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【第1部〜序章編〜】 第11話 告白

「おはようございます、麻生さん!」

「おはよう、青山くん!」

 麻生さんは23歳で、私は32歳なのだが、麻生さんからは君付けで呼ばれている。最初は、さん付けで呼ばれていたが、「何だか他人行儀ですね、って他人なんですけどね」と、訳の分からない事を思わず口に出してしまった時、「うん、言いたい事は分かるよ。だってもう友達だもんね」と天使の微笑みで言われた。

 それ以来、君付けで呼ばれる様になった。はぁ~可愛い。友達認定された。今はまだこれで良い、十分だ。

 友達から恋に発展出来たら良いなぁと思っているが、オクテな私は一緒にゲームするくらいの楽しみしか出来なくて、進展するイベントが欲しいなぁと考えている。麻生さんと並んで、やはりゲームの話で盛り上がりながら出勤すると、部署が違うのでエレベーターの中で別れた。

「頑張って」と言われて手を振って降りていった。もう気分は恋人同士だ。幸せ過ぎる。向こうはただの友達に手を振っただけなんだろうけど。

 エレベーターから降りたら山下に会った。

「おはよう、珍しく早いな」

「おはようございます、先輩」

 自動販売機で缶コーヒーを買って席に着く。仕事が始まるまで、まだ時間はある。私はいつも30分以上前に、出勤する様に心掛けている。

「先輩、瑞稀ちゃんには会えないけど、毎日テレビで白面の魔女特集をやっててテレビで会えるから良いんですけどね。何だか芸能人みたいで遠い存在になっちゃったなぁ。キスしたのが夢みたいですよ」

 ごほっ、ごほ、ごほ…。思わず咳き込んでしまった。

「先輩、大丈夫ですか?落ち着いて飲まないと気管に入りますよ」と言って背中をさすってくれた。

 まぁ、こいつは優しいんだけどな。キスしたって?こっちは無理矢理されたんだが。

「そう言えば謎なんですよね。瑞稀ちゃん、何で会社にいたのかな?」

 そう、2回ともコイツに会ったのは会社で、だ。私がその瑞稀ちゃん何だから、会社にいたのは当然なんだが、怪しまれない為に1度、会社にいた理由を作るべきかな?

 お昼休憩になり山下に、たまには一緒に食べようか?と屋上に誘った。「先に行って待っててくれ」と伝えて、多目的トイレで『女性変化』を唱えた。ここからは、神崎瑞稀の出番だ。

「山下さん、お久しぶりです」

 フェンスにもたれて景色を見ながらタバコをふかしている山下がいた。私が声を掛けると、振り返って慌てて走って来た。

「瑞稀ちゃん、会いたかった」

 抱きしめられると、胸が高鳴る自分がいた。それから山下は、どれだけ私に会いたかったのか、どれだけ愛しているのか口説き始めた。男の時に何度も聞かされたはずの言葉が、女性に変化している今は胸に刺さる。抱き寄せられてキスされそうになり、顔を背けるとほっぺたに当たった。あごクイされて、口付けをされた。拒絶する事も出来たはずなのに、抵抗もせずにそのまま受け入れていた。舌を入れられると、タバコの味と臭いが口の中に移り眉をしかめて離れた。

「タバコ臭いよ」

「タバコはダメですか?」

「うん、ちょっと苦手」

「分かった、瑞稀ちゃんの為にもう2度と吸わないよ。俺と結婚を前提に付き合って欲しい」

「えぇ?えーっと、少し考えさせて下さい」

「良い返事を待ってる、1週間後またここで会えますか?」

「あ、あの、私は仕事でここに来てたんですけど、もう取引が終わったので、来れないと思います。なので、ここから見えるあの公園でどうですか?」

「うん、そうしよう」

 山下に手を振って別れた。待て待て待て、何やってんの私。どうすんのこれ。多目的トイレで男性に戻った私は、激しい後悔にさいなまされていた。

 トイレから出ると、通りかかった麻生さんに会った。

「今日はどこでお弁当を食べてました?」

「うーん、公園かな。青山くんが来ないかなぁ、って思ってたよ」

「え、それなら今度から一緒に食べませんか?」

「うん、良いよ。今度から医務室で待ってるね」

 またね、と手を振って麻生さんは去って行った。その背中を名残惜しそうに見ていると、山下が来た。

「先輩、見てましたよ。高嶺の花の麻生さんじゃないですか?いつの間にそんな仲になってたんですか?どうりで全然来ないな、と思いましたよ。ま、お陰で瑞稀ちゃんに会えて、イチャイチャ出来ましたけどね」

