最終話「そして明日へ…」
いつもと変わらない平穏な朝。
高層ビルの合間を走る風が、かすかな光を纏って通り過ぎる。
エレナはベランダからその光をぼんやりとみていた。
彼女の眼「時渡の眼」は、時にこの美しい朝が続かないことを囁いてくるが、それでもエレナは微笑む。
リィナの寝息が室内からかすかに聞こえる。
夫のレオは出勤中。
青は朝から若手訓練生の指導に出ている。
ふと、スマホにメッセージが届く。
【macoto】:
おっはよ〜ん♡
エレナちゃん、今日も特訓のお時間よぉ!
腕が鈍ってると可愛い顔が泣いちゃうわよん?
TDLで待ってるからねぇ♪
「……やれやれ、今日も全力でいかないとね」
エレナは髪を結い、訓練服に袖を通すと、娘にそっと声をかけた。
「リィナ、起きたら朝ごはんあるからね〜」
「行ってくるよ〜」
BAR「TRD」は昼間、営業していないが、裏手には小さな訓練用のスペースがある。
元・戦士たちの秘密のアジトでもあるそこに、今日もmacotoの高らかな声が響いた。
「エレナちゃんってば遅刻寸前じゃなぁい? 」
「乙女の訓練は時間厳守が基本よ〜」
「……ごめん、マスター」
「でも乙女に言う言葉じゃない」
「あらまっ!」
「生意気言うようになったじゃない?」
「昔はあたしの脚にしがみついてこわいよぉとか泣いてたクセにぃ〜〜!」
「そ、それは昔のはなしっ!」
訓練場の地面に、木剣が数本立て掛けられている。
エレナはその一本を取ると、macotoも軽やかにもう一本を手に取った。
「さぁて、今日は時渡の眼を封じての剣術訓練よぉ」
「未来に頼らず、今この瞬間の風を感じなさい!」
木剣が交わるたび、乾いた音が響く。
エレナは笑いながら、汗を流し、そして確かに戦士として強くなっていた。
訓練を終えた後、macotoが用意した冷たいハーブティーをふたりで飲む。
「……マスター、もし私が視た未来を変えられなかったら……どうする?」
「んまぁ……また難しい顔しちゃってぇ」
「あんた、未来を変えるんじゃなくて、選ぶのよ?」
「選ぶ?」
「……でも、未来って決まってるんじゃ……」
「違うわよぉ!」
「未来ってのはね、選択の連続」
「あなたが誰の手を握るかだけで、いくらでも色が変わるの」
「あたしねぇ、あんたが誰の手を選ぶのか、ずっと見守るって決めてんのよ」
「……エレナちゃんは、そういう子だから。」
エレナは少し目を伏せて、笑った。
「……ありがとう、マスター」
訓練を終え、エレナが帰宅すると、キッチンから香ばしい香りが漂っていた。
「ママ、おかえりっ!」
リィナがふわっと笑いながら駆け寄ってくる。
その小さな手には、焼きたてのパンと目玉焼き。
まだ料理は不慣れで、トーストも少し焦げていた。
「頑張ったね!」
「リィナ、ひとりで作ったの?」
「おじいちゃんに教えてもらったの〜」
青がダイニングの奥で新聞をたたみながら、ふっと笑う。
「まだまだだけどね」
「でもまぁ、焦げるくらいがちょうどいい。…命の味がする」
「意味わかんないよ、おじいちゃん!」
食卓には、温かい空気が満ちていた。
だが、エレナの眼の奥では、すでに一つの歪みがゆらいでいた。
ふいに、リィナが眉を寄せる。
「ねぇ、ママ……なんだか胸が、ざわざわする……」
「……っ!」
エレナの眼と、リィナの心音が、重なった。
そこに在るはずのない風景が、ふたりの意識に流れ込んだ。
視界の端。
何も無い空間に、黒い「何か」が、ただ在る。
音も匂いもない、ただ存在する影。
その視線が、こちらを見た。
「……リィナ、今のは……」
「視えた……ううん、感じた」
「誰かが、見てる……!」
「……心音共鳴が、こんなに強く発動するなんて……」
エレナはリィナの手を握る。冷たくなった手が、小さく震えていた……
その日の夜、リィナは早めに眠りについた。
エレナはベランダに立ち、夜風に髪をなびかせながら空を見上げていた。
「……また…視えたのか?」
声の主は、青だった。
寝室から出てきたのだろう。
ゆっくりと彼女の隣に立つ。
「うん……今までよりはっきり」
「在るはずのない何かが…」
「……あれはもう、始まっているのかもしれんな」
「エレナ、お前の眼は進化した」
「だが、まだ揺れている」
「誰かを守るために視ているのか…」
「それとも誰かを傷つけないために、視ようとしているのか…」
「それを、見極めるんだ」
エレナは、何も答えられなかった。
青の言葉は、静かに深く、彼女の中に沈んでいく。
翌日…
エレナはmacotoのBAR「TRD」に再び足を運んだ。訓練のためではなかった。
カウンター越しに、macotoが紅茶を淹れながら言う。
「アンタ、顔に書いてあるわよ」
「未来が怖いでーすって」
「……うん、正直に言えば、怖いよ」
「見えた未来を変えられる気がしない」
macotoはふと棚の奥から、1枚の古い写真を取り出した。
それは、まだ小さかったエレナを囲む、青、ジョシュ、macoto…そしてリカの姿が映ったもの。
「エレナちゃん…」
「あたしたちはね、あんたを育ててきたの」
「可愛いから? もちろんそれもあるけどぉ…」
「エレナちゃんが未来を選べる目を持つ子になるように信じてたからよ」
「マスター……」
「怖いなら、怖がりなさい」
「泣きたいなら、泣きなさい」
「でもね、あんたは一人じゃない」
「未来に影が来るっていうなら、こっちは光になってやればいいだけの話じゃないのぉ!」
macotoの言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。
エレナは目を閉じた。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「……うん」
「マスター、ありがとう」
「ちゃんと、自分の足で立って見極める」
その日の深夜。
エレナは再び視ていた。
「っ……はぁっ……!」
ベッドから跳ね起きる。
全身汗で濡れ、喉が焼けるように渇いている。
彼女の時渡の眼は、もう2秒先の未来を見るものではなかった。
断片的に、時間の外側にある何かを捉えはじめていた。
それは言葉では言い表せない。
ただ、何かが来ることだけが確かにわかる。
(あれは……誰? 何?)
