第六夜 怪饗譚 ― 毒饌会 (どくせんかい)
第一幕 招待
――「毒を喰らう家は栄える。毒を残す家は祟られる」。
はじめてその言葉を口にしたのは俺ではない。酒で顔を熱くした記者仲間だった。うわ言のようで、しかも妙に意味深い。冗談の軽さがない。湿気を含んだ紙みたいに舌に貼りつく。民俗学を生業にする俺の耳は、言葉の年代物の匂いに敏感だ。古い語りは湿る。乾いているのは作りごとだ。
「山間の旧家に、まだある。“毒饗”って呼ぶ連中がいる」
毒を料理に仕立てて供し、食べ切れば福、残せば禍。筋書きに血が通っているぶん、筋が悪い。だが俺の職業は、筋の良し悪しより「行って確かめる」のほうに偏っている。噂が地図になるなら、足で歩いて確かめたい。
案内役は、地元に強いあの記者。道すがら、彼は名前を出さない客のリストを口にした。都会から来る美食家、郷土史家、どこかの投資家、肩書きの裏が白紙の男女。招待状はない。口伝で呼ばれる。それもまた因習の作法に似ている。
麓の町から、山はすぐに音を呑みはじめる。舗装は早々に切れ、苔むした石段が谷から屋敷へ伸びる。足を置くたび「ざり」「ざり」。落葉は生きていて、こちらの靴裏を舐める。夜は黒いが、黒にいくつも種類がある。木々の間の黒、雲に押しつぶされた黒、眼球の裏に残る黒。山は黒で喋り、俺はそれを聞くふりをした。
門は黒漆。無駄に背が高い。狛犬とも獅子ともつかない石像がにやりと歯を見せる。門を抜けた先は、潔癖なほど整えられた庭。苔の海、灯籠の島、飛び石の航路。冬でもないのに、空気は少し凍っている気がした。凍っているのに、どこか海の匂いが混じる。山奥に海? 鼻が間違えるのは、心が先に間違えたいと願っているときだ。
板戸が「すべり」と鳴り、女中の落ち着いた一礼。案内される廊下は長い。畳は新しい。壁の渋紙には、やけに生きのいい河豚の図が踊る。白い腹、点の毒々、尾のひと振り。屏風の金は鈍い。鈍いのに目が焼ける。光は古いほどゆっくり刺す。
大広間。一直線に延びる宴席。漆黒の膳が間隔を揃え、赤漆の器が等しく口を閉ざす。箸は黒、箸置きは螺鈿。座布団は六。六のうち、ひとつは空。空は空でも、空いた穴のような空き方ではない。そこにだけ、すでに座った温度が残っているような空だ。座ったことのある空席。座る前から「座っていた痕跡」を漂わせる席。言葉の順序が前後して、背筋が冷えた。
主人が現れた。蒼白い老人。枯れてはいない。水気が抜けているのに、目の底が湿っている。濡れた火。声は乾いているのに、響きが湿っている。
「ようこそ、ようこそ」
「ようこそ、という言葉は、招く側の都合のいい口癖です」と記者が小声で毒づく。
「招かれたくて来た口が言うな」と俺はさらに小声で返す。
主人は、客の数を数えなかった。数は初めから決まっている、という目だ。顔ぶれは雑多だが、雑は雑なりに均されていた。都会の高価な布をまとった女、柔らかすぎる笑顔の男、手の甲にインクの染みが抜けない学者、肩書きの匂いのしない人。皆、礼儀正しく目を伏せる。目を伏せた瞬間だけ、牙の影が動く。毒の宴は礼儀から始まる。礼儀は刃を布で包む技術だ。
「毒を食べることこそ、先祖を供養する道」
主人の言葉は、紙を裂く音に似て耳にまとわりついた。
「毒を喰らいし者は、死して家を守る神となる」
祀り? 供養? 料理と供物はもともと同じ棚に並べられていたのだ。切り分けたのはいつからだ。誰が「いただきます」を祈りから礼に変えた。研究者の頭と、腹の底の別の頭が、それぞれ別の速度でうなずいた。
簡素な注意が告げられる。
一、名を呼ばぬこと。――ここで人の名は音を持ちすぎる。
二、残さぬこと。――残すものは、残らず祟る。
三、笑うこと。――笑いは曲がった祓いであり、まっすぐな服従である。