 ニヤニヤしている山下を見ると、先程の口付けを思い出して寒気がして来た。

「せっかく口直しのデザート気分だったのに、ぶち壊しだよ」

「何か言いました?先輩」

「何でもないよ、お前にも言えない事くらいあるよ」

「教えて下さいよぉ、先輩」

 ヘッドロックを決めながら部署のドアを開けて入って気付いた。そう言えば、結局お昼ご飯を食べ忘れた事に気付いた。女性社員から「あんた達、いつも仲が良いわね。まさか出来てるの?」あははは、と笑われた。冗談でも止めてくれ。

 それにしても、あと1週間後か…。どうやって断ろうか?と思案に暮れた。ストレートに断れば良いのだろうけど、仲の良い後輩だから、なるべく傷つけない言い方は出来ないものだろうか、と悩む。変な断り方をすると、俺に泣きついて来て延々と話を聞かされる事になりそうだと容易に想像がつく。実は振った相手は私なのだと知らずに、慰めてもらおうと思って飲みに誘われるだろう。傷付いている山下を見て、私はきっと良心が痛むに違いない。普通は振った相手の傷付いている姿なんて見る事はない。困ったものだ。

 仕事が終わると山下を誘って飲みに行った。告白成功の期待が高いと、ダメだった時の落差で、受ける精神的ダメージが大きくなるだろう。だから期待しない方が良い、と釘を刺しておきたいのだ。

「瑞稀ちゃんは、白面の魔女だぞ?今や日本中の救世 主であり、英雄ヒーローであり、アイドルだぞ?忙しいだろうに、そんな人が恋とか愛とか言ってられると思うか?」

「先輩、それは違いますよ。瑞稀ちゃんだって、1人の女性ですよ。恋の1つも出来ないなんて可哀想ですよ!」

 そう言うと、ビールを一気に飲んだ。

「それに、俺が彼女を支えて、必ず幸せにしてみせます!」

「うーん、それは彼女がどう思うかだから、私には分からない事だけどな」

 ふむ、困った。相当入れ込んでいるな、全く聞く耳を持ってない。

「先輩、実は先輩も瑞稀ちゃんの事が好きで、俺と上手くいくのを嫉妬してるんでしょ?」

「そんな訳ないだろ。私は、麻生さん一筋だよ」

「すいませーん!ビールお代わり!」

「おい、そんなに一気に飲むと悪酔いするぞ」

「瑞稀~愛してる!瑞稀~」

 絡み酒か?酒癖悪いな、コイツ。

「声がデカい!他のお客さんの迷惑だよ」

「うぅぅぅ…瑞稀~、瑞稀~、会いたいよぉぉぉ」

 今度は泣き上戸だ。

「ふぅ。もうこれ飲んだら帰るぞ。明日も仕事だからな」

 焼鳥を食べながら、どうしたものかと思い悩んだ。結局説得は無理だったな。もう振られて落ち込んでも、私を恨むなよ?山下は意識も無くなるほど、酔い潰れていた。山下をタクシーに乗せて、運転手に山下の家を伝えて、お釣りは良いからと、お金も先払いして見送った。

