街~宿屋の少女~ 1
昨日中に書き終わりたかったのですが……すみません
その街についたのは、廃墟のような建物を後にしてから数日後の昼過ぎのことだった。一月以上の野宿を予想していたので、これは正直、幸運と言わざるを得ない。
石畳の街道を彼女と二人で歩く。字面にすると素敵だが、僕と彼女はそんな関係じゃない。じゃあ、どんな関係かって言われても、困るけれど。ちらりと彼女を見ると、彼女は少しうつむき気味に、自分の足元だけを見て歩いていた。
すれ違う人々の顔には、あまり生気がない。なのに、目だけは飢えた獣のように、ギラギラと光っている。誰もかれもが、日々の暮らしに必死なのだ。
軽く見まわし、周囲のどこか急造感の漂う街並みを見回す。
いつだったかは忘れたが、僕は前にもこの街に来たことがある。街道をなぞって歩いているうちに、何となく記憶がよみがえってきた。彼女と旅をする前の話だ。僕は当然、1人だった。
その時は、もっと華やかな街だった。街道は道行く人たちの声であふれ、その声が街道の両脇で売り込みをする商人たちの声とまじりあい、来る者の胸を弾ませる。そんな街だった。今では聞こえるのは、商人たちの声だけだ。
こんなに様変わりしたのは何が原因なのだろう、なんて考えるまでもない。あの地震のせいに決まっている。
凄まじい地震だった。その揺れは大陸全土を揺らし、各都市に大きな被害を与えたらしい。だれが言い出したのか、この地震で人口が半分以下に減ったという噂もあるくらいだが、僕はよく知らない。あの廃墟のような町も、地震で崩壊した町の一つだ。あそこに住んでいた人たちが、今どうしているのかは知らない。もしかしたら、僕が寝ていた瓦礫の下にいたのかもしれない。
あの地震は、ありとあらゆるものを奪っていった。人の命はもちろんだが、住んでいた建物も、生活基盤も。こういう時に助けてくれるはずの国家からの救済の手はない。人々はもうすでに、国からの援助というものは諦めていた。
崩れた建物の廃材から建てた急造の住処で雨風をしのぎ、残ったなけなしの金と日雇いの労働で稼いだ金とで、何とか一日を過ごす。かつては華やかだったこの街でも、今では住人のほとんどはそんな人たちだった。
「ねえ、レム」
そんなことを考えていたら、彼女が僕の名前を呼びつつ僕のローブの裾を軽く引っ張った。いつものことだ。彼女は僕を呼ぶときに、僕のローブを引っ張る癖がある。
「ん、どうした」
僕は彼女の名前を呼ばない。いつものことだ。
「どこに行くの?」
「食料を買いに。買いだめておかないと、次いつ買えるか分からないからね」
「ふうん、それだけ?」
「うん、一応それだけの予定だよ」
彼女は「そう……」とつぶやいて、またうつむいたまま歩き出した。
本当は服なんかも買ってやりたい。だが、いまや服は高級品なのだ。おいそれと買うには、少し厳しいものがある。
それに周りの人たちも、僕たちほどではないにせよ、薄汚れた格好の人ばかりだ。こんな中を新品の服なんかを着て歩けば、すぐさま目立ってしまうだろう。物取りにも目をつけられるかもしれない。
そう言えば、あの大地震直後、物取りが増えたらしい。地震のどさくさに紛れて、金目になりそうなものを盗んだり、前々から欲しかったものを盗んだり。誰しも考えることは同じ、ということだ。
そうやって盗んだものでひと財産築いたものや、運よく地震の被害から逃れた富豪などが、なけなしの食料や物資を買占め、割高で売っている。それが今、街道の両脇に並んでいる商人たちだ。
当然、街の人たちからの印象は良くない。良くないが、彼らから買わなければ生活できないのだから仕方ない。最初は暴力でもって商人から奪い去る者もいたが、商人たちが用心棒を雇うようになってから、それもなくなった。飢えた街の人と、食事を与えられている用心棒。どちらが強いかは明らかだ。
もちろん、数の暴力に訴えることができる。しかし、人を集めれば集めるほど、一人当たりの取り分は少なくなる。誰にだってわかることだ。
そんなことを考えているうちに、この街で一番大きい商店の入り口についていた。
「おい」
一つ息をついて、店舗の中へ入ろうとする僕らを、大きな影が遮る。
顔を上げると、巨漢のひげ面の男が、威圧感たっぷりにこちらを睨んでいた。この店の用心棒なのだろう。完全に警戒されている。
