Q「神を見たことある?」A「学校で見た」
タタタッ、と廊下を走る軽い音を何人が聞いているだろうか。音の向かう先では男子生徒が2人取っ組み合いの喧嘩をしている。うららかな春の日差しが緊迫した空気を場違いなほど優しく照らしていた。
「とうっ!」
足音の主は軽い掛け声とともに跳び上がり──
「とりゃー!!」
喧嘩をしている片割れにドロップキックをかました。
綺麗に、本当に綺麗に水平に跳んで行った彼女の脚は見事に目標の脇腹に突き刺さり、男子生徒を吹っ飛ばす。当の本人はこれまた綺麗にトンボを切って着地した。
フワ、とスカートが揺れる。
「フフン」
ドヤ顔を決めるとすぐさまダッシュ!
残った男子にも飛び膝蹴りをかます。頭一つ分は小さいだろう彼女の一撃を唖然としていた男子は避ける間もなく水月に喰らって蹲る。
あまりの激しさに男子ですら手を焼いていた喧嘩はあっという間に両成敗というには酷すぎる被害を残して終決した。
勝利のポーズを決める彼女の元へ今度はドスドスと足音が近づいてくる。
「ああ! 遅かった!!」
現れたのは男子生徒。喧嘩をしていた2人よりもさらに頭一つ分は大きい。2メートルはあるだろう。ただ、ガッシリとした体つきの割りに気の弱さを感じる。眉尻の下がった顔が優しげだからだろうか。
「喜べ弟よ! いや、副長よ!! 悪は私が成敗いたしたッ!」
「成敗じゃないよ! また怒られるよッ! なんで姉さんが男子の喧嘩に横槍入れるの!?」
姉と呼ばれた女子生徒は駆けつけてきた男子生徒よりも頭二つは小さい。大人と子供くらいの差がある。それなのに見上げる彼女のほうが偉そうかつ大きく見える。シャンと伸ばした背筋がそう見せるのだ。
「……毎度ながら同い年とは思えねーな」
「色んな意味でな」
野次馬からぼそぼそと声が上がる。
「学園の風紀を乱すものは何人たりとも許さんのだ!」
「そういうのは風紀委員とか生徒会に任せればいいんだよ!!」
ビシッ! とあさっての方向に指を差す小さい女子生徒。ブレザーを脱いでネクタイをブラウスにピン留めし、肘と膝にプロテクターを付けた、明らかに暴れる気マンマンの格好をした彼女は姉の海老ヶ瀬衣。1月生まれ。
デカイ図体をワタワタさせて憤る男子生徒。こちらはかっちりボタンを留めてブレザーを着こなし、ネクタイもきっちり締めて、まるで生徒手帳の見本のような格好の彼は弟の勝。11月生まれ。
2人は同じ年に生まれた学年違いの姉弟であり、この学校の名物姉弟であった。
>゜))))彡
「誰かが止めなくてはいけないのです! あれ以上延びては手遅れになる可能性もありましたよ」
「やりすぎ? 暴漢を沈めるのに最適な手段を取ったと自負していますよ! 同じ学び舎の仲間だからこそ金的は避けたじゃないですか!!」
「穏便に、と繰り返されますが、それで格闘技を学んでいる男子生徒の暴走を抑えられますか? 先生方であの2人の喧嘩を穏便に止められる方が何人いらっしゃいます? それを待てと? その間にどうしようもないレベルにまで喧嘩が発展してしまっても同じことが言えますか?」
「とはいえ先生方の言いたいこともわかります。同様のことが起きた場合の応対方法を協議しぜひ全校生徒に周知していただきたいものです」
「長々とお手を煩わせてしまって申し訳ありません。それでは失礼いたします」
>゜))))彡
ヘルメットを被ってないのは自前のがあるから──なんてからかわれるボブカット。前髪はヘアピンで留めてちょっとオシャレにしている。
身体の凹凸も意外なほどにある。気付けば暴れているせいか贅肉がなく引き締まっていてけれど体育会系特有の筋肉質な感じはなく女の子の柔らかさが残っている。
