フェリシダ 4 こおり
25/6/28。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
家に帰ると、ミーレスもシャラーラも後片付けを終えてダイニングにいた。
「シャラーラ」
ちょうどいいので、シャラーラを手招いた。
「これ、砕いてくれ」
氷の塊を一つ指さして、アイスピックを手渡そうと・・・。
「いらねっす」
拒否された。
へ?
とか思っているうちに、シャラーラは拳を握り、身体を半回転させて裏拳気味に氷の塊を殴りつけた。
パキン!
嘘のようなきれいなヒビが、箱形氷の表面に走った。
「おお?!」
二発目は遠心力なしの裏拳が決まり・・・
パンっ!
氷の塊が、グラスに浮かべるのにぴったりな大きさに砕けた。
「すごい! お見事!」
感動した! は言わなかったが、そんな気持ちだ。
当然っすよぉ、という表情ながら、その下に照れた喜びが透けて見えるところとかが可愛い。
可愛すぎる。
思わず抱き付いて頭をなでなでしてしまった。
「見せつけますよねぇ」
なんか「言いたいことがいっぱいあります」と言いたげな声が聞こえた。
シェリィだ。
よくみると、クレミーとマローネもいてダイニングの床磨きをしていた。
おお、そういえば今日はここの掃除だったっけ。
「ひ、人前でイチャイチャ・・・男なんて最低よ」
鬼のような顔で、床を磨くクレミーの顔が赤いのは羞恥なのか怒りなのか。
イチャイチャしていることはあえて否定しないとしても、オレだけではできない。
一方の当事者たるシャラーラは女なので、『男なんて』発言に該当性はないと思われるのですが? と問いかけてみたい衝動があるが、もちろんめんどくさいことになるのがわかりきっているので耐える。
「ま、まぁ・・・ね。奴隷とご主人様だもん、ね。仕方ない、よ、ね?」
こちらは完全に羞恥で顔を赤らめているらしいマローネが、床に向かってぶつぶつ言いながら十数センチ四方を磨き続けている。
そういえば、菜園から戻ってきた時もいた。
クレミーがものすごく嫌そうな顔でそっぽ向いて無視してきたので、こっちも思い切りスルーしていたのだ。
キッチンが輝いて見えたのは磨き上げたあとだったからだ。
「君たちも疲れただろ? 手を洗ってきなよ。いいもの飲ませてやるから」
嫌がられている相手を含むとはいえ、女の子が相手であれば基本優しいオレがそう声をかける。
それに対して、シェリィが少しだけホッとしたような顔をしたのだが・・・。
「いいものってなによ!? び、媚薬とか、へ、変な薬じゃないでしょうね?!」
例によって、相手が男だと性的に斜め上の反応をするクレミーが喚きだした。
こういうのを『自己紹介乙』と表現するのだろうか。
普通なら誰一人思いつきもしないことを口にしているのだということと、その意味に自覚がないようだ。
口にするということは、頭のどこかにそういう考え方や価値観があるわけで・・・。
ほっとした顔のまま、シェリィは固まって血の気が引いていくし。
マローネはポンッと音がしそうな勢いで赤くなって、クレミーから半歩離れていた。
ドン引き、という奴だ。
その間に、ほとんど光速の動きでミーレスが反応しそうになり、
『やめろ』
光速を上回る神の反応速度で、オレが食い止める。
「飲み物ってのは手作りのジュースだ。さっき作っていたのを見ていなかったのか?」
何事もなかったように華麗なスルーを極めて、穏やかに聞いた。
「え、ええ。見てましたよ」
食い気味にシェリィが反応して、マローネが慌てたようにコクコク頷いて援護する。
仲間二人の態度を横目に、クレミーは少しうつむいた。
自分の反応が、まずいものだったことに気が付いたらしい。
気が付ける分、まだ救いはあるな。
オレはクレミーのことも嫌いじゃない。
面倒くさいとは思うが、それはメティスもだし。
それはそれで個性として受け入れられる。
だから、少なくとも避けられる理由がこちら側にあるような状況を作りたくない。
ミーレスを止めた、それが理由だ。
「シャラーラ、リリムとメティスも呼んできてくれ」
「りょうかいっす」
ビュン! という擬音が似合う速度と勢いで走り去る。
