ある日猫となる
◆
猫「質問です。猫にとっての未来ってなんですか?あるいは過去とは?」
見知らぬ猫「さあね。知らないよ。そんなこと。猫に未来があるとすれば、それは、老いるということだけなんじゃない?」
猫「そんな単純な話なら、考えないほうがマシ」
見知らぬ猫「そうだね。俺もそう思う」
猫「でも。猫になって思ったけど。猫も人間とともに、共存してきたところってあると思う。これ、私の勝手な説なんだけどさ」
見知らぬ猫「そうかもね、なんとなくね」
猫「だけど、人間の世界が滅びても、きっと猫は生きていけると思う。そんなにパニックにもならずに」
見知らぬ猫「そうかな?」
猫「あくまで仮説だけれど」
見知らぬ猫「とりあえずさ、そういうふうに言うのやめない?まるで猫ばっかり悪いみたいな。そんなはずないよ」
猫「悪いなんて言ってないよ」
見知らぬ猫「そうかな?」
猫「そうそう」
見知らぬ猫「君は呪われたと思っている?もしくは選ばれた?」
猫「どっちでもいい。とにかく。なんだろう。いますぐ人間に戻りたいとかじゃなくて。でも原因をつきとめたいわけでもなくて、この不思議な出来事の先にいったい何があるのか、気になちゃって」
見知らぬ猫「気楽なもんだね」
猫「気楽かな~」
見知らぬ猫「そうそう。気楽なもんだよ」
■
…なんなんだ。この見知らぬ猫とは。
そこで、肩を叩かれる。
「ん?」
「休憩ですよ」
「あ~」
「ちょっと、お茶でもしませんか?」
「いいけど…」
茶店に入る、客がまばらだ。
「三太さんて、将来何になりたいんですか?」
「え?…いや、別に、何も」
「そうなんですか?」
「まあ、テキトウに。普通にかな」
「いいですね」
「いいのかなぁ」
…しばし、沈黙の時間が流れる。
「大学では何を専攻してるんですか?」
「ん?経済」
「そうなんですか…」
「そちらさんは?」
「私?…秘密です」
彼女はメニューを眺めている。
大野の彼女は何を考えているのか分からない。が、大野の恋人にしてはもったいないことは間違いない。
「あ。そういえば、このまえ、バイト代理ありがとうございました。それ個人的にお礼がしたくて、えーと」
何かごそごそと、鞄の中から何かを出そうとしている。
「気に入ってくれるかわからないけど、ほんのお礼までに」
菓子包みを渡される。
「え?いいの?」
「いやいや、どうぞ受け取ってください」
「どうもありがとうございます」
「丁寧ですね」
にこやかな顔をしている。ちょっとギャル系で、きつい子かと思っていたが、そうではないようだ。
「退屈じゃなかったですか。チップの。あれ、私好きなんですよ。その情けない感じとかが」
「そうなんだ」
「三太さんも好きなお笑い芸人とかいないんですか?」
「どうだろう」
「なんか、興味あるものとかないんですか?」
「う~ん。しいていえば、猫」
「…猫?猫好きなんですか!私も猫超大好きです。気が合いますね」
そういえば、大野の彼女は猫のブレスレットをしていた。今もしている…
「うん。あ。そう。でも。…なんだろう。最近っていうか、にわかだから。まっとうな猫好きじゃないんだ」
「猫好きに悪い人はいません。そうなんですか、猫なんですか…。私実家がペットショップなんです」
「そうなの?」
「そうなんです。動物は皆好きなんですけど。とくに猫が好きで、見てて飽きませんよね。ほんと」
「じゃあ、ちょっと聞いてもいい?」
「なんですか?」
「猫って冒険するの?」
急に笑い出す、大野の彼女「なんですかそれ?冒険かどうかは知らないですけど。散歩はよくしますよね、気ままに」
「ふむふむ」
「でも、冒険する猫って面白いですね」
「ちょっと、そういうところに関心があって、冒険家の猫を探すみたいな」
「へえ~」
「でも、最近は知り合いの猫を探すようなハメになっちゃってるけど」
「じゃあ、今度、猫さわりに行きませんか? 猫カフェ。いいんですよ」
「猫カフェ」
「私の知っている猫カフェのオーナーさんが面白い人なので、ぜひ、というか今日これから行きますか?」
■
大野の彼女とまさか猫カフェに行くことになるとは…ゆっくりした歩調で歩いている。日差しはあいかわらず熱いが、彼女は大きな帽子をかぶりながら、 非常に、楽しげだ。
それにしても、中村さんの猫は、どこに行ったのだろう?
もはや、探す気力もないし、いや、見かけたところで、その猫が中村さんの猫だと判断する基準がない以上、なにもできないのだ。
しかし、冒険は、少しづつ始まっている。
たぶん…
「熱いな~」
「私、熱いの好きなんです。だからこれくらいがちょうど」
「へぇ~」
「あと、カフェについたら、私の飼ってる猫見てください…今でもいいですけど」
「どんな猫なの?」
「けっこう、すばしっこい奴なんです」
「そうなんだ」
「わたし、ちょっとドジなので、よく部屋で転びます、捕まえようとして」
「猫飼えるの?」
「実家ですよ~。今は、私は、会えないので、ちょっとさびしいんですけど」
「そっか」
「この子です…」
猫の動画が流れている。
「なるほどね。これ庭?」
「そうです、池の周りで遊んでいるところを」
「へぇ」
「どうですか?」
「うん。なんだろう。いいと思う」
「そうですか。よかったです」
■
「どうですか?ネコたんたち」
「あ。まあ」
「落ち着きませんか?」
「え?そうだね。そうかも」
「私こういう、動物の匂いがあるとすごく落ち着くんです」
「そっか」
「三太さんって、結構暇なんですか?」
「まあ、基本的には」
「ふ~ん」
「でも。結構バイトしているかな」
「なんの?バイトですか?」
「コンビニ。って、前言ったような」
「それって面白いんですか?」
「どうだろう…」周りの猫を見まわす。改めて、なんか不思議な気分だ。そして、視線を感じる。
「私いつも、思うんですよ。何が楽しいんだろうって」
大野の彼女は猫を抱いている。もしかして、冒険が、こんなカフェにて終了してしまう。といったものなのだろうか。
いや、知りたいのは猫から見た世界の冒険…そうなはずだ。
「あの~。面白くありませんか、ここ?」
「そんなことないよ。喋らなくても面白いと思っているし」
「本当かな~、抱きます?」
猫を渡される。結構重い。
いつだか、猫を抱いたこともあるかもしれないが、忘れてしまった。かなり体温が高い。
「なんか、似合ってる」
大野の彼女が笑う。
大人しい猫のようだ。丸くなっている。目は、鋭いが、眠たそうだ。
「また、ここに来ましょうね」
「また来るの?」
「そうです。その子にも気に入られたみたいだし。合格ですよ」
「合格?」
「そうです。合格です。そして、もう友達って思ってもいいですか?」
その後、お茶を軽く一杯して雑談した後に、
大野の彼女は用事があるといって、どこかへ行ってしまった。
■
あとで、大野からテキトウに、流れで、聞いてみたら、彼女は獣医学部の生徒らしい。
大野もやるね。というか、そういう才能欲しいくらいだね。と思った。
また、関係も円満らしく、最近行ったデートコースの画像まで見せてもらった。
なんなんだか…
ただ、大野の彼女からのLINEは続いている。
しかも、猫系の話題が、結構挟み込まれるようになった。
あの猫かわいい。とか、そういった軽い感じの。
思わず「ロンゲ」とか、返してしまいそうになるが、「確かに!」とかにとどめている。
◆
「まさか、私の手鏡にこんなこと言われるとは思わなかった。なんで、頭いいの?」
謎の猫(元手鏡)「ん?いや、語弊なく言えば、鏡っていうのは左右対称。ということ」
「バカにしてる?」
謎の猫「いいや、していないよ。それに、僕は頭がいいわけじゃない。というか普通だ。少し 思慮深いくらいだと思う」
「やっぱ、バカにしている」
謎の猫「そうかな?とりあえず、会えてよかったよ、少し話したいこともあったしね」
「鏡だったら、いろいろ知っているんでしょ?そのほかの、私の私物について」
謎の猫「知ってるよ。でも、どうするんだい?今探しても、彼らは猫で、猫だらけになっちゃうよ」
「別にかまわない、それにあなたは私の私物だってこと分かってる?」
謎の猫「ご主人様…分かってますとも」
「掃除機なんて律儀なもんよ。逃げもしなかったんだから」
謎の猫「その言い方にはトゲがありますね。僕らは、散歩しにいっただけです」
「ふーん」
謎の猫「川が流れるように、猫は散歩する。これに罪はないですよ」
「いうじゃない」
謎の猫「一度でも、アレ以降。家に帰ったことはありますか?僕らは個々人で、結構帰ってたりするんですよ」
「そうなの?」
謎の猫「そうですよ。愛着のある場所に戻るというのは習性ですからね」
「なんかうれしい」
謎の猫「だから、探す必要なんて、ないんですよ。かえってそっちのほうが迷ってしまうし。僕も、結構帰ってますから」
「ほんとに?」
謎の猫「ほんとです」
「そうなんだ。なんか感動しちゃった」
◆
この頃、苗猫猫は、きまぐれで、自分の家に戻っていた。そして、苗猫猫は、猫になった家財などに、とりかこまれながら、そわそわしていた。
それは、猫が感じていた、感動と同じようなものだったかもしれない。いや、失ったものが、こういった形で戻ってくるなんて、思ってもみなかった。
…分かったよ。1から始めれば、いいんだろ?でもさ、君たちは、なんなんだい?とにかく、今、俺が、猫になりかけていること、そしてなりかけた自分を否定するのも辞めた。ちょっと、前だったら。そう。今の状況だって否定したに違いない。なんで、俺の家財が猫になってしまったんだ!みたいなね。
でも、いいよ。もういい。猫になったら、猫になったでいいじゃないか。
そして、それは、春から夏になるように。そういう、受け止め方さ。
春になって、桜が咲くことに、人は疑問を持つのか?