記者が眉を動かす。「笑うのがルールって、どの宗教でも強い」
「笑顔は口を開ける。口を開ければ、入る」と俺。
見回せば、広間の四方に神棚があった。正面の棚には米と塩、横の棚には刃物の神、奥の棚には竈の神。そして最後の棚には、盃と箸が供えられている。盃は普通の盃ではない。内側に薄く金が塗られ、底に小さな凹みがある。凹みは涙の形。盃に涙? 泣く器? 器が泣けば、飲むのは誰だ。考えが舌の上で転がり、唾が重たくなった。
台所のほうから、「からん」「からん」と金物の音。鍋蓋が重みを訴える音色だ。香りはまだ来ない。代わりに、音と影が先に運ばれてくる。廊下の影が一瞬伸びた。伸びた影の端に、誰かの足が止まる。見えない厨子が、見えない所作で、見える緊張を畳の上に置いた。
客が座に着く。背筋が揃う音が、座布団の綿の中で「しゅう」と鳴った。隣に記者、向かいに郷土史家のT。さらに向こうに、絹を鳴らす女。彼女の耳たぶは滴るように赤い。耳飾りが小魚の骨の形をしている。ふと視線がぶつかり、彼女は礼を送ってきた。礼は礼である前に、匂いだ。香が微かに海を含んでいる。山奥の海の二度目。鼻の嘘が積もる。
空席の上に、影が座った気がした。気がしただけ、というやつは危険だ。気配は、気のせいの形をして、真っ先に本物になる。
膳が運ばれる。女中たちは足音をもたない。畳は音を飲み、器は音を弾く。赤漆の小皿、小椀、盃。等間隔。隙間に詩ができる。詩は順序を愛し、順序は刃を愛する。主人は座の端を見やり、ぽつりと告げた。
「席は、いずれ、すべて埋まります」
その言葉は未来形で、過去形に聞こえた。埋まったことのある未来。記者が喉の奥で笑う。笑いは命令だった。命令に従う笑いは、礼儀作法の最高級だ。
「本日は、季に合うものから。口合わせを以て、口を揃えましょう」
口を合わせる。合図を合わせるのではない。口をだ。合えば、入る。入れば、合う。倒置は倒錯の予告だ。喉がふっと軽くなる。正体のない期待が、空腹とよく似ている。
主人が指を鳴らす。「ぱち」。
台所から、香りではない温度が来る。温度が香りを牽く。香りが記憶を牽く。記憶が、腹を牽く。腹は、古い羅針盤だ。
「どうぞ、静かに」
女中が盃を配る。薄い硝子の口縁が畳の灯りを集め、表面張力が「ぴん」と高鳴る。覗き込むと、底に星が沈んでいる。星? いや、一滴。紫がかった液の粒が真水を染める。毒はいつでも「ほんの少し」で十分だ。
盃が六。空席の前にも置かれる。置かれた盃の影が、ふいに揺れた。揺れるには、誰かの吐息がいる。広間の戸がわずかに開き、外の闇が一寸だけのぞく。闇はどこでも同じ顔をしている。だが山の闇は、海の匂いがする。三度目だ。三度目は定着だ。
主人が盃を手に取る。
「――では、口を、合わせましょう」
盃が、一斉に、唇へ。
音は、まだない。
次の瞬間からは、音が、こちらの声帯ではなく、器の底からすることを、まだ誰も知らないふりをしていた。
第二幕 毒饗の始まり
漆黒の膳の上に、最初の杯が置かれた瞬間、広間に張り詰めていた空気がさらに冷たくなったように感じた。
杯には、どろりと澄んだ液体――琥珀とも紫ともつかない怪しい色をした酒が注がれている。主人は恭しくそれを掲げ、静かに告げる。
「これは、山の奥に眠るトリカブトの根を漬け込んだもの。古来より“魂を開く神酒”と呼ばれてきました。ひと口で、己が身の奥底に巣食う影が顕れましょう」
喉の奥がひりつくほどの緊張が走る。乾杯の合図とともに、十余名の客は同時にその毒酒を口へと運んだ。
――ぴり、と痺れる。舌先に走ったのは稲妻のような痛みであり、同時に甘露のような清涼感だった。毒のはずなのに、なぜか心地よい。喉を落ちるとき、熱と冷気が同時に走り、頭蓋骨の内側で星が弾けるような錯覚がした。