そのあいだに、キッチン戸棚から透明なグラスを人数分・・・というか人数分しかなかった。
アルターリアとマティさんがいたら足りなかったところだ。
食器とか、もう少し増やしておいた方がいいかもしれない。
そこに、たったいま砕いてもらった氷を入れて、氷の調達に出ている間にいい感じに放熱していたシソジュースを流し込む。
「うわっ、綺麗だね?」
マローネが目を丸くして、全部のグラスに注ぎ終わるまで見ていた。
確かに、透明なグラスに綺麗な発色の赤い液体、浮かぶ透明な氷。
芸術だ。
それはともかく、放熱していたとはいえ、氷との温度差はかなりのもの。
すぐに氷が融け始める。
だが、それでいい。
本来、二倍か三倍に薄めて飲むものなので、氷が融けた分がちょうどいい具合に薄めてくれるだろう。
キンキンに冷える頃にはちょうど飲み頃の濃度になっている・・・はずだ。
シャラーラがリリムたちを連れてくるまで、しばしの沈黙。
全員が赤い液体の中で溶けていく氷を眺める。
ときおり、カラン、と氷がグラスの中で揺れるのが実に涼しやかだ。
「あの・・・この氷、どこで手に入れられたのですか?」
おもむろにシェリィが首を傾げた。
この辺りの季節は初夏。
氷なんて手に入るはずがない、と今になるまで入手先を考えていたらしい。
「ザメルーチまで行ってきた」
隠す理由はないので正直に言った。
金はかかるが、一般人でも可能なことだ。
「こ、氷のために、ですか・・・」
可能ではあっても普通はしないことでもあるな。
シェリィが呆れた顔で額に手を当てた。
なんか、めまいに襲われているようだ。
「え、えと、い、異世界人ってそういうこと平気でやっちゃうの?」
かわりにマローネが、びっくりした顔で聞いてくる。
おお?
いつの間にか『異世界人』だと知ったようだ。
まぁ、伯爵にはバレているし、騎士の中にも知っている者が数人いるだろうから、耳にぐらい入るのだろうが。
「んー? どうだろうな、人によるんじゃないかな? オレの元世界では、家の中で氷を作れていたからな。欲しいと思えば、戸棚から食器を取り出す感覚で氷が手に入っていた。あるのが当たり前だったから、ないというのに耐えられない人間は多いかもな」
夏で結構暑くなってきている時期だ。
元世界の人間が今、大挙してこの世界に来ていたとするならば手に入れたい、そう望む者は多いだろう。
ただし、そのための費用にいくらまでの金額をつぎ込めるのかとなると、個人差が如実に表れる気がする。
冷たい飲み物なんて井戸水で充分、金を出すにしても500円が限度。
という人もいれば、一杯の氷水に5000円ぐらい出そうって人もいるだろう。
金は出したくないが、仕事も学校もないのだから時間はある。
自分で採ってこられるなら、取りに行くなんて人もいるかもしれない。
少し高い山に登れば、谷間に氷の残っているところは多いのだし。
それでも、飲み物を冷やすためだけに氷を取りに山登りしよう、なんて酔狂な人間はそう多くはあるまい。
金はあっても暑いのが平気、暑い時でもホットコーヒーが最高、なんて人は氷を手に入れるためにわざわざ遠くまで出かけようとは思わないだろうし。
「「「家の中で氷を作る?!」」」
三人して、声を上げた。
唯一、ミーレスは驚いていないが、もう慣れたのだろう。
オレの発言でいちいち驚いていたら、身が持たないだろうしな。
にしても、そこまで驚く・・・ことなのか。
製氷機が冷蔵庫に標準装備されたのっていつからなのか知らないが、結構革命だっただろうとは思わなくもない。
大昔は冬の間に切り出して氷室で保管してでもいないとなかったわけだし、冷凍装置が作られても家庭で手軽に、となるまでは何年もかかったはずだ。
「最近、家の中で物を冷やすことのできる魔力装置が出始めましたけど。それでも氷を作れるような冷たさにはならないと聞いています。せいぜい15度と。いったい、どうすればそんなに冷やせるのか」
頭を振り振りシェリィが言うが、オレだってその仕組みまでは知らないので答えようはなかった。
「連れて来たっす」
と、シャラーラがリリムとメティスを連れてきた。
頃合いだ。
全員にグラスを配る。
「暑い中、ご苦労様。一服の凉を楽しんでくれ」