耳に残る、音にならない声…
感情のような、怨念のような無数の何かが、彼女の眼の奥に詰まっていた。
そのとき。
リィナの部屋の方から、金属音が響いた。
「リィナ!」
エレナが飛び込むと、リィナは無意識のまま、何かと戦っているように暴れていた。
「やだ……やだ……来ないで……こっち、見ないで……!」
「リィナッ!!!」
目を覚ましたリィナは、涙を浮かべて震えていた。
「ママ……黒い人が、夢にでたの……」
「一人じゃなかった、たくさん……音もしないのに、頭の中にずっと……」
「あれ、夢じゃないよね…」
エレナはリィナを抱きしめる。
二人の鼓動が、また重なった。
心音共鳴が、強制的に発動する。
……視界が、黒に染まる。
赤く爛れた空。
逆さに折れ曲がる時計塔。
時を食い破るような歪んだ存在が、こちらを見ている。
……声がした。
「戻れ」
「ここはお前たちの時間ではない」
「ここは我らの場所だ」
その言葉に圧倒され、二人の意識は閉ざされ気を失う…
目覚めた時には朝日が差し込んでいた。
(あれは、未来から来るものじゃない。……もっと、深い……)
その日、青は任務に出かけていた。
エレナがリビングでリィナを抱きしめたまま座っていると、スマホがなった…
「……ジョシュ?」
「エレナちゃん、兄貴から聞いたよ、何か視えたらしいね」
「なんか大きな音がした見たいだけど大丈夫かい?」
「え!?」
「なんでジョシュわかるの?」
「ごめん…レオも青さんも不在の時は隊員を護衛につけていたんだ」
「ジョシュ…ありがとう」
「……でもまだ、はっきりとは……」
「構わない」
「視たってことが、もう十分な情報だ」
「え?」
「レオも動いてる」
「隊員たちも再招集に入った」
「時の底で何かがうごめいている」
「俺たちで、もう一度、狭間の門を閉じる準備を始める」
驚愕の言葉。
「狭間の世界は……」
「パパが命がけで…」
「崩壊したはずじゃ……!」
「それが、完全には壊れてなかったんだ…」
「いや、正確には無理やり開きかけてると言う方が近い」
「何か…青さんの力とは違う力が働いている」
「いま、青さんとレオに調査してもらっている」
巨大な地下空間。
淡く揺れる光の柱の中、青とレオは旧世界の記録装置と呼ばれる封印領域に立っていた。
「……やはり、残っていたか」
青が険しい顔で口を開く。
「ここはおそらく、月影一族…青さんの祖先が残した物と思われます」
「うちの隊員が偶然見つけて…」
壁に浮かぶ古代の文字。
その一部が、明らかに何者かに書き換えられている。
「これ……誰の文字だろう?」
「違う…しかも、これは……時間術式に干渉する逆符号だ」
青が手をかざすと、文字が淡く反応し、反転する。
そこに浮かび上がったのは、帰還という文字。
「……これは、あちら側からの意志だ」
「何が帰還するんでしょうか……?」
「わからない…」
「ただ、僕が崩した狭間は、もともとは誰も干渉できないはず」
「だれかがこの装置を書き換えて、狭間の世界が壊れた時に作動する様にした…」
「青さん……それは過去が戻ると言う事ですか?」
青は沈黙したまま、ふと目を伏せる。
「……俺が破壊したと思っていたのは、外側だけだったのかもしれない」
「だが、中身は、いまだ、在り続けていた」
「おそらく、それが出来るのはあいつしかいない…」
狭間の世界の崩壊と同時に装置が作動するように仕掛けた人物…
彼女の影が青とレオの脳裏にちらついていた。
夕暮れ。
リィナがぐっすり眠る中、エレナは一人でmacotoのBAR「TRD」へと足を運んでいた。
「……マスター」
「いらっしゃい、エレナちゃん。心がざわついてる顔ねぇ〜」
macotoはカウンター越しにグラスを磨いている。
店には他に誰もいない。本日のTRDは、どうやら貸切らしい。
「……時渡の眼が……見えるの」
「今までと、まったく違う何かが」
「影を見たのね…」
「あたしの予感、当たっちゃったかしら?」
「……知ってたの?」
macotoはグラスを置き、カウンター越しに目を細める。
「昔、青とあたしが狭間を少し覗いたときね」
「そこには時間に溶けた声が渦巻いてたの」
「戻せ〜だの壊すな〜だの、ひとつじゃない声がね」
「まるで怨霊の合唱みたいにねぇ……ゾッとしたわ〜」
エレナはごくりと唾を飲む。
「それって……」
「そうよ」
「影は一人じゃない」
「誰かじゃなくてなにか…もっと集合的な意志よ」
「……それが、あたしの眼に引き寄せられてるってこと?」
