転移者アイザックの苦悩 〜異世界転移した研究者、偏食に悩む〜
偉大なる賢者アイザックは、途方に暮れていた。
食べ物も……、飲み物も……手に入れることが出来なかったからだ。
実は彼、地球出身の転移者だ。
彼がこの精霊郷と言われる世界に転移してから、どのくらいの月日が経っただろうか?
彼はこの異世界の食べ物が口に合わなかった。
何故なら……、彼は重度の偏食家だったから。しかし彼を責めないで欲しい。彼が偏食になったのには、深い理由があるのだ……。
◆◆◆◆◆◆◆
私の名前はアイザック ウルフーー。
イギリスに生まれた科学者だ。
私は三度の飯より研究が好きだ。
研究に打ち込んでさえいられれば満足だ。
研究して、不思議を解き明かすこと以上の快楽は無いのだから。
ただし、僕は断じて変人ではない。
人並みに恋に落ちたことだってある。
しかし、その恋は惨めにフラれて終わってしまった。
恋のお相手は幼馴染のミア。彼女とは25歳の時にばったり街で再開して、たまに食事を共にするようになった。彼女こそ、私が添い遂げる相手だと思っていたが、27歳の時に彼女の自宅へ食事に招かれた時にフラれてしまった。
「とても美味しいよ、ミア……。カリウムと鉄分の味がアクセントになっているし、何よりビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12かな? ビタミンB群の苦味が全体を引き立てている……。とても美味しい……」
そう言った私に、彼女は唇を震わせながら『やっぱり………無理です………』そう言って別れを告げられてしまった………。
人間には向き不向きと言うものがある。それは決して優劣ではない。役割分担である。私には恋の才能が無かっただけの話だ。自分が得意だと思う道を進めばいい。そう自分に言い聞かせて、今まで以上に研究に打ち込んだ。
それからは研究室で寝泊まりするような生活に身を置いた。食べ物はハンバーガーとコーラがあれば充分だった。研究の隙に食べるのにはむしろ都合が良かった。
しかし、私が研究に打ち込むほどに、周囲の雑音が増えていった。
それは学派争いに始まり、研究への嫌がらせ、成果の盗難……、どんどんエスカレートしていった。そういった研究者同志の関係性は非常にストレスだった。そして私は、ストレス性の味覚障害になり、ハンバーガーとコーラ以外を受け付けなくなってしまった。
なぜ、研究者なのに研究に打ち込まないのだ? 打ち込まないだけなら別にいい。私には関係ない。しかし彼らは私の研究を妨害までするのだ。私はほとほと嫌気がさした。
そんな時、夢に女神様が現れて『精霊が住む世界が病気になっている。助けてほしい』と言った。私は即座に『むしろ私からお願いしたいくらいです』と返答した。私はそれが夢だと分かっていたけれど、本心から願ったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆
その夢から覚めて、私は驚愕した。どうやら本当に異世界へ転移していたのだ。
私は祠のような場所で目を覚ました。
ここが異世界だということは直ぐに分かった。周囲の植生は私の知識に無いものだったし、空には太陽が2つある。
私は大興奮で目に入ってくる情報の分析を始めた。それは植物の情報、天体の情報。遠くに見える街の情報。あらゆる情報が新鮮で、私は狂喜乱舞した。一心不乱に地面に思いついたことを書いていった。
そして、私は情報の分析に夢中になり過ぎて、いつの間にか餓死寸前に追い込まれていた……。異世界を救うために転移したのに、うっかり情報分析に夢中になって餓死……。こんなに無念で不名誉なことはあるだろうか? こんなに不思議だらけの世界なのに、碌に研究もしていない……。まだ転移してた場所から半径100メートル程度しか行動していない………。私は自分のウッカリ具合を呪いながら、空腹で動けなくなった身体をなんとか仰向けにして、空を見ていた。
『女神様……面目ない………』
「女神さまじゃありませんよっ! しっかりしてください! ほらっ……気を確かに! もしっ! もしっ!」
私は、まさに餓死寸前のその時、祠へ考古学の調査に来ていた研究者に助けられた。研究者はファル=シルシャと言った。彼女は持っていた果実を絞り、水で薄めて私の口に流し込んだ。私はその果実水を、ゆっくり嚥下した。
(コーラ以外を口にするのは……何年ぶりだろう………。なかなか美味いじゃないか………)
「これはプルーラの果汁です。栄養がありますわ……」
私は寸前のところでファルに救われ、彼女の研究所に運び込まれた。そして、私は彼女の研究所でお世話になることにした。彼女は面倒見が良かったし、私が転移者であることを打ち明けると。疑うどころか『なんていう幸運!』と喜び興奮した。
そして私は彼女の研究所で様々な研究をした。彼女はこの世界『精霊郷テラデア』の知識を私に与え、私は自分のもつ研究メソッドで精霊について研究をした。研究は大いに捗り、私は多くの成果を挙げることが出来た。