「おはよう、山下」

「おはようございます先輩。すみません、昨日の飲み代とタクシー代を」

「良いよ。私が誘ったんだから奢るよ」

「すみません。ありがとうございます。昨日の記憶があまり無くて」

「ははは、めっちゃ飲んでたもんなぁ。ま、お前の瑞稀ちゃんへの想いは伝わったよ」

「何か言ってましたか、俺」

「いや、期待し過ぎていると、振られた時に立ち上がれなくなるぞ?と忠告したら、怒ってただろう?それで深酒してしまったんだよ」

「本当、ごめんなさい」

「良いよ。それだけ本気だって事だよな」

「勿論ですよ」

 私は山下の肩を叩くと自分の席に着いた。お昼休憩を報せるチャイムが鳴ると、お弁当を持って医務室に向かった。

「あ、来た来た」

 笑顔で麻生さんは迎えてくれた。

「何処で食べます?」

「ここで良いんじゃない?」

「ここで、ですか?」

「嫌?」

「そう言う訳じゃないけど」

 医務室って、個室みたいな所だ。そこに2人っきりで、お弁当を食べる。嬉しいと言うより、物凄く緊張して来た。もう1度言う。好きな女性と2人きりで、個室でお弁当を食べる。これ以上の喜びがあるのだろうか?幸せ過ぎる空間で、お弁当の味も、何を話したのかも覚えていないほど有頂天になっていた。楽しい時間ほど早く過ぎる。あっという間にお昼休憩は終わってしまった。明日のお昼休憩が待ち遠しい。

「お仕事頑張ってね!」と、笑顔で麻生さんが送り出してくれた。まるで付き合いたてのカップルみたいだ。彼女でなくても女友達、最高だ!としみじみと幸せを噛み締めた。

 それから数日経ち、山下に返事をする日になった。麻生さんには、この日は仕事の打ち合わせで一緒にお弁当が食べられないと伝えていた。私は公園の多目的トイレで女性に変身した。山下はすでにベンチで待っているのが見えた。私が近づいて来るのが見えると立ち上がり、駆け付けて来た。お昼時で結構、人が集まっている。

「少し歩いて、比較的人が少ない、あの木陰に行きましょうか?」と伝えた。

「それで、返事は頂けますか?」

 うん、とうなずいた。

「よく考えてみましたが…ごめんなさい。お付き合いは、出来ません」と言って頭を下げた。

「そんな、嫌だ。愛してる。君以外好きになる事は無い。絶対に浮気もしない。必ず幸せにしてみせる。チャンスを下さい!」と、言われて抱きしめられた。たった今、振った相手によく抱きつけるな。

「あの、えーと、その…」

「俺の何がいけないですか?嫌な所があるなら、直します」

「嫌な所とかでは…」

「では何が気掛かりなんですか?友達ならOKなんですか?」

「友達なら…」

「その違いは何ですか?」

「彼女だと…その…いつか…しちゃいますよね…」

「Hって事ですか?」

「えっ、うん…結婚するまではしたくなくて…」

「じゃあ、結婚するまでは絶対にしません。だから俺と付き合って下さい。お願いします」

「あっ…えっと…本当に、しませんか?」

「貴女が嫌な事は絶対にしません」

「そこまで言われるなら…分かりました」

「えっ?付き合ってくれますか?」

「あ、はい」

「うおぉぉーしゃあぁぁぁ!」

 山下は、ガッツポーズを取って喜んだ。

「あの、本当にHはしませんよ。約束ですよ?」

「ええ、一緒にいられるだけで幸せです」

 今まで見た事が無いほど、輝いた笑顔を見せた。もう仕事が始まるので、と言って山下に手を振って別れた。社内の多目的トイレで元の姿に戻ると、頭を抱かかえた。

「何言ってんだ?どうするんだよ、これ。山下と付き合う事になったぞ」

 ふぅ、女性化した私の行動は想像を超える。こんなつもりじゃなかったのに、流されてしまった。今にも泣き出しそうな山下の顔を見て、心が揺らいでしまったのだ。

 両手で顔を押さえながら、「これは、愛でも無ければ優しさでも無い。同情で付き合われてもお互い不幸になる未来しかない」最悪の選択をしてしまったと後悔した。

 お昼休憩後は仕事に集中出来ず、課長に説教をされた。仕事が終わると速攻で帰り、精神的に疲れていてソファーで目を閉じると、寝落ちしてしまった。

 目が覚めると深夜2時を回っていた。それからお風呂に入り、麻生さんと山下からメールが来ているのを見たが、山下のはスルーして、麻生さんのメールを確認して返信した。何だか疲れる1日だった。


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