「そうかもしれないわね、エレナちゃん」
「でもね……あんたは引き寄せる側でありながら、盾にもなれる子よ」
macotoは穏やかに、けれど鋭い視線で言った。
「誰かに守られるだけの時代は終わったわ」
「今度は、あんたが見た未来の先頭に立つのよ」
エレナは静かに目を閉じ、うなずいた。
帰還した青は、リビングで眠るリィナと、その隣でじっと考え込むエレナの姿を見つける。
彼女の眼は、以前よりも明確に、どこか先を見据えていた。
「……来たんだな、あれが」
青が低くつぶやく。
エレナが振り返る。
「……パパ」
「やっぱり、狭間の世界は終わってなかった…」
「いや……完全に終わっていた」
「だが、その終わりを拒んでいる何かが、時間の向こうにいる」
「私……見えるよ…」
「もっと深くて、冷たくて、泣いてるみたいな何かが」
「もしかしてあれって…」
青はゆっくりとうなずいた。
「ああ、おそらくそうだ…」
「彼女が最後に言った意味がやっとわかった」
「だが、泣いてるなら……まだ話せるかもしれないな」
その言葉に、エレナの眼が見開かれる。
翌朝。
陽が昇り、窓の外に柔らかな光が差し込む。
リビングのソファで、リィナがまだ眠る中、エレナは静かに立ち上がった。
鏡の前で髪を結び、トレーニングウェアに袖を通す。
「TRDに行ってくるね」
「リィナ、ちゃんと寝ててね」
声をかけると、まどろみの中でリィナが小さく頷いた。
「マスター!おはよう!」
「あらら?今日のエレナちゃんは目つきが違うわね?」
「……マスター、私、本気で戦う覚悟ができた」
「ようやく覚悟の眼になってきたわねぇ……」
「ふふ、よ〜し、それじゃ今日は、今までで一番キツいのいくわよ」
macotoの声に、エレナは笑った。
「お願いします、マスター」
訓練場に張り詰める空気。
エレナの動きは、これまでと違っていた。
目線がブレず、技に迷いがない。
「時渡の眼で見えるなら、今度は斬り込むのよ!」
「遅い!もっと早く!」
「はい!」
「ダメダメ〜」
「もっとスピードをあげなさい!」
「…は、はい!」
「そんな剣でだれがまもれるの!」
「くっそーーーー!」
エレナが叫ぶ。
身体の中心から力が解放され、予知と反応が一致した。
ズバッ!
空気が切り裂かれる。
macotoが満足げに頷く。
「……うん、これなら影とも、やり合えるかもねぇ」
エレナは息を整えながら、前を見据えた。
「わたしが先に見る」
「見て、動く」
「それがわたしの戦い方……」
「エレナちゃん…」
「明日から新しい指導員をつけるわ」
「AKANE、おいでなさい」
「エレナさん……おひ…あっ!」
「初めまして…AKANEです」
「あなたがAKANEさん」
「初めまして!」
「稽古、よろしくお願いします」
「あ、はい」
「よろしくお願いします…」
明日から、AKANEの地獄の特訓がはじまる…
その頃、トライデント本部。
司令室で青と2人、隊員リストを眺めていた。
「macotoは……どうする?」
「兄貴にも隊に入ってもらいます」
「厳しいですかね?」
「アイツならもう準備万端さ」
「のんきに酒なんて出してるわけがない」
青とmacoto……
引退した老兵が再び戦いにでる。
「レオの部隊、1番隊はすでに動いてています」
「もう一度、全隊の足並みを揃える必要がありそうですね」
「門が完全に開ききる前に」
青の眼が鋭くなる。
新生トライデントは分隊制にした。
1番隊…隊長「レオ」
•前衛オールマイティ型
2番隊…隊長「AKANE」
•剣を用いた接近戦型
3番隊…隊長「リク」
•気功を使った後方支援型
4番隊…隊長「ガンマ」
•パワーで押し切る特攻型
5番隊…隊長「ヨル」
•隠密行動を得意とするステルス型
そして、特殊部隊として、青、macoto、エレナ、リィナ、オディゴスと10名の隊員。
各部隊、隊長の戦闘スタイルに合わせたメンバー構成にしてある。
「よし!これで行きましょう」
「明日、皆に発表します」
青さん、兄貴達を連れてきて頂いていいですか?」
「OK」
「エレナが言うには後、三年だ、、、」
「二年で各隊の連携を強固なものにするぞ」
「ハイ!青さん!!」
準備は着実に前へ進んでいた
エレナが家に戻ると、そこに青とジョシュ、そしてmacotoがいた。
「エレナちゃん、来たわねぇ〜」
「さ、一杯……って言いたいとこだけど、今日は真面目な話よ?」
ジョシュが苦笑しながら頷く。
「戦いが始まる前に、確認しておきたいことがある」
エレナが座ると、青が口を開く。
