社交辞令を見抜く魔法を作らないのなら、転移者なんてもう召喚しない!
「た、たすけて……」
聖女が震えている。
当然だ。見知らぬ場所に転移され、
目の前には、見知らぬ男――私が立っているのだから。
だが安心してほしい。
私は天才科学者であり、なにより紳士である。
「聖女ちゃん! 私が守ってあげるからね!
怖いことは何もないよ、大丈夫だから……ほら、このハンカチで涙を――」
差し出した瞬間、聖女はさらに震えた。
なぜかわからない。紳士的に対応したつもりなのだが。
「コウゲツ様……
そのような汚れたお体で転移者に近づかれては困ります」
またメギドの小言か……。
転移者に関するメギドとの取り決めはこうだ。
・属性加護があれば、あのお方に献上する。
・属性加護がなければ、私が好きに使ってよい。
ゆえに私は声を張り上げた。
「メギド! わかっているな!?
今回ばかりはッ! 絶ッッ対にッ! 属性加護なんて不要だッ!!」
メギドは眉をひそめながら、聖女の属性計測を淡々と進めていく。
頼む……頼む……!
こんなにかわいい子を召喚できたのだ。
加護なんて、あるわけがない。
いや、あってはならない。
根拠はない。
一切の裏付けもない。
ただ私は、祈るような気持ちで信じるしかなかった。
――この子には加護がない、と。
ふと、これまでの苦悩と狂気が脳裏をよぎった。
◆
「……あと一調整……いや、もう一度だけ係数を弄って……よし、完璧だ!」
私は眼鏡を押し上げ、震える指を落ち着かせるために深く息を吐いた。
三日間で睡眠は二時間。
食事は液状栄養食。
入浴など……当然、していない。
私は忙しいのだ。
なぜか、だと?
よかろう。言ってやろう。
かわいい子を召喚したい。
これに尽きる。
「かわいい子を召喚する。
それこそが、転移魔法研究の最終地点にして……我が魂の救済なのだ……!」
徹夜明けのこの妙なテンション。
悪くない。
むしろ、この境地に入らねば転移成功などおぼつかない。
前回成功した時も、まさしくこんな感じだった。
私は震える手で魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。
「さぁ来い……かわい子ちゃん……!!」
眩い光。
稲妻が走るような音。
空間が波打つような揺らぎ。
そして――。
光の中心から、可憐な少女が現れた。
長い黒髪。
白い肌。
澄んだ瞳。
小さく、儚げで、守ってあげたくなる美しさ。
私は膝から崩れ落ちた。
「で、出た……! かわいい!!
こ、こんなにかわいいのなら……もはや聖女と呼ぶべきだッッ!!
そうだ! ついに私は聖女を召喚したのだぁあああああ!!」
少女は明らかにおびえて後ずさった。
「ひ、ひぃ……だ、誰……ですか……」
なぜかわからない。
この感動を分かち合いたいだけなのに。
「……それにしても、この部屋……なんだか匂うな。
今日は大事な転移日だというのに。
まったく……メギドのやつめ、掃除くらいしておけと言ったはずだ」
少女は、私からさらに三歩距離を取った。
◆
――そして今、メギドが属性計測の最終段階に入っている。
私は祈るように手を合わせ、喉が張り付くほど緊張していた。
「……頼む、頼むぞ……!
加護なんて……加護なんてなくていいんだ……聖女ちゃんは……私の……!」
聖女は先ほどよりも明らかに震えている。
なぜだ……私は大切に扱っているはずなのだが。
メギドは何も言わないまま、淡々と魔力を読み取っていた。
やがて、魔力測定器の光がゆっくりと収まり――。
メギドが、晴れやかな声でこちらを向いた。
「……コウゲツ様、おめでとうございます」
その声色は、祝いの席で杯を差し出す時のように明るかった。
「よ、よし! やっと手に入れた!!
聖女ちゃんが……聖女ちゃんが私のもとに残るんだな!?
ハハっ、これから最高に忙しくなるぞ!?」
メギドは小さくため息をつき、冷徹な声で宣告した。
「――この個体の属性は、極めて優秀です。
……ゆえに、あのお方に献上させていただきまする」
「…………は?」
自分の口から漏れた声が、ひどく間抜けに聞こえた。
献上?
誰を?
まさか、いや、まさか――。
「い、いやいやいやいや!!
