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episode2:第一の名前!門佐武郎

 ペンギンのぬいぐるみが来てから3日が経った。

(うおぉぉぉ!! 沙希ちゃん気に入ってきたぜ! あの子は可愛い!)

 ぬいぐるみは無言でガッツポーズを決め、こちらをクルリと向いた。

「・・・申し遅れた。俺はペンギンのぬいぐるみだ! ワケあってペンギンのぬいぐるみになっちまった! 理由は俺にも分からん!!」

 今、このぬいぐるみは沙希と言う女の部屋で過ごしている。沙希はコイツが喋るぬいぐるみだと言うことは知っている。だが自分の部屋に住みついてるだなんて微塵も思っていないだろう。

 ぬいぐるみの今の家は、何故か沙希の部屋の片隅に置いてあった喋る犬小屋だ。

 しかし喋ると言っても「ばう」としか言わない。それも鼻がつまったような、クレヨンしんちゃんの「ぼーちゃん」のような、そんな声だ。

(・・・む! 誰か来た!)

 誰かが沙希の部屋のドアを開けた。

「沙希・・・?」

 今ドアを開けた男。彼は沙希の兄だ。この兄もぬいぐるみが喋る事を知っているが、彼の中では「夢」と言うことで終わっている。勿論自分の家に住みついてるなんて全く知らない。

「・・・? っかしいな。さっき物音がしたような・・・」

(ヤバイ! バレる!?)

「空耳か?」

 兄は首を傾げて出ていった。

(・・・・・・セーフ・・・)

 ぬいぐるみは短い手を極限まで伸ばしてセーフのポーズを取った。

「なぁ犬小屋、お前名前は無いのか? 無いと呼び辛いぞ」

「ばう」

「お前はホントにそれしか言わないな。じゃあ俺が付けてやるぞ」

「ばう」

「うーん。そうだなぁ・・・。ばうってばっかり言ってるから「ばばぁう」!」

「・・・ばうッ!!」

「うわーー! ヤメロ! 分かった! 悪かった!! ばばぁうは無いよな!! 分かったから壊すのはヤメロ!! 俺の唯一の住み家なんだ!!」

 土下座をしてお願いすると、犬小屋は怒るのを止めた。

「じゃあ・・・。パウ! どうだ? まともな名前だろう?」

「ばうばう!」

「お! 気に入ったか! よし、パウ!」

「ばうあう」

 今まで「ばう」としか言っていなかった犬小屋―――パウ―――が「ばうあう」と言った。これはぬいぐるみに取っても嬉しい出来事だった。

「お前・・・今ばうあうって・・・! 凄い! 新しい言葉が言えるようになったんだな!? よし、その調子でドンドン覚えろ。最終的には俺とお話ししよう!!」

「ばうあう」

 どうやら育成シュミレーション風犬小屋のようだ。

(面白い! 沙希ちゃんはなんでコレを持ってたんだ!?)

「沙希!?」

「うわっちょ!!」

 またさっきの兄だ。急に開けられたので、ぬいぐるみもさすがにビックリして声を出してしまった。

「・・・うわっちょ・・・? あれは絶対に沙希の声じゃないな・・・。誰か居るのか!?」

(んなもん鬼ごっこの途中に止まれって言ってるようなもんだ。居るのかって聞かれて返事する馬鹿居るはずねぇだろ。このバーカバーカ・・・)

「ばうあう」

(・・・返事してるよ、コイツ・・・。パウ、お前は馬鹿なのか?)

「あぁ、ポチ太郎・・・」

(ポチ太郎!? 普通にポチだけで良くねぇ!?)

「変な人とか見たか?」

「ばうあう」

「ばうばう?」

「ばうあう」

「ばう?」

「ばうあう」

「ばうばう」

「ばうあう」

「そうか、見てないのか」

(会話してる! コイツばうあう言って会話してるっ!!)

「チクショウ、誰が居やがんだ?」

 兄はベッドの下や机の引き出しなど、ありとあらゆる所まで探っている。

(おいおい、レディの部屋をそんな勝手にさばくるなんて男としてどうなんだよ。おぉ? 青二才よぉ)

 お前も人の事言えないだろ、とツッコミたくなった時、ずっと下を向いていた兄が急に顔を上げた。

「! もしかして・・・あのペンギンのぬいぐるみかっ!?」

(ゲッ・・・バレた!?)

「やっぱり夢じゃなかったのか・・・!?」

(いや、夢だ! お前は何も見ていないんだ! 勘違いするな!)