「……狭間が戻ってこようとしている」
「それに合わせて、トライデントも備える」
そして…エレナがその先頭に立つんだ」
エレナは何も言わず、頷いた。
macotoが言った。
「……あんたの眼が、今後の全ての鍵になる」
「影が何なのか、どこから来るのか……」
「視ることが、あたし達に必要になるわ」
ジョシュが言った。
「だからエレナちゃんには最後まで立っていてほしいんだ」
「エレナちゃん…」
「その眼で、未来を見て、僕たちを導いてほしい」
エレナは、青の顔を見つめた。
青は静かにうなずき、こう言った。
「……エレナ達の時代が、始まるんだ!」
「リィナはまだ起きてるかな?」
「あー、、、、」
「ずっと聞いてたー……」
壁の後ろに隠れて、リィナとオディゴスは話を聞いていた。
「ちょうど良い」
「リィナ座ってくれ」
「はい」
「リィナ…君はもうひとつの鍵だ」
「そして、エレナを支えるんだ」
「その力で!」
「はい」
リィナは真剣な眼差しでただ返事をした。
「オディゴスもそこにいるんだろ?」
「さすがは我が主…お見通しでしたか」
「オディゴス…君にもトライデントに所属してもらう」
「エレナとリィナを守ってほしい」
「御意」
「この命運…我が主に捧げましょう」
ジョシュが立ち上がり話をまとめる。
「明日、みんなに正式に発表します」
「どうか、我らトライデントに力を貸していただきたい」
「明日は早いので今日は解散しましょう!」
各々深く頷き席を立つ
強い光がそこにはあった……
朝、トライデント本部・訓練中庭。
冷たい風の中、整列した数十名の隊員たちが黙って立ち並ぶ。
その中心には、ジョシュ、そして青とmacotoの姿。
ジョシュの声が、広く澄んだ空に響く。
「これより…新生トライデントの分隊制を正式に発表する」
背筋が一斉に伸びる。
「我々はこれまで、単独・あるいは臨時の混成チームで任務に当たってきたが、これからは5つの常設部隊と1つの特殊部隊で運用していく」
「それでは、僕から各隊長を紹介していく!」
「各隊長、前へ……」
沈黙の中、5人のメンバーが前に進み出る。
まず、冷静な眼差しの男が一歩前へ。
「1番隊、隊長・レオ」
「戦闘スタイルは前衛オールマイティ型」
「どの任務にも対応できる、バランス重視の部隊だ」
レオは一礼し、無言で隊列を見渡した。
続いて、キリッと引き結ばれた口元に鋭い眼差し。
和装風のジャケットに身を包んだ女性が進み出る。
「2番隊、隊長・AKANE」
「剣を用いた近接戦闘に特化」
「機動力と斬撃で前線を突破する」
AKANEは一歩後ろに下がると、すっと立ったまま静かに目を閉じた。
続いて現れたのは、やや小柄でひょうひょうとした青年。
袖をまくり、手には護符のような布を巻いている。
「3番隊、隊長・リク」
「気功と補助術を用いた支援型部隊」
「援護と補強を同時に担う後方の要だ」
リクは人懐っこい笑みを浮かべながら、周囲を軽く手で挨拶した。
そして、大きな肩幅に鋼のような腕を持つ巨漢が一歩。
「4番隊、隊長・ガンマ」
「戦術は単純明快、力で押し切る突破特化型」
「防御と攻撃を一体化させた破壊部隊」
ガンマはドン、と胸を一度叩き、唸るような低い声で一言だけ。
「よろしく頼むでぇ」
最後に、静かに歩み出た黒衣の女性。
その気配すらほとんど感じさせない。
「5番隊、隊長・ヨル」
「隠密行動を得意とするステルス型部隊」
「潜入、諜報、暗殺に特化した影の部隊」
ヨルは何も言わず、一礼だけをして静かに列へ戻った。
ジョシュが歩み出て、全隊員に告げた。
「それぞれの隊には、隊長の戦闘スタイルに合わせた選抜隊員を配置する」
「作戦ごとに各隊が単独・連携して動くことになる」
「各自、自らの任務を理解し、全体の勝利を目指せ」
一瞬の沈黙ののち、全隊員が声を揃えた。
「了解!!」
その声は中庭に響き渡り、空気を一変させた。
全隊員の敬礼が終わったあと、青は再び一歩前に出る。
その背後には、エレナ、macoto、リィナ、そして、静かに佇むオディゴスが立っていた。
「……そして、最後に紹介するのは、我々の切り札となる部隊」
空気が一段と張り詰める。
「5つの分隊とは別に、緊急・特殊任務を担う選抜部隊」
「特殊部隊コードネーム:Oculus」
その名が響いた瞬間、場の温度が一瞬で変わった。
視線が集まる。だが彼らは揺るがず、そこに立っている。
青は、最初に自らを名乗った。
「僕が指揮を執る…月影 青だ」
「任務は、全体の統括と門の監視」