身長も平均よりはだいぶ低い。後輩の女子と並んでも頭半分は小さく、それでも子供っぽく見えないのはトランジスターグラマーな体つきのせいか。あるいは彼女の第一印象を裏切る、全国模試でも順位表に名前が載るほどの知的さゆえか。
いつでも浮かべている不敵な笑顔が凶悪だからかもしれない。
「しかし年度が変わってもここの教員たちは要領を得んな」
その笑顔を眉間にしわ寄せて崩しながら唸る。
昔から口が達者な姉であるが高校に入ってますます磨きがかかった。海外生活が長くハッキリ物を言う母親の影響も大きいし、論理学やディベートを学んでいるのも役に立っているのだろう。散々弄んだ後に相手の望む言葉を吐くのだから、相対する教師陣も辟易するというものだ。
「そりゃ姉さんに比べればね……」
真っ赤に輝く太陽に淡い桜色の景色が染められる時刻。普段はいちいち一緒に帰ることなどしないのだが、今日は教師たちから「どうしても」と頼まれたので2人で帰っている。
姉の方には「殴られた連中のリベンジを警戒して」、弟には「姉がまた暴れないように」と、言葉を変えるくらいの機転は教師陣にもある。
「新任のおばさん先生は見どころがあったがな!」
「唖然としてただけじゃないの? ていうかおばさんてトシかなあ? 母さんより若いよ」
「マサルはアレくらいが好みか! 業が深いな!!」
「いや、そういうことじゃなくて」
「姉さん女房は金の草鞋を履いても探せと言うしな! いいんじゃないか、キショイけど!!」
「キショイとか言うなよ……」
肩を落とてなんとか言い返す。姉の暴言は今に始まったことではない。家族以外には言わないのがまた厄介だった。
「ね──」
「マサル! ダッシュ!! ――おじーちゃんっ! 危ないよっ!!」
重そうな荷物を担いだおじいさんを心配そうにしながら横を歩くおばあさん。老夫婦に物怖じすることなく声をかけて、その荷物を弟に持たせる。さすがに弟のかばんは姉が持つ。全部任せるほど鬼ではない──というわけではなくて、おばあさんが気にするだろうと看破しただけだ。
「ありがとうございます。素敵なお姉さんね」
実際、何度も何度も頭を下げて老夫婦は駅の構内へと去って行った。特におばあちゃんの恐縮ぐあいは逆に気を使うレベルで、だから気にするなと言わんばかりに見えなくなるまでぶんぶん手を振りつつ見送る。
「聞いたか、弟よ!」
「なんでこの身長差で姉弟だって分かるんだろうね」
今のところ初見の相手でも兄妹と間違われたことは一度もない。
「溢れ出る私の威厳のなせる業よ! というかそんなことはどうでも良い。ご婦人は『素敵』とおっしゃっていたぞ」
「んーまあ、そう、か?」
半眼で小さい姉を見下ろす。
確かに今はプロテクターも付けていないし、ブレザーもきちんと前を留めて着ている。ややスカートは短いかもしれないがニーソックスを穿いているしこんなものだろう。絶対領域が眩しい。
「なにやらいやらしい視線を感じるぞ。いかんな~表面的な美しさに囚われては」
「美しいと言い切るか」
「おうともさ!」
ブサイクではない、と思うのが身内の精一杯だ。
が、この発言を自惚れと一蹴できないのも本当なのだった。
>゜))))彡
校舎裏の一角に椿かなにかの深い緑色の生け垣と薄汚れた校舎で挟まれたL字の小さな空間がある。北側にあるそこは薄暗くて掃除も行き届いていないので立ち寄る人間はあまりいない。
というのは表向きの事情。
実態はわりかし有名な告白スポットである。成功率は五分五分。日が差していると成功するというジンクスがあるが、たぶん成功したテンションで世界が輝いて見える現象の錯覚を利用した巧妙なトリックだ。
断定する理由は見ていればわかる。
「好きです! 付き合ってください!!」