もちろん。最初は、分からなくても、おっかなびっくりしてしまうかもしれない。
でも、いいじゃないか。そういうことなんだろう?なぜなのかなんて、もう問わないからさ…
■
猫の小説の更新が、この後、しばらく、止まった。
コメント欄は大騒ぎ。大半が、手抜きだ。なんだとの。そういった内容が盛り込まれている。
ただ、三太が、この小説の終わりに、感動したとかはなかったのだが、コメント欄に敏子さんの「猫かわいい」と一言入っていたことに、超感動してしまった。
そうか。
そうだったのか。と。
中村さんにもLINEをしないと、と考えていた。「道の途中で、冒険に満足感を感じたら、冒険は終わったと、考えてもいいですか?」と。
いや、きっと中村さんは、そもそも、冒険なんてきっと1ミリも興味がないのだろうと思う。
中村さんは、脱走した猫を探したいだけであり。きっとそれだけなんだと思う。
とりあえず、猫カフェにも行ったし、気分的には冒険は終わりを迎えたかな。と思ったが、とりあえず、「冒険が終わりました」と中村さんに言うのは、ちょっと気が引けるから。
今度会うときには、「猫まだ見つからないんですよね~」と言っておこうかな。
◆
猫化した世界は、猫との共存を認め、そして、その契約のもと猫化の世界は止まったように見えた。
浸食の跡はあるが、すべて猫になったわけではない。
いや少なくとも、苗猫猫のいる付近では。
世界で起きることのすべてに自分が影響している。ということ。そうでなければ、猫化が止まるはずはない。
そう思い込もうとしていた。元には戻らないが、世界の真理にたどり着けば、その世界とやっていける。そういった感じだ。
だから、仕事も再開したし、猫ともよくやっている。
諦めたわけではない。自分が元のように、中村悟に戻ろうと思うことこそ、おこがましい。猫も人間の美しい少女には戻らない。
そうやって、誰も検証せずに、この不特定多数の人間から猫になった事象をほじくりかえさないようにしたほうがいいと、直感的に思ったのだ。
幸せは簡単に奪い去られる。また壊れやすいものだ。また、生きている限り、終わりに向っている。そして、猫になることは、最終的なゴールではない。
夏が終わろうとしていた。
そして、猫になった家財道具ともうまくやっていける。不思議なことに猫化した家財が路上を歩いいても、誰も、その異形の猫を追求しない。
どうやら、普通の猫にしか見えないようなのだ。
世の中に生きる人々は自分の人生を生き抜くだけで一杯一杯。
多少異形の猫が増えたところで、社会に影響はない。
そう思っているかのようだった。
それに原因不明のこの現象を取り上げようとする社会的勢力はない。ニュースを見ていても、まったく普段通りの報道しか流れない。
キャットフードの需要は高まっているはずだが、スーパーも回転率を考慮して、それを切らさないように営業努力しているようだ。
なぜ、そこまで、世間は猫に手厚い?のだろう。人間はいくらだって、他の動植物に残酷なことをしているのに、なぜ、犬や猫だけ。まあ、保健所に連れていかれる犬や猫も多いが、それでも、市民権を得ているように家で過ごしてても特に裁かれることはない。
恋人がいなくなって、そのかわり家に猫が増えても、別に大きな問題にはならないということなのかもしれない。
ごくにたまに、家族から連絡があるという猫も、普通に返事して終わり。
実家に帰るということも、あまりしていなかった猫にとっては、ある意味好都合だったのかもしれない。
不幸中の幸いというのは、このことを言うのだろう。
「もうしょうがないって思っている」と手の甲を舐めながら猫は言う「だって、病気でもないんだし、体はいたって健康。ごはんも美味しいし。働く義務もない。天邪鬼だった私にとって、こんなロングバケーションは、子供時代に戻ったみたい」
そうだ、別に悪いことをしているわけではない。むしろ被害者のようなもの。過酷な運命を乗り切るために、それなりに悩んで行動してみた。問題自体は完全に解決はしていないものの、それもでも生きていく希望をわずかながら見つけたようにも思う。
あがくだけあがいたし。この世界の真理も分かった。妥協といってもいい。死ぬよりはましかもしれない。悲劇に思うか、喜劇に思うかの差かもしれない。猫のほうが、楽観的だし。いくら思いつめたところで、状況はこれ以上変わらない。
これから先の将来のことだって、考え方次第だろう。
駆け出しのデザイナーでもない。学生でもない。猫の言う通り、子供時代の自分だったら、さぞかし、この非現実的な日常に興奮したことだろう。もはや立派な大人の年齢にあり、自分で稼いで生活をしていかなければならない。猫が猫になったおかげで、生活費的には多少楽になっていることも考慮することがあるだろう。
キャットフードの消費量だけは、家具などが猫化したおかけで、爆買いする毎日ではあるもののやっていけないレベルではない。散歩がてらにつまみぐいもしているらしく、そこは助かる。
物分かりのいい猫化した家具たちで良かった。
この状況ではもっと酷く、収集のつかない未来だってあったかもしれない。この日常を維持できなくなり、皆がちりじりになる。
誰の悪意に翻弄されるわけでもなく、自然の摂理を理解し、そして生きていくことこそが生活なのではないだろうか。
猫はもう昼寝しているし、家具の猫たちも穏やかだ。
仕事だ。仕事。そう、彼らとの生活を維持するために。
■
合コン王子の大野とは腐れ縁といってもいい。中高一貫校で同級生、そして大学も一緒。別に、狙っていたわけじゃない。大野は見た目では馬鹿っぽいが勉強ができないわけではない。ただ頭の嗜好が軽薄なだけ。
だから、というわけではないが、大野の彼女と交流を持つのは、これが初めてではない。昔はよく大野の彼女たちとボーリングやカラオケにも行ったし、テーマパークにも遊びに行った。
大野は遊ぶことについては天才的なひらめきと才能があり、人気者でもあった。気軽
に女子グループとも交流でき、仲良くやっていける。
それは天性のもので、努力して成し遂げているようなものでもない。もしかしたら、このいうやつこそが世渡り上手のように人生で得をしていくのかなと思ったこともある。
ただ、さすがに付き合いも長すぎた。悪い奴ではないが、さすがに飽きる。大野はそれをまっ たく気にしていないのだが、それが厄介だ。
大野彼女からも頻繁にLINEが来るようになった。そして中村さんからも頻繁に。どこかの相談員かのような気分になる。
とくに大野の彼女は、大野を交えず交流をしようとしているみたいで、さすがにそれがエスカレートするようであれば、大野のメンツが潰れることになる。
メンツを潰してもいいんじゃないか。と思うこともあるが、後々面倒なことになっても困るので、少しは真面目に考えたほうがいいんだろう。
大野は僕のことを変わり者だと思っているらしい。そして自分は常識人なのだと。
だが、確かに大野は猫なんかで冒険をしようとなどと思いつくわけもないし、大学のサークルを渡り鳥のように縦断し、不思議の国のアリスに出てくるウサギのように自分は忙しい人間だと自負しているところがある。
真面目に授業も受けないのに、要領だけは良く、また人脈を駆使して単位を簡単に取っていく。その人脈の中に数え上げられているかと思うとゾッとする。
なのに大野は頼れる人間のほうが自分より頭がいいと思っており、依存する。
しかし逆の立場になりそうなときは、曖昧にして逃げ倒す。馬鹿っぽいのが功を制しているのか、あいつに頼んでもきっとダメなんじゃないかと思わせるような雰囲気を漂わせている。
獣医学部の彼女。あきらかに大野の頭よりスペックが上だ。なぜ、そんなに賢いのに大野なんかを選んだのか、それは世界の神秘と謎ともいえるのかもしれないが、もしかしたら、彼女にとって大野は彼氏ではなく、珍獣扱いなのかもな。と思った。
珍獣学生。中々いいネーミングだ。合コン王子より、かわいげがある。
付き合っているというより、飼われているのほうが正しいのかもしれない。
動物に対する愛情のようなもので、人間の恋愛ではない。
そう思いたい。
豚に似ているというお墨付きなのだから、獣医学部的な視点から見ても、そうなのかもしれない。
