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episode4:最終話。犬小屋の正体

 しばらく見合っていた南次郎とパウだったが、日が沈み始めてやっと南次郎が口を開いた。

「お前、ホントは誰だ?」

「ばうあう」

「ホントはもっと色んな言葉が喋れるんだろう?」

「ばう・・・」

「喋ってみろよオラ!!」

 短い足でパウを蹴った。すると、パウは「イテッ」と声をあげた。

「やっぱり喋れるんじゃねぇか・・・」

「・・・・・・」

「どうしてあんな演技してた?」

「・・・・・・」

「なんとか言ったらどうなんだ!」

「うるせぇよクソペンギンが」

 急にパウの声が変わった。「ぼーちゃん」の声からはかけ離れた、ダークな低い声だった。

「なにがパウだ。勝手に変な名前付けやがって」

「・・・・・・」

「俺の本当の名前はな、「バケードタリオン」っつうんだよ」

「・・・長いっ・・・」

「・・・・・・。フン。その馬鹿頭じゃ覚えられないか?」

 バケードタリオンは思い切り馬鹿にした笑いを見せると、2本足になって立ち上がった。赤い木の屋根が割れて崩れていく。じきに小屋全てが壊れ、中から出てきたのは人間の男だった。

 その人間を見た瞬間、南次郎は固まった。

「・・・・・・! やっぱりお前・・・」

「俺がお前の人間の姿を取ったのさ、驚いたか?」

 少し吊り気味な目で南次郎を見ている。長身だ。顎鬚(あごひげ)は少し生えていて、口にはタバコを(くわ)えている。体は門佐武朗の男は近くの椅子にドカッと腰を下ろした。

「パウ・・・お前・・・」

「俺はバケードタリオンだと言っただろうが」

「じゃあ・・・じゃあお前のホントの体は・・・!?」

「お前と同じ方法で取られたんだ。誰が取ったかは知らねぇがな・・・。犬小屋の姿で街ブラついてたらお前が目に入った。「こりゃあいい」と思った。だから取った。それだけだ」

「なら俺は・・・もう人間には戻れねぇって事か・・・・・・!?」

 バケードタリオンはタバコを指で挟み、口から煙を吐き出す。そして立ち上がって洗面所に向かった。そこで灰をパラパラ落とすと、人差し指を立てた。

「方法は1つだけあるぜ?」

「なんだ!? 教えてくれ・・・!」

 もう一度口に銜えたタバコを挟むと、南次郎の顔に向けて煙を吐いた。目の前のぬいぐるみはむせて後ろに転がる。

 その転がったぬいぐるみの前にしゃがみ込むと、「同じだ」と言った。

「・・・・・・え・・・?」

 やっと咳が止まり、南次郎は手をバタつかせて起き上がると目の前の男の顔を見た。

「同じだよ、俺と。お前も人の体を取りゃあいい」

「・・・・・・」

「出来ないのか?」

「・・・体を取られた人間はどうなる? 俺等と同じようになっちまうのか・・・!?」

「どんな姿になるかは知らねぇが、そうなるのは確かだろうな」

「・・・・・・無理だ」

「あ?」

「他人を不幸に(おとしい)れてまで自分の幸福は望まん!」

 バケードタリオンは不服そうな顔で微妙に眉を動かし、テーブルにタバコの焼き跡を付けると、肩を動かして笑い始めた。

「偽善語ってんじゃねぇよ。ケツがむず痒くなるぜ、そういうセリフ!」

「偽善なんかじゃない。人の体を取るくらいなら俺が一生このままでいた方がマシだ」

「・・・それが善い奴ぶってるっつってんだよ!!」

「俺は人の体になっていい気持ちにはなれねぇんだよ! 第一気持ち悪いだろ! 他人の体だぞ? それに俺だったらもっと若いカッコイイ人の体を取るぞ!?」

「凄い矛盾してるぞ、それ・・・」

「そうか?」

 バケードタリオンは一度肩を落とすと、勢いよく顔を上げた。

「あのなぁっ! 体を取り替える事が出来るんだぞ!? 下手すりゃ・・・っつか下手しなくても女にだってなれるんだぞ!? そんな絶好のチャンスを逃すのかお前は!?」

「・・・・・・女にも・・・」

(! 気持ちが揺らいでいる!!)