杯を置いた瞬間、隣にいた商人風の男がふっと影ごと薄れた。誰も声を上げない。まるで最初から存在していなかったかのように、卓の一角だけがぽっかりと空席になる。
しかし、驚いたのは次の瞬間だった。給仕が滑るように現れ、消えた男の前に二人分の杯を新たに並べる。残った客の数よりも、料理は増えてゆく。
ざわめきも抗議もなく、ただ淡々と。
――ここでは、これが当然なのだ。
二品目 ― 銀杏青酸
盃を伏せたまま残る者、舌を震わせて酔う者。
次なる膳は、掌ほどの朱塗りの器に銀杏が十粒、まるで翡翠を砕いて散らしたかのように艶やかに盛られていた。だが、漆黒の膳に映えるその緑玉は、あまりに整いすぎていた。
「……殻を割ってお召し上がりください。古より、銀杏は千年の寿をもつ樹と申します。その命を宿す種には、強き力がございます」
主人の言葉に従い、私は銀杏の殻を歯で割った。――カリ、と音がした瞬間、鼻孔を刺す青臭さ。さらに、乾いた鉄の匂いが舌の裏を這った。わずかな甘みと渋みの奥に、ほのかに杏仁の香が漂う。だがそれは香料のように上品ではなく、むしろ毒の予告めいて不吉だった。
噛み締めるごとに、舌の奥にしびれが広がる。耳の奥でキーン、と鈴のような高音が鳴った気がした。視界が滲む。隣席の男が笑った――と思った瞬間、そこに誰もいなかった。座布団にはまだ体温の痕があり、盃には濡れた指の跡が残っているのに。
「おや……ひとり、消えましたな」
主人は笑みを浮かべ、空席にもう一度、銀杏を盛り直す。増えた皿は、はじめからそこにあったかのように自然に並んだ。
私は、ただ記録を取ろうとする指が震えるのを止められなかった。
三品目 ― 水銀漬け味噌
次に供されたのは、小さな陶碗。湯気を立てる味噌が盛られ、白髪葱が散らされている。だが近づいた瞬間、胸の奥をえぐるような金属臭に、思わず息を詰めた。
「石見銀山より伝わる、神々への供物でございます。水銀は月の精。口にすれば魂は冥に近づくと申します」
匙で掬う。ぬらりと重く、舌に載せれば甘く芳醇――のはずが、じわじわと痺れが広がり、歯の根が冷えていく。銀の粉が舌苔に溶け、ざらりざらりと擦れる。
喉を落ちていくとき、熱いのか冷たいのか判別できぬ感覚が胸を灼き、腹を凍らせた。
「……っ!」
思わず吐き出しそうになったが、記録せねば、との思いが喉を塞いだ。
視界が歪み、広間の柱が銀色に光り出す。金屏風が海底の鉱脈のように軋む。向かいの女の瞳孔は融け、銀の滴を零す――と思った刹那、彼女の座は空席となっていた。
器の底を覗けば、銀色に滲む彼女の笑顔が、裏返しに映っていた。
四品目 ― フグ肝の刺身
そして――。
最後の膳が運ばれるとき、広間の空気はすでに水の底のように重かった。襖は遠い潮騒を漏らし、提灯は海月のように膨らみ萎んだ。
漆黒の大皿の上に、透き通る薄造りが円を描く。中央には、黄金に濁る小さな塊――フグの肝。燈明に照らされ、妖しく燐光を放っていた。
「河豚は福とも申す。しかし肝を食せば、祟りともなる。命を賭けて口にするか否か……それは皆様のお心次第」
箸を取る手が震えた。
切片を口に含んだ瞬間、脂の甘みが広がり、次の瞬間には電撃のような痺れが全身を駆け抜けた。舌が厚紙のようになり、唇が己のものでなくなる。
同席の客たちが次々に肝を口にし、そのたびに一人、また一人と影に変じる。
ある者は器の縁から覗き、ある者は盃の底で笑い、ある者は畳の影に染みを残した。
私は――逃げることができなかった。
「これこそが……禁じられた供養……」
研究者としての冷静な観察と、抗いがたい死への陶酔が同時に胸を焼いた。
広間はすでに現世ではなかった。潮が満ちる音、血の泡のような囁き、銀光に揺らめく人影。
