206.北の果ての国-4
彼が足を踏み入れたのは、黒い煙が立ち上る、市街地だった。
踏みつけられた無数の紙屑が、赤い炎に炙られて灰に変わっていく。
その紙屑には、数々の嘲りの言葉が書かれていた。
“他国の戦とは、このようなものか”
彼は燃えていない一枚の紙屑を無言で読むと、彼はそれを足で踏みつけた。
紙屑にはこのような言葉が記されていた。
“お前達は間違っている。
お前達はまだ間に合う。
我が国に降れ。
お前達は我が国の国民だ。
お前達の土地は我が国のものである。
早く降伏したまえ”
紙屑が灰に変わっても戦は続き、何年もの月日が流れても戦は止むことはなかった。
彼は灰色の空を眺めた。
“止むことのない戦には、当事者以外の利害関係者が、それを終わらせぬよう、悪意を拡散しているようだ。
悪意の正体を突き止めなければ、それは止むことがない。
隣の国が自分の利益を得るためにこの国に対し戦争を始めたのであれば、隣の国が止まらなければ戦争は終わらない。
悪意はそれを行なう当人にしか止められないが、利益を欲するのをやめさせることができる人間など、この世の中にはいない。
だったら、私は何をすべきだろうか?”
“他国の人間がそれをやめさせるため、経済制裁や軍事増援などを行なっている。
それは正しいのか。
単に自分の国が利益を得たいだけ、のように、終わらぬ戦を見るたびに私は思う。
誰もがそれに手や口を出さなければ、すぐに終結したのではないだろうか。
誰かが援助したため、戦争が激しくなったのではないだろうか。
戦争が悪意であるなら、関わらないのが一番の策であると思うが、調停を任された以上は、戦を終わらせるために戦争にとって重要な”何か“を変えなければならない”
彼はある国の、兵部卿の地位にあった者。
彼の国ではかつて、国を滅ぼすほどの大きな内戦があった。
彼は内戦時にその地位についた者でもある。
彼は灰に変わった紙屑を見ながら、目を閉じて何事かを考え始めた。