この不整脈はお酒のせい
ずっと片思いだった。
最初はただ綺麗な子だな、という印象しかなかった。たまたま席が近くになって話すようになって、分かったことは意外と変な子。どこかずれているけどそのズレが面白くてクラスでも結構人気だった。頭もよくて将来医者になりたいと言っていた。地頭がいいだけじゃなくちゃんと努力もしていたけど、それを他人に見せることは一切しなかった。私は偶然知ってしまったけど、あれは先生があの時間まで手伝わせたのが悪い。
私は段々と彼女に惹かれていった。どこで親友から恋人に感情がスライドしていたかなんてわからない。それくらい自然に好きになっていた。でも、彼女に伝えることはしなかった。この関係のまま終わりたかったから、自分から彼女を遠ざけた。
中3の卒業式、寄せ書きに書いた言葉が全て。それっきり会うことはしなかった。元々卒業後に引っ越す予定ではあったのでちょうどよかった。連絡先もどこの高校に行ったかも教えなかった。これでいい、これでよかった。
私は今、セントラルスポーツのインストラクターをしている。元々体を動かすことが好きだったけど、何か一つのスポーツだけという訳ではなくただ漠然と体を動かすことが好きってだけだったから、先生に進路の相談をしたときにそういう道もあると教えてもらいそうなった。
経緯はそうだけど、今思えば理由は少し違っていたかもしれない。体を動かすのが好きなのは変わらないけど、高校に入ってからはそうしている時は何も考えなくてよかったからというのが付け足されていた。自分から遠ざけたくせにいつまでたっても忘れないなんて、何処までも馬鹿で未練がましい奴だ。こんな奴の親友をやっていた彼女は、聖人か何かだったんじゃないかとすら思えてくる。自分がこんなに面倒くさい奴だとは、30年近く生きてて初めて知ったよ。
「もう少しで、終わりますよ!頑張って!はい、3、2、1、終了!お疲れさまでした!」
今日のコースも終わった。時刻は9時くらい、私のコースが最後だった。
このセントラルでは昼の部と夜の部に分けてコースが組まれている。昼の部は言わずもがな年配のお姉様方ばかり、逆に夜の部は仕事帰りの人やたまに学生さんもちらほら見受けられて昼より年齢層がぐんっと下がる。ましてや最後のコースなんてご年配や学生はおらず、私前後くらいの年齢の人が数人くらいだ。私は夜の部が多いので、この時間帯の人は大体固定で顔も覚えている。
その中で、見慣れない人が一人いた。長い黒髪を一つに結って時間ぎりぎりに入ってきた人。背筋はピシッとしていて、初めてながら私のレッスンに最後までついてきていたので定期的に運動はしているんだろうと思った。あの子に顔立ちや雰囲気が似ていたけど、きっと他人の空似だろうと気にしないようにした。
「あの、桃川湊富さんですか?」
「え、あ、はい、そうですけど?」
私がスタジオの片づけをしていると、今日のご新規さんが声をかけてきた。近くで見ると綺麗な顔立ちをしている。こんな人だったら引く手数多だろうなと、仕事終わりの疲れた頭でもそう考えるほどに綺麗だった。
「あの、朝開中学で一緒だった一ノ蔵姫瞳です。覚えて、いますか?」
「え?」
ドクンッと心臓が鳴って、一瞬頭が真っ白になった。そのせいだろう、私の口は無意識に動いていた。
「う、うん。覚え、てる」
「よかったー。ここで会えるなんて偶然だね!あっ、ねね、今日もう仕事終わり?」
「うん。ここ片づけたら終わり」
「じゃあさ、呑みにいかない?」
ここで断ればよかったのに、中学生の私から逃げんなと言われた気がしてつい頷いてしまった。
週末ということもありチェーン店くらいしか入れそうな所がなかったので、適当な店を選んで席に着きタッチパネルでお酒とおつまみを注文する。
「かんぱーい!」
「乾杯」
彼女は豪快に喉を鳴らしてビールを流し込んでいる。私はそんなに強くないのでカシオレを二口程飲んでテーブルに置いた。