「ポチ太郎! 本当の事を言え! お前は何か見たか!?」

(だからさぁ、コイツはばうあうしか言わねぇっつうのに・・・)

「ばうあう」

「ばう!」

「ばうあう」

「ばうばうばう〜」

「ばうあう」

「見た? 見たんだな? ソイツはどこ行った?」

(うそっ!?)

「ばうあう」

「何っ!」

「ばうあう」

「フムフム。よし、分かった。ありがとう!」

(分かっちゃったのかよ!! 絶対適当だと思ってたのに!!)

 兄は部屋を出ていった。

「・・・パウ? お前、兄に嘘付いたのか?」

「ばう」

「そうか。助かったよ、サンキュー」

(って・・・俺もコイツと会話しちゃってんじゃん)

「もう逃げられないぞ!!」

「だびょーーん!!」

 再度兄が急に入ってきた。ぬいぐるみはまた変な言葉を発してしまった。

「今度こそ聞こえた! お前は・・・」

(ヤバイ! 気付くな! 気付くなッ!!)

「そこだっ!!!」

 兄は確実にパウの方を指差していた。

(バレた・・・・・・)

「観念して出てこい! もう隠れたって無駄なんだ!!」

(・・・マジかよ・・・)

「早く! 出てこないとお前の家族を殺すぞ!」

(あぁぁぁ! 止めてくれ! それだけは勘弁・・・仕方ない、出ていくか・・・)

「早く出てこい!!」

 兄は手を伸ばした。

(うわぁっ! いじめる気だ! 俺をいじめる気だ!!)

「ホラ早く!」

 だが兄が手にしたのはパウの後ろの棚だった。

(・・・・・・あれ?)

「ふっふっふ・・・。最後に言いたい事はあるか! 俺も鬼じゃない。聞いてやってもいいぜ」

(・・・コイツ、アホだ)

「どうした! 言ってみろ!! ・・・無いんだな!?」

(・・・・・・大丈夫だ。お前のアホ面はちゃーんと拝んでやる)

「さぁ、出でよ、クソペンギン!!」

 兄はカッコ付けて勢いよく開けた。しかしその中には沙希の私物が入っているだけで、兄の言っていた「クソペンギン」なんて物はどこにも無かった。

「・・・あ・・・あ、あれ?」

(ぎゃあはははははッ! バカだコイツ! バカだコイツーー!!!)

「なんで居ないんだ・・・? ポチ太郎! お前嘘ついたな!?」

「ばうあう」

「うるさい! 言い訳するな!! お前なんかっ・・・」

 興奮状態だ。こうなってしまっては手のつけようがない。兄はパウを持ち上げようとした。

「ばう! ばうあうっ!」

「うわっ・・・ちょちょちょー!!!」

 持ち上げたパウを傾けたため、兄の足元にペンギンのぬいぐるみがポテッと落ちた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・ばう」

