【第6部〜アイドル編〜】 第33話
たったの7日間で、世界は麻里奈の手に落ちた。全ての人間は殺され、麻里奈の操り人形として生き返らされた。
「人類が争っていたのは、統一者がいなかった為だ。かつて始皇帝・嬴政は、戦乱の世を終わらせる為に統一戦争を起こした。しかしそれは、中国一国のみの平安である。また、世界統一を果たし、泰平の世を目指した成吉思汗も寿命の為に志半ばで断念した。我は神なり。永久の世を生きる者なり。我は誓う。ここに『神聖王国』によって人類は統一され、永久に繁栄を謳歌する事を宣言する。人類は永遠に泰平の世を築くであろう!」
全世界へ麻里奈の演説が発信された。そして皮肉にも、かつて瑞稀は神であった時、天道神君と名乗っていたが、麻里奈もまた自らを天道神君と名乗ったのだ。
天道神君は、日本人にも馴染み深い神様で、お天道様の事だ。
「麻里奈が天道神君…皮肉なものね…」
「これからどうするつもり?」
「…考えたの。私にあって、麻里奈には無いものを。そこにきっと打開策があるに違いないと」
「それで?」
私は空を見上げて言った。
「ゲートを開く」
ゲートを開いて、天界の門を開ける。麻里奈と違って私には、天界に多くの仲間がいる。闇の女帝として、魔界に君臨していた事もある。神と魔族の軍勢を率いて麻里奈を討ち取る。
「卑怯だとは言わないわよね?麻里奈…」
まだ心の片隅には、愛しい我が子であると思いたい自分がいたが、夫が…綾瀬が心配だ。本当に手足を失っているのなら、一刻も早く治療してあげたい。焦る心から、己の持てる力の全てをぶつけようと考えたのだ。人脈も力には違いない。
「考えは悪くないわ。でも…」
そう簡単に行くかしら?と言おうとして、来夢は言葉を飲み込んだ。瑞稀には、敵すらも味方に変える奇妙な魅力がある。
それでも瑞稀の言葉に乗ってくれるのか分からない。乗ってくれたとしても、麻里奈に勝てるとは限らない。
人類が1度死滅してくれているのは、却って好都合だ。地球を業火で焼き尽くせば、逃げる事が出来ずに倒せるだろう。もっとも、性格的に甘い瑞稀がこの様な手法を取る事は無いだろうとも確信している。
チベットの樟木鎮にあるゲートに向かった。万が一を考えて、ゲートを守っていたら厄介だな?とか思いながら来たが、拍子抜けするほど邪魔は無かった。
「ごめん来夢。手を繋いで少し魔力を貸して欲しいの。私いつも魔力切れで昏倒しちゃうから」
来夢と手を繋いで、魔力の供給を受けると、ゲートの鍵部分に有りったけの魔力を注いだ。すると上空にドアの形をした空間の歪みが現れ、砕け散るとそこには異空間が広がっているのが見えた。
「天界に行くのは久し振りね…」
吸い込まれる様に、開かれたゲートに入った。ゲートを抜けて天界に降り立つと、直ぐに神兵達が集まって来た。
「私よ?アナト。分かる?」
「はい、天道神君様」
「直ぐに皆んなを集めなさい」
天界の最高位に就いていた私の命令に神兵は従った。およそ500年振りに来たはずだが、ここは全く変わり映えしない。
「アナト!」
私を呼び捨てに出来る者は少ない。呼び掛けた声の主に振り返って手を振った。
「兄さん、久し振りー!」
兄とは言っても実の兄では無い。私を妹の様に可愛いがってくれていたルシフェルだ。私が魔界と天界を統一した為に、魔帝ルシファーもかつての本名であるルシフェルに名を戻した。あの有名な大天使長ミカエルは、ルシフェルの実の双子の妹だ。ちゃんと旧約聖書にも書かれている。
近親相姦の概念の無い天界人である彼らは、兄妹で愛し合っていた。ルシフェルが堕天した一因は私にもあったが、魔兵を率いて反乱を起こしたルシファーの討伐には、実の妹であるミカエルが総大将として派兵された。
唯一神の命は絶対である。ミカエルは愛しい兄が、他の者に討たれるくらいなら、せめて自分の手で殺すと血の涙を流して出陣した。
双子である彼らの戦闘力は互角で、隙をついてミカエル軍を突破し、唯一神に辿り着くも既に満身創痍だったルシファーは、唯一神の一撃を受けて魔界に堕とされた。天界に戻って来たが、きっと思う所もあるだろう。だが、ルシフェルとミカエルは再び恋人に戻っていた。幸せそうで良かった。
「地上の事は報告を受けている。その事で来たのだな?」
私は頷いて、朝堂へ向かった。




