フォーカードは闇夜に消える
「ノックス、今日は来いと言ったはずだが?」
『今そっち行ってるよーちょっと原チャリパクるのに時間かかっちゃってさー』
「また何をしているんだ…バレないだろうな?」
『そんなヘマしないよーおれ。あ、着いたよー』
「裏が開いている。上がってこい」
『はーい』
通信が切れる。次に全員に繋いで。
「総員、長らく待たせてすまない。あと5分で作戦を開始する。レオン、目標の様子はどうだ」
『んー、休んでるね。英気を養ってるってとこかな』
「そうか。申し分ないな」
「セイルお待たせー」
「まったくだ。…あと3分」
「はいはーい」
金髪をワックスで遊ばせて、黒縁の眼鏡をかけたチャラ男は携えた鞄を開き様々な回線を繋げていく。
無線からは高い女性の声が聞こえる。その声には幼さすら感じられた。
『警部、早くしてくださいまし。わたくし待ちくたびれましたわ。それに隣でリヴが殺気立っていて怖いんですの』
「我慢しろイザベラ。あと1分だ。リヴ、気取られる真似はするな」
『分かってる』
「セイル、準備オッケーだよー」
「総員、これより作戦を開始する。目標は確保が最善だが…やむを得ん場合殺害も許可する。それ以外の命は守ることを最優先しろ。以上。質問は」
『ないぜ』
『ありませんわ』
『無い』
『…OK』
「いつでもいいよー」
「よし…総員用意、開始」
対象がいるのは工場地帯の倉庫。全てで5人。そこを包囲するように配置されていた。少しずつ時間をかけてわずかに開けられた上部の窓からレオンが投げ込むのは、任意に起爆できる、催涙爆弾。
地面に落ちて音を立てる。その音に対象の男たちが異常に気付く。
「遅い」
「どーん」
間が抜けたノックスの声と共に起爆させる。倉庫内に煙が立ち込めた。
「正常起爆確認♪」
「突入!」
セイルの号令と同時に、倉庫の扉がいとも簡単に吹き飛んだ。
男たちの前に、体格のいい人影と、相対的に小さい人影が踏み込んできた。小さい人影が手元に火を灯す。
「ごめんあそばせぇ」
揺らめく火が隣の人物の警察手帳を照らし出す。次に自分の顔を下から照らした。
紫のアイシャドウと、真っ赤なルージュ。幼さの残る面立ちとはあまりに不釣り合いな姿。真っ赤な唇が、弧を描く。その声は無線でイザベラと呼ばれていたその人。隣にいるのは、リヴ。
「お迎えに上がりましたわ」
男たちが飛び出した。出入り口は2人が塞いでいるひとつと反対側にひとつ、2階に上がってひとつ。反対の扉に2人が向かったが、イザベラが鞭打つように腕を振るうと、突如、扉が爆発したかのように燃え出した。
「逃がしませんわよ」
背後の扉に向かった2人の男は狼狽して立ち止まったが、イザベラたちに向かってくる2人は止まらない。隣にいたリヴが前に出る。ひとりはナイフを持っていた。思い切り振りかざす。
「…ふん」
胸を狙ったナイフは突き出したリヴの左腕に突き刺さる。刺さった、と思った瞬間、拳が男の顔を抉るように飛んできた。リヴはナイフが刺さると同時に右腕を振ったのだ。
鈍い音がして男が飛ぶ。既に気絶していた。
『ちょっとリヴちゃーん、今すごい音したよー?殺してないよね?』
「手加減はしてる」
『リヴちゃんの手加減おれらの全力だもん』
ノックスからの無線を無視してリヴはもう1人の男の腕を掴みいとも簡単に投げ飛ばす。左腕にナイフが刺さったままだが全く支障はないようだ。
「リヴがいると楽ができていいですわぁ」
イザベラはあくび混じりだ。
「とはいえ、あんまりのんびりもしていられませんものね。…アイリーン」
イザベラの声と同時に今度は燃え盛る扉が内側に飛んだ。先程の比ではない。明確に攻撃の意図を持って飛ばした凶器だ。扉は立ち止まっていた2人のうちの1人を吹き飛ばす。
と、同時に凄まじい速さで倉庫に飛び込む人影。もう1人は何が起きたのか分からないまま、顎を蹴り上げられ気絶した。
「1人……2人…」
「さすがアイリーン、お見事ですわ」
「あと1人か」
「恐らく2階から出たのでしょう。まぁ、問題ありませんわ」
残りの1人は階段を上り、外に飛び出した。4人は捕らえられてしまうだろうが、もう仕方あるまい。むしろ自分さえ逃げ切れればいくらでも立て直せる。男にはそう自負があった。
「待てよぉ」
突如、ガンッと激しい音がして、足が行く手を塞いだ。壁に寄り掛かり足を手すりにかける姿は難癖をつける前のヤンキーのよう。しかし暗がりで見えるその顔は、爽やかさすら感じられる2枚目だ。
「逃げられると何かと困るんだよなぁ」
「…貴様らの都合なんて知ったことか」
男は迷いもなく手すりを飛び越え、下に飛び降りた。2階からの高さなら受け身が取れると確信しての動きだった。
「あ」
2枚目も一瞬の間の後飛び降りる。
「アイリーン、あと1人逃げそう」
『…OK』
『アイリーンちゃーん西の方角だねー。多分回り込むより壊しちゃった方が早いかもー』
『…許可する』
『了解』
アイリーンは倉庫の壁めがけて走り、スライディングのように滑ると、その足で壁を突き破った。その視線の先に、逃走を図る最後の1人。さすがに驚いたのか立ち止まる。
「オラァッ!!!」
そこを背後の2枚目が逃すはずもなく。飛び蹴りは男の頭を正確にとらえた。アイリーンが気絶を確かめる。壁の穴からイザベラとリヴも顔を出した。
「制圧完了」
「ナイスキックですわぁレオン」
「サンキュー」
「お前、1人でも追いつけただろ」
「いやー本気で走るのめんどくさいしさー。誰かいるんなら頼んだ方が確実じゃん」
『おいお前ら、無駄口を叩くな。作戦終了だ。撤退するぞ』
「「「「了解」」」」
「…ふう」
「お疲れーセイル。…今日もつまんなかったなー…おれ来なくても良かったんじゃない?」
「来るのが普通なんだぞノックス」
機材を片付けるノックスの隣で、セイルは別の無線を取り出した。
「…こちら『S』。作戦完了、目標全員の確保を確認した。撤収支援部隊を要請する」
セイルがS、レオンがL、リヴはR(スペル的にはLなんだけど)、イザベラはI、ノックスがK、アイリーンがE。無線とか手短にすませたいときは頭文字でやりとりする。セイルのSはSチームのSでもあったりする。