 バケードタリオンはそう確信し、小さくガッツポーズを決めると続けた。

「そうだ。女にもだ。こんなラッキーチャンスはもう一生来ないぞ!?」

「だけどどうしてそこまで勧めるんだ?」

「人の不幸は蜜の味と言うだろ。他人の不幸を見るのが一番の生き甲斐なんだっ」

「・・・・・・寂しい奴め」

「何か言ったか?」

「いや、何も・・・。て事はなんだ? 俺はお前の生き甲斐の為にこんな姿になったってのか?」

「まぁ。そうだな」

 さらりと言ってのけるバケードタリオンを見て、怒った顔になった南次郎は必殺技をお見舞いした。

 と言っても明良の時と同じように「南次郎アタック!」と言って体当たりしただけだ。

「一度体が替わったらもう他の体に替える事は出来ないのかっ!?」

「いや。出来る」

「・・・・・・だったら早く俺の体返せ! 即返せ! 今返せー!!!」

 バケードタリオンは、また飛びかかってきそうな南次郎を軽く蹴飛ばした。

「慌てるな。さっきも言ったろう? 人の不幸を見るのが俺の生き甲斐なんだ。そう易々と喜ばせてたまるかよ」

「・・・お前を野放しにしとくとまた誰かが苦しむのか・・・!?」

「だろうな。・・・そうだ。お前、人にやられるまえに自分でやっちまうってのはどうだ?」

「ふざけるな! 俺にとっちゃ人の不幸なんざ生き甲斐でもなんでもないんだよ! テメェの欲望の為に人を使うのはヤメロ!!」

「フン。ならどうするつもりだ? ずっと一生このままか?」

「あぁ。明良も沙希ちゃんも許してくれたからお前の中で暮らすこともなくなったしな。このままでも不自由なく生きていけるさ」

 南次郎が自信満々にそう言うと、バケードタリオンはまた笑った。

「お前は相当なアマちゃんだな。・・・・・・本来喋るはずも無い、動くはずも無い、そんな物が喋ったり動いたりすんだぞ? 一部の人間は分かってくれたって世界の人間の大半が分かろうとなんてしやしねぇ!! それどころか気持ち悪がったり、仕舞いには沙希みてぇに包丁とかナイフとか持ち出す人間だって居る!! そうなっちまったモンの苦しみなんて分からねぇくせに・・・・・・! ・・・ソイツ等に分からせてやるんだよ。俺等の、こうなっちまったモンの苦しみを体で味あわせてやるんだよッ!!」