やわらかな陽光がかろうじて差し込む狭い曲がり角で告白したのは勝ほどではないにしても背の高い男子生徒だ。二年生。勝の同級生だ。
対するのはいつもどおりに肘膝パッドを身に付けブレザーを脱いだ小さな巨人、衣である。
「ありがとう。だが断る!!」
「そ、そんな! どうし――」
「嫌いではないが積極的に好きでない人間と付き合っても良いことはないからな。先ずはお友達から――いやこの場合は先輩後輩から、か? いずれにせよ私は『付き合う前に人間性を知りたい』派だ。気まずくなければこれからももっと声をかけてくれ。じゃあな!」
しゅた! と手を上げて颯爽と立ち去る後ろ姿はちびであることも女子であることも感じさせない。一つ付け加えるならば少し短いスカートが翻っているのが健康的な色気というのか、キュートである。
「………………」
男子生徒はその翻るスカートを親の仇でも見るかのようにずっと凝視していた。
>゜))))彡
ノックのあと、ガラガラと生徒会室の扉が外から開かれる。入ってきたのは昼休みに後輩をフッたばかりの衣だ。
「お、後輩君の夢を破った悪魔じゃないか」
「耳が早いな生徒会長」
「私が教えたからな」
「………………」
「教師に向かって憐憫の目を向けるのはやめろ」
今年この学校で最も男勝りな、『女傑』という単語が相応しい女性3人が勢揃いしていた。
1人は言わずと知れた暴れん坊、海老ヶ瀬衣。
1人は凛々しい笑顔と飾り紐でくくったポニテがキラキラしい、女子剣道部主将も兼任する生徒会長。
もう1人は胸の谷間が艶かしい生徒会顧問。
生徒会長は基本的に部活優先でやっているのだが今日の放課後は珍しく詰めていたようだ。
「それでどうした?」
「級長がなにやら忙しそうであったので代わりにプリントを」
生徒会長の疑問にB5の紙束を渡しつつ残った顧問へ目を向ける。
「それと後から用務員の方からも報告があるでしょうが蛍光灯が切れていたところがあったので換えておきました」
「ああ、ご苦労さん」
今日のパシリや先日の喧嘩騒ぎなど色々と幅を利かせているが衣自身はなにかの委員会や役職に就いているわけではない。完全に平生徒である。
それでもこうしていきなり現れても驚かれない程度には各所と交流があった。お陰で内申点は破格の点数である。実のところ教師受けも悪くない。弁が立つので煙たがっている者がいるのは確かだが、優秀であることは間違いないと認めてもいる。なんだかんだ10代の女の子がキャピキャピ言ってくるのはおっさんにしろおばちゃんにしろ嬉しいものなのだ。
「しかしそのスカートで脚立に乗ったのか?」
「いけませんか?」
「ダメだと言う人はいるだろうよ。私は構わないと思うがな」
「というかいつの間にニーハイは止めたんだ?」
顧問に便乗して生徒会長も話に加わる。先週の喧嘩騒ぎの時はニーハイだったはずだと訝しがる。
「今週からだよ。なんだか世間はニーハイブームらしいからな」
肩をすくめて言う。ブームに乗っかったと思われるのが心外で止めたのだ。
「それでレギンス……いやタイツにしたのか」
「むふふ~、そう見えます?」
「……分かった分かった。もう言われているだろうが自分から見せに行くなよ」
「ちぇー、みんなして同じ事言うんだから」
「「お前の行動パターンが同じなんだ!」」
ツッコミに心外だなあと思いながら生徒会室を後にする。
弟がいれば2人に同意しただろう。姉は少々以上にアレなのだ。
>゜))))彡
男子は激怒した。必ず、かの厚顔無恥な流行を止めねばならぬと覚悟した。しかし覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことなのだ。男子には進むべき道も道の切り開き方も分からぬ。だいたい流行ってなんだ? 男子の激怒はあっという間に萎んだ。
