序章 裸の勇者と理論の限界
少なくとも魔法学院では、裸が世界を救うとは教わらなかった。
私の名前はフィオナ・アステリオン。王都立魔法学院を首席で卒業した、理論派の魔法使いだ。
この世は理論であり勇者とは装備と覚悟を備えた存在だと、そう信じて疑わなかった。だからこそ彼の姿を目にした時、私は言葉を失った。
思考が止まり、理解が追いつかず、ただその場で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
彼は堂々と王宮の中央に立っている。
鎧も、剣も、勇者にふさわしい装いもない。
あるのは、一切の迷いのない立ち姿と、まっすぐこちらを見つめる視線だけ。その姿はあまりにも無防備に見えて、同時に、奇妙なほどに隙がなかった。
いや待ってほしい……。私は魔法を学び、理論を何度も積み重ねてきた人間だ。だからこそ断言できる。勇者は、そういう格好で王城に立つものではない。
あたりは静まり返っている。
一呼吸おいて私はようやく気がついた。城内の兵士や重臣、ましてや王までもが彼を止めようとしていないのだ。
「俺はナイトだ」
沈黙を破るように彼が言った言葉は、それは状況の説明でも、格好の弁明でもなく、ただの名乗りだった。
沈黙よりも静かで冷たいその声に私は口を開けずにいた。
「……勇者ナイトよ。
私は、君がその姿をしている理由をすでに把握している。」
静けさを破るように王様が声を出した。
「皆のものよ。
視線を逸らせ。
勇者殿に失礼だ」
王が静かに告げると、謁見の間は奇妙な沈黙に包まれる。
(……いや把握したって何をどう把握したんですか王様)
(というかなんでその結果が「全裸でもOK」になるのよ判断基準おかしくありませんか?)
(服を着させるという選択肢は議題にすら上がらなかったんですか?)
視線を逸らせと王が告げた。無理に決まっている。
人は理解不能なものから、目が離せない。
(視線を逸らせと言われても、無理です。)
(だって理解不能な現象が目の前で直立しているんですよ?)
(しかも堂々と)
それでも彼を誰も止めようとしない。
誰も笑わない。
その事実が、私の背筋を凍らせた。
(笑い事ではない?)
(この人は……本気で――”勇者”として扱われている。)
私は気づいた。この場で一番異常なのはこの青年ではない。
本当に異常なのは、
それを当然として受け入れようとしている
――この世界の方だ