それはおかしい! 不当だ!!」
私は慌ててメギドの肩を掴む。
だがメギドは微動だにしないまま、淡々と返す。
「コウゲツ様。我々の取り決めをお忘れですか?
“加護があれば献上、なければ好きに使ってよい”――でございましょう」
「だから!
今回だけは“属性加護なんて不要だ”とあれほど言っただろう!!」
「そう言われましても困りまする。加護はありましたので」
「そんなバカなぁぁぁーーーーッ!!」
私は床に突っ伏し、バンバンと叩いた。
石床が痛い。だが心のほうがもっと痛い。
「返せ! 返せメギド!!
せっかく転移に成功したというのに、聖女を献上せねばならぬというのなら、
転移魔法などもう二度と使わぬ!!」
「はいはい、いつものやつですね」
「本当にだ!! 本当に使わんからな!?
聖女ちゃんを取られるくらいなら、私は何もしないぞ!!」
「……そうでございますか。それは残念です。
実は今夜、コウゲツ様のために“キャバクラ”を予約しておいたのですが……」
「……………………ほう?」
◇
――そして夜。
「いらっしゃいませぇ〜! コウゲツさまですねぇ〜♡」
入店した瞬間、私は悟った。
この世界には、天国が存在する。
かわいい女の子たちが次々と席に来て、私の手を取り、微笑みかけてくる。
「すごーい! 魔法を研究してるんですかぁ? かっこいいです〜♡」
「その眼鏡、知的でステキです〜♡」
私は胸を張った。
「うむっ、そうだろうとも!
私はこの国で一番の天才科学者なのだ……!」
「えぇ〜すごぉい♡ 天才ですねぇコウゲツさまぁ〜♡」
ふふ……やはり私は天才なのだ。
嬢たちの愛らしい声と、酒と、甘い香り。
夢のような時間はあっという間に過ぎ去った。
「また来てくださいねぇ〜♡」
「魔鳩ID、交換しておきますね〜♡」
私は幸せの絶頂で帰宅した。
◇
――そして翌日。
「ふふ……メギドよ。昨日は最高だったな……。
さて、未来の妻たちからのメッセージでも確認して……」
魔鳩を呼び寄せた瞬間、私は固まった。
「……ん?」
どれだけ魔鳩に呼び掛けても、嬢たちの魔鳩IDを一つも答えてくれない。
「……あれ?」
――消えている。
「…………ブ、ブロックされた!?
なぜだ、あれだけ凄い、かっこいいと言っていたのに!!
どうしてこうなる!?」
私は頭を抱えて転げ回った。
背後で、メギドが静かに言う。
「……コウゲツ様。あれは“社交辞令”だったのでは……」
「そんな馬鹿な……!
お前も聞いていただろう? あれが全部、演技だったとでも言うつもりか!?」
「はい」
「…………はい……?」
私はしばらく黙り込み、頭の中で昨日の光景を必死に思い返した。
「……あれが全部……社交辞令……?」
「すべて、です」
なんということだ。
あれがすべて社交辞令だとしたら、何が本当で何が嘘なのか、まるでわからないではないか。
……だが私は天才科学者。
こんなところでくじけるわけにはいかない。
科学で解決する――それだけのことだ。
「な ら ば だ !!」
私は勢いよく立ち上がり、メギドを指さした。
「社交辞令を見抜ける新魔法をすぐに開発しろ!!
それができぬのなら、転移者などもう二度と召喚しないからな!!」
メギドは深くため息をつき、机の上の書類を静かに揃えた。
「……仕方ありませんな。
新魔法をいくつか作るほか、ありますまい」
「ダメだ! “いくつか”では足りん!
女性にモテるための魔法をリスト化しておくから、その通りに作れ!
私は忙しいのだ! 頼んだぞメギド!」
「……はいはい」
メギドは静かに呪式を書き始める。
◆
――だがこのとき、誰も知らなかった。
この“新魔法の試作”が、
まさか次の転移者を巻き込み、
国中をひっくり返す騒動の始まりになるのだが……。
それはまた、別のお話である。
※この短編は、現在連載中の本編
『異世界で変な魔法ばかりやらされてるんだが、死ぬリスクが高すぎる』の前日譚となります。
本編ではあまり活躍しないコウゲツのことが好きすぎて、つい書いてしまいました。
……反省はしていません。
もしコウゲツで楽しんでいただけたなら、彼も本望だと思います。