そんな男子が増えた。皆、衣の絶対領域を糧に日々の苦しい学生生活を過ごしていたのだ。中には三次元なんてと揶揄するものもいたが翻るスカートを目で追うことは止められぬ。スカートとニーソで挟まれた健康的な張りのある肌を見てしまうことは止められぬ。
勝の姉は3年にはもちろん2年でも有名だった。入学したばかりの1年たちにもすでに知られつつある。学内のあちこちで活動するひじひざパッドを着けた、スカートのやや短い女子生徒。気さくに話してくれるしオタク差別もしない。先生方の覚えも良い。
そんな彼女には悪癖があった。足癖が悪いのだ。ツッコミに蹴りをくれるほどではないが喧嘩に蹴り技を繰り出す程度には足癖が悪い。
その度にピラピラと翻る短いスカート。スカートから覗く白い肌。そしてその奥に潜む神秘の布──ぱんつ。
そういったものを楽しみにしていた都合20数人の男子生徒は慟哭を上げた。むっつりの彼らにニーソに戻してくれなどと言う度胸はない。そしてスカートが翻ってもまだ見えるタイツの布に絶望しながらも目を背けることなど出来ぬ。不覚にもその黒布にどぎまぎするようになるのにそう時間はかからなかった。
そして春が過ぎ暑い夏がやって来たと思ったらあっという間に秋になった。
また喧嘩が起きた。実にくだらない言い合いが殴り合いに発展する、いつものパターンだ。むっつり男子の一部はその喧嘩を遠目にしていた。彼女がやって来るのではないかと期待したのだ。
かくてその期待は応えられる。否、期待以上の応えが返ってきた。
「トウッ!!」
それは華麗な足技だった。テコンドーで言うネリチャギ。平たく言うとカカト落としだ。
決められた生徒も驚いただろうがこっそり伺っていた男子も驚いた。短いスカートが綺麗にずり落ちてタイツが露わになったと思った。しかしタイツと思ったその黒布はサイハイソックスだったのだ!
スカートの下にあったのはぱんつとサイハイソックスで挟まれた僅かな絶対領域。まさに『絶対』と言うべき最後の隙間がそこには在った。
さらにそのぱんつはしまぱむだ。青と白の太ボーダーである。
男子生徒はその光景を己が全力を尽くして記憶に焼き付けた。ぱんつと太ももの間、鼠径部の窪みまで余すことなく。
時間にして2秒あったかどうか。これまでの人生で最も長い2秒が終わった。衣は着地し後ろではいつものように勝が頭を抱えている。
男子は慌ててその場を後にする。誰にも見られない所へ行くと速攻で各種SNSへスレを立てた。特に学校裏サイトには念入りに立てた。
大半のレスは『画像もなしに……』だった。が、それ以上に衝撃だったのはすでに衣の深奥を見た者が何人もいたことだ。中には写メを撮っている猛者もいた(顔は隠れている)。いや、その事自体は知っていたはずだった。知っていたが嘘だと思っていたのだ。しかし写メまで出されては納得せざるを得ない。コラだと思うには背景も太ももの肉付きもあまりに似すぎている。
彼は自分が最初ではないことにがっかりした。しかしそれでしまぱむの価値が下がるわけではない。何より彼は非モテのヲタなのでこれが人生で最初で最後の生ぱんつかもしれないのだ。そう思うとむしろありがたみが増した。
そうだ。好みではないもののあんな可愛い子の生ぱんつを見られるキモヲタがどれだけいるのだろうか。
今、男子生徒の心にあるのはただただスカートの向こう側を見られたことに対する圧倒的な感謝のみである。
>゜))))彡
後年、衣が在籍していた3年間を知るキモヲタ男子たちは彼女をぱんつ神として語り継ぐ。
それは春一番に捲くられたスカートから覗くぱんつと同じように、実に爽やかな涼風となって彼らの心に吹いていた。
「つよきす」とか好きな俺です。2学期なんかなかったんや!