「必要があれば、自ら戦う覚悟もある」
続いて、macotoがすっと前に出る。
「macotoよぉ~」
「引退した老兵だけど、まだまだ若い子には負けないつもり」
「それに、可愛い教え子のためなら、いつでも命を賭けるわ」
口調とは裏腹に、その目には鋭い炎が宿っていた。
次に進み出たのは、まだ小柄な少女…リィナ。
「……リィナです」
「私は内側から守ります」
「……みんなの心が、折れないように」
短くとも、力強い言葉。
小さな体に秘められた光が、誰の目にもはっきりと見えた。
そして、コートを揺らしながら歩み出たのは…オディゴス。
「私はオディゴス」
「皆様のサポートをしてまいります」
異質な存在でありながら、その静かな威厳に誰もが息を呑む。
最後に、青が振り返り、静かに言った。
「エレナ、前へ…」
足音が一つ。
エレナが前に進み出る。
まっすぐな瞳…その奥には、揺るぎない決意があった。
「私は、月影エレナ」
「私は視る者として、そしてこの戦いの先頭に立つ者として、この部隊に加わります」
「……未来がどうあれ、私たちが変える」
「それが、Oculusの役目だと信じています」
その言葉に、空気が震えた。
エレナの目が、全隊員を見渡す。
誰も、目を逸らさなかった。
青が続ける。
「Oculusは、あらゆる異常事態、未知の戦力への対応を行う」
「この5人を中心に、10名の選抜メンバーを加え、光のように照らす存在だ」
「これが、新生トライデントの全貌だ」
「三年後に訪れる影に備え、我々は走り出す」
「準備は、もう始まっている」
静寂を破るように、macotoが最後に手を叩き、笑った。
「さぁ、皆!鍛え直すわよぉ!」
場の緊張が一瞬だけほぐれたその瞬間。
未来は、音もなく動き出していた。
場のざわめきが収まる中、最後に一人、静かに前へ出る男がいた。
トライデント総リーダーにして、macotoの双子の弟…ジョシュ。
かつて影に心を蝕まれた過去を持つ彼の言葉には、特別な重みがある。
深く、全員に一礼をしてから、口を開いた。
「……君たちに託す」
その一言に、静けさが訪れる。
「この言葉は一人一人の意志で戦えと言う意味だ」
「世界は、もう後戻りできない場所まで来ている」
「門は開きつつあり、影は再び、形を持ちはじめた」
「僕たちトライデントは、その影に立ち向かう存在だ」
「真っ先に災厄を知り、最も早く血を流す者たち…だけど…」
彼は、エレナとリィナに目をやる。
「君たちが未来を見ている限り、俺達は立ち止まらない」
「だから、信じて進もう!」
「誰一人、見失わないように」
「分隊制は、ただの組織編成じゃない」
「これは絆の再構築」
「戦いは、すでに始まっている」
ジョシュが手を振り下ろす。
「トライデント解散ッ!」
「了解ッ!!」
全員が一斉に敬礼し、空にその意志を響かせた。
……翌日
まだ陽の昇らぬ時間冷たい朝の空気の中で、乾いた足音が響く。
訓練場の中央に、エレナとAKANEが向き合っていた。
AKANEはいつもより険しい表情で、静かに木剣を構えている。
その目は、容赦を捨てた師のそれだった。
「今日から三ヶ月、エレナさんには私の剣を受けてもらいます」
「……はい!」
「勘違いしないでください。
これは修行ではなく、鍛錬です」
「……!」
AKANEは一歩、エレナに近づいた。
「あなたが一人で先を見るなら、私はその背中を守るつもりはありません」
「でも…」
「共に斬り込む覚悟があるなら、全力で守ります」
沈黙。
エレナは、木剣を握りしめ、深く頷いた。
「……お願いします、AKANEさん!」
カッ!
次の瞬間、AKANEの木剣が空を裂いた。
「遅い」
「遅れたら…死あるのみ」
地獄のような特訓が始まる。
だがエレナの眼は、一瞬たりとも逸れることはなかった。
未来を視るその眼が、戦う覚悟を証明する限り。
「っ…うぐっ!」
足元が浮いた。
身体が宙に舞い、そのまま地面に叩きつけられる。
「立って」
冷たく、感情のない声。
AKANEが、木剣を片手に静かに立っている。
エレナは唇を噛んで、ゆっくりと立ち上がった。
額から血が滲んでいる。
だがそれよりも、心が追い詰められていた。
(視えた……のに、避けられなかった……)
エレナの眼…時渡の力は、数秒先の未来を読み、相手の動きを予測する。
だが、AKANEの動きは、それを上回る。
予測の先を斬ってくる。
「…甘い」
「眼に頼らないで」
「……っ、でも……!」
AKANEの姿が、一瞬で消えた。
(来る!)