「はい、なんでしょう」
「何の用だ?」
「食料を買いに」
正直に答えると、大男は小ばかにしたように鼻で笑った。
「はっ、貴様らのような薄汚い連中に買えるものなど、この店にはない。とっとと出ていきな」
追い払うように手を振る大男。客に対して失礼極まりない態度だが、彼の言うことも分かる。僕らのようなぼろぼろの格好をした者は、ふつうまともな金を持っていない。……はあ、仕方ない。
「これで」
懐から六百ルーン出して、大男に握らせる。だいたい一家庭の一日の食費に相当する金額だ。
「これは……」
大男は呆気にとられたようにこちらを見ていたが、やがて目をすっと細めて言った。
「てめえ、何者だ」
「僕らの素性なんて関係ないはずです。僕はただの客。金は持っている。それで十分じゃないですか」
大男はそれでも少し迷うそぶりを見せたが、僕が握らせた金を懐にしまって、にたりと笑った。
「まあ、話は分かるようだ。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
小さくうなずいて、店の入り口をくぐる。大男のわきを抜けるときに、少し体が強張ったが、特に何もされなかった。
「……わたし、あの人嫌い」
店の中に入り扉を閉めるなり、彼女がぼそりという。「僕もだよ」という言葉は、胸中に抑えた。
「彼も生活に必死なんじゃないかな。人よりは裕福かもしれないけど、やっぱりこういうご時世だからさ」
言ってから、自分の言葉に少し後悔した。彼女は無表情で、「そうかもね」と言った。
「……じゃあ、行こうか」
「うん」
気まずくなりかけた雰囲気を振り切り、店内へと進む。彼女も僕のローブの裾を軽く握って、少し後ろをついてくる。
店内は想像より薄暗かった。この街で最も大きな店と聞いていたから、勝手に華やかなものをイメージしていた。だが、案外こんなものなのかもしれない。儲けるコツは、こういう細かいところでいかに節約するかにかかっているのだろう。
この先一生使うことのない知識を蓄えつつ、棚の間を進む。店主と思しき男は、奥で何やら作業をしていた。
「あの……」
「ああ、はい。なんでしょう」
遠慮がちに声をかけると、男はくるりと振り返った。線の細い体に、色白の肌。黒縁の丸い眼鏡の奥の目が、僕らを観察するように走り、僕らのローブ姿に細められる。
だが、流石は商人と言ったところだろうか。露骨な感情を表に出さず、表面上はにこやかに微笑んだ。油断ならない。軽く半歩引く。
「今日はどのような御用で?」
「二人分の携帯食料を二か月分ほど、お願いします」
こういう相手に、世間話や前置きはタブーだ。何を探られるか分かったものじゃない。店主は僕の言葉に、呆気にとられたような顔をした。
「お客様は馬車はお持ちで?」
「いえ、持ってません。けど、こいつがあります」
そう言って、軽く手を掲げる。軽く魔力を流し、頭の中から出すものを探る。ほかに人がいないとはいえ、店内だ。あまりかさばらないものの方が良いだろう。
フォン、という音とともに手のひらの上に卵が現れる。店主は目を軽く見開いた。
「……ボックス持ち、ですか」
「その通りです」
うなずきつつ、手を下ろす。すでに卵は、消えていた。
ボックス。少量の魔力を流すことで起動する魔道具で、だいたい大きな倉庫に入るくらいの荷物を出し入れすることができるものだ。ほんの一年前までは、各家庭に一つと言っていいほど存在し、ありふれた便利グッズ扱いだったのだが、今となってはとても希少なものになっている。あの大地震で、その多くが壊れたり紛失したりなどしたからだ。
「なら、持ち運びには問題なさそうですね。いえ、いるんですよ。後先考えずに買いだめておこうという輩が」
「そうですか」
素っ気なく返すと、店主は軽く肩をすくめた。
「そうですね、金額はだいたい五百ルミナスという所でしょうか」
ぼったくりだ。先ほども言った通り、一家庭の一日当たりの食費が六百ルーン。二か月を六十日と考えると、単純計算で三万六千ルーン、つまり三百六十ルミナスだ。このご時世に大量の食糧を売ることによる商店側へのデメリットを考慮しても、携帯食料であることを加味して四百ルミナスでも少し高いくらいだ。
ちらりと店主を見ると、にこやかな表情でこちらを見ている。が、目が笑っていない。あれは相手を推し測っている人の目だ。軽く息をつく。