言いながら、一口飲む。
意識して一口、だ。
じゃないと一気飲みしてしまう。
「冷たいです!」
新発見! の勢いでリリム。
「暑さを忘れさせる涼しげな飲み物ですね」
ほっと息をつくシェリィ。
「・・・・・・」
まだ何かを疑っているらしく、他の者たちが飲む姿を横目で観察しながらちびちび口に含むクレミー。
オレ同様、一気飲みしないように必死に飲み込む量を調節しているマローネ。
シャラーラやメティスも、惜しみ惜しみグラスを傾けているようだ。
「ご主人様はいろんな料理を知っておられるのですね」
ミーレスだけがなにか沈んでいる。
料理が苦手なことをまだ引きずっているらしい。
「あー・・・そんなに難しいものじゃないし。材料はまだある。教えるから、覚えてみるか?」
ミーレスだけを見ながら聞いてみる。
「?!」
・・・びっくりした。
首が飛んできたんじゃないかと思うような勢いで、顔を近づけられた。
ご主人様に散歩に行くかと尋ねられた大型犬並みの反応だ。
尻尾があったら千切れるほど振っているところだろう。
「教えていただけるのですか?!」
それも自分だけに!? ということなのだろう、なんか泣き始めている。
大げさな、とは思うがミーレスにはいつものことだ。
「ああ。覚えたら、今後シソジュース作りはミーレスの仕事な。祖母からレシピを教わったあとは、オレも自分で作っていたんだから」
昔を思い出しながら、そう言って最後の一口を飲み干した。
氷の欠片が残ったので、リリムのグラスに滑り込ませた。
ときおり見かける、残った氷を噛み砕いて飲むようなワイルドさはオレにはない。
それに、グラスの底に残った融けた氷水を飲むと、せっかくのおいしいジュースが穢される気がして嫌いなのだ。
自分の嫌なものを相手に押し付けているわけだが、当のリリムが歓声を上げて一粒一粒口に入れていた。
口の中で融かしては幸せそうに微笑んでいるので問題ない。
「お、お、おばあさまのレシピ?!」
震えながら、ミーレスがオレを見ている。
あれ?
もしかして家庭の味、とかそんな感じに考えているのか?!
たかがシソジュースで?!
ちょっと引いてしまいそうになるが、ミーレスがそう思いたいのなら否定する理由はない。
あながち間違いというわけでもないのだし。
「みんなは仕事に戻ってくれ」
クレミーたちは掃除が終わってないし、メティスたちは治療院に戻らないといけない。
シャラーラには洗濯がある。
「よし、じゃ作ろうか」
「はい!」
嬉しそうに輝く、ミーレスの笑顔がまぶしい。
当然だが、シソジュースのレシピを伝授するのに時間はかからなかった。
切ったりしないし、煮る時間が長すぎたり、火が強すぎて沸騰したりさえしなければそうそう失敗するものではない。
煮る時間に関して言えば、リビングにある時計を持ち込むことを指示すればいい。
火加減については沸騰さえしなければオーケー。
ミーレスでも、ちゃんと作れた。
一応、やって見せて説明し、やらせてみて褒めた。
奴隷であれ、部下であれ、家族であれ、人を教えて導くためのやり方に変わりはないだろう。
信頼と、思いやり、そしてちょっとの厳しさだ。
元世界に真夏の暑い中、過度のランニングを命じておいて様子を見ていなかったとか言うクソな教師とか、選手たちと一緒に女子マネージャーを試合会場からランニングで帰らせた野球部の監督とかがいた。
罰だったりするから厳しいことも言わなきゃならないときはあるだろうが、厳しいことを言うなら、それをちゃんとフォローする思いやりを持ってしなければならないと思う。
それなくして信頼など生まれない。
まぁ、オレの場合は甘やかしすぎる可能性の方が高いんだけどな。
うん。
ご主人様の威厳のためにもたまには厳しくしないと。
作ったジュースは保存用のビン1.5リットルのが3本にもなったが、空間保管庫の果物用スペースが空いているのでそこに入れてある。
あとは・・・。
「このまま、夕飯の支度もしてしまおう」
このまま料理の手伝いをさせて、少しずつ慣れさせるのがいいだろう。
別に一人で作らせようとかは考えていない。
苦手意識の克服ができれば、と思っているだけだ。
「は、はい。が、頑張ります」