左から、背後。上から!
三手先を読んで動いた……はずだった。
「がはっ!」
胴に直撃、エレナの身体が吹き飛ばされる。
砂埃が舞い、咳き込みながら膝をつく。
(……おかしい……この人の動き……)
AKANEが木剣を構え直しながら、淡々と告げた。
「あなたの視る力は優秀です」
「でも、同じ領域に入らなければ、意味がない」
その声に、エレナの心がざわつく。
(なぜだろう。……この人と、前にも戦ったことがある気がする)
だが思い出せない。
ただ、身体が、心がこの人は危険だと叫んでいる。
「立てますか?」
「……当たり前でしょ……っ!」
エレナは立ち上がった。
足元はふらつく、だが心は折れてはいない。
AKANEが、構える。
その刃先が、真っ直ぐにエレナを射抜く。
「では、殺し合いのつもりで」
そして、第二の打ち込みが始まった。
打ち合う木剣の音が、空気を裂いた。
ガン!
「くっ……!」
またも一撃、エレナの左腕がしびれた。
AKANEの一太刀は、視えていても防げない。
それでも、当たる位置がわかるようになってきた。
(視るだけじゃダメ……意図を読まなきゃ)
AKANEの動きには、機械のような正確さがある。
でもそれは、単なる力じゃない。
無駄のなさ、一手一手に、目的がある。
(押してるように見えて、毎回私は逃げ道を封じられてる)
数手先の自分を、先回りされてるまるで、視られているような感覚。
エレナの眼が、一瞬揺れる。
「迷ったね…」
次の瞬間、AKANEの木剣が寸前で止まった。
鼻先に、風圧が走る。
「……甘い」
エレナは、悔しそうに木剣を下げた。
だが、その表情には焦りではなく、確かな理解があった。
「AKANEさん……あなた、昔、どこかで……」
AKANEはふっと目を細めた。
「その質問には、いずれ答えます」
「今は私を倒す覚悟がなければ、聞く資格はありません」
「……っ!」
「過去を知るには、今を生き残ってみせて」
「その眼で、すべてを視てから」
そして、再び構える。
「行きます…」
エレナは木剣を握り、もう一度、立ち上がった。
「……はい!!」
エレナの鍛錬はまだまだ終わらない…
風が吹き抜ける静かな朝…
砂地の訓練場。
今日も、AKANEとエレナは剣を交えていた。
最初の頃とは違い、エレナの構えに迷いはない。
だがAKANEの動きは、相変わらず視えない。
エレナの時渡の眼は、無数の可能性を見通す力。
だが相手が迷いのない一閃を放ったとき、その未来は一本に絞られる。
(だったら、私も)
呼吸を整える。
心のノイズを沈める。
視るのをやめた。
その瞬間、身体が軽くなった。
眼ではなく、心が剣を振った。
「はぁあああッ!!」
空を切り裂く音が響いた。
一瞬遅れて、AKANEの木剣が止まる。
次の瞬間、木剣の先端が、AKANEの肩口をとらえた。
ピタリと動きが止まる。
「…………」
風が吹き抜けた。
エレナは、息を切らしながら立っていた。
額から汗が垂れ、両手は震えている。
だが、その眼には、はっきりとした光が宿っていた。
「一本」
静かに、AKANEが言った。
「あなたの勝ちです」
「……!」
エレナの目が見開かれる。
数日ぶりに、AKANEが微かに、笑った。
「目に見えるものがすべてじゃない…」
丘の上。
木陰からその様子を見ていたリィナが、歓声をあげそうになって、手で口を押さえた。
「……ママ……!」
彼女の隣には、青とmacoto、そしてジョシュが立っていた。
macotoがゆるく笑う。
「やるじゃない、エレナちゃん……あのAKANEちゃんに一太刀だなんてねぇ」
青は頷きながら、呟く。
「迷いを捨てたな……これが覚悟か…」
ジョシュも静かに目を細めた。
「……それでこそ、僕達の眼だ」
リィナが拳を握る。
「……私も……私もあそこまでいかなきゃ……!」
macotoがちらりと彼女を見る。
「リィナちゃん、あんたの出番ももうすぐよ」
そして視線を再び訓練場へ戻す。
「戦いはすぐそこ。準備は、着実に進んでるわね……」
その夜。
エレナとリィナは、灯りを落としたリビングで並んでソファに座っていた。
テーブルの上には、リィナが作ったホットココア。
エレナがそれをひとくち飲んで、目を丸くした。
「……あっつ!でも、おいしい!」
「傷口にしみる~」
「ふふ、ちょっと熱すぎた?」
「いや、これぐらいがちょうどいいかも」
ソファに並んで、毛布をかぶる二人。
窓の外には、星がぽつぽつと瞬いていた。
「ママ…今日の特訓……かっこよかったよ」
「見てたんだ?」
「うん。こっそり」
リィナが小さく笑う。
「でも……ちょっと怖くもなった」
「え?」
「……ママがすごく遠くに行っちゃいそうで」
「……」
エレナは、カップを両手で包んだまま、小さく息をついた。
