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異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『恵』編
8/404

ミーレス8 襲撃

25/6/22。

ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。

ところどころ、に訂正を。

書き直しました。

 


 朝、重い溜息とともに起き上がった。

 結局、昨夜も疲れ果てて寝てしまった。

 文化部でスポーツとは縁のないこのオレが一日中歩いたり走ったり、荷物を背負って行っているのだ。

 疲れもする。


 入浴を覗きに行く気力はもちろん、風呂上がりのミーレスを視姦する体力も残っていなかった。

 風呂と言っても、裏にある水場で身体をぬぐう程度のものだが、それだけに覗きやすいのに。

 ・・・無念。


 その代わり、朝はしっかりと目が覚めた。

 日も上らないうちから準備をする。

 さぁ、出撃だ!



「待ってください」

 勢いよくドアを開けた途端、ミーレスが声を潜めて注意を促してきた。

 なにを・・・と言いそうになって気付く。


 人がいた・・・いつもは静まり返っているメルカトルの商館の周囲に、見るからにあやしげな一団が。

 すかさず、タグを確認する。

 事故や災害でないことはすぐに分かった。


「盗賊に襲撃されている」

 そう、一団はすべて盗賊だった。


「盗賊、ですか?」

 奴隷商人に払われる代金は他の店と比べて高額だ。

 盗賊に目を付けられても不思議はない。


 しかし、どうして今なんだ?

 こんな変な時間に襲撃とは。


「そういえば、メルカトルさんは時々ですが、この時間に戦闘用の奴隷を率いて迷宮で鍛えると聞いたことがあります」

 そうか、当然のことだ。

 戦闘用の奴隷を買いたいという客なら、当然強い奴隷であればあるほどありがたい。


 商館でただ飯を食わせているよりも、迷宮へ連れ出して戦わせた方が利益になる。

 迷宮での稼ぎもまるまる手に入り、商品の価値も上がるのだからな。

 いうなれば、子豚を買って肉をたんまりつけるほど肥え太らせてから売る手法だ。


 内部情報を掴まれて、その隙をつかれたのか。

 にしても、その割に静かだ。


「奴隷たちが騒ぐことを考慮して商館全体が防音にしてあります。なので、外にいては中の音は聞こえません」

 疑問を口にすると、すぐにミーレスが説明してくれた。

 良かれと用意したものが、裏目に出たと。


「・・・わかった。オレが中に突っ込む。騒ぎを起こして盗賊たちが逃げ出すようにするから。ミーレスは裏口で待ち構えて撃滅しろ」

 兵法三十六計が一つ、東声撃西。

 意味は似ているが、決して山本勘助の啄木鳥戦法と言ってはならない。

 ・・・後者は縁起が悪い。


 ミーレスは一瞬何か反論しかけたが、何も言わずに裏口へと回り込んだ。

 気付かれたかな、と思う。

 盗賊どもに逃げる隙を与えるつもりはなかった。


 全部オレの手で斬り捨てる覚悟だ。

 ・・・というより、一人ひとり尋問したかったのだ。


 アジトの場所を吐かせて、彼らのため込んだお宝をいただこう。

 そう考えた。

 経験値と大金をもたらすのが、ファンタジー世界における盗賊の存在意義であろう。



 商館内に入る。

 途端に荒々しい盗賊の怒声が響いてきた。

 遮音設備は商館の外部に音を漏らさないためのものだろうから、中に入れば効果はないということだろう。

 わかりやすくて助かる。


 音を頼りに走った。

 迷宮というわけではない。

 大きいとはいえごく普通の商家だ。

 盗賊たちのいる場所にはすぐに辿り着いた。


 客と商談するときに使われるらしい派手目の部屋の奥から、階段を上って右の奥。

 大きな部屋の前だ。

 扉を壊そうと、扉に剣を叩きつけている一団がいる。


 察するに、あの扉の向こうが奴隷商人の部屋なのだろう。

 通路の曲がり角を利用して身を隠して、様子をうかがう。


 男が一人だけ、一団から離れて立っている。

 見張りだ。


 だが、用をなしていない。

 後ろが気になるのか、気もそぞろ、と言った感じだ。

 あいつを狙う。


 タグを確認すると、Lv.8と出た。

 下っ端だ。


 なにをするかを今一度脳内でシミュレーションする。

 大丈夫、いけるはず!


 準備を整え、見張りの男を見る。

 設定値変更でステータスの数値を素早さが上がる方向に動かした。

 おかげで力が減ったが、そんなことは問題じゃない。


 GO!

 心の中で号令をかける。


 走り出した・・・胸の前で剣を構えて。

 盗賊がこちらに気が付いて、声を上げた・・・らしい。


 残念。

 空気の振動を止めている。


『サイレントの魔法(もどき)

 どんなに叫んでも声が誰かに届くことはない。


 ズブリ・・・思いのほか簡単に刃が見張りの胸を貫く。

 見張りが最後に思い浮かべたのは、オレの好みからはかけ離れたケバイだけの女のカラダだった。

 ここで金を奪ったら、抱きに行くつもりだったようだ。

 つまり、娼館の女。


 見張りなんかさせられるような下っ端では、アジトの場所なんて知らないか。

 ・・・次だ。


 騒いでいた盗賊はというと、消えていた。

 いや、扉を壊して中に入ったようだ。

 見張りが倒されたことに気付いていない。


 壊された扉越しに中をのぞくと、途端にでかい声がオレの鼓膜と身体を殴りつける。

 思わず、飛びのきそうになるが踏みとどまった。


 盗賊たちは全員オレに背を向けている。

 背を向けて、なにか、家具を―――これも壊されていたが―――を覗き込んでいた。

 盗賊の一人が手を入れて何かを取り出した。


 金貨?