「ぷはー!仕事終わりのビールが沁みる~!」
「おっさんみたい」
「失礼な!いくら毎日おじちゃん、おばちゃんを診てるからって私はまだお姉さんでいたいんだー!」
もう酔ったのか?と思うくらいの勢いで一息でまくしたてる。
「どうどう。そういえばさ、仕事なにしてるの?」
「えへへー、念願の医者になれました!」
右手をブイッと突き出して屈託のない笑顔で告げられる。その笑顔が中学生の姫瞳に重なって、少し胸が痛くなった。
「夢叶ったんだ。おめでとう」
「———————ありがとう。でもさ~、実際なってからの方が大変だね」
「それはどの職業でも同じじゃない?」
「そりゃあそうなんだけどさー、聞いてよ!」
そこからは愚痴大会。私もお酒のせいもあるのか、日頃の不満とかそういうのが泉のように口からこぼれていった。
「でさ、おじいちゃん先生に相談したら俺が研修医の頃はって、お前が研修医だったの何十年前だって話よ!今じゃその治療意味ないって言われてんだよ!文献読めよ!」
「わかるわー!体づくりとかも昔と今じゃ違うってね!それでも頑固な人は聞く耳持たないからね~」
「それな!」
どっちも人間の体を扱っている点では似ている所もあるのかもしれない。昔と常識が変わっていたりするなんてザラだ。今じゃ体育座りも内臓が圧迫されてよくないってことで、胡坐とかを推奨しているくらいだ。
そんなこんなで話が盛り上がり気が付いたら、飲み放題もラストオーダーの時間になってしまった。
「最後、何飲む?」
「ん~じゃあ、さっき湊富が飲んでたやつ」
「グレフル?」
「ん」
グレフル1杯と、私は緑茶でいいや。それにしても彼女はまだ飲めるのか。結構酔っぱらっている感はあるけど、ちゃんと帰れるのだろうか?
「あざしたー!またおこしくだしゃっせー!」
割り勘で会計を済ませて外に出ると、店に入る前より寒くなっていた。
「ほら、ちゃんと自分で歩いてよ」
「んえ~?おんぶ~」
「こんなでっかい赤ちゃんはおんぶできません」
「ぶー」
ぶーたれてもしません。このまま帰すことはできないので、とりあえずタクシー呼んで家に送り届けよう。
「姫瞳、家どこ?」
「んー?あそこー」
「どこよ」
「あれあれ、あのでっかいマンション」
あれそこそこ高いとこじゃん。地元でも小金持ちが住むようなマンションだ。医者だとそれくらい楽にいけるんだろうなー、すごいなーと小学生並みの感想を頭の中で並べていると不意に耳元で声が聞こえた。
「ね、あたしの家で吞みなおさない?」
「〰〰〰ッ!?!?!?」
肩は大きく跳ねたけど、不意打ちで声を出さなかった私を褒めてほしい。
だって耳元で熱っぽい吐息交じりの囁きされてみ?しかも初恋の人ぞ?お酒が入っているとはいえ、例え初恋の人じゃなくてもそんなことされたら、俺の事好きなんじゃね?って勘違いするよ。
「よ、酔っぱらいの誘いには乗りません!」
「えー?じゃあ、——————酔ってなきゃいいの?」
さっきまでの酔っぱらいの声じゃない少し低めの声、お酒で少し潤んだ目に見つめられる。
呼吸が止まる。心臓がドクドクと音を立てる。これはお酒のせい、ただの不整脈。おかしいな、今日は酎ハイ2杯しか飲んでないのに頭が働かない。
「—————なーんてね!でも久々に会えたからもうちょっとだけ話したいなーって、ダメ?」
「………………まあ、話すだけなら」
不整脈はいつの間にか治まっていた。
「顔認証…………」
「そうなのー。セキュリティーばっちり!」
エントランスに顔認証、自宅の鍵は指紋認証と鍵やパスワードは一切必要ないみたいだ。ハイテク過ぎてここだけ次元が違う気がしてきた。
「ただいまーっていっても誰もいないけどね。適当に座っといて」
「お邪魔します」
家に来てしまった。なぜ私は来てしまったんだい?自然に上がってしまったんだい?送り届けたらちょっと話して帰るんじゃなかったのかい?
