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【第6部〜アイドル編〜】  第6話

「カット!最初から!」

 現場に監督の怒声が響き渡り、重苦しい空気が流れる。

「今日の監督、荒れてるな」

「あぁ、特に瑞稀ちゃん集中攻撃だな」

「あれで潰された俳優を何人も知っているよ。ただ、乗り越えられた人間は、大きく化けるんだぜ?俺みたいに」

 あははは、と笑ったこのオジサンは、大御所俳優の草木くさき政右衛門まさえもんさんだ。

「カット!何やってる!何度言わせれば分かるんだ!?」

 俺は現場の空気に耐えられずに、泣きながらその場を逃げ出して、トイレに駆け込んだ。

「あーあ、泣かしちゃったよ」

「ふー、どうするんだ?今更ヒロイン変えて撮り直すなんて嫌だぜ俺」

「残念だなぁ。俺、マジで瑞稀ちゃん狙ってたのによー」

 残された俳優やスタッフ達は落胆した表情で、好き放題に言った。

「はーい!俺は瑞稀ちゃんが戻って来る方に1万円」

「俺は戻って来ない方に1万円」

「私も戻って来ないに1万円」

「いやいや、流石に戻って来るでしょう?1万円」

 とうとう賭けの対象にされてしまっていた。

「監督、監督はどっちですか?」

「馬鹿!」

「良いじゃん」

「俺か?俺は戻って来る方に1万円だ」

「ひゅ~う、良いじゃん、良いじゃん。監督のそう言う所、好きだなぁ。口では厳しく指導して、実は内面では本人の為なんだよなぁ。ただ、厳し過ぎて相手に伝わらないってのが惜しいよね~」

「分かってるんなら、フォローしろよ」

「いやー、だってさ。あーなった時の監督ってさ、近づき難くて怖いのよ。俺までとばっちり受けそうで」

 あははは、確かにと皆んな笑った。


「あんたね、どんだけ皆んなに迷惑かけてるか分かってんの?演技はヘタクソな上にNG連発しやがって、皆んなブチ切れそうなの我慢してやってるんだよ!皆んな忙しいんだよ。仕事、あんたみたいに暇じゃないの!他にもスケジュールが詰まってんの!時間が押して、その後がどれだけ大変なのか分かってんの?あんたみたいな情けない奴見ていると、イライラして来るのよ!ただ可愛いだけで、のし上がって、実力が無いくせに売れてチヤホヤされて。辞めたいなら、さっさと帰んなよ!目障り何だよ!」

「ご、ごめ…ごめんなさ…うっ、う、う…」

「泣いても何も解決なんてしないでしょう?あんたに出来る事は3つ。今すぐ戻って皆んなの前で土下座して謝るの。そして、死ぬ気で演技しなさい。危機迫る迫力が演技力を超える事もある。最後に、1発殴らせて!」

 女優の花枝可憐さんに、ビンタされて目が覚めた。泣いている場合じゃない。俺は、皆んなの前で土下座すると、「もう一度チャンスを下さい」と謝り、皆んなの貴重な時間を奪って申し訳ないと謝罪した。

 一瞬、静まり返ったが、イケメンアイドルが拍手をして迎えてくれると、皆それに追従した。

「監督、宜しいですか?」

「皆んなが許すなら、良い。ははは、これこそリアルドラマじゃないか?」

と言って笑って許してくれた。

 その後は必死になって演技をし終わると、皆んなから「良かったよ、急に見違えたよ。こんな短時間で成長する人を、初めて見たよ」と褒められた。俺は花枝さんの所に行くと、お礼を言った。

「別に…あんたの為じゃない。私の為よ。この後も仕事なのよ。案外早く終わって助かったわ。それから…あんた中々根性あんじゃん。そう言う奴、嫌いじゃないよ」

 そう言うと、少し照れ臭そうにして、マネージャーと楽屋を出て行った。

「格好良い女の人だなぁ。どうせ女になるなら、あんな女性を目指したい」

 主役では無い方のイケメンアイドルが、声を掛けて来た。この人の名前は、綾瀬あやせじゅんと言う。どうも俺は人の名前を覚えるのが苦手だ。

 綾瀬が俺に声を掛けて来た理由は、本格的に口説き落としに来たのだ。いきなりキスされたし、何処かに連れ込まれて監督の時の様にレイプされないとも限らない。俺は元男だったから、どうも普通の女性よりも警戒心が薄いみたいだ。気を付け無ければ、と気を引き締めた。