「そんなことないよ」
「……リィナがそばにいてくれるから、私、がんばれてるんだ」
「うそ…」
「私なんて……全然戦えないし…」
「違うよ、リィナ」
エレナはリィナの頭をぽん、と撫でた。
「戦うって、剣を振ることだけじゃない」
「リィナの力、これから必要になる時が来る」
「……うん」
「それに……」
少し照れくさそうに、エレナが続ける。
「帰ってきたとき、灯りがついてて、あったかいココアがあるだけでさ……私、めっちゃ幸せなんだよ」
リィナのほおが少し赤くなった。
「それ、ずるいよ」
「ふふ、なにが?」
「そういうの、ずるい」
二人は笑った。
それは、戦火に覆われる世界の中で確かに存在する、小さな平和の時間だった。
「リィナ、時間だ」
「TRDに行こう!」
「うん!!」
リィナとエレナは手をつなぎBAR「TRD」に向かった。
夜風に揺れるドアベルの音と共に、エレナとリィナが扉を開けると、店内はすでににぎわっていた。
「おぉ、来た来た~!エレナちゃん、リィナちゃん、こっちよ~ん!」
カウンターの奥でmacotoが派手なシャツ姿で手を振る。
その隣には、すでにヨルとリク、ガンマの姿があった。
「……わあ、なんか変な安心感ある」
「でしょ? ここは戦場からの避難所だからねぇ〜」
リィナがmacotoのエプロン姿にくすりと笑った。
「今日も似合ってるよ、macotoおじちゃん」
「 リィナちゃんってば、口がうまいんだから~」
ヨルが手元のグラスを揺らしながら言う。
「リィナちゃんに褒められたら、macotoさんが次の一杯タダで出すって噂……」
「ちょ!!、誰がそんなデマ流してんのよ〜!? 」
リクが小声でリィナに耳打ちする。
「ここの静寂のミルクティー……」
「意外と効くよー」
「集中力が増すって噂だよ」
「え、そうなの?じゃあ私もそれ飲む―」
macotoがサッと出したのは、琥珀色に澄んだミルクティー。
香りは柔らかく、それでいて背筋を正すような芯がある。
「……おいしい…」
「でしょ~?」
「 戦場帰りの戦士の心と胃袋を掴むのがmacoto流よ」
ガンマが肩を揺らしながら笑った。
「こうしてると、ホントに戦いが近いって忘れそうやなぁ」
ヨルが静かに応じる。
「忘れていい夜が、少しくらいあってもいい」
「どうせすぐに思い出すんだから」
「……うん」
エレナも頷いた。
macotoはカウンターの奥から、ゆっくりと空を見上げる。
「……嵐の前の、静けさってやつね」
「でもこの場所は、嵐の中でも灯りを消さないわよ」
リィナが小さく言った。
「私、この場所が好き」
macotoがウインクを返す。
「なら、リィナちゃんが守りなさい」
「ここも…家族も…みんなも…」
「……うん!」
その瞬間だけは、誰もが剣を置いた優しい顔になっていた…
月も雲に隠れた夜。
郊外の無人地帯。
誰も住まなくなった集落に、わずかに電灯がまたたいていた。
静寂の中。
足音一つないはずの地面に、音がした。
ざ…っ、ざり……
人の気配ではない。
けれど確かに、そこには「何か」がいた。
建物の壁が、影に溶ける。
草むらの黒が、うごめく。
人の声とも、動物の鳴き声ともつかない音が空気を裂いた。
しばらくして、それはまた静寂に戻る。
まるで何も起きなかったかのように。
だが、そこに確かに「何か」があった。
空気が、黒ずんでいた。
世界の皮膚が、裏返されたように。
影は、着実に近づいている…
BAR「TDL」。
通常よりも早く閉店したその空間に、今、トライデントの主要メンバーが揃っていた。
青、macoto、ジョシュ、レオ、エレナ、リィナ、オディゴス、AKANE、リク、ヨル、ガンマ。
店内の照明は落ち着いたトーン。
だが、その空気は引き締まっていた。
ジョシュが立ち上がり、手元の端末をテーブル中央に置く。
映し出されたのは、無人区域での異常反応データ。
「……これが昨夜の映像だ」
再生される、異常なノイズ。
画面に何も映っていないのに、誰もがそこに何かいたことを感じる。
「これだよ」
「私があの夜…視たのは…」
リィナが目を細める。
「今度のは、前よりも深い…」
「まるでこちらの世界が浸食されているみたい…」
エレナが確信を持ったように目を見開く…
「オディゴス」
「君の見立ては?」
青が静かに名を呼ぶ。
オディゴスは軽く目を閉じて、呟くように答える。
「これはあきらかに侵食です」
「意図的に空間を歪めております」
「主が使っていたゲートを開く力と、似て非となるものでございます」
「我らの次元に、影が根を張り始めております」
macotoが口を噤んだまま、指を組む。
「つまり…もう迎撃じゃ遅いってことね……」
ヨルが続ける。
