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誰がため  作者: 赤城宗一
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プロローグ

 ふと、書きたくなって書き始めました。

 よかったら、どうぞ。

 少し埃っぽい風に顔の表面を撫でられ、僕はゆっくりと目を開いた。廃墟の壁の割れ目から入り込んだ朝日が、網膜を焼く。まぶしい。

 身を起こすと、背中から腰にかけてがずきりと痛んだ。瓦礫の上なんかで寝るからだ。立ち上がって伸びをすると、体中の関節がバキバキと嫌な音を立てる。僕は思わず顔をしかめた。腰を軽くたたきつつ、すぐそばに立てかけておいた愛刀を腰に差す。


 別にベッドがないわけではなかった。だがしかたない。男と女の二人旅。ベッドが一つしかないのなら、どちらが譲るかは決まっている。

 伸びをしつつ横目で彼女の様子を確認する。彼女はベッドの上ですやすやと眠っていた。暑かったのだろう。寝る前にはきっちりと掛けてあった掛け布団は床に落ちており、彼女は薄汚いローブ姿で、体を丸めるように眠っていた。


「う、ううん……」


 彼女が軽く寝返りを打つと、ベッドから軽く埃が舞う。彼女の汚れた金髪が、さらりとベッドからこぼれる。

 まともな格好もさせてやれずに、申し訳ないとは思う。思うが、そういう僕の格好も似たり寄ったりだ。彼女に清潔な服を着せて、人並みな格好をさせてやるには、僕らにはいろいろと足りないものがあるのだ。お金とか、自由とか。


 軽く息をついて、辺りを見回す。ベッドが一つしかなく壁には穴が開いている、まさしく廃墟のような建物だが、完全に壊滅した町の中では、貴重な物件だ。ほかの家屋は、すでに建物と呼べない状態の者がほとんどだった。屋根がない、なんてまだいい方で、中には立ち入ることすら不可能なほどに崩れたものもあった。そんな中で今いる建物は、雨風をしのげる程度に壁や屋根があり、一つとはいえベッドもあるのだから、この町の中では――いや、今までの旅の中で寝床としてきたものの中では、破格のものだと言えるだろう。


 ここでこのまま暮らせたら、どんなにいいことだろうか。だが、それはできない。食糧が底をつき始めているからだ。あと数週間は持ちそうだが、油断はできない。地図もなく、当てもないこの旅で、人の住む街にいつたどり着けるかなんてわからない。

 それに、じっと一所(ひとところ)にとどまっていれば、すぐに見つかってしまうだろう。彼らが諦めない限り。僕は軽く頭を振ると、もう一度彼女に目を向けた。


 いつの朝も、彼女を見るたびに思ってしまう。彼女はこのままでいいのだろうか、と。彼女がどうしても僕といなくてはならない理由は、実はない。そして僕から離れれば、彼女は幸福とは言えずとも、裕福な暮らしはできるだろう。少なくとも、ぼろきれのようなローブ一枚羽織って、僕みたいなやつと放浪人生を送る必要はない。

 でも、彼女の寝顔を見るたびに、僕が昏い喜びを覚えてしまうのも確かだ。彼女はまだ、僕のそばにいてくれる。彼女が僕の前から逃げ出すはずなんてないと、彼女がそんなことできるわけがないと分かっているのに、それでも彼女が自分のそばにいることに、喜びを感じてしまう。


「ひどいやつだよな」


 自分でつぶやいて、再確認する。そんなこと、とっくの昔に分かっている。


 僕は軽く首を振って思考を振り払うと、彼女の肩辺りを軽くゆすった。そろそろ起きてもらわないと、今日中に次の寝床を見つけられないかもしれない。


「う、ううん……」


 彼女は少しぐずるように身をひねったが、やがて目を薄く開いた。


「う、ん……。レムか」


 彼女の目が僕の姿を捉え、そっと開いた唇が僕の名を呼ぶ。僕はうなずいた。


「そうだよ。起きて、朝ご飯にしよう」

「ああ、分かった」


 彼女は眠そうな目を二、三度こすって、ベッドから降りる。ふらつく彼女に手を貸して立たせると、彼女は大きく伸びをして、軽く周囲を見回した。

 崩れたボロ屋。埃だらけのベッド。崩れた壁の隙間から覗く朝日。薄汚いローブを羽織った僕。そして僕の腰にある刀。

 最後に自分の格好を見下ろして、彼女は僕に微笑みを向けた。


「おはよう、レム」

「ああ、おはよう」


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