大野の彼女たちの傾向なのか、それともそれは普通なのかもしれないが、一般的にかわいい女の子は、たとえ付き合っている彼氏が1人だけでも、そのほかに様々な知り合いや男友達や、先輩など人間関係が広いのが特徴。彼氏候補はいっぱいて引く手数多なわけだ。だから大野はかなり別れを経験している。別れても鈍感なので、そんなに傷つかない。すぐに次を見つける。うらやましい能力なのか、どうなのかは判断できないが、大野はそうやっていままで生きてきたわけだ。
今に至るまで、そういう人間関係を好む好まざるに見てきた。
付き合いは長い。なぜ長くなったのかも、偶然とは言い切れないが、普通なら中学や高校の時点で別れてもいいはず。なのに大学まで一緒。さすがに学部は違うが、それでもキャンパス内で顔を合わせるのは、そんなに珍しいことでもない。
ましてや男である。考え方によっては言語道断な縁といってもいいのかもしれない。
ただ、関係が悪くなれば、同じキャンパス内で顔を合わせる機会があれば不快になる。だから、適度に距離を保ち、適度に考えすぎないほうがいい。
そう常日頃考えていたのだが…。
大野の彼女からそれなりの数のLINEが来るようになれば、必然と大野との関係性が深くなる。
かわいいだけに悩む。
恋愛感情というよりは友達関係みたいなものなのだろうが、後ろにちらつく大野の顔が面倒くさいのだ。猫についても専門的見地からいろいろ聞いてみたいところもあるのに。
猫を中心にした冒険に大野は不要。
しかも、旅はもうそろそろ佳境。たいした冒険とは言えないが、それでも自分の生活に変化が生じたことは確かだ。あの小説の作者はその意味ではインフルエンサーであったということになるだろう。こんな小さい範囲の世界に影響を与えるだなんて作者自身が想定していたかは分からない。
それは知るよしもない。自分で思い立ち、そして自然にそう動いた。少なからず人を巻き込み、意見も聞いた。影響されているのは自分だけではない。自分よりも先取りしている人だっている。
将来何になりたいかとテレビでよくアンケートをとったりするけど、何になりたいかより、どういうふうに生活していきたいかのほうが重要なんじゃないかと思った。猫と生活できるようになりたい。だから仕事で何をしたいかは特に大きな問題じゃない。
生きていて欲があれば、いろいろなことに手を出したいと思うかもしれないが、それはキリがない。どこかの王侯貴族でもないので、湧き出るほどのお金もない。だから少ない知恵を絞って、今後のことを考え、一歩一歩目的に近づいていけばいい。相手は魔法使いじゃない。そこらの道でも見かける猫。それと共存するために。
大学を卒業したら猫と暮らせるだけの経済基盤ができる仕事につこう。こんな具体的な目標ができたのも冒険のおかけだ。今のコンビニのバイトではそれは叶うまい。ちゃんと単位を取って、ビジネスマンになって、お金を稼ごう。今はそれまでの助走期間。
この際だから贅沢は言っていられない。大人として独立して猫と生活するために何をすればいいのか。具体的な情報を集めよう。
ここまで自分のやることについて能動的になるのは珍しいと思う。何がきっかけでハマるかは分からない。できる限りのことはしてみたい。今後の自分の人生にファンタジーやメルヘンがあるとしたら、それは猫と一緒に過ごすことに違いない。
別に自分だけではないけど、他の人だって、そうやって過ごしている人は沢山いるけど。沢山いるからといって、そのプレミアム感が消えるわけではない。
あの中村さんだって、目を輝かせていたわけだから、人にとって良い影響を与えてくれるに違いない。
そして大野の彼女には、もっと積極的に情報をもらいにいこう。箱入り娘っぽいところはあるけど、LINEもいろいろ来ているし、好都合だ。
大野は合コンのことと学食カレーの探訪にしか興味はないのだから、別にそれにどうこうということもないだろう。あいつ自身が猫に興味があるとはこれぽっちも思わない。
バットマンのキャットウーマンですら知らないに違いない。
自分で自分が言うのもなんだが、自分以上にテキトウに生きている人間をほかに見かけたことはない。
しかし、あまり大野のことを考えるのはやめよう。
大野よりも猫について考えよう。
これは運命みたいなものだと思う。しかも自分から率先して。
中村さんはパイオニアで、猫を飼い。そして猫を失った。
迎え入れるわけだから、借りるわけではないから、それなりに長い付き合いになる。それには覚悟がいるし、条件も出てくる。長期的な人生設計が描けなければ、迎え入れることはできない。
それには自分も生き抜くスキルを得なければならない。ただテストのために講義を聞くだけでなく、生活する資金を得るために学ぶ。中々ハードルは高い。果たして自分ごときでそれを達成できるのか。いや、中村さんだってできたことだ。中村さんを侮っているわけじゃないけど。しっかり働けていれば道は見えてくるはず。
◆
「これからどうするの?」と猫。
苦笑いする苗猫猫。
「別に何も期待してないけど。期待するだけ無駄だし。すべて受け入れてくしかないし」
猫は手を舐める。
「輪廻転生して猫になった。みたいな気分。だから、猫で天命を成就しようと思う、これは避けがたい運命みたいだし」
苗猫猫は、ソファにもたれかかり、宙を仰ぐ。
「最近猫同士で喋れる。意思疎通できるって分かったし。そうなれば、姿かたちが違うだけで、後は同じなんだから。あと、褒めてほしい。賞賛してほしい。物分かりの良い子だって」
猫は少し鼻息を荒くしている。
苗猫猫は、こう思っていた。これからどうするの?だって?簡単に一言で言い返せるものなら言い返しているさ。猫付きの言葉で。過去には戻れない。そして今を生きるしかない。その連続。でも、この先くじけるようなことだって沢山あるだろうし、猫だって耐えられなくなることもあると思う。それがいつまでかは分からない。分かりたくもない。なるべくお互いが辛くならないように気お付けて、この奇妙な世界で石橋を叩きながら歩いていくしかない。まずは生活を安定させること。それがうまくいかなければ、この先には進めない。
仕事もいっぱい降ってくる。不自由なコミュニケーションも続く。それを辛いと思ってやったら、苦しいだけだ。猫はまだ未成年だし。この先の将来を考えたら、猫である人生なんて到底受け入れられないと思うのも仕方ない。
人間としてやりたいことも沢山あっただろう。でも、なぜか運命は彼女と僕に猫になるようにという試練を与えた。一種の不治の病のように。
ただ、体は健康で、病気というわけではないのだが、それは不幸中の幸いだ。これ以上は猫への進行もない。いままで遊びで付き合っていた関係とも言えるのに、運命を共にしてしまうというのも不思議な縁だ。
願わくば元の世界へ戻りたいのは山々だが、そんなに現実は甘くない。開き直って過ごしていくしかない、この世界で。
「何むっつりしてんのよ。お腹すいちゃったから何か頂戴」
苗猫猫は、スーパーで買ってきた刺身の盛り合わせをさらに細かく刻んで、猫に与えた。
「わかってるじゃない」
猫は食事に夢中になる。そして苗猫猫も食事を取る。なぜか一番落ち着く時間。
「いくらだって我がままは言えるんだから。少しは丁重に扱ってよね」一口終わると手を丁寧に舐めている。
猫の食事は猫だけではない。猫になった家具たちも放浪の旅に出かけることもあるが、帰ってきたら、ここで食事する。自己主張はもともと物だったからなのか、うるさくはないが、彼らも生き物だ。食事の匂いに敏感に反応し、待っている。
そして、その準備もできている。
みんな静かに食事する。刺身の盛り合わせがすごい勢いでなくなる。これについて深く考えないことにしている。みんな好きで猫になったわけじゃない。猫は嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだけど、こういう運命の展開を手放しに喜べるわけでもない。だれが原因でとかはないだけに、運命共同体となってしまったわけだから、皆で力を合わせて生活していくしかない。
そう呼び掛けてもいいのかな。できる限り頑張るけど、それぞれみんなもそれなりに、この状況を理解して生活してほしいというのが本音。みんな元々この家の者だし物だけど、今までと同じってわけにはいかないのだから。
