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社交辞令を見抜く魔法を作らないのなら、転移者なんてもう召喚しない!

作者: くんのすけ
掲載日:2025/12/06

「た、たすけて……」


 聖女が震えている。


 当然だ。見知らぬ場所に転移され、

 目の前には、見知らぬ男――私が立っているのだから。


 だが安心してほしい。

 私は天才科学者であり、なにより紳士である。


「聖女ちゃん! 私が守ってあげるからね!

 怖いことは何もないよ、大丈夫だから……ほら、このハンカチで涙を――」


 差し出した瞬間、聖女はさらに震えた。

 なぜかわからない。紳士的に対応したつもりなのだが。


「コウゲツ様……

 そのような汚れたお体で転移者に近づかれては困ります」


 またメギドの小言か……。


 転移者に関するメギドとの取り決めはこうだ。


・属性加護があれば、あのお方に献上する。

・属性加護がなければ、私が好きに使ってよい。


 ゆえに私は声を張り上げた。


「メギド! わかっているな!?

 今回ばかりはッ! 絶ッッ対にッ! 属性加護なんて不要だッ!!」


 メギドは眉をひそめながら、聖女の属性計測を淡々と進めていく。


 頼む……頼む……!

 こんなにかわいい子を召喚できたのだ。

 加護なんて、あるわけがない。

 いや、あってはならない。


 根拠はない。

 一切の裏付けもない。

 ただ私は、祈るような気持ちで信じるしかなかった。


 ――この子には加護がない、と。


 ふと、これまでの苦悩と狂気が脳裏をよぎった。





「……あと一調整……いや、もう一度だけ係数を弄って……よし、完璧だ!」


 私は眼鏡を押し上げ、震える指を落ち着かせるために深く息を吐いた。


 三日間で睡眠は二時間。

 食事は液状栄養食。


 入浴など……当然、していない。


 私は忙しいのだ。


 なぜか、だと?

 よかろう。言ってやろう。


 かわいい子を召喚したい。


 これに尽きる。


「かわいい子を召喚する。

 それこそが、転移魔法研究の最終地点にして……我が魂の救済なのだ……!」


 徹夜明けのこの妙なテンション。

 悪くない。

 むしろ、この境地に入らねば転移成功などおぼつかない。


 前回成功した時も、まさしくこんな感じだった。


 私は震える手で魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。


「さぁ来い……かわい子ちゃん……!!」


 眩い光。

 稲妻が走るような音。

 空間が波打つような揺らぎ。


 そして――。


 光の中心から、可憐な少女が現れた。


 長い黒髪。

 白い肌。

 澄んだ瞳。

 小さく、儚げで、守ってあげたくなる美しさ。


 私は膝から崩れ落ちた。


「で、出た……! かわいい!!

 こ、こんなにかわいいのなら……もはや聖女と呼ぶべきだッッ!!

 そうだ! ついに私は聖女を召喚したのだぁあああああ!!」


 少女は明らかにおびえて後ずさった。


「ひ、ひぃ……だ、誰……ですか……」


 なぜかわからない。

 この感動を分かち合いたいだけなのに。


「……それにしても、この部屋……なんだか匂うな。

 今日は大事な転移日だというのに。

 まったく……メギドのやつめ、掃除くらいしておけと言ったはずだ」


 少女は、私からさらに三歩距離を取った。





 ――そして今、メギドが属性計測の最終段階に入っている。


 私は祈るように手を合わせ、喉が張り付くほど緊張していた。


「……頼む、頼むぞ……!

 加護なんて……加護なんてなくていいんだ……聖女ちゃんは……私の……!」


 聖女は先ほどよりも明らかに震えている。

 なぜだ……私は大切に扱っているはずなのだが。


 メギドは何も言わないまま、淡々と魔力を読み取っていた。


 やがて、魔力測定器の光がゆっくりと収まり――。


 メギドが、晴れやかな声でこちらを向いた。


「……コウゲツ様、おめでとうございます」


 その声色は、祝いの席で杯を差し出す時のように明るかった。


「よ、よし! やっと手に入れた!!

 聖女ちゃんが……聖女ちゃんが私のもとに残るんだな!?

 ハハっ、これから最高に忙しくなるぞ!?」


 メギドは小さくため息をつき、冷徹な声で宣告した。


「――この個体の属性は、極めて優秀です。

 ……ゆえに、あのお方に献上させていただきまする」


「…………は?」


 自分の口から漏れた声が、ひどく間抜けに聞こえた。


 献上?

 誰を?

 まさか、いや、まさか――。


「い、いやいやいやいや!!