「はい、生茶。好きだったよね?」
「ありがとう。覚えてたの?」
「うん。ずっと覚えてたよー」
彼女と親友だったころ私が何気なく言ったこのお茶が好きだという話、なんてことない印象にも残らないような会話。ジュースでも何でもないただのお茶、そんなことを覚えていたと。
彼女が私が座っている二人掛けのソファの反対側に座る。ソファの振動がお尻越しに伝わる。座った彼女は喉を鳴らしてほろよいを飲んでいた。なぜだかその姿をじっと見つめてしまった。
満足したのか、私の視線に耐えきれなくなったのか缶を机の上にコトッと置いてこちらに顔を向ける。
「そんなに見られたら飲みづらいよ。飲みたかった?」
「ごめん。別に、生茶がいい」
「そか」
話をするといったのにそこから無言になってしまった。
沈黙を破ったのは彼女だった。
「ねえ、何で卒業式の日、高校も連絡先も教えてくれなかったの?」
「それは…………」
何も言えなかった。
言ってしまったら、寄せ書きのことまで洗いざらい言わなくてはならないから。後悔した、あの時昔の自分の言葉に従っていなければまだ逃げれたのに、それをしなかった。だから今追い込まれてる。逃げ場がない。
「心臓、すごい音してる」
「———————ッ!?」
いつの間にか彼女が私の傍にきて、私の胸に手を当てていた。
「あ、また早くなった」
「え、えっと、不整脈かな!私、たまになるんだよね!」
自分でも医者相手に何を口走っているんだと思ったけど、出てしまった言葉は戻らない。
「じゃあ、ちゃんと診察しないとね」
「えっ!?ちょぉ、何でシャツに手ぇかけてんの!?」
「今聴診器ないから直接聞こうと思って」
「いやいやいやいいって!暫くすれば治るから!」
「だーめ。不整脈はね、なってるときに診ないとわかんないんだよ?」
「そうだとしても!」「湊富」
真剣な声に、眼差しに、弱弱しい抵抗の手が止まる。
まっすぐ見つめてくる彼女から目が離せない。金縛りにあったみたいに体が動かない。私のシャツにかける手を振り払えずに、彼女のなすがままになる。気づいたら胸を開けされて、彼女の顔が当てられていた。
「ふふ、心臓の音すごいね」
「お酒飲んだから」
「2杯しか飲んでないよね?」
「下戸なので」
「トイレもたくさん行ってたから代謝は悪くないと思うんだけどなー」
「う」
うまく誤魔化せない。お酒を飲むと体質的にすぐ赤くなるけど、翌日残ることは滅多にない。ただ、皆のようにうまく吐けないから呑みすぎると気持ち悪いのがずっと続くので、ソフトドリンクをたくさん飲んで出すという手段になった。これは大学の時にやらかしてから学んだことだ。
それから何も会話がなくなってしまった。気まずいやら恥ずかしいやらで、私の心臓はドキドキしっぱなしだ。
「あたしね、あの寄せ書きの言葉ずっと考えてた。考えれば考えるほど何でってなった。あたしも、好きだったから」
「ぇ?」
声がかすれて音になっていたか分からない。
好き、だった?浮かれるな、好きだってのは親友としてだろ?私の好きとは違うはずだ。それに、その思いはあの日の卒アルに置いてきたじゃないか。
急に彼女は顔を上げて、堰を切ったように話し始めた。
「初恋、だったんだよ。なのに湊富はあたしに言うだけ言ってバイバイなんて、自分勝手もいいとこだよ。探そうにもどこに行ったのかも知らないし、連絡先も交換しなかったし、担任に聞いても個人情報だからって教えてもらえなかったし。何でもっとちゃんと聞こうとしなかったのかって後悔した。諦めて忘れようとして必死に勉強したけど、そのおかげで医者になれたけど!湊富が、忘れられなかった!!大好きだったから!!ずっとずっと、大好きだから!!!」
信じられなかった。彼女も私と同じ気持ちだった。
ずっと片思いだと思ってた。叶わない恋だと思ってた。何年かかった?何で私も忘れらなかった?そんなの決まってる。
「私も………私もずっと、姫瞳のこと、大好きだった。親友のまま、いい友達のまま終わりたかった。あの関係を、壊したくなかった。だから、自分から距離とったのに、ずっとずっと、忘れられなかった」
