どうしてだろう?
「えいっ、ほいっ……! うううーん、前の人が大きすぎて見えないなあ」
「勇~~……! それは嫌味かしらねえ。あなただって随分身長が伸びたでしょ。去年はこーんな小さかったのに、こんなに憎らしく育っちゃって」
「うわわ、なんだよ、夏芽は私のお母さんか!?」
ひときわ目立つ長身の少女と、髪の毛をサイドで結んだもう一人の少女。
二人は軽く憎まれ口を叩いたりしつつ、クラス名簿の名前を追う。
やがて、二年二組にお互いの名前を見つけた二人は、
「イェーイ!」
「あと二年間よろしく!」
とハイタッチした。
そして、夏芽と呼ばれた背の高い少女が、ニッコリ笑う。
「でも、勇はそれよりも嬉しいことがあるものね?」
指差したのは男子側の名簿。
サ行の名前に、見覚えのある名前。
坂下郁己。
「良かったじゃない、これで三年間彼氏と一緒だもんねえ」
「んもー!! 夏芽はそういうこと大きい声で言わないー!!」
……出づらい。
彼女たちの姿を背後で見ていたメガネの少年、坂下郁己はそう思った。
ついつい駅前からトイレを我慢してきていたから、名簿なんか見ずにトイレにダッシュしたのだ。
すると、自分の彼女とその親友が大いに盛り上がっているではないか。
「見て見て! 楓ちゃんもいるよ! うーん、仲良しグループ揃っちゃったねえ」
「ここまで来ると意図的な采配を感じるわね! 男子側は……あらら残念、上田以外は坂下組解散状態ね」
「まあ、私は郁己がいるからそれでいいかなーなんて」
「何よ、勇こそ堂々と惚気けてるじゃない、うりうり」
「きゃああ、やーめーろーよー! 髪の毛一応セットしてるんだからあ」
「あのう」
入りづらい。
だが、こうして傍観しているわけにもいくまい。
郁己はずずいと進んで声をかけた。
「あ、郁己お帰りー。ちゃんと手を洗った?」
「ハンカチ忘れた」
「ぎゃああ、手、濡れてるじゃん!? もうしょうがないなあ。私のハンカチ使いな!」
妙にファンシーな柄のハンカチを彼女から受け取った。
金城勇。
どこからどう見ても、もう女の子である。
つい二年前までは完全無欠の男の子……金城勇太だったとは思えない。
のっぽと普通の二人の少女は、わいわいきゃいきゃいと騒ぎながら、教室へ向かう。
郁己も彼女たちの後を、肩身が狭そうな感じで追おうとしたのだが。
名簿にちょっと気になる名前。
レヒーナ・ロドリゲス
……外人?
レヒーナ、レヒーナ。どこかで聞いたことがあるような。
まあ、国際的な時代になった現代だ。外国人の一人くらい、クラスに編入してきてもおかしくはないだろう。
郁己は考えるのを止め、仲間たちの後に続いた。
教室に入ると、勇太と楓がきゃあきゃあ叫びながら抱き合っている。
「きゃあー! 楓ちゃんとうとう同じクラスだね!! もう離さないよおー!!」
「きゃっ、勇ちゃん、私も、嬉しいよお……!」
「ああっ、俺の楓さんが金城さんにギュッとされて……あふん」
背後で悶えている上田が気持ち悪い。
だが気持ちは大変分かる。
「いよー、上田ー」
「坂下も一緒かあ。なんか、仲の良いグループは結構バラバラになっちまったみたいだなあ。境山は和田部さんと一緒のクラスらしいぜ。今年こそ決めるんじゃねえか?」
「情報早いなー」
「クラス名簿見るために超早起きしたからな」
うわ、暇人だ、暇人がおる、と郁己はちょっと引いた。
黒板には、とりあえずの席順が書かれている。
あいうえお順だった。
哀れ、上田と苗字が水森な楓は遠くに離れ離れ。そして上田の隣は苗字が岩田の夏芽であった。
勇太と郁己はそこまで席が遠くはない。
これから二年間を共にするクラスメイトに、軽く挨拶。
女子も男子も、見覚えの無いのもいれば、前のクラスであまり関わってこなかった子もいる。
新しい一年に少しの期待と僅かな不安を抱きつつ、さて、最初のホームルーム開始である。
「諸君、おはよう! 僕が担任の和田部だ」
境山の意中の女の子、和田部晴乃の兄であり、郁己の姉である彩音の恋人、和田部教諭である。
非常にしがらみが強い担任がやってきた。
郁己が行った、クラス替え工作の成果である。色々表には出せないことをやってきたものである。
「僕の担当は現代文になるが、古文、漢文なども担当する。その時はよろしくな」
はーい、とクラスから気のない返事。
だが、男たちがどこか落ち着きが無い。
女子たちは、そんな男子の気持ちを知って、や~ね、男って、と呆れる。
理由は一つ、クラス名簿に乗っていた外人の名前だ。
レヒーナって女の子の名前でしょう?
だからこそ、多感な少年たちは気もそぞろ。
和田部教諭は彼らの様子に気づいて苦笑した。
「分かった分かった。退屈な僕の自己紹介はここまでにして、お待ちかねの編入生を紹介しよう。さあ入ってきて」
ガラリと教室の扉が開く。
窓が開いていたのだろうか。同時に飛び込んできたのは、強い風と、吹き散らされた桜の花びら。
まるで、彼女の登場を印象的に演出するような光景。
眩いばかりの金色が、ふんわりと広がりながら教室の中に現れた。
活動的なポニーテールに、学園の可愛らしいボレロの制服。
手足はスラリと長くて、引き締まっている。
大きくて勝ち気そうな瞳が、教室をくるりと見回した。
「Buongiorno! レヒーナだよ! よろしくネ!」
少し訛りはあるものの、流暢な日本語に、教室中がどよめいた。
「金髪や」
「金髪だ」
「金髪だわ」
「金髪じゃん」
「あれ、見たことあるんだけどあの娘」
最後に発された言葉は、勇太のもの。
耳ざとく反応した金髪少女、レヒーナは、勇太の姿を見つけると文字通り飛び上がった。
「Oh Dio mio! これって運命だよ! 玄帝流の子! エート、かね、かね」
「金城勇だよお」
「ユー! 会いたかったよ、ユー!」
彼女は情熱的に駆け寄ってきて、躊躇なく勇太をむぎゅうっとハグした。
どよめく教室内。
「知り合いか」
「知り合いなのか」
「金髪」
「わぷうっ、れ、レヒーナちゃん、ちょっと落ち着いてえ」
勇太が彼女の背中をポンポン叩くと、レヒーナはハッと我に返り、
「Midispiace、ここが教室じゃなかったら良かったのに!」
天を扇いで……目線を戻すと、じっと自分をガン見する郁己に気づいた。
しばし無言。
すぐに、郁己のことを思い出す。
「う、う、うわああああああああ!! き、君はあの時の!! なんでここにいるノ! 追いかけてきたの!? 返して! ボクの唇返してよ!」
ざわっとどよめく教室内。
郁己はふっとニヒルに笑った。
……かんべんしてくれ。
こうしてろくでもない始まり方をした、二年目の一学期、初日。
騒動の種は金色の風にのってやって来た。