どうしたものか。あまりここで面倒を起こしたくない。……仕方ない。
「分かりました」
ボックスから、五百ルミナス紙幣を出す。店主は一瞬驚いたような顔をしたが、やがて目じりを下げた。
「はい、確かに。……この量を用意するのには、少し時間がかかります。少々お待ちを」
「分かりました」
店主が店の奥に引っ込んだのを確認し、軽く息をつく。……疲れた。
店主はすぐに店の奥から戻ってくると、微笑みを浮かべて言った。
「いま、店の奥で準備をしております。もう少しお待ちください」
「はい」
短く答え、店主から目をそらす。しかし、店主は僕を逃すつもりはないようだった。
「しかし、ボックス持ちとは驚きました。今では世界に百とない希少品ですので」
「ええ、たまたま運よくって感じです」
ボックスの数が減った原因は、その形状にあると言われている。元々、持ち運びが便利なように小型化が目指されたボックスは、親指の先に乗るほどの小さな箱だった。そんな小さなものを持ち歩いていたら、すぐに失くしてしまう。結局、ボックスは家に置いておくものとしての扱いが、主流になっていったのだった。何事もほどほどに、といういい例だ。
例の大地震で、ほとんどの家が倒壊したため、ボックスは家とともになくなってしまったというわけだ。ボックスを生産していたところは、おそらく今はそれどころではないのだろう。
そういうわけで、今現存するボックスというのは極端に減ってしまっている。それこそ今持っているのは、倒壊した家からたまたま傷一つないボックスを発掘できた者か、いつもボックスを携帯していた物好きのどちらかだ。
僕がさっき見せたものは、正確にはボックスではない。だが、それをわざわざこの店主に説明してやる義理もない。
僕のそっけない返事にもめげず、店主はにこやかな表情のまま言った。
「携帯食料を所望ということは、何処かに旅でもなさっているのでしょうか」
「ええ、まあ」
「まあ、今の世界状況です。より住みやすい場所を探して移動する人たちも多いと聞きます。あなた方もそう言う理由で?」
「そんなところです」
……しつこいな。
「しかし、いくら貯蓄があっても不安は尽きないのではありませんか?いつ終わるともしれないたびですからなあ」
「まあ、そうですね」
「そうでしょう、そうでしょう。……そこでどうですか?ボックスを私の方へ売るというのは。今なら特別に、普通よりもお高く買い取らせていただきますよ」
店主の声に、欲望の色がにじむ。先ほどのやり取りで、物価を知らないカモだと思われているのだろう。気持ちはわかるが、少々うっとおしい。
「いえ、こいつにはまだまだお世話になってもらわないといけないので、お売りすることはできません」
そもそも、ボックスじゃないしね。
「そうですかー。それは残念です」
店主はため息交じりにぼやく。しかし、その向こうにある愉悦を隠しきれていない。
「それではどうでしょう。ボックスではなく、後ろの方をこちらにお譲りいただけないでしょうか?とても美しい女性とお見受けしますが」
「……」
美しい女性、か。彼女は店内に入ってからずっと、ローブを目深にかぶっていたままだったのだが、いつ気づいたのだろうか。やはり、油断ならない。
僕の沈黙をためらいととったのか、店主の声が途端に勢いづく。もはや欲望を隠すつもりもなさそうだ。僕はそこで初めて、店主の顔を見返した。
「なに、悪いようにはしません。きちんとした生活は約束しましょう。女性を連れての旅はやはりいろいろとご苦労も多いことでしょうし、こちらからはそれなりの金額を出します。どうですか?お互い損のない取り……引き……と……」
そこで初めて、店主の笑みが崩れた。言葉尻がすぼみ、興奮で赤くなっていた顔色が急速に青ざめていく。そこにあるのはさっきまでの欲望ではなく、怯えだ。
まったく。僕はいま、どんな表情をしているのやら。
「すみません。冗談にしては、あまりに笑えなかったもので」
なるべく微笑みを心掛けて言うが、正直効果のほどは怪しいものだった。店主は青ざめた顔色のまま、こくこくとうなずく。
そこから商品が届くまでは、誰も一言もしゃべらなかった。
幸い、それほど待つこともなく商品が来たので、さっさと収納して店を後にする。店主からは「ありがとうございました」の言葉もなかった。まあ、当然か。