言ってて情けなくなった。段々と視界がぼやけて、姫瞳の顔が見えなくなる。
「スポーツインストラクターになったのも、体を動かしてるときは何も考えなくていいから。好きだったことすらただの忘却の道具にした。それでも、忘れられなかった。美味しそうなものを見て姫瞳はこういうの好きだったなとか、雑貨みてもこれ似合いそうだなとか、どっかで必ず思い出してた」
思い出して悲しくなってた。自分から区切りをつけた癖に、ずっとずっと心のどこかにいて隙をみてはひょっこり顔を出す。
「大好き。あの頃からずっと大好き!今まで逃げててゴメン!私と、付き合ってください!」
言葉と同時に勢いよく頭を下げる。思いがあふれた。
ぼやけた視界のまま数年の、いや体感それ以上の思いをぶつけた。涙が止まらなかった。
「湊富」
呼ばれて顔を上げると、ハンカチで涙をぬぐってくれた。久々に晴れた視界に、涙目の姫瞳が映った。
「何年探したと思ってるの?」
「う」
「あの頃の事、あたしまだ怒ってるから」
「ご、ごめんなさい」
怒られて俯く。過去の臆病な私には後で説教しておきます。
「もういいよ。それはこれから償ってもらうから」
「………へ?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女から手を差し出される。
夢かと思った。しかし、彼女の握った手の熱さが現実だと教えてくれた。
「あたしたちずっと片思いしてたんだね」
「うん。長かった………」
「湊富のせいだけどね」
「う、反省しております」
結構根に持っていらっしゃる。まあ、徹頭徹尾私が悪いので何も言えない。
「ぎゅーっとしてもいい?」
「うぇ!?あ、うん」
「じゃあ、ぎゅー!」
ぎゅーっとされて気づいた。私、前はだけたまんまだ!姫瞳のサラサラの髪が肌着越しにお腹に当たってこしょばゆい。ああ、また心拍数が上がる!
「まーたドキドキしてる」
「だだだって、私はだけたまんまだったし!」
「あーそういえばそうだったね。えいや!」「わっ」
いきなり私の頭を引き寄せて、姫瞳の胸に押し当てられた。うわ、柔らか……じゃなくて何で!?混乱している私に、彼女はさらに胸を押し当ててくる。すると自分じゃない心臓の音がはっきりと聞こえた。
「聞こえる?」
「うん、すっごい音してる」
「えへへ、湊富とおんなじだね」
「うん」
姫瞳の鼓動が心地よくてその日は、二人で抱き合ったまま寝てしまった。
湊富の第一印象は静かな子。
教室で特に目立ってはいなかったけど、皆よりどこか落ち着いていて少し中性的な子。友達と話していても無意識に目で追うことがあった。席替えでたまたま近くになって話すようになると、意外と面白い子だった。体を動かすことは好きだけど、特に好きなスポーツはないので部活にも入っていないと変わったところはあったがそれ以外は特に普通の子。それにあたしが少しズレたことを言っても、「そんなこともあるよね」って軽く流して深くは突っ込んでこない。否定もしないけど、肯定もしない。その距離感が心地よかった。
あたしは努力を他人に見られるのが好きじゃない。別に見せるものじゃないし、それがテストの結果として出てくるからそれでいいと思ってた。でも、そのせいなのか皆はあたしが最初からなんでもできるって思ってる。勉強に関しては毎日コツコツやっているからで、運動にしても小さい頃に習い事をしていた名残で筋トレを日課にしていてある程度体の使い方が分かっているだけ。これは誰にも話したことはないし、話す必要もないと思っていた。
あの日、偶然彼女に会うまでは。
「一ノ蔵さん?」
「桃川さん?」
あたしが空き教室で勉強をしていると、教室の扉の所に桃川さんがいた。彼女は特に驚いた様子もなく「勉強?」と訊きながらこちらに向かってきた。
「うん。桃川さんは?」
「ちょっと先生の手伝いに駆り出されてた」
彼女は帰宅部でたまに先生から頼まれごとをされて、放課後手伝っていることがあると言っていた。本人も特に嫌ではないし、先生も頼みやすいんだそうだ。
「お疲れ様」
「ありがと」
「これから帰り?」
「うん」
「じゃあ、あたしも帰ろうかな」
「いいの?」