 それはおかしい! 不当だ!!」


 私は慌ててメギドの肩を掴む。

 だがメギドは微動だにしないまま、淡々と返す。


「コウゲツ様。我々の取り決めをお忘れですか?

 “加護があれば献上、なければ好きに使ってよい”――でございましょう」


「だから!

 今回だけは“属性加護なんて不要だ”とあれほど言っただろう!!」


「そう言われましても困りまする。加護はありましたので」


「そんなバカなぁぁぁーーーーッ!!」


 私は床に突っ伏し、バンバンと叩いた。

 石床が痛い。だが心のほうがもっと痛い。


「返せ! 返せメギド!!

 せっかく転移に成功したというのに、聖女を献上せねばならぬというのなら、

 転移魔法などもう二度と使わぬ!!」


「はいはい、いつものやつですね」


「本当にだ!! 本当に使わんからな!?

 聖女ちゃんを取られるくらいなら、私は何もしないぞ!!」


「……そうでございますか。それは残念です。

 実は今夜、コウゲツ様のために“キャバクラ”を予約しておいたのですが……」


「……………………ほう?」





 ――そして夜。


「いらっしゃいませぇ〜! コウゲツさまですねぇ〜♡」


 入店した瞬間、私は悟った。


 この世界には、天国が存在する。


 かわいい女の子たちが次々と席に来て、私の手を取り、微笑みかけてくる。


「すごーい! 魔法を研究してるんですかぁ? かっこいいです〜♡」

「その眼鏡、知的でステキです〜♡」


 私は胸を張った。


「うむっ、そうだろうとも! 

 私はこの国で一番の天才科学者なのだ……!」


「えぇ〜すごぉい♡ 天才ですねぇコウゲツさまぁ〜♡」


 ふふ……やはり私は天才なのだ。


 嬢たちの愛らしい声と、酒と、甘い香り。

 夢のような時間はあっという間に過ぎ去った。


「また来てくださいねぇ〜♡」

「魔鳩ID、交換しておきますね〜♡」


 私は幸せの絶頂で帰宅した。





 ――そして翌日。


「ふふ……メギドよ。昨日は最高だったな……。

 さて、未来の妻たちからのメッセージでも確認して……」


 魔鳩を呼び寄せた瞬間、私は固まった。


「……ん?」


 どれだけ魔鳩に呼び掛けても、嬢たちの魔鳩IDを一つも答えてくれない。


「……あれ?」


 ――消えている。


「…………ブ、ブロックされた!?

 なぜだ、あれだけ凄い、かっこいいと言っていたのに!!

 どうしてこうなる!?」


 私は頭を抱えて転げ回った。


 背後で、メギドが静かに言う。


「……コウゲツ様。あれは“社交辞令”だったのでは……」


「そんな馬鹿な……!

 お前も聞いていただろう? あれが全部、演技だったとでも言うつもりか!?」


「はい」


「…………はい……?」


 私はしばらく黙り込み、頭の中で昨日の光景を必死に思い返した。


「……あれが全部……社交辞令……?」


「すべて、です」


 なんということだ。

 あれがすべて社交辞令だとしたら、何が本当で何が嘘なのか、まるでわからないではないか。


 ……だが私は天才科学者。

 こんなところでくじけるわけにはいかない。


 科学で解決する――それだけのことだ。


「な ら ば だ !!」


 私は勢いよく立ち上がり、メギドを指さした。


「社交辞令を見抜ける新魔法をすぐに開発しろ!!

 それができぬのなら、転移者などもう二度と召喚しないからな!!」


 メギドは深くため息をつき、机の上の書類を静かに揃えた。


「……仕方ありませんな。

 新魔法をいくつか作るほか、ありますまい」


「ダメだ! “いくつか”では足りん!

 女性にモテるための魔法をリスト化しておくから、その通りに作れ!

 私は忙しいのだ! 頼んだぞメギド!」


「……はいはい」


 メギドは静かに呪式を書き始める。





 ――だがこのとき、誰も知らなかった。


 この“新魔法の試作”が、

 まさか次の転移者を巻き込み、

 国中をひっくり返す騒動の始まりになるのだが……。


 それはまた、別のお話である。


※この短編は、現在連載中の本編

『異世界で変な魔法ばかりやらされてるんだが、死ぬリスクが高すぎる』の前日譚となります。


 本編ではあまり活躍しないコウゲツのことが好きすぎて、つい書いてしまいました。

 ……反省はしていません。


 もしコウゲツで楽しんでいただけたなら、彼も本望だと思います。

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