「影の動きが早まっているなら、探らないと…」
レオが頷く。
「特に、特殊部隊との連携訓練を始めたい」
「正面突破だけじゃもう間に合わないかもしれない」
青がまとめるように口を開いた。
「各隊に正式通達を出す」
「連携の強化をしよう」
ジョシュが最後に、全員を見回してから、言葉を置く。
「備えは終わった」
「これからは、選び、そして動く時期だ」
「時渡の眼が未来を視ても…」
「この場にいる僕たちが、それを実現する」
沈黙が落ちた。
それは重くもあり、同時に強くあたたかい決意の沈黙。
やがて、macotoが手を叩いて言った。
「……よし、それじゃあ改めて一杯、やりましょうか!」
「あんた達、胃袋も鍛えなきゃ、戦えないんだから!」
「にんにくガチ盛りのペペロンチーノ作るわね!」
場の空気が一気に和らいだ。
笑い声が混ざり合い、トライデントの灯りがまた、強く輝いていた。
青空の下…
トライデント本部の広大な訓練フィールドに、隊員たちの掛け声が響く。
それぞれの部隊が、異なる訓練エリアで汗を流していた。
《1番隊:レオ部隊》 前衛オールマイティ型
「隊長ッ!新しい連携パターン、成功です!」
「よし、次は対複数戦のシミュレーションに移るぞ!」
レオは冷静に隊員の成長を見極めながら、自らも前に立ち、剣を構える。
その背中は、誰よりも頼もしく、そして静かに熱い。
《2番隊:AKANE部隊》 接近戦・刀型
木々に囲まれた斜面。
隊員達は息を切らしながらも、AKANEの刃を受け止めようとしていた。
「まだ甘い!」
「……ッ!」
彼女の技は“理”を凌駕する速さと鋭さを持っていた。
だが、隊員達は確かに力をつけ始めている。
AKANEの口元に、わずかに笑みが浮かんだ。
《3番隊:リク部隊》 気功・支援型
静寂のなか、隊員たちは瞑想をしている。
その中央で、リクはひとつの光球を浮かせた。
「気を読む、気を感じる、気を繋げる…それが支援の本質だよ」
風が、穏やかに吹き抜けていった。
《4番隊:ガンマ部隊》 特攻・パワー型
「ぜってぇ逃がすなぁあああ!」
ガンマの声と共に、地面が揺れる。
破壊と突撃を兼ねた訓練場で、隊員たちは泥まみれになりながら突き進む。
「踏み込め!恐れるな!後ろにゃ仲間がいるんだよ!」
拳と叫びの嵐。だがその中には、確かな絆があった。
《5番隊:ヨル部隊》 ステルス・隠密型
夜のように静かな薄暗い区画。
誰もいないように見えて、そこには影のような存在が“潜んで”いた。
「発見できたら合格です、さあ、始めましょう」
ヨルの声が、どこからともなく響く。
訓練を終えた新人が呟く。
「……まじで気配ゼロだった……この人、何者……」
丘の上。
青とmacotoが、エレナとリィナを見下ろす位置に立っていた。
「……これから三年」
「長いようで、あっという間かもねぇ」
「鍛える時間は、そう長くない…」
「だが着実に成長している」
macotoがそっと言う。
「……あの子たち、必ず強くなるわ」
風が吹く。
遠く、フィールド全体に活気が広がっていく。
若き隊員たちが、今まさにそれぞれの「力」と向き合っていた。
未来の影に立ち向かうため。
三年後、門が完全に開くその日まで。
…戦いはまだ、始まっていない。
だが、それに向けた歩みは確かに刻まれている。
誰かが視て、誰かが支え、誰かが決断する。
その日が来るまで。
未来は、訓練場の音の中で、確かに形になっていた。
夕陽が地平に傾きはじめ、空が茜色に染まっていた。
それぞれの隊が、それぞれの場所で訓練を終えようとしていた。
汗を拭い、剣を収める音。
笑い声。
時折、怒号や転倒音。
だけどそこには、確かに生きる者達の気配があった。
ジョシュの声が響く。
「今日もいい動きだった。……だが、無理はするなよ」
隊員たちが軽く笑って、返事を返す。
その背中に、チームの絆がにじんでいた。
エレナとリィナは並んで座っていた。
トレーニングの終わり、少しだけ空を見上げて、無言で風を感じていた。
「……ねぇ、リィナ」
「ん?」
「三年って、長いと思ってたけど……今は、ちょっとだけ楽しみかも」
「……うん、あたしも」
「私とママの力もしっかりと連携させていかないとね!」
リィナは少しだけ笑って、エレナの肩に頭を預けた。
空に一番星が光りはじめていた。
まだ影は姿を見せない。
だが、それは静かに世界の隅に息づいている。
そして、ここにも確かに光がある。
誰かを想い…
誰かを守り…
誰かと笑い合える場所…
それが、我らトライデント!!
未来がどうあろうと、この日々が確かにあったことを、
誰もが覚えているだろう。
未来を守る、若き戦士たちの物語が今…始まる!!
狭間の暁 ―After the Fall―
最終話「そして明日へ…」完