 つまり壊されていたのは金庫か。


 そこまでわかればもう十分。

 オレは走り出した。

 盗賊どものところまで半分ほど走ったところで、盗賊の一人が振り返った。

 遅い。


 首を斬り裂く。

 音はしなかった。

 血が噴き出す光景が見えたが無視。


 走る速度を緩めず、未だ覗き込む態勢の盗賊に斬りつけた。

 斬られて振り返ったところを横薙ぎに剣を振って腹を斬り裂く。

 剣を立て直し、そのままの勢いで、横にいたもう人の頭を叩き割った。


 最後の一人がようやく剣を抜く、が金貨を持ったままなので動くのに一泊遅れた。

 欲張りは損をする。


 盗賊Lv.28。強敵だ。

 だけど、このタイミング。この間合いなら。

 行けっ!


 剣先を胸に突き込んだ。

 びくんっ! 最後の鼓動の感触が剣を通して伝わってくる。

 気分が悪くなるが、そんなことはどうでもいい。

 盗賊の手から金貨をもぎ取る。

 盗賊の体が床に落ちた。


 もう、この部屋で生きているのはオレだけだ。

 タグで確認したから間違いない。


 アジトを聞き出す間はなかった。

 残念。


 剣を収めて現状を見回す。

 壊された家具には、金貨の入った袋が大量に入っていた。


 次の行動に迷う。

 火事場泥棒ならぬ強盗現場泥棒。

 盗賊が持ち出したように見せて横取りすれば、目の前の大金を全て自分のものにできる。

 こんなチャンスは逃せない。


 どうせここは異世界、これくらい犯罪でもない。

 すでに、オレは人を殺してさえいるじゃないか。

 心の中で、元世界にいるときは大人しかった声が、大音声で叫び、がなり立てる。


「・・・・・・」

 金庫の前から後退った。

 日本人の高いモラル意識が、犯罪に走るのを思いとどまらせてくれたのだ。

 誰も見ていなくても、「お天道様は見ている、お天道様から顔を背けないといけなくなるようなことはするな」、その声が聞こえたのでは悪いことはできない。


 だからどうした!

 腑抜け野郎!

 自分の馬鹿が付く正直さに、溜息と悪態を吐く黒い自分を心の中に感じる。

 ただし・・・。


 オレは、『ソレ』を見逃さなかった。

 盗賊の親玉の懐から、わずかにはみ出していた筒を。


『移動のタペストリー』だ。

 親玉になったつもりで考える。

 これほどの大金でも、仲間と分け合えばあっという間に取り分がなくなってしまう。

 独り占めにしたい。

 としたら・・・。


 今度は迷わなかった。

 善良な――この世界では合法な――奴隷商人から盗むわけにはいかないが、盗賊からなら問題ない。

 もとよりそのつもりでいたし。


『移動のタペストリー』を親玉の死体から奪い、手近な壁に掛けると剣を抜いて突入した。

 全身から何かが抜ける感覚があって、タペストリーが起動した。


 一瞬の暗闇、そして、出た先も暗かった。


「はぁはぁ・・・なんだ、今の?」

 今まで何度かタペストリーを通ったがこんな感覚になったことはないのに。

 そう思いながら振り向いて・・・頷いた。


「砂時計がないと、通り抜けようとする人間の魔力を使うわけか」

 タペストリーの両脇に置かれていた砂時計型のガラス容器のことだ。

 あれがない。


 あの砂時計が、魔力供給をするものなのだろう。

 それが分かったところで、あたりを見渡した。

 建物ではない。

 壁は石でできているようだが、積んだとか塗ったとかの人の手が加わった様子がないのだ。


 洞窟?

 そう思うが、それにしては綺麗すぎる。


「廃坑、かな?」

 ところどころ煤けているのはたいまつの名残、下に散らばる石は掘ったあとの残骸だろう。

 目を凝らすと、遠くに荷車が佇んでいる。

 表面が白いのは、長い年月の間に降り積もった埃だ。


 打ち捨てられて数年、数十年経った廃坑と考えてよさそうだ。

 場所の特定はどうでもいい、それよりも・・・。


 オレは、足元に目を落した。

 銅貨が数十枚、塊で落ちている。

 横には、思い切り膨らんだ袋。


 さらに横には、オレの腰ほども高さのある素焼きの瓶がある。

 袋の中身は銀貨だったし、瓶の中は半分ほど金貨が入っていた。

 あの盗賊がコツコツと貯めていたのだろう。


『盗賊に人権はない!』

 昔読んだ本の主人公の言葉が、オレに語り掛けてきた。

 もっともだ。


 他人の人権を尊重できない者に、人権を与えてやることはない。

 この金は、オレが有効に使ってやろう。

 本人は死んでいるしな。


 これほどの金が置いたままなのだ。

 あの死んだ盗賊以外に、この場所を知っている者はいないと思っていい。

 このままにしておいて必要になったら取りにくればいいのだ。


 

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