そして私の前に重ねられたのは、消えた全員分の皿だった。
第三幕 地獄饗宴(加筆版)
フグ肝の黄金が舌の根に沈んだ瞬間、広間は手すりのない船になった。何も動いていないのに、すべてが少しずつ傾いていく。畳の目は水脈のように流れ、柱は藻をまとい、障子の白は海月の肌理を帯びはじめる。蝋燭の火は青く痩せ、影ばかりが肉を持つ。
――沈む。
というよりも、こちらの側が「浮力」を失っていく。現世にとどまらせていた取りつく島(理性とか倫理とか)が、皿洗い後の泡のように消え、床下から「底」が名乗り出る。
音の順番も変わった。
耳に届くのは、おのれの心臓の音ではない。盃の底で泡が割れる音。箸置きの螺鈿の殻が、ごく微かに潮を吸う音。屏風の河豚が、絵の中で尾びれを叩く音。――いや、河豚は絵をやめて、もう皿の縁を泳いでいた。絵の具が剥がれたのではない。絵の側が現実に寄ってきたのだ。恐ろしいのは、違和感がとんでもなく「美しい」ことだった。
向かいの席にいた男は、いつのまにか「ごちそうさま」の姿勢で、ただし影だけになっていた。頷けば頷くほど、その頷きが器の内側に薄い輪紋を描く。輪はやがて文字に似てきて、「いただきます」と読める気がした。読める気がしたことが、読めてしまうことだった。
鼻先を、潮の甘さが撫でる。山奥のはずなのに、潮の甘さだ。山は海の化石で、海は山の夢――という地質学者の比喩が、いまは舌の上で真実へ変わる。盃を覗くと、琥珀の液面に、先ほど消えた女の口紅がゆらゆら浮かび、やがて輪郭を得て微笑する。盃を傾ければ、笑いは喉へ滑り落ち、俺の声帯で彼女の笑い声が鳴る。俺は笑っていない。ただ喉が笑っている。喉が、器のほうに味方する。
「――選べ」
最初はひとつの声。すぐに二つ、四つ、八つ。器の底、椀の縁、盛り付けの海藻、塗りの光沢、金蒔絵の波頭――広間のあらゆる面で声が増殖し、俺の耳の内側に同時に落ちる。
選べ、選べ、選べ。
食うか、器か。
「食う者」になるか、「食われる場」になるか。
どちらも供物へ至る道、ただ、速さと姿が違うだけ。
逃げる? 逃げる先はどこに。廊下はもう水路で、玄関は潮目で、庭は藻場で、門は潮止めだ。立ち上がれば足首に冷たい何かが絡む。藻? いいや、先に消えた客の手首の優しい硬さ。優しい硬さ、という矛盾は、死者の礼儀だ。
俺は、研究者である前に、腹を持つ動物だった。
観察は、腹が生き延びてこそ成立する。
だが、腹は観察を裏切る。
「美味い」を見つけた腹は、理由のすべてを黙殺する。
肝の甘さがいまだに舌の下で忍び笑いをし、銀杏の青い酔いが歯茎の奥で泡立ち、水銀味噌の重い月光が喉の壁を銀箔で貼り合わせる。
美味い。
つまり、悪い。
悪い。
だから、やめられない。
膳が迫る。
人数が減ったぶん、膳は「俺のため」に高く積まれていく。赤黒い段々が海底の段丘みたいに連なり、半ば自走して席の目前に寄ってくる。器の脚がいつのまにか吸盤になっていて、畳の上をぬる、と滑る。声がする。「さあ、あなたのぶん」「いまはあなたが家」「あなたが残せば、家が残らない」。家? 俺はこの家の子孫でも誰でもないのに、ここでは、食べる者は即座に「家」になるらしい。責任の押し付けは、祀りのもっとも古い装置だ。
扇皿が、うすい海を載せていた。
黄金の肝の周りを、透明のうす造りが円を描いて群れる。
円は満ち、満ちたものは必ず欠ける。
欠ける前に、口へ。
ひと口。
甘い。――甘いという語は像が粗い。もっと細かく言うべきだ。
初動は果実の蜜のような丸み、すぐにエーテルの冷たさへ反転、舌の上の微毛が一本一本、あらためて「自分」であることを憶い出し、総立ちになる。指先にまで舌が増える感覚。指で空気を撫でるだけで、味がする。――危険だ、と頭が言う。おかわりだ、と腹が言う。