さて、なにをつくろうか。
そう思ったところで、あるものが目に留まる。
シソジュースを作ったあとのシソの固まりだ。
ざるに上げたまま放置されている。
これを使おう。
そういえば毎年食べていた気がする。
気がする、というのはメインではなくあくまでわき役だったからだ。
少なくとも子供には。
問題は・・・。
「火加減がうまくいくかだな」
アルターリアがいないので。
ミーレスの視線を感じる。
ここでアルターリアがいないと料理ができない、などと言ってはミーレスの立場がない。
苦手意識の克服は、ミーレスだけの問題ではない。
やってみるほかあるまい。
腹を決めて、キッチンに立った。
シソジュース作りのときにはちゃんとコントロールできたのだ。
うまくやって見せるさ。
かなりの強がりで平静を装った。
空間保管庫を開け、肉のスペースから豚肉を取り出す。
自分では解体できないので、元世界の分け方に準じて解体してもらってあるので使い方に迷うことはない。
1、豚小間肉をボウルに入れて魚醤と白ワインを振り、もみ込んで10分ほど置く。
もちろん、元世界でなら醤油と酒になる。
2、ざるに上げてあるシソを茎と葉に分ける。そのままでも食べれなくはないが、取っておいた方が食感はよくなる。
ついでに、べちょっとした仕上がりにならないよう水気を取っておく。
元世界にはキッチンペーパーなんて便利なものがあるが、こちらにそんなものはないので毛の出ない布を使う。この作業をミーレスに任せた。
3、フライパンに油をひいて熱し、中火で肉を炒める。
ここの火加減が正念場。
肉に火が入った(肉が白くなる)ところで一度肉を外に出す。
4、シソの葉を入れて炒める。
シソがほぐれて間違いなく柔らかくなったところで、3の肉を戻す。
ここでしっかり炒めてシソを柔らかくしておかないと食感が硬くなってしまう。
5、肉とシソが絡んだら、ビネガーをさっと回しかけてひと混ぜしたら火を止める。
火を、止めた。
う、うまくいった。
気分は涙腺崩壊だが、当たり前の態度で料理を続ける。
あとは皿に盛り付けて、胡椒を振れば完成だ。
ちょうど、一品できたところでシャラーラがリリムともども戻ってきた。
普通に夕食の支度を始める時間らしい。
時計なんて持ってないだろうに、よくわかるものだ。
シャラーラにスープを、リリムにも一品任せる。
オレとミーレスはマティさんとアルターリアを迎えに行くことにした。
せっかくうまくいったのだから、ぼろが出ないうちに離れよう。
オレってつくづくヘタレ。
翌朝。クレミーの恩返しとやらが終わる日である。
残る掃除ポイントは階段、そしてだだっ広い二階の空間となる。
ベッドが二つしかない寝室をどう捉えられるかと少し不安になったが、ミーレスたちが奴隷であることはクレミーたちもすでに知っている。
問題ないだろう。
どう解釈されようが気にすることはない。
どのみちクレミーを正妻にする気はないし、シェリィとマローネにはちょっと食指が伸びるが、必死になって何とかしたいと思うほどではない。
マローネは脈がありそうなのでもったいないと思わなくもないがな。
三人ともすでにリビングで掃除を始めているし。
マティさんはといえば、翔平からの連絡が来る可能性があるので今日は一日家にいるということだった。
ブレヒティーと話したいこともあるそうだ。
たぶん、『アルカノウム連合』のことだろう。
せっかくなのでキャビネットの二つ目が届く予定であることを伝えて受け取りを頼んだ。
設置はマローネとシェリィに頼んである。
置き方も伝えてある。
まだ入れるものがないので、元からあったキャビネットを先日持ち込んだものとで挟んでもらうだけでいい。
で、オレはと言えばミーレスたちが家事をしている合間に、ダイニングで朝食後のコーヒー・・・ならぬカフェオレを飲みながら予定を思い浮かべていたわけなのだが・・・。
そのカフェオレを飲み終える直前だった。
家の呼び鈴が鳴り、クレアが訪ねてきたのは。
メティスとリリムはとっくに治療院にいる時間。
んで、開口一番放った言葉が・・・。
「ヤマグマ退治に行きます。準備してください!」
・・・だった。
ヤマグマってなに?
