【第5部〜旧世界の魔神編〜】 第3章 女神様の奇跡
「先輩、聞いてます?」
「聞いてるよ。その女神様に惚れたのか?相手は女神様だぞ?」
「そんなの関係無いですよ。推しと同じですよ。アイドルの推しだって、誰も付き合えるなんて思って無いですよね?だって相手は芸能人ですよ。女神様だって同じですよ。きっと彼氏の神様がいますよ」
ごほっ。思わず飲んでいたオレンジジュースを吹きそうになった。
ふとニュースに目をやると、同時多発毒ガス事件の遺族らが、泣きながら女神に抗議していた。国会議事堂立て籠もり事件では、大臣達の生命は救っても自分らの家族は救って下さらなかった。神なのに身分で差別するのか?と。遺族らの気持ちは理解出来る。
私は意を決した。休日にアナトになると、事故現場でニュースを報道していたテレビ局の前に降りて、伝えたい事があると、マイクを借りた。
「皆さん初めまして、女神と呼ばれる者です。私の名前は、天照ではありません。アナトと申します。実は普段は、人の姿を借りて生活しています。神々は本来、人間の生活に干渉する事が許されません。しかし、深く関わってしまった為に、私は天に帰らないといけなくなりました。最後に、同時多発毒ガス事件の遺族の皆さまのお声を聞きました。そこで天に帰る前に、生き返らせようと思います。7日後、この河川敷に遺骨など被害者の一部をお持ち下さい。髪の毛であっても構いません」
そう言って姿を消した。このニュースは大きく取り上げられ、河川敷には3日前から泊まり込みでテントを張る者まで現れ、警察によって規制線が張られるなど、大騒ぎとなった。
「迂闊だったな。被害者とは関係ない者まで集まっているよ。山下も推しの女神が来るからと言って、有休を使って会社を休んでるしな…。やれやれ、女神をやるのも疲れるな」
「誰が女神だって?」
急に背後から声を掛けられて、飛び上がるほど驚いた。
「そりゃ勿論、麻生さんですよ」
「ねぇ、青山くん。そろそろ、その麻生さんは止めにしない?彼氏なんだから、他の人と同じ呼ばれ方って…」
「特別な気がしないですか?」
「そ、そう言うんじゃないけど、そう言うの。何言ってるか分からないよね?でも、青山くんの中で特別になりたいの」
可愛い事を言ってくれる。はぁ~、癒される。本当の女神様ってのは、こう言うのを言うんだぞ?終始ニヤけてだらしない表情だったに違いない。職場の女子社員に、「あんたってば麻生さんの事、好きでしょう?無駄だから止めておきなよ?あんたには高嶺の花過ぎよ」と笑われた。
(くっそぉ~舐めやがって、麻生さんとは付き合ってるし。そ、その…もうHとかもしちゃったし…)
思い出して顔が火照ると、アソコも反応して元気になって来た。
「落ち着け、ムスコよ…」
あっという間に、7日経った。
「仕方ない、行くか…」
『飛翔』
宙に浮くと、河川敷に向かって飛んだ。5㎞も手前で、交通整理をしている警察の姿が見えた。
「ご苦労様です。私の不用意な一言で、こんな目に合わせちゃって、すみません」
心の中で謝った。
河川敷の上空にわたしが現れると、大歓声に包まれた。「アナト様ー!」と絶叫していたり、「アナト♡」と書かれた布を掲げたりしていた。
「やれやれ、アイドルと勘違いしているんじゃ無いのか?」
完全に地上に降りると、寄ってたかられそうで怖く、5mくらい宙に浮いたままにした。
「人が多く、この場まで来れずにいる人も見ました。被害者と関係の無い方々には来て欲しくは無かったのですが…。まぁ良いでしょう。私を中心に、半径5㎞に影響を及ぼす事にします」
呪文の効果範囲を対象から、範囲に変更した。
『死者蘇生』
既に火葬され、遺骨となっていた者がほとんどであったが、全員が生き返ったのだ。周囲の大歓声と、泣き叫んで再会を喜び合う声で包まれた。
「さて皆さん、これでお別れです。あなた達に神のご加護があります様に…」
そう言い残すと、上空に向かって飛びながら光に包まれて姿を消した。
翌日の朝刊では、【女神様の奇跡!】と言う見出しが一面を飾っていた。私は気付いていなかったのだが、交通事故で亡くした息子の遺骨を持って来た人や、海で遭難し未だに遺体が見つからない娘の髪の毛を持って来た人達も生き返ったそうだ。天に帰った女神様への感謝の言葉も書かれていた。
「感謝の言葉…確かに受け取りましたよ…」
山下はあれから沈んでいた。推しの女神様が、天に帰ってしまったからだ。推しのアイドルの卒業記念コンサートに参加したのと同じだと言っていた。気持ちを整理する為らしい。その割には、沈み過ぎじゃないのか?と聞くと、そんな簡単には割り切りませんよ、と嘆かれた。まぁフラれた気分なのかも知れないな。
しかし、天に帰ったと言う設定は、まだ時期尚早だった。事件は解決したが、黒幕であるアストピアを壊滅した訳では無い。もう邪魔する女神は居ない、と更なるテロを予測出来なかった自分を責める事になる。