二口。
甘いののち、電。
電は雷ではない。電は、静脈の中で密やかに往復する、微細な蛇の往来だ。痛みは快楽に、快楽は恐怖に、恐怖は祈りに、祈りはまた食欲に――環が閉じる。
三口。
笑う。俺が、笑う。いや、笑っているのは膳のほうだ。膳の面に小さな歪みが走り、そこに俺の口角が映っている。映像が俺を先取りする。俺は遅れて、映像に合わせて笑う。ひとの顔が器に合わされる。器は、ひとの顔を待っていた。
「よろしい」
主人の声がした。声の出処は、もう主人の喉ではない。柱の節穴、屏風の継ぎ目、香炉の底。そこから順々に「よろしい」が滲み出て、重なり、合唱になる。「よろしい」は許しではなく、「つづけてよろしい」という命令だった。命令に従って、盃が勝手に俺の指に収まり、俺の喉が勝手に飲み下した。酌をしたのは誰だ。盃の縁の唇が、俺の唇と重なった。――「あなたは、器になっても美しい」
誰の声だ。
盃の声は、耳ではなく骨で聞こえる。
「断ったら?」
俺は口のなかで問う。
「断れば、いずれ器」
多声が答える。
「選ぶとは、時を選ぶこと。姿を選ぶこと。結果は同じ」
同じ? 同じなら、なぜ選べと言う。
「選んだと思えることが、口に入りやすいのだよ」
声は優しい教師の口調で、もっとも冷酷なことを告げる。教育は、いつも食事の形式を借りる。
俺の左右、空席だった場所から、湯気が立ちのぼった。湯気は白いが、なかに微細な影が混じっている。指の骨、小指の節、笑窪の陰、涙腺のきらめき。消えた客の残り香ではない。残り顔、だ。湯気のなかで顔はほどけ、ほどけた顔は料理の上に薄い膜を敷く。膜は味をまとめ、味は俺をほどく。ほどけばほどくほど、結ばれる。これは呪文であり、レシピである。
「――家は、食べた者に付随する」
主人の言い回しは、数学の定義のように正確だ。
「食べた者は、家を守る神になる。器になっても、同じことだ。器は、常に家の中央に置かれる」
選べ。運び込まれる膳の列は、もう、峠を越えた祭の山車みたいに、誰にも止められない。
器になる、という選択の具体──想像してみる。
盃の底から人の顔を見上げ、酒の光で頬骨を温め、縁に触れる唇の数と熱を数える役目。
膳の面になって、人の指先の震えを受け止め、こぼれた汁のしるしを終わるまで保持する役目。
――それはそれで、悪くない敬虔に思えた。
だが、いま、舌が「悪くない」を拒否した。「いまは、もっと」を選べと言う。
俺は、食うほうに転がった。転がされる前に、転がったふりを選んだ。
膳が積み上がり、海の段丘は地獄の階になった。
最下段に血の椀。赤ではない。透明の底に濃い影が立ち上がり、赤く見せている。指を差し込むと、血のあたたかさが十歳の転落事故と合致する。怪我の記憶は熱のデータベースだ。
次の段に水銀味噌。月のかけらのざらつきが歯の裏に並び、噛むたび銀の粉が神経に触れる。神経は小さな鐘楼となり、祝祭の合図を鳴らす。
さらに上段に銀杏。青い杏仁は、舌の上に小さな墓標を立てる。墓は小さいほど、よく通う。
頂に肝。黄金の塊は太陽の最小単位。太陽は常に中心にあって、中心は常に口に近い。
俺は、順番を無視した。
順番を無視することこそ、宴の礼儀破りにして、祀りへの最大の誠意だ。
器たちは喜んだ。
喜んだ器は、音を鳴らす。
盃が、ちり、と高く。
鉢が、からん、と低く。
椀が、ぼう、と腹の底で。
音階が揃い、合奏になった。
俺の歯の根が、拍子木になった。
舌は指揮者、喉は太鼓、胃袋はオルガン。
祀りは楽団になり、俺はその中央で、食われながら鳴らした。
笑う。泣く。
笑う。泣く。
笑う。泣く。
――その三拍子が一定になったところで、広間はもはや海底ではなく、海底の下になった。
骨の盃。