店から出た僕らを出迎えたのは、強烈な西日だった。しばらく薄暗い空間にいたせいか、かなりまぶしく感じる。軽くあたりを見回しても、僕らが店に入る前と何ら変わりない街だった。強いて言うなら、あの大男がいないくらいか。
しかし、疲れた。これだから人とかかわるのは嫌なんだ。特に彼女を連れて、人とかかわるのは。
軽くため息を吐くと、ローブの裾が小さく引かれた。
「ねえ、レム」
「なんだい?」
「どうするの?」
「何が――って、聞くまでもないか」
「うん」
彼女が言っているのは、今晩の寝床のことだろう。本当なら、この街から出て野宿と行きたいところだけど、日の傾き具合を見るにそれほど街から離れられそうにない。街の近くで火を焚いて野宿しようものなら、不自然に思われてかなり目立ってしまうだろう。あまり目立ちたくない僕らとしては、採用しづらい選択肢だ。
いや、それでも僕的には野宿のほうが良いと思うんだけど……
「どうするの?」
彼女の急かすような声。僕を見上げる瞳も、心なしか輝いて見える。
……はあ、仕方ない。正直に気になるところがあって、この街からは早々にはなれたいのだが、ここまでわかりやすいサインを見逃すわけにはいかないだろう。甘いなあ、と自分自身に対して苦笑が漏れる。
「そうだね。もう遅いし、今日は宿に泊まっていこうか。あれば、の話だけど」
「そう、分かった」
彼女は一見素っ気なく返すが、声には喜色がにじんでいる。右手をぐっと握っているのが、何とも微笑ましい。
「さて、そうなると宿探しから――って、そこにあるじゃないか」
その宿屋は、僕らが出てきた商店の斜向かいにあった。こんなに見つけやすいところにあるとは。今のご時世、宿屋なんて儲かるはずない職業早々見つからないはずなのに、運がいいのやら悪いのやら。
「あそこにするの?」
「そうだね。ほかにいくつもあるとは思えないし」
僕がうなずくと、彼女は僕に先んじて歩き出した。彼女が僕より前を歩くなんてめったにないことだ。それほど、楽しみなのだろう。まあ、彼女も年頃の女の子だ。野宿や廃墟での睡眠ばかりでは、嫌になるのだろう。
彼女と二人で、宿屋の前まで移動する。扉は彼女が開けた。
宿の中はがらんとしていた。小奇麗に片づけられている印象がある。一階は食堂兼受付として機能しているようで、入り口の正面に受け付けらしきカウンターがあり、右手にはいくつもの丸テーブルが置かれた空間があった。
ほかの客の姿はない。ただ、食堂の丸テーブルに、従業員らしき制服を着た少女が一人、突っ伏しているだけだ。
「……」
僕と彼女の沈黙が重なる。視線だけで、この場の対処を譲り合う。数秒の格闘の末、予定調和のように僕が折れた。
仕方ない。ため息をかみ殺しつつ、突っ伏している少女のもとへ向かう。彼女も僕に丸投げする気はないのか、一応後ろについてきてくれる。
「あの……」
遠慮がちに少女の肩に触れる。まさか居眠りってことはないだろう。
果たして僕の予想どうり、彼女はすぐに顔を上げた。
「……あ、申し訳ありません、お客様に気付かず……。お泊りですか?」
少女はそう言って、顔をパタパタと仰いだ。まるで恥ずかしさを紛らわすように。確かに少女の顔は赤い。だが、それが羞恥からくるものではないのは明らかだ。
「あの……大丈夫ですか」
僕がそう声をかけると、少女はシュンと軽く鼻をすすり、人差し指で目じりの涙をぬぐうと、誤魔化すように微笑んだ。
「いえ、大丈夫です」
瞬間、息が詰まった。冗談抜きで、世界が止まったかと思った。後ろで彼女が息を呑む気配がする。
……ああ、懐かしい表情だ。あの人もいつも、こんな表情をしていた。自分にはどうしようもない事態に対し、それでも他人に弱みを見せまいとする、そんな強い女性の表情だ。
「誤魔化さないでください。諦めないでください。そして、僕に話してください。必ず、何とかします」
気づいたら、口が勝手に動いていた。彼女が、呑んだ息をため息に変えて吐き出したのが分かる。
少女は予想外に強い僕の眼光に怯えたように身を引いたが、僕が退く気がないことが分かると、やがてポロリと一粒、涙を落とした。
「話、聞いてくれますか?それだけでも、結構ですので……」
「いえ、何とかします。させてください」