そして、その成果は認められ“偉大なる賢者アイザック”とこの異世界で認められるようになった。
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ファル=シルシャに助けられてから、3年が経った。
私はこの世界の人々に認められ、馴染むことができた。『精霊郷テラデア』は、私にとって、研究者冥利に尽きる、まさに新天地だった。
しかし、ただひとつ大きな問題があった。それは、私の偏食が治らなかったことだ。私は転移してきて以来、ファルが最初に飲ませてくれたプルーラの果実水しか胃が受け付けず、他の料理や飲み物を胃に入れると吐いてしまうのだ。
研究によって数種の栄養錠剤を生成することが出来たので、直ぐに死ぬことはない。ただ、私はこの3年間でずいぶん痩せ細ってしまった。元々私は、サッカーボールを蹴って骨折するような虚弱者だ。それが更に痩せたので、ファルは随分心配している。
私は、研究を続ける日々を縫って、この世界の食材も掻き集め、食べられる物が無いか検証を続けている。しかし、口にしては吐く………の繰り返しだ。
「ハンバーガーなら……食べれるのだが……」
私が強がるように呟くと、ファルは目の色を変えてその言葉に喰らい付いてきた。
「ハンバーガーとはなんですかっ?」
「どういう食べ物ですか?」
「何で出来ているのです?」
「味は?」「大きさは?」「色は?」「香りは?」
普段はおっとりとしているファルが、目の色を変えてハンバーガーについて質問を浴びせてきた。私は順を追ってハンバーガーについてファルに教えていくと、彼女はそれを細かにメモに書き取っていった。
そして、ファルのハンバーガーに関する研究が始まった。私がこの地で知り合った仲間とも協力して、有りとあらゆる獣の肉を集め、ソースに使えそうな香辛料や香草を研究した。
元々精霊郷テラデアは食文化が発達していない。地域によっては塩すら普及していないのだ。この世界でハンバーガーの研究は至難を極めた。しかし、彼女は考古学の研究の時間を減らしてでもハンバーガーを研究し続けた。
私は彼女が試作したハンバーガーを口に入れて、嚥下して……もどしてしまう……。それを何度も繰り返した。
そしてある日、彼女が私の残してしまったハンバーガーになれなかった料理を、肩を震わせて片付けているのを見てしまった。
私は、自分が情けなくなり……、彼女に申し訳なくて、『もういいから、自分の研究に集中しなさい……』と涙を堪えて訴えた。
「あら、研究者らしく無いお言葉ですわ……。失敗とは、可能性の絞りこみ。これは貴方の言葉でしてよ……。私はこの世界でただ1人、あなた以上に諦めの悪い研究者ですの。覚えておいてくださいな」
私は涙を堪えて頷き、そして寝床の中に入ってからひっそりと涙した。
それからも彼女の挑戦は続いた。肉となる獣を集める範囲を広げ、屈強な武人に頼んで凶暴な獣の肉も集め、時には大金を使って香草や薬草を輸入し、試行錯誤を続けた。
そしてとうとう、その日は訪れた。
彼女の作ったハンバーガーを、私は戻すことなく完食したのだ。それはイギリスで食べていたハンバーガーの味と同じではなかった。遥かに美味い、温かみのある、身体に染み込んでいくような極上の味だった。
「ああ……なんて美味さだ……ファル………」
私は喜びとともにハンバーガーを噛み締め、ファルを見ると彼女は勝ち誇ったように仁王立ちをして説明を始めた。
「このパテはイッカクの肉を3、それにシェールの肉を1加えて挽いたものよ! この割合が重要なの……ああ……違ったわ……、このパテは、風の加護に対して微弱に土の加護が多くなるよう比率調整し、水の加護は徐々に高めて風の半分以下で固定。さらに火の加護は攪拌が終わるとともに一気に加えたものよ。お口に合ったようで………何より……ですわ」
そして彼女はボロボロと涙を流した。ハンバーガーについて、初めて問い詰めてきた時以上に取り乱し、子供のように泣き出したのだ。
「あああ! 良かった! 良かった ! アイザック! 死んでしまうかと思って……良かった!!」
私はその日、初めてファルと抱き合って、そして泣いた……
◆◆◆◆◆◆◆
あれから数ヶ月が経った。
私は10年以上振りに恋に落ちたのだ。
彼女こそ、私が添い遂げる相手なのだ……
そして…ファルに、愛の告白をし………ていない…………
私は研究者らしく彼女に愛を告げよう。
そう! コーラを作り、彼女 ファル=シルシャ に捧げよう。
そして彼女と乾杯をするのだ。
私の全ての研究を差し置いてでも……
一刻も早く、この精霊郷でコーラを作り出してみせる。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
評価・感想などいただけましたら幸いです。
同じく精霊郷テラデアを舞台にした長編も連載中です。そちらもよろしくお願いします。