 しかし警戒するも何も、最初から肩を抱いて来るし、2人きりで入ったのはカラオケボックスだし、手を出す気満々なんじゃ無いのか?と疑っていた。

「ねぇ?台本、全部読んで見た?」

「はい、社長が台本一通り目を通して、他の人の台詞も覚えておけって言われて。でも内容も面白かったです」

「あー、いや、そうじゃなくて…。大和の奴とキスシーンがあるでしょう?」

 確かに主人公とヒロインは、中盤と終盤に2回キスシーンがあった。

「大好きな女が目の前で、他の男とキスされるんだぜ?耐えられない。考えただけで気が狂いそうになる。それに相手があの大和だぜ?頭に来る」

「ふふふっ」

「何が可笑しいんだ?」

「だって、あなたモテるでしょう?きっと大勢の女の子とキスして来たでしょう?それなのに、私なんかに嫉妬するなんて可笑しいな、と思って。それに演技だよ?」

 綾瀬はずっと俺の目を見て話して来るので、恥ずかしくてドキドキする。

「演技だって、キスするには違いないだろう?これからキミは、色んな男とキスする事になる。この映画でキミは間違いなく、新人主演女優賞を獲得する。日本中の男達が、キミとの共演を望む様になるんだ」

「そんな事になったら良いな、とは思ってるけどね」

「キミは自己評価が低過ぎる。この世界では、我が強いほど上に行ける世界だよ。そんな世界で珍しく、キミは無欲なんだ。だからまぶしく見える。皆んな欲望にまみれているからね」

 俺は目をらして言った。

「そんな事無いよ。私だって欲くらいある」

「ねえ、さっきキミは演技だからキス出来るって言っただろう?キミは演技で良い。でも俺のは本物の、愛のあるキスだ。これから沢山するキスの演技の練習だよ」

 そう言いながら口を近づけて来たので、顔を逸らして言った。

「演技で出来るのは仕事だからです。でも今は、仕事じゃないから…」

「ならボクがギャラを払うよ。いくらなら良いの?」

「えっと…1回5000円で…」

 言い掛けてる間に口をふさがれた。

「ん、んん…」

「愛してる、瑞稀…」

 軽いキスを5、6回繰り返すと、舌を絡めて来た。キスをしているだけなのに、気持ち良くなって来た。キスが上手いとは、こう言う事なのか?と理解した。

「はい、もう練習終わりね」

 10回くらいしたから、本当に5万円もくれるのかな?とか思っていると、「もう我慢出来ない」と言われて押し倒されて、胸を揉まれた。耳たぶから首筋を舐められると、昨晩、監督にレイプされた事がフラッシュバックして来た。

「嫌っ、嫌…もう止めて!止めて下さい!お願い…お願いします…」

 ガタガタ震えて泣き出すと、その様子が変だと疑って、優しく聞いて来たので悩んだけど、話してしまった。

「あの野郎…俺の、俺の瑞稀を犯しやがって!許さねぇ、ブチ殺してやる!」

 拳を握って怒りに震える綾瀬を見て、これはヤバい、事件になると察した。

「ダメ!お願い、落ち着いて!あなたに仕返しして欲しくて話したんじゃないの。最後まで撮影したいの。この映画に賭けてるの、私だけじゃなく皆んな。お願いだから落ち着いて。私が我慢すれば良いだけだから…」

「瑞稀…。瑞稀…」

 俺を抱きしめて綾瀬は号泣し出したので、俺も自分の事なのに貰い泣きした。こいつは本当に俺の事が好きなんだな?と伝わった。チャラく見えたけど、良い奴だったんだ。

「有難う、私の為に泣いてくれて。彼女にはなれないけど、友達になれるかな?」

「良いよ。友達から始めようって事だろう?もしいつか、付き合っても良いと思えたら、〝付き合ってやるよ〟って言って欲しい。じゃないと伝わらないし、いつまでも友達のままだと、俺が思っちゃうし」

 抱き合ったままなので、そのまま目を閉じると唇を重ねた。もう何度もキスした仲だし、キスくらいなら良いか?と思ってしたけど、彼女じゃないとキスなんてしないか、しまったな、とか思った。

 レイプされた事を誰にも言えなくてうつになりかけたけど、誰かに話せたお陰で少しスッキリした。男と付き合うなんて、冗談じゃないと思ってたが、綾瀬なら良いかもとか思い始めて、手を繋いで食事に向かった。

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