まさか家具が猫になって、その猫に食事を与えるような日が来るなんて、誰が想像できるだろう。
掃除機が猫になり、彼らの鳴らす音が声になったように。彼らが本当の会話が成立するわけではない。
ただ行動は猫そのものなので、様子を伺っていさえすれば、なんとかなる。
気が付いてみれば、無くなってしまったものもある。
猫化するのと同時に消し飛んでしまったのか、それとも同化して吸収してしまったのか定かではないが、家具やタンスに収納されたものは見当たらなくなってしまった。
まあ、家具が無くなって衣類だけが残って猫もいない。という状況よりはマシだとは思ったのだが。
ただ、もう過ぎたことだ。これからのことは、これまでよりもうまく対処できるはず。不可解な力の侵攻がない今、必要以上に悲嘆する必要はない。
沢山の猫たちと生活している人もけっこういる。基本、それを参考にするくらいで、壮大な計画などは必要ない。
大事なものも奪われていないし、失われてもいない。
生きていけなくはない。
世界の果てのようなところまで行かなければ問題が解決しないわけでもない。
望めばキリはない。見切りをある程度でつけて、生活を再建するほうが重要だ。
まずは1日、1日。それなりの平穏な日々を安定させよう。ずっと先のことは分からない。だが、それも道の途中で見えてくるかもしれない。
ツイているとすれば、自分以外もこの状況に絶望していないということだ。家具も猫も悲観的ではない。
ここを自分の住処と認識し戻ってくる。ここが僕たちの城だということだ。それを大事に守り、ささやかな生活を維持しよう。そして必要なのは資金。それを得るための仕事。
それがなければ、この生活は容易く崩壊してしまう。
猫への侵攻が深刻化する前も、それなりに仕事やってきた。まったくゼロから始めるわけではない。
雇っていたバイトの子は、今は雇っていないが、仕事が再び軌道に乗れば、また考えよう。
猫への侵攻で、すべてを諦める覚悟もしていた。時間の問題とも。
あまりにも絶望すぎるので、遊んでいるようなものだった。
死ぬわけではなかったが、人間での生活はオサラバかと思っていた。あとは成り行きにまかせて、その先のことは真面目に考えはしなかった。
他人の助けを求めるべきだったかもしれないが、直感的にそれを避けた。周りは特に騒いでなかったし。とすると猫への侵攻は自分たちだけに起こっていることと感じられた。
世間の様子を伺いつつ。しかし、不可解な出来事に押し込まれていく運命を受け入れようとしていた。
そして今に至る。
人生最後まで何が起こるか分からない。土壇場で起こることは特に。猫は食事を終え、水を舐めている。
猫は最近落ち着いている。そのようにふるまっているのかもしれない。だから、不安を増長するようなことは避けないといけない。不安定なところからいい案は出てこない。
家具の猫たちの感情は読みにくいが、生き物に必要なものは備わっている。
基本的に猫は冷静だし、物事をよく観察している。生活が安定すれば文句は言わないはずだ。
それなりに忙しくなる。ねばならぬ。
■
「なんで終盤みたいなところで、この真面目さ」「肝心なところが何も描かれていない」「まあ、こんなもんだろ」「過大評価はしない」「もっと絶望的でも良かった」「これが作者の限界なんじゃない?」「そろそろ終わりかー」「結局何を読者に伝えたかったんだろ?」「何も考えてないんじゃない?」「期待してなかったし」「猫かわいい」「猫が増えてよかったじゃん最後」「もうすべて猫だらけの結末のほうがよかったんじゃないかな」「急に現実に戻ったってね」「この先の展開に期待できない」「眠い」「猫飼いたくなった」「刺身が食べたくなった」「猫要素が実は薄い作品だった」「本物の猫と遊んだほうがマシ」「続きが気になる」「それはない」「もっと猫を大切にしろよ」「猫に投資しろよ」「猫を崇めろよ」「猫こそすべて」「敵キャラが現れなかったな」「原因は結局なんだったんだろ?」「それは、これから書かれるんじゃない?」「今更?」「もう、そういう展開はお腹いっぱい」「新しい仲間は家具の猫たち」「役に立たねー」「それは分からない」「子供を育てる方が金かかる」「猫を育てる。イージーライフ」「猫癒される」「猫と仲良くしよう」「猫から教わることが沢山ある」「猫といると金運上がる」「猫と生活するとポジティブになる」「その根拠何?」「招き猫」「精神衛生には良いよな」「猫は平和の象徴」「みんなモフりたいと思っているんだよ」「同意」「一日中触っていたい」「一緒に寝たい」「優しい気持ちになる」「悲劇的展開でも癒しがあったのは猫だから」「結局猫に救われてんだよ人類は」「そうだね」「ゴロにゃんしたい」「にゃんにゃん」「肉球がいいよな」「お尻もいい」「目が綺麗」「子猫は天使」「猫に甘えたい。甘えられたい」「一日中見てられる」「まあ、最後破滅しなくてよかったんじゃない」「その過程に愛を垣間見ていたんですけど」「破滅への道筋もストーリーだけど、再建だってストーリーになる」「再建ったって、猫は人間にはなれなさそうだよ。現状維持が再建と言えるのかな?」「そこまでは求めない」「日常をただ綴ればいい。俺はそれで満足」「この作品を読んで、猫を目にする機会が増えた。不思議」「猫への侵攻が始まった?」「猫になることが不幸と思わせるのは猫に対して失礼」「不幸と言えないのなら、ギャップに苦しんだよね」「誰でも困惑するよね」「あまり猫へのリアリティーがなかったかな」「まあ、ファンタジーだし、リアリティーはそこまで求めてないかな」「猫猫猫になったところを読みたかったな」「運命を共にするならとことんでしょ」「でも、猫だらけの世界じゃ、物事が成立しないだろ。つまり死」「そうなのかな?」「それはそれで、フィクションなんだから心中物みたいに美しい終わりかたなんじゃない?」「美しさは求めてないかな」「バカバカしさ。ゆるい感覚。それでしょ」「世界が終わりそうなときって、恋愛運高まるよね。常に」「死にそうなときも」「まあ、一人で野たれ死ぬよりはね。天と地の差」「でも、死ななかったんだし、またしばらく生活するんでしょ」「俺は読む。更新したら」「暇だったらな」…
■
次のステージが見えてくる段階がある。それはある程度冒険が進まないと見えてこない。大学生になる前は、大学へ進学するまでの冒険といっても良かった。ただ、今回のような冒険ではなかったが。皆、年齢を経るごとに、それぞれの目的に向って進んでいく。いつまでも同じ場所にはとどまることはできない。三太は、平均的な大学生と言っても良かった。能天気なほうだったし、めんどくさがり屋でもある。何かにずば抜けた能力があるわけでもないし、だからといって無気力な人間でもない。人が成長していけば、いずれどこかの段階で社会に出ることになる。三太はバイトはしていたが、社会に出てどうするのか、ということに関して意識が希薄だったかもしれない。なんの根拠もなく、なんとかなるんじゃないかと心の底では思っていた。そういう意味では世の中を甘く見ている大学生だったかもしれない。
ただ、何をするにしても、強い動機がいままでそれほどなかったことは確かである。社会を生き抜いて行く人たちは、三太ほど無策ではないし、覚悟もできている。イージーライフは憧れるものかもしれないが、世の中はイージーにはできていない。
猫との出会いは、三太自身を振り返るいいきっかけとなり、また人間関係に変化を与えた。今までの人間関係がある意味仮面だったかのように、猫を通すと違った内面や生活観があふれ出てくることも分かった。
それはこれから生きていくためのヒントになりそうだった。
人間社会はそれなりに厳しい。ただ、人は、ずっと厳しいわけではない。皆、それを隠したりして表に出さないようにしている人も多いが、猫と戯れたり、触ったりするときには、開放的になり、子供のようになる。
それは特別なことでもないし、誰でも知っているようなことなのだが、知っていても、一歩踏み込んで世界に入っていかないと分からないことがある。
三太は確実にその世界へと足を入れた。
そして自分の世界が変わり、新しい異世界へ冒険が始まったところである。
ゲームでいえばまだ序盤、仲間を見つけ、そして旅に出る前とでもいったところか。
まだ、自分が飼う猫とも出会っていないし、猫を迎え入れるための準備も本格的につけてはいない。