髑髏の膳。
骨は白すぎず、黄ばみすぎず、ちょうどよい古さ。そこに盛り付けられたものは、見覚えのある色と形――黄金の肝に似た、しかしもう少し人寄りの脂。
俺は、それを食べなかった。食べるふりをして、箸先で撫でた。
「それは、あなたの前任者」
器が囁く。
「前任者?」
「あなたが器を選んでいた場合の、未来形の断面」
未来形の断面は、現在形の食欲を鈍らせる。
俺は改めて、黄金の肝へ戻った。戻る先があるのは、幸福の錯覚だ。
「――よく、合った」
その合図は、はじめて本当に主人の口から発せられた。
彼はいつの間にか正面に戻り、蒼白の顔に、うっすら血色を帯びている。
俺が食べるぶん、彼が生き返る。
それは仕組みの説明として、あまりにも正直だった。
最後のひと片を舌で押しつぶす。
黄金が液状化し、上顎へ、咽頭へ、骨の裏側へ染みていく。
世界の縁取りが、いちど消える。
代わりに、輪郭線のない光が滲む。
光のなかで、顔がいくつも重なる。
祖霊という語は、顔の重なりにほどよく似合う。
「顔の群れ」こそ祖霊で、祖霊はつねに「食卓から見える方向」に堆積している。
俺はそこへ、やっと混ざった。
混ざる、は、負ける、ではない。
混ざる、は、ようやく、である。
意識が底へ沈む過程は、恐怖の連続ではなく、整理整頓の連続だった。
脳は引き出しを閉じ、心は帳尻を合わせ、身体は貸し借りを返す。
返す相手は、なんとなく知っている。
生き延びてきた食卓すべて。
俺が食べたすべてと、俺をいま食べているすべて。
「いただきます」と「ごちそうさま」の距離がゼロになり、音が重なる。
――その重なりこそ、祀り。
闇。
いや、闇ではない。盃の底の色。
盃は、底から見上げるために作られている。
底から見る世界は、縁の形で世界を知る。
縁が笑えば、世界が笑う。
縁が泣けば、世界が泣く。
盃は、世界の顔の練習台だ。
「――おつかれさま」
声は一人分になっていた。主人でもなく、器でもなく、たぶん俺だ。
俺が俺に言った。「おつかれさま」。
次に来る者へ、最初の礼を教える。
礼は最初で最後。最初の礼が最後の礼へ繋がっているから、円は円足る。
円の中央に、たしかに黄金の点がある。
点は、つぎの夜にひと口ぶんだけ増える。
この家は繁る。
繁るとは、増えるだけではない。
続けられる、ということだ。
続くことは、禁忌を必要とする。
禁忌は、常に「美味い」の形で配られる。
戸口が、静かに鳴った。
――すべり。
靴音が一歩、二歩。
ひとつの影が、敷居の内側に入る。
呼吸の音が若い。腹の鳴りは律儀。
その影は、招待状を持たなかっただろう。招待状は腹に届く。
主人の声が、今度こそ人間の喉から。「ようこそ」
影は答える。「失礼します」
盃が配られ、縁が光った。
「いただきます」と彼が言う。
広間が「どうぞ」と言う。
盃の底に、うっすらと、俺は微笑んだ。
選べ、という声は、彼に向けてではなく、彼の腹に向けて出される。
腹は、いつも正しい。
正しいが、救われない。
救われないが、続けられる。
続けられるなら、家は栄える。
栄える家は、いつもどこかで、誰かの毒を食べている。
毒は分かち合われ、祟りは管理され、祀りは饗される。
――怪饗譚。
語りは、食卓で始まり、食卓で終わる。
いのちのめしは、いつでも禁忌の味がする。
禁を噛むたび、歯が一本、祖霊の列へ並ぶ。
そして、残された歯で、次の夜を噛む。
器の底で、小さな拍手。
ちり、ちり。
からん、からん。
ぼう、ぼう。
合図は整った。
宴はまた沈み、また浮く。
笑うこと。
残さぬこと。
名を呼ばぬこと。
――三つの礼儀が、今宵も、等しく並ぶ。
そしてそのすべてが、最後には「いただきます」というただ一語に溶けて、盃の底で光る。