「なっ・・・なっ、なっ、なっ・・・」

「くしゃみか? 出せ。ホラ、出せ」

「なっ・・・なんでお前まだ居んだよッ!!!」

 兄が怒鳴った。口から出された風と足によって起こされた地響きで、ぬいぐるみは「あーりまー」と言って飛んでしまった。またも壁に当たってその場に落ちる。

「・・・も、物は大切にと習わなかったか・・・?」

「なんで居んだよ!! しかもなんで沙希の部屋に・・・!」

「・・・・・・。気にするな。坊主、タバコ買ってこい」

「ふざけんなッ!!! ぬいぐるみがスパスパタバコなんざ吸っていいと思ってんのか!?」

「俺は元は人間だったんだ。昼寝してたら何故かぬいぐるみになっちまったんだよ」

 ぬいぐるみはいつの間にかタバコとライターを手にしていた。カチカチと何回か音を鳴らして火を付ける。

「まさか・・・まさかお前・・・! 沙希に何もしちゃいないだろうな!?」

「馬鹿か、お前は。あんな小娘。・・・まぁ、ちょっと着替えは見させてもらったけどさ。えへ・・・えへへへ。ぐへへ・・・」

「こんのエロクソペンギンがぁぁッ!!!」

「げふぅっ!!」

 兄はぬいぐるみを思い切り蹴飛ばした。

「・・・も・・・物は大切にと・・・」

「ライター貸せ」

「・・・・・・えぁ?」

 首が無いので体ごと兄を向く。そうしてる間にライターを奪い取られた。

「あ・・・俺のライター・・・か、仮面ライター・・・」

「安心しろ、一気に燃やしてやる」

「もっ、燃や・・・!?」

「おう。お前みたいに子供に悪影響なぬいぐるみは放置しとけるワケが無いだろ。ホラ、外に出ろ」

「まっ待て! ダメだろう! それはちょっと・・・」

「何がダメなんだ! お前がこの世に居る方がもっとダメだろ! 喋るぬいぐるみが街出歩いてみろ! みんな地震時並みにパニくるぞ!!?」

「ダメっつったらダメ!! ほら、なんつったっけ? その、えっと・・・だ、ダダダダイオキシンとかさっ! そ、それに・・・お前、俺の事勝手に拾ったんだぞ! そんで勝手に自分の家に連れてきて、最後は勝手に俺の人生終わらせようってのか!? そんなの勝手が過ぎるだろう!!」

「・・・・・・まぁ・・・確かにそりゃそうだけどさ」

(素直だな、おい。このまま行きゃあココに住ませてもらえるかも・・・)

「だけどな!」

 ぬいぐるみが考えていると兄が怒鳴った。

「な、なんざましょ」

「人の妹の着替え姿を勝手に見た事の罪は重い!」

「・・・ハイ」

「よって・・・」

「・・・・・・」

「・・・ばうあう」

「・・・やっぱ処刑だな、うん」

「ちょっと待てコラ!! 頼む! 殺さないでくれ!」

 ぬいぐるみはその場で土下座した。と言ってもそのままうつ伏せに寝転んだだけだ。

「殺さないでくれ、か。だったらその誠意を俺に見せな!」

「誠意・・・ですか」

「あぁ。信用できない奴を家に置く程までは心広くないもんでね」

(・・・弱いぬいぐるみを燃やそうとした奴がよく言うぜ・・・なーにが「までは」だ!)

「早くしろよ! 行動次第では即燃やすぞ」

「あぁぁ! ハイ! いやぁーご主人様、私ねぇ、お料理することが出来るんですよぉ。魚の氷漬けとか氷の魚とか魚氷とか・・・」

 ぬいぐるみはゴマスリポーズでそう言った。全て同じメニューだ。そして全て常人の食べれるものではない。

「・・・それしか出来ねぇのかよ」

「いえいえいえいえ! とんでもない! 面白い物もお見せすることが出来るんですよー! 氷魚のワン転がしとか氷魚の野球とか氷魚のゴルフとか・・・」

「なんだよ、氷魚のワン転がしって・・・」

「すみません、間違えました。氷魚のフン転がし・・・」

「もういい! ヤメロ!! ・・・お前誠意の意味間違って覚えたんじゃねぇ?」

「年上に向かってお前とは何だ!」

「・・・おー? そんな口聞いていいのかなぁ? 燃やしちゃおっかなぁー」

「ごめんなさい。許してください。私が悪ぅございました」

「・・・・・・まぁ・・・。悪い奴じゃあなさそうだしな・・・。だけど沙希の意見も聞かないといけないだろ。アイツが帰ってくるまで待て。それまでお前の事は保留だ」

「イエッサーでございまっさー!」

 ぬいぐるみは敬礼になってない敬礼をすると、勢いあまって後ろに倒れた。

「・・・ところでお前、名前は?」

「俺の名前は藤原(ふじわらの)門佐武郎(もんざぶろう)だ!」

「誰!? いつの人!? っつかどーゆーネーミング!!?」

「現代の人に決まってんだろう」

「門佐武郎・・・なんか呼び辛いな・・・」

「仕方ないだろ、そういう名前なんだから」

「でもなぁ・・・ペンギンに門佐武郎は無いだろ・・・」

 そう言うと兄は下を向いて考え始めた。

「お前の名前は?」

「・・・俺? 俺は盛岡(もりおか)明良(あきら)だ」

「明良か・・・。なぁ、明良!」

「なんだよ」

「門佐武郎よりいい名前だな!」

 爽やかに笑ってそう言った。だが明良の反応は違った。

「黙れ、お前」

 そう言ってまた考える。

「・・・まぁいっか。沙希に考えさせとけ」

「なぁなぁ! 沙希ちゃんって可愛いなぁ!」

「そ、そうか? 分かるか・・・? 可愛いだろう!? お前センスいいじゃねぇか! もう自慢のいも・・・」

 明良はハッとした。その途端、顔が真っ赤になる。それを見て門佐武郎はニヤリと笑った。

「おーう、どうしたぁ? もっと言えよ、明良〜」

「黙れペンギン!!」

 門佐武郎はまた明良に蹴り飛ばされた。



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