だがモチベーションはかつてないほどに高まっていた。これほどの高まりを見せたことはかつてなかったのではないかと三太は思った。
とにかく、これは手放せない。これからの人生を生きる上での大事なキーポイントになるだろうという確信があった。
まだまだ知らないことが沢山ある。
他人ができているかが問題はなく、自分にそれができるのかが重要だ。
月面着陸のような難度も求めらていないし、だが、だからといって軽薄なものではないと思える。
突き詰めていけば奥も深そうだ。
中村さんだって、完璧じゃない。完璧な猫との生活なんてありえるのだろうか。むしろ、そういうことを考えなくてもいい気楽さ、誰にでもできなくはない。というところがポイントだろう。
少数の優れたエリートだけができるようなものでは厳しい。あくまで自分に見合ったレベルで手に入れられる。そういうことを大事にしなければ、現実離れしたものになる。
ネットで情報は沢山出てくるし、あとは現実との折り合いだろう。
これを胸に秘め、生きて行こう。
きっと、楽しい未来が待っているはずだ。
■
そうして三太は大人になったのだった…。という感じで行きたいところだったが、まだ大学を卒業するまでの時間は残っていた。これは大人になるまでのカウントダウンといったところなのだろう。入学する前は大学でやりたいこともそれなりにあった。だけど、今度は社会人になるわけである。就職活動も本当にしないといけないしね。
ただ、会社で働く動機がいままで決定的に欠けていたことは確かで、このままフリーターか。みたいな選択肢もなくはなかった。
意識の高い人たちにしてみれば、そんなモノトリアムは失笑ものなのかもしれない。でも失笑されても、今はなんとも思わない。確固たる動機もあるわけだし、社会人になる要素はもう揃っていた。
大野もあんな態度ではありながら、ちゃっかり卒業して就職するつもりであることも知っている。彼には高いコミュ二ケーション能力と、社会人に必要な軽薄さがある。それは真似はできないのだが、おのおの大学の学生は、いろいろな個性を持ってそれぞれの道を歩んでいくわけだ。そして三太である僕も、その一人なのである。
傾向的には、かなり視野が狭いし、中村さんのように、趣味を仕事の延長しているような職業にも少し憧れたりはするが、あれは女性の天職といったようなところもあるかと思ったので、候補ではあるが、本命ではないかもしれない。
公務員という道もある。ようするに仕事を生きる目的にするのではなく、自分の小さい世界を維持するための仕事選びといったところか。
こういう考え方はあまり民間の企業に良しとは受け止められないだろう。やっぱり、今の社会はイエスマンで、バイタリティーがあって、IT系の知識や資格を持っているやつが優遇されるのではないか。
経済学部は民間でも公務員でも、どちらの選択肢にも適応しやすい。と言っている同級生もいる。しかし、何か生きるという動機において個性は薄いのかもしれない。サラリーマン、公務員。もちろん、その言葉で一括りにはできないような色々な会社や公務があり、業種もあるのだろう。
この際だから、猫で何か極めてみたいといった密かな願望があるが、公務員にそのような業種はあるのか、ディストピア的に考えれば保健所は公務なのかもしれないが、それは自分の趣旨とまったく正反対なので、そういう選択はしないだろう。しかも厳格なルールなどもきっと色々あるだろうし、それは自分には適していない。
一方民間企業では猫は関わりのある企業はあるだろう。ペットショップや、トリマー、そのほか猫の餌を作っている企業もある。猫の餌を研究するといった理系の学部ではないので、せいぜいその営業部隊で働くとか。そういうイメージになる。
でも、一度は感じたことだが、あまりに猫に集中しすぎると、それなりに疲れる。適度にお付き合いしなくてはいけないわけで、やはり一日中猫で支配されるのは、どうなんだろうかと疑問に思う。
当の猫だって、猫気質だから一日中べったりというのは気に入らないだろうから、そうすると、それなりに普通な会社で、それなりの仕事をするというのがいいでのはないだろうか。でも、それなりってかなり不透明だから、やはり、ある程度具体的に自分のマッチするような所探して、チャレンジしていくしかない。今の世の中、自分はかなり能天気なほうだけど、厳しい現実を語る人もたくさんいる。ささやかな猫との生活を維持するために死に物狂いで働くということも可能性としては否定できない。
自分の命を懸けてでもといった情熱を、猫は理解してくれるとはあまり思えない。だけど、のんびり経済学部の学生で、さらにコンビニでアルバイトをしている学生よりは、少し世界がハードになると思う。
だから命がけとまではいかないまでも、結構大変そうだ。ささやかな自分の世界を維持するというのは、思っている以上に厳しい道なのだろうと思う。
しかもまだ、お目当ての運命的な自分が飼う猫とも出会ってはいない。そして中村さんの猫は、僕よりははるかに低い動機で飼われたのではないかと想像する。
中村さんは社会人だし、ああ見えても、すごく忙しいメディアの仕事をしているわけで、あまり猫を飼う心構えについてとか、直接的に聞くのは勇気がいることで、そういうことを言えないようなオーラが漂っていて、じゃあ、中村さん以外に聞くか。という気分になってしまう。
すると大野の彼女か、もしくは長崎だが。長崎の飼っている猫の理由も大体この前聞いたので、それなり理解している。大野の彼女にやっぱり聞いてみようかな。“僕が飼えそうな運命の猫はいますか”といった感じで。
それは、そういう事にしてLINEで送った。
就活は真面目にやるとして、平行しながら公務員も選択肢にしておこう。わりと今まで、如才なく講義には出てきたが、本当に真面目に勉強していたかというとそれはかなり怪しい。しかし、今後は違う。ある意味本気でやってみることにしたい。
その本気度が今後の猫との世界を左右することになる。個人的にはかなり壮大なプロジェクトと言えよう。まるで猫に告白して嫁にもらうような覚悟といったらヤバイと思うが、でも似てなくもない。
大野の彼女からLINEの返信がきた。
―運命の猫ちゃんはいっぱいいますよー。
いい返事だ。
これはキープとしよう。
表向きはちゃんと仕事をする人。裏では猫とのラグジュアリーな世界を構築する人。みたいなのがいい。
なんとくだけど、あの猫の小説の中村猫と、段々何かが少し似てきたような気がする。アラサーではないが、あの小説が本当に猫を飼って描いたものなのかは真相は本当に分からない。でも自分はかなり感化されたし、人生にも影響を及ぼし始めている。
別に信者になったつもりもないし、あの小説から猫との生活について具体的に参考になるようなところはあまりない。
でも、完璧に猫との生活を勉強した上で、それに臨んだほうがいいのか、ある程度だけ齧って、それから段々と知識をつければ良いのか素人にはあまり分からない。
自分も人間という動物である以上。そういう完璧な環境を用意されたら、それはそれで嫌な感じと思うことになるだろう。
そういうことを思い浮かべながら、誰も言わないけど「お前、変わったな」という状態にはなりつつある。
でも、今なお、中村さんの猫は見つかっていない。無事を祈るが、中村さんは猫を飼ったお金のことを気にしていて、あまり表面的には猫への熱く深い愛情は感じることができない。でも、実際飼ってた時は、どういう風に接していたのかは分からないので、それは想像の部分になる。
嫁に逃げられた夫ではないけど、猫に逃げられた主人の中村さんの動揺はたしかに、大した猫との経験がない僕でも、それは感じることができた。
中村さんは猫との冒険を少しは体験したのだろうか。
猫は犬ほど忠誠心はない。と思う。でもそれは一般論で、猫の中にも忠誠心が強いのもいるだろうと思う。
そういうふうに感じたからかもしれないが、暇があれば猫の動画や、猫について書かれているネット上の情報を漁ったりしていた。
スイッチが入ってしまった状態である。でも、そういうものがなければ、猫という異世界に飛び込めない。そう思った。人間とは違う生命体を受け入れるわけだから、常識レベルくらいは知るべきである。飼われる猫の立場にたって考えてもみる。そういう視点は重要だ。