彼女はノートを指さして、勉強はいいのかと目で問いかけてきた。
「ちょうど行き詰ってたし、家に帰ってからやるよ」
「そか。じゃあ一緒帰る?」
「……うん!」
誰かと帰るのは久しぶりな気がした。中学になってから周りは部活に入っていたから、帰宅部のあたしは必然的に一人で帰ることが多かった。勉強も普段は家に帰ってからするけど、今日は偶々学校でやっていきたい気分だったから先生に許可をもらって誰も来ない空き教室を使わせてもらっていた。
「お待たせ!」
「ん、帰ろ」
帰り道はいつも教室でするような他愛ない話。ちょくちょくふざけたり、あれが好き、これが嫌いとか。
「あのさ、あたしが勉強してたの意外じゃなった?」
「何で?」
「だって、他の皆はあたしが何もしてなくて頭いいようにみえるって」
「んなわけないじゃん」
初めて彼女から否定された。それも心底不思議そうに。
「小学校までなら分かるけど、中学になるとそれは通用しないって。勉強してないと落ちてく奴は勝手に落ちてく。成績がいい人は必ずどっかで努力してる。一ノ蔵さんみたいに。それに、ノート見れば工夫してるの分かるし、よく先生に質問しにいってる。どっちも今まで積み重ねたものがないとできないこと。一ノ蔵さんは隠してたみたいだけど、見る人がみれば頑張ってるって分かるよ。一ノ蔵さんはすごいね」
そんなことを言われたのは初めてだった。
今まで、勉強するのも努力するのも当たり前だって思ってた。成績が上がって褒められることはあっても、努力を誉められることはなかった。
「ありがとう」
「?思ってることを言ったまで、お礼を言われるようなことは言ってないよ」
「ううん。こんなこと言ってくれたの、桃川さんが初めてだよ」
「そう?」
「そうだよ」
桃川さんはまだ不思議そうな顔をしていたけど、数秒後には「まあいっか」といつもの顔に戻っていた。
普段は他人のことに深く踏み込もうとはしないのに、たまに心の隙間にすっと自然に入り込んでくる。嗚呼、この子ともっと仲良くなりたいって思った。
「ねね、湊富って呼んでもいい」
「いいけど?じゃあ、私も姫瞳って呼んでいい?」
「いいよ!これからもよろしくね、湊富!」
「こちらこそよろしく、姫瞳」
あれから今まで以上に話すようになったし、二人で遊びに行ったり、一緒に勉強したりしていくうちに親友と呼べるような仲になった。それがずっと続くと思ってた。
あの日までは。
卒業式が終わって、皆が浮かれたり別れを惜しんでいる中でもあたしたちはいつも通りだと思っていた、
「ねえ、寄せ書き書いて!」
「んーいっちゃん最後がいい」
「なんでー?」
「列出来てんじゃん。私は最後でいいよ。待っててあげる」
「むー分かった!んじゃ待ってて!」
「いてらー」
クラス全員と卒アルに寄せ書きを書いたり、書かれたり。湊斗もその間、他のクラスに行ったり今のクラスの子と話をしたりと特に変わった様子はなかった。
「遅くなってごめん!」
「いいよ。じゃあ貸して」
「うん!あたしにも貸して」
「はい」
人もまばらになった教室で卒アルを交換し合う。
あたしはまだ書いている途中だったけど、湊斗がぱたんと卒アルを閉じた。
「はい」
「はっや!もう書いたの!?」
「うん。ここじゃ恥ずかしいから絶対家に帰ってから見て」
「えーなんでさー?」
「何ででも。私の書けた?」
「もうちょい!」
湊富に遅れること数十秒、書き終わったので卒アルを返す。彼女はそれを満足そうに受け取ると、すぐにカバンを肩にかけて教室を出て行こうとする。
「私これから予定あるから帰るね」
「あ、待って!」
「ん?」
「高校、結局どこにいくか教えてくれないの?」
「ああ、大したとこじゃないよ。姫瞳とは違う高校だし」
「えーじゃあ猶更知りたい!放課後会ったりとかしたいじゃん!」
「———————ここから遠いし、それは無理かな」
「え?」
「じゃあね、バイバイ」
「あ、バイ、バイ」
いきなりすぎて頭が追い付かず、引き留めることも何もできずに、ただ別れの挨拶をオウム返しすることしかできなかった。
”医者になる夢、叶うよう祈ってる。姫瞳は努力家だから絶対なれるよ!”