口がするすると動く感覚。心境としては、もうどうにでもなれって感じだ。少女は「ありがとうございます」と呟いた。
少女に勧められて、少女の対面に当たる位置に腰掛ける。彼女は僕の右隣に腰掛けた。不満でも、話は聞いてくれるらしい。ありがたい。
僕らが座ったのを確認して、少女はゆっくりと口を開いた。
「私の名前はニノと言います。実は――」
そう言って少女――ニノさんが始めた話は、かなり短かった。ところどころで、ニノさんの心情が挟まり、おそらく本題とは無縁の内容も少々含まれていたが、それでも短かったのだ。
ニノさんの話を要約すると、話はとてもシンプルだった。
今日の昼過ぎ。向かいの商店の用心棒と数人の仲間が、遅めの昼食を食べにこの宿屋に来たそうだ。僕が予想するに、おそらく僕らの入った商店の用心棒をしていたあの大男だろう。右手で金をじゃらじゃら言わせていたらしいから、僕らが焦点に入った直後だと思う。
昼食には少し遅い時間で、店内にはほかに客はいなかったらしい。ニノさんは彼らの注文を聞き、厨房で料理をしていた。その間に用心棒たちは何をどうやったか、受付のカウンターの裏に鍵をかけて隠しておいた、宿屋の売り上げを盗んだらしい。
聞くところによると、この宿屋はニノさんが一人で切り盛りしているらしく、厨房からカウンターは見えない作りだったそうだ。ニノさんがうかつだったと言えばそれまでだが、だからと言って用心棒たちの行動を肯定する理由にはならない。
盗まれた宿屋の売り上げには、ニノさんの生活費なんかも含まれており、あれがなければこの宿屋の存続が危ういどころか、ニノさんのこれから生きていく術もないらしい。
しかも、事態はそこで終わりではなかった。用心棒たちは、盗んだ売り上げをニノさんに見せつけたらしい。
当然返すように要求するニノさんに、彼らはこう言ったそうだ。
「明日の早朝、メリー通りにあるだれも住んでいない壊れた屋敷に来い。地下室に潜る階段がある。一人できたら、この金は返してやる」
分かりやすい、実に古典的な手口だ。やってきたニノさんをどうしようとしているかなんて、誰にだって想像がつく。シンプルな手口である分、性質が悪い。
ほんの少し前だったのなら、国家直属の詰所に行けば、正義の国家機関様が解決してくれたのだが、地震後の今では、頼れるものはない。
どうしようにも八方ふさがりで、沈み込んでいたところに僕らが来たのだという。
「――で、何とかするって言っちゃったんだよなあ……」
久しぶりのベッドに寝転がり、天井を見つめてそうぼやく。いま僕は、与えられた宿屋の一室にいた。日はとっくに暮れている。
「で、どうするの?」
隣のベッドに腰掛けた彼女が、冷たい声で聴いてくる。僕は一つため息をついた。
「明日の朝、ニノさんの代わりに僕が行ってくるよ」
「行って、どうするの?」
「……何とかするよ」
さっきから続いている同じやり取りに、彼女は焦れたように立ち上がった。勢いをつけて立ち上がったのか、床を足の裏が叩く音が、やけに耳に響いた。
「……」
沈黙。ちらりと彼女に目線を向けると、彼女はじっと僕を見ていた。さらりと長い金色の髪。翡翠色の瞳が、僕を見下ろしている。
「……なんで?」
彼女は静かに、それだけ言った。
彼女は僕に、何を聞いたのだろうか。なんであの人を助けるの?と、そう聞いたのだろうか。それを答えられると、彼女は思っているのだろうか。その問いの、僕の回答は何なのだろうか。
「ごめん」
僕は体を起こして頭を下げた。正直、そうするしかできなかった。
彼女は泣きそうな顔で「私は気にしてない」と言って、自分の布団にくるまってしまった。そんな顔で言われても、ぜんぜん説得力がない。
しかし情けない限りだ。彼女には、いつも迷惑をかけている気がする。
「電気、消すよ?」
「うん」
照明に手を伸ばしながら問うと、布団越しの少しくぐもった声で返事が来た。顔は頑なにこっちを向いていない。こりゃ嫌われたかもなあ、少し寂しい。
……寂しい、のだろうか。自分で言っておいて疑念がわく。僕は彼女に嫌われて寂しいのだろうか。……分からないな。
ただ、布団にもぐりこむ直前、隣のベッドから聞こえた「おやすみ、レム」という声に、少し安心したことだけは真実だった。
「おやすみ」
慣れてないせいか、一人称視点が難しい
ほかの作家の方々を、素直に尊敬するしかないです