まずはお互い慣れることから始めたい。最初っから仲良くスムーズにというのは難しいかもしれないから猫カフェで色んな猫を観察し、実際に触れながら扱い方を覚えていくというのもいいだろう。そこは大野の彼女に少しナビゲートしてもらってもいい。
こういう事を考えると、比較的出不精の僕が、猫を経由していろいろな活動範囲が広がっていくというのを感じる。会話のネタもそうだ。猫を起点にした会話で盛り上がったりできる。これがあるとないとでは些細な違いかもしれないが、自分にとっては大きな違いとなっている。
なぜ犬ではなく猫なのかというそういう初心的な疑問も少しはあるが、それは運命のきっかけとも言えるのではないだろうか。もし犬の小説でだったら犬だったかもしれない。でも最初に出会ったが最後、先着順のように気持ちが猫へと進んでしまったのだ。最初は軽い気持ちだったし、ここまで深くのめり込むことは予想していなかったが、とりたてて特徴のない自分の生活が、猫によって色彩鮮やかに彩られはじめたのも惹かれた理由とは言えるだろう。
猫はかわいいのである。それは直観的なもので、理性より先に感覚がそれを捉える。理性はその感覚を否定するほどの力はない。
人間の社会で犬や猫が共存しているのも、理由はきっとすごくいっぱいあるはずだ。だって今まで人類の歴史だって相当長い。それと共に社会に受けいれられているわけだから、壮大で様々なドラマがあったわけである。それを全部知ることはさすがにできないわけだが、単純な話だけではないはずである。
ともあれ、そういう事だから結論として犬や猫は人に受けいられやすい。当たり前の話なのかもしれないが、常識ができるまでの出来事や歴史に少し興味を持つのも重要な事だと思う。
まあ言うだけ大将なので、書籍とか買って研究までには至らない。ネットの情報を漁り、少し専門家気分でいるぐらいのにわかでいる事には間違いない。
別に背伸びするほどでもない。猫は野良猫もいるわけだし。こちらが敷居を上げすぎるのもどうかと思う。標準くらいでもいいし、初心者だから標準以下でもいいのかもしれない。とりあえず猫と過ごすことができる最低限さえ保つことができれば、自分としては合格ラインとしたい。高い猫もいるだろうし、自分の生活水準を貴族並みにはできないため、せめて庶民レベルでの猫との生活を目指したいところなのである。
大野の彼女と行った猫カフェの猫の温かい感触がまだ記憶に鮮烈に残っている。猫に日本語が理解できているのか分からないし、猫の鳴き声で猫が何を言いたいのか、そういう洞察力もまだ身につけてはいない。自然体でコミュニケーションをとりながら愛情を深めて行くという流れが理想ではあるものの、猫に対しての自然体がどういうものなのか具体的にイメージがない。
それも身近な人に話を聞いてみるのもいいかもしれないが、ペットショップの店員に聞いてもいいと思う。
犬は猫と違って、町を歩くと犬と散歩している人を見かける。それで、大体散歩している犬の雰囲気は観察できる。飼い主もマナーを守って散歩しているのをよく見かける。今は動画配信している飼い主もいるので、犬や猫の生態をオンラインで学習することもできる。それはなんと便利な世の中であろうかと思ったりする。
僕は経済学部の学生でありながら、いろいろと経済関連でないものも読書することがある。図書館を使えば、猫に関する書物がヒットして借りることもできる。僕の最初の猫への関心はネット小説経由であったことから、ネットもそうだが書き物をいずれ読むことも必要となってくるかもしれない。
できる限り濃密な世界を構築していきたい。と思っている。猫だって生き物だから猫の個人的な主張も受け入れなければならないのかもしれない。あの小説のようにジェスチャーや言葉を通さないやり方でコミュニケーションをとることが必要ともなるのだろう。
ただ具体的に猫を飼うのはやはり就職してからが無難で、しかも少し働いて軌道に乗ってからがいいと思っている。そうすると、やはり実際の計画はまだ先の事でもある。
それまでに乗り越えなければならない壁がいくつもあるかもしれない。正直やることはかなりあると思う。自分のような動機で就職を真剣に考える人はどれくらいいるのかは分からないが、まっとうな理由からは少し外れているのかもしれない。大野については、就職後も合コンを続けたいと、健康な男子の考え方なのか不健全で不真面目な考え方なのか、いろいろ意見がありそうだが、みんなおのおのその目的を達するために真剣にエントリーシートを作り、チャレンジしていく。
だから気の抜けない勝負になる。椅子取りゲームを勝たなくてはいけない。とは言え、別にすごく偏差値の高い大学生ではないので、庶民レベルとしての就活になる。就職戦線に名乗りを上げ、そしてアピールできる能力を今からでも身につけないといけないのだろう。いままで知人に自分のことを心配されるほど現実的な適応能力があまりなかった。コンビニ店員ではあるものの。そこから先のステップについて真剣に考える事もあまりなかった。自分とは違う一つの生命を預かる責任を負うわけで、いい加減にはできない。守るべきものがあり、それを維持するために働く。こんな自分を採用してくれるような企業が本当にあるのか。正直あまり自信はない。 経済学部は専門職や技術職に向いている学部ではないし、サラリーマン、もしくは公務員といった当たり障りのない道を選ぶような学生が多い。自分もそれでいいと思っているし、それが達成できたら言うことない。一生懸命働き、そして帰ったら家で猫と戯れる。そういう生活。そういう理想像…。
それに、これからの時代コンビニ店員も無人化のあおりを受けて、ずっとやれるということではなさそうな事もそれなりに感じている。自分と飼う猫の生活は現代型の考え方でいかないとこの先がおぼつかない。シビアに考えると、かなり自分は危うい大学生であったことに気が付く。
現実はメルヘンではない。絵にかいたような現実はない。自分がなんとかしなければ、それを手に入れることはできない。無難なのは公務員という選択だが、どちらにしても面接で資質を問われる。
正直、こんな自分がちゃんとした公務員やサラリーマンになれるのかといったらあまり自信がない。自分より高い意識で就活に臨む学生は沢山いるだろう。そういう道筋に、あまり真剣に取り組んではいなかった。コンビニの店員でもいろいろあるけど、あくまでアルバイトだったし、コンビニの店長になるのも中々厳しいことは分かっている。
猫との生活があまりに甘い幻想みたいな事のため、厳しい現実を受け入れることができるのか、それが問題である。正直、競争社会ということであれば、自分はそういう競争からは離れた公務員になるのがベストのような気もする。もちろん公務員だっていろいろあるはずなのだが、堅実に考えればそうなる。となれば、ようするに勉強をちゃんとするしかなく、そもそも早い段階でそれを目指している人と比べると、スタートが遅いかもしれない。現実的には就職できる会社を調べつつ、公務員になるための勉強をし、大学は真面目に通う。ということがもっとも有効な作戦になるのではないだろうか。これが想像通りにうまくいくのかは分からない。
自分で自分のことを心配にも思う。しかし、これは勝負の世界で引いたら得ようとするものも得られない。やってみるだけやるしかない。一体世の中の猫を飼う人は、どんなに努力と勉強をしているのだろうと想像する。中村さんだってハードワークだ。それを過小評価してはいけないのかもしれない。
今の時点では中村さんに追いつくのも結構大変かもしれない。猫に逃げられたにせよ、社会人として猫を飼うまでに至るまでの道のりは本人は語らないけど、いろいろあったに違いない。
そのいろいろあったを中村さんは言いたがるたちだから、それを拝聴してみてもいいのかもしれないが、なぜか、それについて前向きな気持ちになれない。
他人の体験談より、自分の体験のほうが圧倒的に面白いことは確かなことなので、変な先輩後輩の関係にはなりたくない。まったく誰にも邪魔されない蜜月空間ほど充実したものはなく、他人によって印象を変えられてしまうのも好きじゃない。