”今までありがとう”
”大好きでした。 桃川 湊斗”
「こんなのって、ないよ…………」
なぜ、もっと早く気が付かなかったんだろう。
あたしの初恋は、始まる前に終わってしまった。
卒業してから他の友達と遊んだり、先生に会いに行ったりもしたけどどこか上の空だった。皆に湊富のことを聞いたけど、誰も湊富の行先を知らなかった。高校に入学してから探そうと、市内、隣町などいろいろ歩いたけど手篝は見つからず、もう県内にはいないと結論付けて探すことを諦めた。
それからは湊富を忘れるかのように、医者になるため必死に勉強した。高校3年、大学6年で国試もストレート合格、研修医が終わるまで我武者羅に駆け抜けた。なかなかに充実はしていたと思う。部活も頑張ったし、友達もそこそこいたから楽しくなかったわけじゃない。
ただ、どこか物足りない。
何かが足りない。
湊富が、足りない。
あたしは研修期間を終えてからすぐ地元に戻り、春から公立病院に就職して再度彼女の手掛かりがないか中学の友人に聞き込みをした。すると地元に残っていた中学の同級生から、セントラルスポーツのインストラクターに湊富と同じ名前の人がいるとの情報をもらった。なんでも同級生の母親が通っているらしく、数年前からそこで娘と同じ年齢の子がインストラクターとして働いていると聞いていたらしい。名前を聞いてみると桃川というらしく珍しい苗字だから覚えていたと。真偽を確かめるためにそのインストラクターの写真をお願いすると、快諾して早めに写真を送ってくれた。髪は短くなっていたけど、間違いなく桃川湊富だった。
居場所は分かったけど、次は時間帯の問題が出てきた。施設自体は土日も開いているが、湊富は平日の午前か午後のコースを担当していて曜日もまちまち、あたしも平日は仕事のため時間が合わない。やっと合う時間ができたけど、もう秋が終わりを告げる頃となっていた。
「あの、桃川湊富さんですか?」
「え、あ、はい、そうですけど?」
覚えていないのか、それともあたしの事なんて忘れてしまったのか。
「あの、朝開中学で一緒だった一ノ蔵姫瞳です。覚えて、いますか?」
「え?」
大きく見開かれた目には驚愕と困惑、そして少しの喜色が見えた。
「う、うん。覚え、てる」
「よかったー。ここで会えるなんて偶然だね!」
偶然なんかじゃない、あたしがどれだけ探したと思ってんの。
「あっ、ねね、今日もう仕事終わり?」
「うん。ここ片づけたら終わり」
「じゃあさ、呑みにいかない?」
あの日の一方的な告白の答えを伝えるために。
「またドキドキしてるね。湊富の不整脈、あたしが一生かけて治療してあげようか?」
「ふはっ、姫瞳の前だと一生治る気がしないんだけど」
「じゃあまた離れる?」
「まさか」
もう逃げないよ。
「私の心臓の音が止まるまで、離れないから」
「重症だね」
「お互い様でしょ」
「そうだね。じゃあ、今日も湊富の鼓動を聴かせて?」
この不整脈はお酒のせいじゃない。
お酒が吞めるのは大人の特権だと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