「それじゃエンドレスじゃねぇか! そうなっちまったら苦しみは絶えない! 誰かが自分の体だけで留まらせてないとダメなんだ!!」

「いい加減分かれよクソ野郎がッ!!!」

 バケードタリオンは南次郎の体を掴むと、思い切り顔を殴りつけた。一瞬にして床に叩き付けられる。ぬいぐるみの体の柔らかさで、一度バウンドしてから床に転がった。

「世間知らずの馬鹿野郎共がヘラヘラ笑って過ごしてんのが気に食わねぇ・・・!」

「・・・だけどっ、これは誰しもがなる物じゃない! わざわざ苦しみを広げる必要はないだろう!!」

「誰しもがなるモンじゃないからムカツクんだ!! なんで俺等ばっかりこんなに大変な思いをしなくちゃならない!?」

「俺が知るわけねぇだろ! それが運命なんだって受け止めりゃいい話だろうが!」

「お前は受け止められんのかよ!?」

「あぁもう受け止めてるさ!!」

 南次郎がそう叫んだ。いつもより更に低く地面に響くような声。

 その後、2人は荒く息をして一言も喋らず、討論は終わった。

「・・・これから、どうするつもりだ?」

 バケードタリオンが口を開いた。

「俺の・・・今はお前の体になっちまってるけど・・・。俺の体を取り戻す方法はないのか?」

「それは俺にまた犬小屋に戻れと言ってるのか?」

「まぁ。そうなるな」

「ふざけんな。あんなのに戻る気なんて更更ない」

 口を尖らせてそっぽを向いた。

「もしお前がその体から抜けたら体はただの肉叢(ししむら)になるのか?」

「・・・・・・そうだけど、肉叢ってお前・・・」

「それでまた俺が体の中に入ればいいって訳だ?」

「あぁそうだなっ! だが俺はこの体から出る気は全く無いぞ」

「だったら二次災害を防ぐ為にもテメェをぶっ殺す! 二度と動けなくしてやる」

「馬鹿だな、ホントに。体の所有者が死ねばお前も死ぬんだぜ?」

「・・・え・・・?」

「体と魂は微かな力でも繋がってんだ。だからお前は部屋を見回しただけで俺を見つけた。俺の中で暮らそうと決めた・・・」

 バケードタリオンは、南次郎の驚愕に満ちた顔を見るとケラケラ笑い出した。

「なんだよその面!? お前が死んだらぬいぐるみは元に戻る。動かなくなるんだ。だったら俺が他の奴の体を取った方が他人事でいいだろ?」

「・・・だから・・・俺はその考えが好かないんだ!! これでも喰らえ!!」

 南次郎はそう叫んで構えると、バケードタリオンに向かって凄いスピードで飛んでいった。

「南次郎のスピンスッピンボコボコパーーンチ!!」

「なんじゃそりゃ・・・あぐッ!」

 空飛ぶぬいぐるみのパンチは、見事バケードタリオンの顎に命中した。そのまま後ろへ倒れ、南次郎もその上に着地する。

「油断してると・・・舌噛むぜ?」

 思いっきりカメラ目線でそう言った。

「・・・い・・・いてぇ・・・」

「参ったか、ボケードタリオン!」

「バケードだ!!」

「・・・今まで・・・何人の体を取ってきたんだ・・・?」

「5人だな。お前は記念すべき5人目の被害者さ」

「・・・・・・俺の体はくれてやる。だからもう人の体を取る事はやめろ」

 バケードタリオンは目を伏せて黙り込んだ。南次郎が何か言おうとした時、下から沙希の声が聞こえた。

「南次郎ー!」

「沙希ちゃんだ」

 南次郎はいそいそとバケードタリオンの上から下りた。ジャンプしてドアを開けようとした時ふと振り向き、手を顔の前に出して言った。人間で言えば人差し指を立てている状態だ。

「いいか? 次誰かの体を取ってでもしてみろ。今度こそお前の息の根止めてやるからな!」

 まん丸の黒いおめめで迫力無いながらも睨んだ。そしてフイと後ろを向き、ドアを開けて階段を降りていった。

 部屋に1人残されたバケードタリオンは、「チクショウ!」と叫んで床を殴った。

「・・・なんだよ。自分ばっかカッコつけやがって・・・!」

 ピョコタンピョコタンジャンプしながら階段を降りていき、沙希の目の前で止まった。

「なんだ? 沙希ちゃん」

「ねぇ、南次郎のご飯って何?」

「・・・・・・そうか。飯が食えねぇんだ・・・」

「綿でも突っ込んどくかー?」

 後ろで明良が笑いながら言った。

「綿菓子なら大歓迎だけどな。ただの綿は嫌いだ。俺はマスコットじゃないんだ」

「同じようなモンじゃねぇか」

「どうするの? ご飯」

「まぁ飯っつっても・・・今まで何も食ってなくたって腹減らなかったし、大丈夫だ。盛岡兄妹だけで済ましてくれ」

「えー。いいの? なんか罪悪感が・・・・・・」

「いいのいいの! おじちゃんは放って若い2人で食え」

 南次郎は顔の前で手を振り、再び上へ戻っていった。部屋のドアを開けると、もうそこにはバケードタリオンの姿は無かった。

「居ない、か。俺の体で終わりにしてくれよ・・・?」

 誰も居ない空間に向かって、問いかけるように言った。遠くで車のブレーキ音が聞こえた。

「おーい南次郎、やっぱり一緒に・・・・・・」

 部屋の真ん中でぬいぐるみは転がっていた。しかし何か様子がおかしい。

「・・・・・・南次郎? 寝てんのか?」

 明良はぬいぐるみの近くに行き、その体を揺らした。すると手がピクリと動いた。

「おい、どうしたんだよ?」

 南次郎はただのぬいぐるみになりかけていた。遠のく意識の中、頭の中ではバケードタリオンの言葉が木霊していた。


 "体の所有者が死ねばお前も死ぬんだぜ?"


「なぁ南次郎!? なんだ、もう寿命か? 早ぇなぁ」


 "死ぬんだぜ?"


(死んだのか・・・・・・。まぁなんだかんだ言ってもぬいぐるみの視点での世界を楽しませてもらったし・・・)

「おいギャグ言ってんだからツッコミ入れろよ」

(でも・・・せっかくコイツ等と仲良く暮らせると思ったんだけどなぁ・・・・・・・・・・・・)

 その瞬間、南次郎はただのぬいぐるみになった。明良もその異変を感じ取ったようだ。さっきよりも激しく揺さぶった。

「・・・なんなんだよ! 起きろよクソペンギン!! エロジジイでも助平ジジイでもいいから! なんか言えよ!」

 その日、テレビには48歳の男と車が衝突事故を起こしたと言うニュースが流れた―――。





『俺は南次郎。沙希ちゃんが付けてくれた名前だ』





『俺は南次郎。ペンギンのぬいぐるみだ』





『俺は南次郎。』










『48歳。南次郎』




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