だから、中村さんにはいろいろ相談に乗ってはもらったが、これからの事を考えれば、猫関係でからむのは避けたほうがいいのかもしれないと思い始めた。社会人にしてみれば学生なんて、とるにたらないと思われることもあるだろうし、学生気分というのを否定されるような事もある。中村さんは否定をするタイプではないが、際限なく自分の事について酒が入ると語る癖があるので、それでは受け取る自分もおなか一杯になってしまいそうだ。
知り合いの学生にはOBを頼りに就職活動をする人もいるが、自分は交友関係が薄い。高校生の時は先輩後輩の上下関係にうんざりしていたから、大学までそれを持ち込むのは嫌だと思っていたからである。
ある人からは、それはぼっちだと言う人もいたが、別にコンビニだってそういうのは少しはあるんだし、どこもかしこも先輩後輩だと疲れてしまう。幽霊部員に近い広告研究会にしても、そんなに熱心ではなかったし、中村さんはそういう自分にターゲットを絞り、先輩顔をしたいという狙いがあるようにも思うが、中村さん以外とは、それほど交友が深い年上の学生はあまりいない。
もっぱら体育会系は就職に強いという情報もあったのだが、自分は猫を選んだ。と言うほかないのかもしれない。それも自分だけの猫のために。
別に人間嫌いというわけではないのだが、いろいろと自分の私生活についてまで土足で入り込んでくるような人と、なかなかそりがあわないというか、価値観の違いというか、面倒というか、大野もそういうタイプの人間に入るような気もするが、あまり干渉が強すぎるのは好きではないのである。
猫だって過干渉は好きではないと思う。犬は過干渉を好みそうだが。
どこかで猫と自分に共通項のような同類というものを直観的に感じていたのかもしれない。
さて、目下は就職に向けた準備がその先の未来を変えていく。どこかに拾ってくれる企業があればいいと思うが、どうだろう。企業という主人が、自分のような猫気質の人間を得て何かメリットになるようなことがあるのだろうか。これがあまりにも漠然としすぎたとしたら、軒並みはねられる事は間違いないので、大学のゼミの先生や、就職課の事務員。それにかけあってみよう。採用企業の条件も確認し、今持っている自分のスキルがいかほどのものかを知って、それでマッチングするところを探して行くしかない。
はあとため息も出る。正直モノトリアムの中で猫を飼うのが一番楽しいと思うが、永遠に学生ではいられない。それにそれが仮のできたとしても維持する財力がない。
一般市民に名乗り出るのも、それなりのスキルが必要で、自分のスキルとはなんだろうと考えることもある。なんとなくで就職が決まるわけもなく、そういう時代ではない。
真剣になって勝負をしていかないとこの先が危ういということだ。社会人は侍の集まりで、一人一人が切った張ったの世界で生きている。
仲間がいて切磋琢磨という環境ならやはりその侍の総合力も強い。しかし自分はそんな侍じみたキャラではないと思う。どう見てもそんなに強いわけではない。だが、それではささやかな夢を築くことも守る事もできないのだろう。
猫の小説の主人公だって、主人公なりに頑張っている。彼も、守るもののため立ち上がっている。
自分にはまだ、守るべき猫がいないのだが、結局それを受け入れるためにはそういうふうになるということだと思う。あんな不人気サイトの同人も同然の小説に人生を指南されるなんてと思うが。これも何かの縁であり、出会いだったのだろうと思う。
守るべきものなんて高校生の時にはあまり考えたことがなかった。やはり大人になるというのはそういうものを手にし、そして日々職場で戦うということなのだろう。そういう人が社会人で、また沢山いるわけだから、それは壮絶な事があっても全然おかしくない。冒険は終わったのかに見えたけど、全然冒険でもなかった。まだ未開の地に足を踏み入れてもいない。
あの猫の小説では、主人公は未開の地へ足を踏み込んでいる。大学を卒業したら次の場所に行かないといけない。それは時と共に訪れる。
普通に就職できれば、バイトも終了する。
敏子さんはいい先輩で、結局、あの小説と出会えたのも敏子さんの影響によるものだ。当の本人は別に後輩のバイト君に影響を与えたことも特に気にしてないだろう。
それもささやかな夢の舞台だったのかもしれない。別に、それを維持するとか、ささやかな夢を守るとかという意識は特になかったけど、とりたてて大きな変化のない学生生活に猫という異次元世界が表れ、結局それが人生の指針を変えるという事になった。
よくテレビやラジオなどで、運命の転機は? みたいなことを聞いている場面があるけど、そういう転機がまさか自分のような平凡な人間に与えられるとは思ってもみなかった。自分は確実にその異次元に影響され、その影響が現実を変え始めている。
だからといって現実世界でスーパーヒーローになるわけでもない。ただのボンクラの学生から、一般市民へと階段を駆け上がる理由にはなる。ということだけ。
大人にならないと、自分の世界での猫の飼育はできない。モノトリアムを抜ける理由は猫。新たなる世界観の獲得だ。
これを手放すわけにはいかない。あらゆるこれからの未来への起点となる大事な要素だ。
他人がどう思うかは知らないが、ターニングポイントは人間だから、何がきっかけなのかはそれぞれだろう。
いろいろと考えたり悩んだりしながら大学の講義を受け、家路に戻る。まだ猫を起点にした生活は序盤戦までもいかない準備段階。真面目な学生になる。正直まだ大学2年生だが、気が付くのに1年遅かったら、もっとやばかったかもしれない。大学受験も、それなりに勉強して大学に入ったが、予備校のトップ集団みたいなポジションにはいなかった。勉強は嫌いではないが、自分と同じくらいの能力を持つ学生は沢山いると思う。就職率も大学では8割を超えているものの、その8割ではなく、2割の方に自分はいるのではないかと考えた事もある。
いろいろとこれからの戦略を見直し、そして立てていく必要があると思った。進路は今から対策をしないときっと間に合わない。すでにかなり出遅れているとも思う。自分にできること。そして企業や国や自治体の機関が求めているレベルがどのようなものなのかもっと知って、自分の能力を高めていかないといけない。手っ取り早い対策は勉強だろう。猫との生活のためにこれだけモチベーションが上がる自分にかなり驚いてもいる。大野と絡んでいる場合ではない。
ただモチベーションだけで通じるような世界ではないかもしれないが。ないよりはあったほうが絶対いいに決まっている。
アルバイトまでであれば、それも学生であれば、まだそういうノリで通じるかもしれないが、それより先はそうではないだろう。
未来はかなり発達した世界で、簡単な仕事は全部AIや機械が行うという。だから、そういう分野に入っていけば猫との蜜月は崩壊する事に違いない。一時的ではだめなのだが、でも、どこが安泰なのかというのは、まだ予想の世界でしかない。
そういう事を考えている学生は沢山いるから、有望な業種や職種の競争倍率は凄いことになり、その椅子取りゲームに参加して勝てる要素があるのかという自己分析をすると、非常に心もとない。
猫との蜜月ってこんなに難易度高かったっけ? と疑うほどである。どこかにひっかかるような所があればいいが。公務員だって倍率は高いんだし。大きな会社は学歴ではじくということもあるとのことで、なかなかにきつい状況であることは確かだ。
そういう意味では大野の彼女は才女で、目的もしっかりしている上に賢い。獣医になるなんて考えた事もなかったが、動物の命を預かる職種だから、簡単ではないけど、スペシャリストとしてずっと活躍できる。
猫だっていざというときに頼りになる獣医が飼い主だったら最高と思うこともあるだろう。いまさら獣医になる道筋はほぼないような気がするが、家庭の医学的に常識レベルくらいは飼う前に知っとくべきだとは思っている。そういう意味でも勉強は欠かせない。
うまく中小企業でももぐり込めるのか、将来的に安定を第一に考えるのならやはり公務員か。タイムリミットはあるが、猫も求めるのは安定であり、定職だろう。就活をしながら、公務員の勉強をして試験も受ける。これがやはりベターだろう。
まあ、これは一般的な大学生が考えるような発想であることは分かってもいるが、だからといってそのすべての学生が理想通りに内定を手に入れられるわけでもないのだろう。しかし猫との蜜月生活があまりに甘い夢なため、ぜひとも内定を目指さなければならない。