真っ先に浮かんだのがそれだ。
聞いた感じだと、大木のようなクマ、ということだった。
要するに魔獣退治を依頼されているということになる。
なんでも、祭りに店を出そうとやって来る露天商から目撃情報が騎士団に上がってきたので、手隙のクレアがとりあえず現状調査に出るということらしい。
だが、一人ではさすがに・・・と副団長が難色を示したのでオレの名前を出したのだとか。
そもそも、クレアがメティスの妹であることは騎士団の者たちも知っている。
当然、オレとクレアが知り合いであろうことは説明されなくても気が付いたわけだ。
・・・説明させてもらえれば、顔見知り程度でしかないと言えたのだが。
不本意なことに騎士団内ではオレの名前はかなりのウェイトを持つようで、副団長はオレも行くなら問題ないだろうと許可を出したのだそうな。
領主様がずいぶんとオレのことを持ち上げてくれているらしい。
あと、家を買ったときに案内してくれた騎士が尾ヒレをつけて吹聴しているようだ。
先日、マローネがオレのことを『異世界人』と知っていることが判明したばかりだが、やはりこの辺に理由があるのだろうと確信する。
それはともかく、オレの意思は無視ですか?
困ったものだ。
許可も得たのでとクレアは意気揚々とやって来て、上のお誘いである。
しかも、オレのパーティメンバーは連れず、オレとのツーショットをご希望ときた。
このあいだの、「遊んでください」ってのは、こういうことだったのだ。
もちろん、胸は少し残念ながらメティス似の美人ではある。
街中のデートへのお誘いならいくらでも受けよう。
だが、街の外に出ての魔獣退治っていうのは、さすがにお断りしたい話だ。
断ろう。
カフェオレを飲み終えたところで答えを決め、立ち上がった。
すると、なぜかミーレスが何か言いたげにオレを見ているのに気が付いた
「どうかしたのか?」
「えっと。お祭りでは武闘大会が開かれるそうなのです。できれば出てみたいのですが」
危険はないのか、と言いかけて愚問なことに気付いた。
ミーレスがそこいらのやつらの攻撃を食らうはずがない。
だいいち、祭りの武闘大会なら。
死者が出るようなことはさせないはずだ。
というか、危険になった時の対応策は考えられているだろうし、救護も整えておくだろう。
事故は事故が起きると思っていないとき、その場所で起こるから危険なのだ。
起こると思って用意していれば起りはしない。
「いいんじゃないか、でも、なんで今そんなことを聞く?」
「事前申し込みの選考会が、今日行われるそうで・・・」
あー、なるほど。
出てはみたいもののオレに我儘を言う気にもなれず、諦めていたのか。
そこにこのお誘いなので、オレがそれを受けるならその間に暇をもらって、と。
「シャラーラとアルターリアに、今日一日休みにしたとしてやりたいことはあるかと聞いてくれ」
空になった蒼天のカップを渡しながら、依頼する。
ほどなく、シャラーラとアルターリアもやってきた。
「ええっと、そういうことでしたら、私は古書を扱うという露店を見てきたいです」
アルターリアはアルターリアで祭りの露店が気になっていたのか。
「シャラーラは、私と同じで武闘大会に興味があるようです。昔村祭りの腕相撲に勝って牛をもらったそうで・・・」
牛がもらえる腕相撲大会って・・・。
あーいや、そうか、牧場のあるような田舎の村ならあり得るのか。
「わかった。三人に千ダラダずつやる。今日は休みにしよう」
空間保管庫を開いて。銀貨を三十枚出して、三人に千ダラダずつ渡した。
「アルターリア、役に立ちそう、または面白そうな本があったら買ってきていいぞ」
「はい。ありがとうございます」
「申し訳ねぇっす」
思いがけずもらえた休みに、三人が三様に喜んでいる。
奴隷だから普段はそんな素振りは見せないが、四六時中オレの世話をするだけの毎日ではストレスもたまるだろう。
たまには、息抜きも必要だ。