こんな自分を中村さんはドン引きするかもしれない。でも、ずっとモノトリアム人間をそれ以上に評価するとは思えない。遅かれ早かれ社会人には生きていればなるわけで、自分が意識をするのが周りよりは遅かったということだろう。
だからやらなきゃいけない事がかなり増える。中村さんの猫も気にかけていはいたが、あくまでそれは中村さんの管轄と割り切り、就活でアピールできるような能力を手にしなければいけない。今はその戦える武器が頼りないといったところか。
さて、そう腹が決まったところで、準備を進めていかなくちゃいけない。猫がなければ、理由のないまま就活をし、仮に内定をとれたとしても漠然と生きていくだけの人間になっていたかもしれない。それは恐ろしい事だ。
でも、そんなこともないかも。漠然とした自由みたいなものが社会人に与えられているのかは、かなり怪しいところだ。仕事に追われるような人生を歩む人なんて沢山いるだろう。認識が甘すぎるのかもしれない。
ちょっと考えすぎて疲れたかな…。まあでも、それなりに妥当な事を考えているようには思う。メルヘンの世界で生きているわけではないのだが、まったくメルヘンのようなファンタジーがない世界で生きていくのはきつすぎる。
大学を真面目に通い、コンビニのアルバイトもこなし。それ以外何もない。といった事だったら、どこかでプツンと糸が切れてしまっていたかもしれない。それか大きな壁が突然前に立ちふさがった時、そのまま立ち止まり続けてしまったかもしれない。
その壁に異世界の穴を開けたのは猫で。そうしていつの間にか壁を通り抜けてしまっていたのかもしれない。
人間だけでは通り抜けられないルールも猫と一緒であれば、そのルールは変わるのかもしれない。そういう確信みたいなものは十分に感じられる。大人にならなきゃいけない壁をすり抜けるための相棒として…。
正直なところ、自分でも自分の事を、どうか。と思っていた。ちゃんとした大人になれるのか。という事を。
だが、その道筋が見え、でも、一歩一歩というような道でもなさそうで、それはなんとも言えない。そして壁をすり抜けた後、もう、元の世界へと逆戻りは中々できなそうだ。だから未来をみつめるしかない。
◆
猫はすやすや寝ていた。ずっと眠り続けているかのような様子。これはそっとしておいたほうがいい。猫はずっと前は不眠症だった。神経がとがるとそういうふうになりやすいらしい。気候の変化も体調に影響を及ぼす。ただ、それで不機嫌そうな顔をすることはほとんどないほどの人格者なので、ストレスを別の意味で抱え続けているのかな。と心配をしたりもする。
最初に一緒に暮らし始めたときは、どちらとも人間の姿だった。家具たちだってそう。それを思い出すとノスタルジーな気分になるが、その世界を元に戻すことはどうやらできなさそうだ。
ずっと平和で同じ環境でほほえましく過ごしたいという願いも、それはそれで奇跡のようなもので、そういうときにはありがたみを感じることはなかったのかもしれないが、今思えば、そういう時間というのはもっと大切にしておかなきゃいけないものだったのかもしれない。
生物は成長したり老化したり様々な変化をする。だから、同じ環境を求め続ける事こそが不自然なことになるのかもしれないが、できるかぎり穏やかに過ごしていきたいというのは本能的に感じているものなのかもしれない。
できれば末永くそういう世界に安住していたいが、いろいろな複雑な要因でそれを阻害されることがある。
ある程度常識の範囲内で変化を予測しながら計画をたてて行動するのが普通ではあるけど、今回のように不可思議な現象だっていつ起こるかは分からず、それについては前例もないため動揺し、対処に困惑することもあるだろうから、そういうときがあって、なんとかなったというときには、運がよかったと素直に喜んでいいのだろうと思う。
まあでも、予測外の事に納得がいなかくて負の感情が爆発してしまう事もあると思う。それがどうにかならないものかと右往左往してみて、後悔することもあると思う。
でも、過去の分岐点には戻れず、現在からどうするのかを考えるより他に手はない。現在の状況からより良い方向へシフトできるのように努力していくよりほかない。正直猫はなんの因果があって、こんなことになっているのかは分からないけど。原因がなくても不可思議な現象が起こりえるということは普通にある事だと思う。非科学的な分析と言われても仕方ないが、科学的な機械が、不可解な現象により故障してしまうといった事があるように、原因をつきとめようとしても答えが出てこない。ということはあると思う。そして、そこで立ち止まってしまったら、それ以外の事が何もできなくなってしまいかねない。猫はそれを敏感に察知して、そして自分でその負の感情を抑えつけた。これは見事というしかなく、いたわりながら、それを称えていくしかない。
自分も、ほぼ人間の言葉を発することが困難になりかけたが、原因は分からなくても、答えは意外に近くにあったりするということはあるようだ。まあ、ネットで調べても前例のない事だったから、どこかの専門医などに駆け付けることは早期で諦め、違うやり方でこの世界と折り合っていくことを考えた。そこは他力本願ではなく自力本願で今回の場合はよかったと思っている。
この世界が続く限り、自分たちの生活も続いていく。まだ寿命を考える年でもない。できるかぎり穏便に社会と向き合っていきたいので、いろいろ不可解な不都合さはあるけど、それで絶望しきっていたら仕方ないので、それを受け入れ、そういう不都合さの中でどうしていけば良いかを考え前に進んでいくしかない。
今眠っている猫が、どこまで何を考えているのかは分からない。自分よりも考えていそうだが、それを表に出さない。それについては腫物というが、下手に傷口を触ってはいけないので、慎重に様子を伺っている。
自分自身もナイーブになる事はあるが、それを問題意識しているようでは、周りが見えなくなってしまう。世界が変わってしまった時が最初だと腹をくくって、そこからスタートすることを各自きっと自分なりに考えているのだろうと思ったりもする。
まあ、でも完璧にとはいかない。そもそも普通の時だって完璧な生活をしていたのかもわからない。でも今の方が確実に必死であり、一生懸命生きているという実感はある。でも、そこを比較するのも過去に固執することになるので、忘れていこうと思う。これは不可解な猫の侵攻による忘却ではない。
今後の運命の行く末に納得するかしないかは自分の腹次第なのかもしれないが、すくなくともこれからの未来は十分にあるわけで、そこに賭けていくしかないようだ。
猫はまだ寝ている。いい夢でも見ているのだろうか…。
■
結論から言えば、中村さんの猫はある日突然見つかったらしい。こんな奇跡あるのだろうかと思うが、猫に首輪がしてあって(中村の猫・ピーコ)と記名されていたのが、Ⅹで拡散して見つかった。
中村さんは戻ってきた猫との感動の再会について小説が一冊書けるんじゃないかと思うほどの熱量で、酒の席でいろいろと語っていた。
一度失われた物を取り戻した時、それは、失われていなかった時よりも歓喜のエネルギーがすさまじく、中村さんは一機にものすごい愛猫家に変わってしまった。
見つかる前までは、もうあきらめて、他の事に専念するのかというような雰囲気だったが、心の底で、自分の飼い猫のことをいろいろと心配していたのかもしれない。
正直愛猫家ぶりを見ると、大人なのに子供のような感じで、我を忘れ猫とコミュニケーションをとろうとする姿に、少し気恥しい気もするが、これこそが言語を超えたコミュニケーションとも言えるのかもしれない。と思った。
ともあれ見つかったのは何よりだし、生きて再会できたのもめでたい。そういうようなことを中村さんに言った気がするが、僕の言葉が届く以上に、中村さんは帰ってきた猫に夢中になっていたようだった。
きっと一晩中モフっているのだろう。という予想はかたくなかった。
そんな幸せを自分も手に入れたいと思った。
いや、手にするんだと固く心に誓い、中村さんとまた猫の話を聞いて、大野彼女からも情報提供を受けて、確実にゴールを目指して行きたい。